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出会い
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とはいえ、事態が収まるころにはすでに3月。新卒採用のターゲットはすでに下の学年に以降しており、やむなく僕は中途採用の求人から未経験・第二新卒可という条件のものを探しまとめてエントリーシートを送った。
いくつかの企業から返事が来たが、当然といえば当然ながら新卒募集で何ヶ月もかかる選考を突破し内定をもらっていた数々の大手企業からすると、どうしても条件は見劣りする。ほとんど期待しないで、採用の連絡をくれたいくつかの企業のうちから、そういえばここ変な先輩がいたな、というところに就職を決めた。
就職して数年経ってから当時の事情を知ることができたのだが、僕が就職した先の営業チームは、その頃壊滅的状態だった。壊滅的、というより一度完全に崩壊した後だったと言ったほうが正しいかもしれない。以前のチームリーダーというのが凄まじいパワハラ上司で、営業部の社員のうち一人を除くほぼ全員をうつ病からの退職に追い込み、それを内部告発されるといくつかの上得意とともに同業他社に転職したそうだ。そのパワハラ上司を告発し新たなリーダーとして営業チームの立て直しを計っていたのが僕を面接してくれた韮沢さんで、そのパワハラ上司のもとで退職せずに残った唯一の社員というのが「先輩」だった。
当時の僕はそんなことを知るよしもなく、ただ、ハキハキと矢継ぎ早やに質問してくる韮沢さんの横に、営業にしては妙にうすらぼんやりした人が座ってるな、という印象だった。少し面白かったのは「求職者になにか質問を」と韮沢さんに話を振られて、しばらく悩んだ挙句「イケメンで困ったことはないか」と問いかけてきたことだった。
イケメンでいいね、と言われたことは数限りなくあっても、それで困ったことは、と尋ねられたことはなかった。しかし勝手に一目惚れされて窮地に立たされたばかりの当時の僕にしてみたら、なかなか胸を突かれる質問だったことは確かだ。ただ、たとえ褒めているとはいえ、面接で求職者の容姿をどうこういうのはセクハラ扱いされる時代だ。案の定、僕がなにか答える前に、韮沢さんからツッコミを受け大慌てで質問を撤回していた。
隙の多い人だな、と思った。
大丈夫かな、と。
ただ、その時は、それが印象に残っていたというだけで、特に彼を特別に思うというまでに発展したわけではなかった。入社してからしばらく、リーダーの韮沢さん以外の営業部員は彼と僕だけで、自然、僕が「先輩」と呼びかければ彼のこと、になった。過去のことを知るにつけそんな状況でひとりチームに残っていたとは、この人もしかして見た目よりも我慢強いタイプなのか、と、思ったが、我慢強さは僕にとっての美徳ではない。もしも犬に生まれてたらいい忠犬に育ったかもな、と思ったが、もちろんそれを本人に言うほど僕は無分別ではない。
そんなわけで、尊敬してこそいないものの先輩のことはそれなりの好意をもって接していたが、唯一苦手だったのが、なにかといえば「彼女がほしい」と連呼するところだった。
学生時代に向こうから告白されて何人かと付き合ったものの自然消滅してしまったという先輩は、女性というものにすっかり懲りていた僕に比べ、女性という性に対し、なにかすさまじい憧れを抱いているようだった。可愛くて、自分に一途で、面倒見がよく、清楚だけど実はエッチなことも大好き、という先輩の理想となる女性。そんな女性が――少なくとも一見そう見える女性がこの世に存在していることは知っているが、僕は御免だった。可愛い子は結局自分のことが一番好きだから可愛いのだし、自分に一途な子は相手にも一途さを求めるから、浮気すれば怒る。面倒見が良いというのは監視したがるということと表裏一体で、清楚に見えて実はエッチ、という条件に至っては言及するに値しない。男性経験豊富なほど清楚に見せかけるのもうまいのだからそんな女は掃いて捨てるほどいる。
そうして同じ部署で数年を過ごすうち僕は先輩に対し、女性に対する理想が高いのではなく、実はゲイなのでは、という疑惑を抱くようになった。
先輩は僕をイケメンだとばかり言うが、別に先輩だってブサイクというわけじゃない。髪は近所の格安カットで何年も同じ髪型、頭を含めた全身を同じ石鹸で洗い、香水などつけたことがない、という洒落っ気のかけらもない手入れの割には、平均程度の見た目は保たれている。それなりに手を入れれば、そこらに溢れる雰囲気イケメンよりはよほど見られる仕上がりになるだろう。しかし先輩ときたら、わざわざ僕がいい美容院を紹介しても行かないし、なんなら知り合いの女の子紹介しましょうかと水を向ければいや彼女は自分で探したいからと拒否する。僕を呼び出すための飲み会の幹事をしょっちゅう押し付けられながらも、幹事という立場を生かしての漁夫の利を狙うでもない。
