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4 新たな客
4-1 先触れ
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今日は歌の練習場所を間違えた。
音楽室と聞いていたのに、アナイスとジュリーが行ってみると誰もいない。さらに今まで音楽室にあった二台のピアノがなくなっていた。
他にピアノのある部屋を探していると、遊戯室でセドリックが、
「歌の練習なら大広間のようですよ」
と教えてくれた。彼はまた、
「終わったら遊戯室にいらっしゃい」
と誘うことも忘れなかった。
大広間に行くと、そこには音楽室から消えた二台のピアノがあり、歌の先生と女性たちが集まっていた。明後日の音楽夜会に向けて、会場となる場所にピアノが移されたのだ。アナイスたちには、その連絡が行き届かなかったらしい。
「場所が変わったこと、ルイーズに聞かなかったの? 彼女が連絡してくれるって言ったのに」
誰かがアナイスに言った。
先日の散策で毬投げをして以来、ルイーズと話した覚えはない。
彼女とは何となく疎遠になっていて、どちらかというと避けられている気がした。毬投げの時に、毬を受けにくいところに投げたのを、まだ悪く思っているのかもしれなかった。
ルイーズはピアノを挟んだ向こう側で歌っていた。
遅れてやって来たジュリーをみて、モーラン先生は、
「音楽会はもうすぐなんですがね」と言った。それでもあきれ顔をして練習をつけてくれた。
アナイスも一緒に歌いながら大広間を見回した。並んだ椅子の数は二百ほど。音楽夜会はまた、ずいぶん大がかりに催されるらしかった。
歌の練習が終わって遊戯室に戻ると、待っていたようにセドリックが声をかけてきた。今度はエヴァンも一緒だった。
ジュリーとアナイスは、彼らと四人でビリヤードをすることになった。
セドリックは陽気でおしゃべりだった。彼の領地はブドウの名産地で、今年は天候に恵まれてよいワインができそうだとか、そういう話をした。
「でも間もなく、いったん領地に帰らないといけません」
「まあ、なぜ?」
「ブドウの収穫開始を宣言しないと。伝統的に領主の役割なんです」
「大事なお仕事ですものね」
ジュリーとセドリックはお互いの顔を見交わして微笑んだ。
ブドウの収穫開始を宣言するのは、本来は領主夫人の役割だった。セドリックは一時的に代行しているだけで、早く領主夫人にその勤めを果たしてもらいたいものだと、彼の執事が気を揉んでいることは、もちろんセドリックも、エヴァンも知っていた。
「早く戻り過ぎても、嫌われるぞ。口うるさい主人がいなくて、みんな羽をのばしてるだろうから」
「帰る時には、忘れずに先触れを出すさ」
「独りで帰ってくると知ったなら、君の執事はがっかりするだろうな」
「……おい」
セドリックはエヴァンの肩に手を置いたが、からかわれて怒っているのではなく、二人で戯れて笑っているのだった。ジュリーもその様子に、
「お二人はとても仲がよろしいのね」と言って笑った。
アナイスにはあまり面白くなかった。その時アナイスの撞いた球が甘い位置に止まった。次はエヴァンの番だった。彼はそれを容赦なく穴に叩き落とした。
不意に屋敷の中があわただしくなった。使用人たちが走って正面の大玄関の方へ集まって行く。口々にささやいている声が「予定より早くお着きだ」と聞こえた。
何事かと、客人たちの間にも憶測が飛び交い始めたが、
「みな様、高貴のお方がお着きでございます。お出迎えのご準備を下さい」
山荘の執事が丁重に、しかし声を張り上げながら歩いて回って来た。よく通る声だった。
音楽室と聞いていたのに、アナイスとジュリーが行ってみると誰もいない。さらに今まで音楽室にあった二台のピアノがなくなっていた。
他にピアノのある部屋を探していると、遊戯室でセドリックが、
「歌の練習なら大広間のようですよ」
と教えてくれた。彼はまた、
「終わったら遊戯室にいらっしゃい」
と誘うことも忘れなかった。
大広間に行くと、そこには音楽室から消えた二台のピアノがあり、歌の先生と女性たちが集まっていた。明後日の音楽夜会に向けて、会場となる場所にピアノが移されたのだ。アナイスたちには、その連絡が行き届かなかったらしい。
「場所が変わったこと、ルイーズに聞かなかったの? 彼女が連絡してくれるって言ったのに」
誰かがアナイスに言った。
先日の散策で毬投げをして以来、ルイーズと話した覚えはない。
彼女とは何となく疎遠になっていて、どちらかというと避けられている気がした。毬投げの時に、毬を受けにくいところに投げたのを、まだ悪く思っているのかもしれなかった。
ルイーズはピアノを挟んだ向こう側で歌っていた。
遅れてやって来たジュリーをみて、モーラン先生は、
「音楽会はもうすぐなんですがね」と言った。それでもあきれ顔をして練習をつけてくれた。
アナイスも一緒に歌いながら大広間を見回した。並んだ椅子の数は二百ほど。音楽夜会はまた、ずいぶん大がかりに催されるらしかった。
歌の練習が終わって遊戯室に戻ると、待っていたようにセドリックが声をかけてきた。今度はエヴァンも一緒だった。
ジュリーとアナイスは、彼らと四人でビリヤードをすることになった。
セドリックは陽気でおしゃべりだった。彼の領地はブドウの名産地で、今年は天候に恵まれてよいワインができそうだとか、そういう話をした。
「でも間もなく、いったん領地に帰らないといけません」
「まあ、なぜ?」
「ブドウの収穫開始を宣言しないと。伝統的に領主の役割なんです」
「大事なお仕事ですものね」
ジュリーとセドリックはお互いの顔を見交わして微笑んだ。
ブドウの収穫開始を宣言するのは、本来は領主夫人の役割だった。セドリックは一時的に代行しているだけで、早く領主夫人にその勤めを果たしてもらいたいものだと、彼の執事が気を揉んでいることは、もちろんセドリックも、エヴァンも知っていた。
「早く戻り過ぎても、嫌われるぞ。口うるさい主人がいなくて、みんな羽をのばしてるだろうから」
「帰る時には、忘れずに先触れを出すさ」
「独りで帰ってくると知ったなら、君の執事はがっかりするだろうな」
「……おい」
セドリックはエヴァンの肩に手を置いたが、からかわれて怒っているのではなく、二人で戯れて笑っているのだった。ジュリーもその様子に、
「お二人はとても仲がよろしいのね」と言って笑った。
アナイスにはあまり面白くなかった。その時アナイスの撞いた球が甘い位置に止まった。次はエヴァンの番だった。彼はそれを容赦なく穴に叩き落とした。
不意に屋敷の中があわただしくなった。使用人たちが走って正面の大玄関の方へ集まって行く。口々にささやいている声が「予定より早くお着きだ」と聞こえた。
何事かと、客人たちの間にも憶測が飛び交い始めたが、
「みな様、高貴のお方がお着きでございます。お出迎えのご準備を下さい」
山荘の執事が丁重に、しかし声を張り上げながら歩いて回って来た。よく通る声だった。
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