地味でさえない会社の先輩にうっかりはまってしまった話

狩野

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ハッピーエンド?

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 そこからしばらくの僕は、本当にいい後輩だったと思う。先輩とふたりきりになる時間はなるべく持たないよう巧妙に避けていたが、やむなくそういうことがあれば以前の僕のように話し、以前の僕のように返事をした。
 しかし無理は長持ちしない。欲しいのに手に入らないものの近くに居続けることに耐えられず、僕は転職を考えるようになった。チームリーダーの韮沢さんにそのことをぽろりと漏らすと、彼は慌てて、懇親会をやろうと言い出した。
 懇親会をやる理由は、職場を変えたくなる理由の大半は人間関係のもつれからくるという、韮沢さんの持論による。実際のところそれは概ね当たっていたが、残念ながら懇親会をやったら解決する類のもつれではなかった。幹事は当初先輩と僕で協力してやるよう言われたが、先輩は明らかに腰が引けている。僕は、懇親会の最後に退職の意を表し翌営業日から本当に連絡がとれなくなる、という計画を思いつき、ひとりで幹事を引き受けることにした。本来は退職するならもっときちんとした手順を踏むべきであるのはわかっている。いきなりそんなことをすれば、周囲にさぞ迷惑がかかるだろう。けれどその時は、周囲に迷惑をかけてはいけないという大人の判断よりも、いい後輩であるはずの僕を急に失ってショックを受ける先輩を見たい、という、子供じみた欲求が優ってしまった。
 その考えに支えられ、懇親会までの間は精力的に働くことができた。韮沢さんが部外の参加希望者まで受け入れてしまったので参加人数が倍以上に増えたのも文句を言わずに対応し、いっぽうで仕事を切りのいいところまで進めつつ、ひそかに退職後の引き継ぎ用資料などを作成していった。

 そして懇親会当日。退職の発表は懇親会の締め挨拶の際に行う予定だったが、先輩はその僕の晴れ舞台に、なかなかログインしてこなかった。ツールで状況を確認すると、どうやらミニルームで野口さんたちと話し込んでいるようだ。野口さんは先輩と同い年で中途採用の営業だが、入社直後から先輩を呼び捨てにするなど態度が馴れ馴れしく、僕は以前からあまりよく思っていない。嫉妬ではなくただの幹事の業務だ、と自分に言い聞かせながら先輩たちを呼びに行くと、肝心の先輩が、マイクもカメラも切ったままで、返事をしないしルームを移動する様子もない。
 トイレにでも行っているのか、あるいは寝落ちしたのか。こういうときに限って先輩はまた、と、イライラしながら先輩に呼びかけると、突然先輩のマイクがオンになり、なにか激しい物音にまじって切羽詰まった声が聞こえたと思うや、通信が遮断された。

 なんだ、今のは。

 僕は無人になったミニルームの画面をしばらく見つめたあと、ホールに戻って懇親会の締めの司会進行を務めた。酔っ払った韮沢さんの長話はほとんど耳に入ってこない。あれだけ楽しみにしていた退職の宣言も、肝心の先輩がいなければなんの意味もない。

 なんでこんなに、心を乱されなければならないんだ。

 僕は次第に腹が立ってきた。
 韮沢さんの話を遮り、急用ができたことを告げ僕はパソコンを切ると、先輩の家へ向かった。もしかしたらなにかあったのかもしれないし、なにかなかったとしても、なにか言ってやらなければ気が済まない。これ以上僕を振り回すな。いい加減にしろ。
 先輩の部屋の前へ着くと、ドアが少し開いていた。靴が挟まっている。
 相変わらず隙の多いひとだな、と、呆れた気持ちでドアを開けた。玄関先にはひっくりかえってひしゃげた段ボールが落っこちていた。持ち上げてみたが軽い。中は空のようだ。なんだこれ。壁に立てかけて中に進むと、後ろ手に縛られ、腰を持ち上げた状態の先輩が、後ろから男に挿入されていた。

 ふざけるなよ。

 僕は突き上げるような怒りを感じた。

 僕に心配させておいて、他の男とセックスか。なにより腹立たしかったのは、その男がヒゲでもデブでもマッチョでも年寄りでもなかったことだ。

 そいつでいいなら僕でいいだろ、僕のほうがいいだろ、と。僕の理性を瞬間的に焼き切った衝動をあえて言語化すれば、そういうことだった。

 気がつけば僕は、その男を思い切り壁に蹴り飛ばし、首を絞めていた。こいつ、殺す。その後、泣き叫ぶ先輩をどこかに連れ去って、死ぬまで犯そう。それで先輩が死んだら、僕も死のう。

 先輩がその男を殺さないでくれと言って来た。こんな男のどこがいいんだ。僕よりどこがよかったんだ。僕のほうがいいだろ。あれだけ尽くしたのに。こんな小汚い男の何がいいっていうんだ。僕よりも。僕よりもだぞ。

 しかし、先輩が心配しているのは、その男ではなく僕のことだった。よく見れば、部屋は荒れているし、僕が送ったアダルトグッズはあちこち散乱して、ローションでびしゃびしゃの床にはナイフが落ちている。先輩の顔からは僕によく見せるあのバターみたいにとろけた表情の余韻すらも感じられなかったし、チラ見えするペニスは萎えて乾いた状態のままで、あちこち怪我をしているようだ。

 なにか勘違いしているのか、僕は?

 目の前には涙目で僕を見つめる先輩がいる。

 ああ、かわいいな。

 手を伸ばし、先輩にキスをした。

 先輩は嫌がらなかった。




 それから多少の紆余曲折があって、その晩結局先輩は僕の家に来た。先輩の家にいた男は恋人でもなんでもなく、先輩に目をつけて家にあがりこんできた変質者だそうで、僕はそいつから間一髪先輩を救い出した本当の恋人、という感じの話になっていた。

 先輩もその気があって僕の家まで来たことは、もうわかっている。興奮していたときには死ぬまで犯すと本気で思っていたのだが、信頼に満ちた目を向けられては乱暴なことはできない。僕は一緒に入りたい衝動をぐっとこらえ、先に先輩にシャワーを使ってもらい、次に自分が入った。なるべく急いだつもりだったのだが、僕が出て来たときには、先輩は僕のパジャマを着て、僕のベッドで安らかな寝息をたてていた。

 目が覚めた時に気が変わってまた逃げ出したりしないか、というのが心配だったが、下手に縛りあげたりするとせっかく得た信頼が台無しになるかもしれない。僕は丸くなって眠る先輩を抱きかかえるようにして横になった。ぼくがうとうとしている間に逃げ出そうとしたらすぐに察することができるように、と考えてのその姿勢だったが、疲れ切った先輩の体は少し体温が高めで、抱いていて気持ちよかった。

 昔拾った子犬を抱いて寝た時のことを思い出しているうち、いつしか僕も眠りに落ちた。
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