彼女欲しい欲しいと連呼しているのはただのカムフラージュで、実はゲイなのではないか、と、僕が疑うのも当然だろう。
そして、もし先輩がゲイだったら、一回やってみたいな、と思うようになった。
いくつかの企業から返事が来たが、当然といえば当然ながら新卒募集で何ヶ月もかかる選考を突破し内定をもらっていた数々の大手企業からすると、どうしても条件は見劣りする。ほとんど期待しないで、採用の連絡をくれたいくつかの企業のうちから、そういえばここ変な先輩がいたな、というところに就職を決めた。
就職して数年経ってから当時の事情を知ることができたのだが、僕が就職した先の営業チームは、その頃壊滅的状態だった。壊滅的、というより一度完全に崩壊した後だったと言ったほうが正しいかもしれない。以前のチームリーダーというのが凄まじいパワハラ上司で、営業部の社員のうち一人を除くほぼ全員をうつ病からの退職に追い込み、それを内部告発されるといくつかの上得意とともに同業他社に転職したそうだ。そのパワハラ上司を告発し新たなリーダーとして営業チームの立て直しを計っていたのが僕を面接してくれた韮沢さんで、そのパワハラ上司のもとで退職せずに残った唯一の社員というのが「先輩」だった。
当時の僕はそんなことを知るよしもなく、ただ、ハキハキと矢継ぎ早やに質問してくる韮沢さんの横に、営業にしては妙にうすらぼんやりした人が座ってるな、という印象だった。少し面白かったのは「求職者になにか質問を」と韮沢さんに話を振られて、しばらく悩んだ挙句「イケメンで困ったことはないか」と問いかけてきたことだった。
イケメンでいいね、と言われたことは数限りなくあっても、それで困ったことは、と尋ねられたことはなかった。しかし勝手に一目惚れされて窮地に立たされたばかりの当時の僕にしてみたら、なかなか胸を突かれる質問だったことは確かだ。ただ、たとえ褒めているとはいえ、面接で求職者の容姿をどうこういうのはセクハラ扱いされる時代だ。案の定、僕がなにか答える前に、韮沢さんからツッコミを受け大慌てで質問を撤回していた。
隙の多い人だな、と思った。
大丈夫かな、と。
ただ、その時は、それが印象に残っていたというだけで、特に彼を特別に思うというまでに発展したわけではなかった。入社してからしばらく、リーダーの韮沢さん以外の営業部員は彼と僕だけで、自然、僕が「先輩」と呼びかければ彼のこと、になった。過去のことを知るにつけそんな状況でひとりチームに残っていたとは、この人もしかして見た目よりも我慢強いタイプなのか、と、思ったが、我慢強さは僕にとっての美徳ではない。もしも犬に生まれてたらいい忠犬に育ったかもな、と思ったが、もちろんそれを本人に言うほど僕は無分別ではない。
そんなわけで、尊敬してこそいないものの先輩のことはそれなりの好意をもって接していたが、唯一苦手だったのが、なにかといえば「彼女がほしい」と連呼するところだった。
学生時代に向こうから告白されて何人かと付き合ったものの自然消滅してしまったという先輩は、女性というものにすっかり懲りていた僕に比べ、女性という性に対し、なにかすさまじい憧れを抱いているようだった。可愛くて、自分に一途で、面倒見がよく、清楚だけど実はエッチなことも大好き、という先輩の理想となる女性。そんな女性が――少なくとも一見そう見える女性がこの世に存在していることは知っているが、僕は御免だった。可愛い子は結局自分のことが一番好きだから可愛いのだし、自分に一途な子は相手にも一途さを求めるから、浮気すれば怒る。面倒見が良いというのは監視したがるということと表裏一体で、清楚に見えて実はエッチ、という条件に至っては言及するに値しない。男性経験豊富なほど清楚に見せかけるのもうまいのだからそんな女は掃いて捨てるほどいる。
そうして同じ部署で数年を過ごすうち僕は先輩に対し、女性に対する理想が高いのではなく、実はゲイなのでは、という疑惑を抱くようになった。
先輩は僕をイケメンだとばかり言うが、別に先輩だってブサイクというわけじゃない。髪は近所の格安カットで何年も同じ髪型、頭を含めた全身を同じ石鹸で洗い、香水などつけたことがない、という洒落っ気のかけらもない手入れの割には、平均程度の見た目は保たれている。それなりに手を入れれば、そこらに溢れる雰囲気イケメンよりはよほど見られる仕上がりになるだろう。しかし先輩ときたら、わざわざ僕がいい美容院を紹介しても行かないし、なんなら知り合いの女の子紹介しましょうかと水を向ければいや彼女は自分で探したいからと拒否する。僕を呼び出すための飲み会の幹事をしょっちゅう押し付けられながらも、幹事という立場を生かしての漁夫の利を狙うでもない。
彼女欲しい欲しいと連呼しているのはただのカムフラージュで、実はゲイなのではないか、と、僕が疑うのも当然だろう。
そして、もし先輩がゲイだったら、一回やってみたいな、と思うようになった。
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