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初秋の再会(2)

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「まあああああああ! なんという偶然なのかしらっ!」

 俯いたまま黙りこくったルイーズに代わり、背後にひかえていたイボンヌがことさら大げさな声をあげた。

「ルイーズさま、願いが叶ってよかったですわねぇ!」
「イボンヌ、なによ、急に……」
「シルヴァリエ様のことを気にしていらしたじゃありませんか! ぜひまた会いたい、って!!」
「気になるとは言ったけど、そうとは言ってないわ……あ、その、気になるというのもそういう意味ではなくて……」

 ルイーズが真っ赤になった顔の前でごまかすように両手を振った。

「光栄ですね。ところで……おふたりだけですか?」
「え?」
「ルイーズ様と、イボンヌ様……」
「いやですわあシルヴァリエ様っ! わたしに様付けなど不要! ルイーズ様のことだって、今さらそんな様付けをしあうほどのつれない仲では……そんな風に呼ばれたら寂しいですよねえ、ルイーズ様?」
「もう、イボンヌは黙ってて! おふたりだけ、というのはどういう意味ですの、シルヴァリエ様?」
「いや……その、ヴォルガネットの兵士は連れてこなかったのですか? 以前お会いした時には何人も警護のかたがついていらしたかと」

 ヴォルガネットからの国賓はルイーズひとりだが、当然ながらそのような身分の人間をひとりで外遊させるはずがない。国賓ひとりにつき、侍女や侍従に各種の雑用をさせる下女下男、それに警護をさせる兵士などを国もとからぞろぞろと、時には国賓ひとりあたり何十人と連れてくるのが常である。しかしルイーズのそばにはイボンヌがいるだけだ。

「……そうですわよね」

 シルヴァリエの言わんとしていることを察したらしいルイーズが、小さくそう呟きながらちらりと視線をイボンヌへ送ったあと、

「その……ラトゥールのような平和で洗練された国で、我がヴォルガネットのような粗野な国の兵士がうろうろしていると失礼かと思いまして……」

 と、しどろもどろに言った。

 ルイーズはかばっているようだが、おそらくそう言ったのはイボンヌなのだろう。

「……かえってご迷惑でしたらすみません」
「いえ、我が国をそこまで信頼いただいて光栄ですよ」
「そうですわよねえ! ラトゥールは平和ですし、ルイーズ様にはわたくしひとりがいれば十分ですわっ!」

 両手を胸の前であわせたイボンヌはまん丸い顔にまばゆいばかりの笑顔である。

 悪気がいっさいないのがかえって一番悪い、とシルヴァリエは笑顔の裏でため息をついた。

 周辺国に比べて、ラトゥールは確かに平和だ。しかも狩りの獲物は飼育下で育てた、角をとった鹿やウサギばかりで、獲物に反撃されて怪我をするような危険はほぼないといっていい。獲物を放つ森も、カルナスたち王立騎士団の手により事前に危険な獣や魔物の一掃作戦がとられているし、会場となるシーロムの森やシーロム宮周辺のあちこちには王立騎士団をはじめとした国の精鋭たちが警備の目を光らせている。

 とはいえ野生の森ではあるのだから、夜の間にまた新たな獣が森のなかに入り込んでいないとも限らないし、一掃作戦を免れた魔物が闇の奥からこちらを付けねらっている可能性もある。そしてそれ以上に怖いのが人間だ。各国の有力貴族や王族が集まるこのような催事では、好機とばかりよからぬ企みを抱く者も少なくない。実際、過去にはいくつか事件も起こっている。そして、なにか起こった場合、ラトゥールがその責を問われることになるのは避けたいため、会場全体の警備はするものの、国賓各人の身辺警護は各国の方針に任せておりラトゥールでは関知しない、ということになっている。もちろん、国賓たる各国要人にしても、国許からつれてきた兵士たちと引きはなされてラトゥールの兵士だけに囲まれるのは万が一の裏切りを考えれば避けたいに決まっている。それが、今周辺国が最も警戒しているヴォルガネットが、まさかのノーガード戦法とは。

「……光栄ですしまったくおっしゃる通りだとは思いますが、こういう時は人数が多いほうが楽しいでしょう。枯れ木も山の賑わい、少し人を呼びましょうか。本日のご来賓のなかには何人か僕も親交を持たせていただいている方々もいらっしゃいますので、よろしければご紹介させていただいても」

 問題の原因を来賓の準備不足に問うのは主催国の接待役としては失格だ。シルヴァリエは角が立たないようそう提案した。ひ弱なシルヴァリエにおとなしいルイーズ、そして、ちょっとテンション高くしゃべっただけでひいふう息が切れているイボンヌ。この三人連れが森の中をふらふらするのだとしたら、ヴォルガネットに思うところがある者にとってこれほど絶好の機会はないだろう。いや、何も思っていなくてもいっそ何か企みたくなるような隙だらけの組み合わせだ。

 人数が多いほうが楽しいというのは単なる建前、これを口実にせめてラトゥールの警備兵何人かを同行させようというのがシルヴァリエの本音である。

「そうですわね、ぜひ……」

 ルイーズがほっとしたように答えるのを、イボンヌが遮った。

「いえいえお気遣いなく! シルヴァリエ様がいらっしゃればルイーズ様には十分ですとも!」
「で、でもイボンヌ。せっかくシルヴァリエ様がこう仰ってくださっているのですし、お断りするのは失礼……」
「ルイーズ様こそご自分の人見知りを分かってらっしゃいませんわね! 招かれた身で、初めて会った人と話すのは苦手だから、と黙りん坊を発揮してしまったらそれこそ失礼ですわよ? イボンヌとしては、ルイーズ様がどなたとでも楽しくご歓談できるというのでしたらお止めはしませんけど!」
「それは……」

 ルイーズが両手を口の前に当て、黙りこくってしまった。

「……というわけですからシルヴァリエ様、お手数ですがうちの王妹殿下におかれましてはこのような次第にて、本日はおふたりでのご案内を――」

 我が意を得たり、の表情でイボンヌがシルヴァリエを見上げる。その背後で、わあっ、と、歓声があがった。

 人だかりの奥に、銀色の鎧がちらちら覗いている。その鎧の主は恐縮したように人の輪から抜けようとするが、あるものはその手を何度も握り、あるものは鎧の上から抱きついて、逃がそうとしない。

 騎士団はすでに会場の各所に配置されているが、目ざとい誰かが見つけたようだ。

 本日の試射の儀の立役者、カルナス・レオンダルを。

「カルナス団長……!」

 渡りに船とばかり、シルヴァリエはカルナスに向かって手をあげた。
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