夏の日の歌 (完結済)

井中エルカ

文字の大きさ
25 / 42
4 新たな客

4-2 高貴な客人

しおりを挟む
 アナイスたちもゲームを切り上げ、「高貴な方」の到着を待つ玄関へと向かった。すでに玄関に続く大階段とその周辺に客人たちが集まり、噂話に興じる声や笑い声が吹き抜けの天井に響いていた。
 
「リュミニー子爵、君はこちらへ」
 玄関の扉付近にいた男が、セドリックの姿を見つけて手招きした。その男の年はセドリックより少し上くらいに見えた。顎回りに髭をはやし、威厳を感じさせる風貌だった。
「ああ、あなたでしたか」
 呼ばれたセドリックは、アナイスたちから離れた。

「あなたから子爵と呼ばれるのは変な気分だ」
 称号ではなく名前で呼び合う仲だつた。
「すまない。今日の場合は公式の立場が優先するのでね」
「どういうことです」
「……が来てるんだ」
「えっ。また唐突な……」
「彼女たちらしいというべきか。……ところで君の連れはどこに行った?」
 
 いつのまにかエヴァンの姿もどこかに消えてしまった。ジュリーとアナイスの位置からは、何事かを言われて、驚いたように眉を上げるセドリックの様子が見えた。
 期せずして噂好きの客人たちに取り囲まれていた。
 「グラモン侯爵よ」
 セドリックを呼びつけた男について、誰かが教えてくれた。近隣の有力貴族で、ラグランジュ夫人とも親交がある。山荘の客人たちが侯爵を揃って訪問した日、たまたま馬車がなくてジュリーたちは訪問できず、面識がなかった。
「侯爵は女たらしだから気をつけなさいって」
「最愛の奥様に先立たれて以来、誰彼構わず言い寄っているんですって」
と、余計な評判まで教えてくれた。

 ひそひそと囁き合った後、また別の誰かがジュリーに向かって言った。
「でもあなたは大丈夫ね。決まった相手がいるんだもの」
「グラモン侯爵が一目置くような相手がね」
「え……?」
 ジュリーは戸惑った。ジュリーには何のことか分からなかったが、アナイスはそれが当て擦りと理解して、腹を立てた。ジュリーがセドリックと親密なので、それをねたんでいるに違いなかった。
 アナイスが彼女たちに何か言い返してやろうかと思っていると、ジュリーが先に口を開いた。
「私にはよくわからないのだけど、みなさまがそう言ってくださるのならきっと安心ですね。ありがとうございます」
 ジュリーは心からそう思っているようだった。アナイスも、女たちも、一瞬で押し黙った。何も言い返せなくなってしまった。

 ジュリーはそんな女たちの様子にはお構いなしに尋ねた。
「今日のお客様はどなたなのかしら」
「ベルシー女公爵と公爵令嬢ですって、ほら、国王陛下の妹君よ」
「音楽好きの方々だから、ラグランジュ夫人が招待したのね」
「明後日の音楽夜会に?」
「そう」
「音楽夜会は、それはそれは豪華な顔ぶれらしいわよ、宮廷音楽家のドゥラエも、ピアニストの……も来るんですって。それから歌手の……」
「あら、私たちはそんな人たちの前で歌うのね……」
 話ははずんだ。

 ついに四頭立ての馬車が到着し、車係と執事とが出迎えに向かった。
 豪華な箱馬車なのに、表には家柄を示すものがなかった。その馬車はお忍び用だった。
 馬車の扉が開いて中から女性が二人降りた。
 グラモン侯爵とセドリックが駆け寄って、年上のグラモン侯爵が女公爵の、セドリックが公爵令嬢の手をとった。この二人が来客の出迎えに出たのは、「客人たちの中で最も格が高いから」だと、また誰かが教えてくれた。
 来客と出迎えの二人ずつ、手を取りながら、正面玄関までの階段をゆっくりと上がった。
 女公爵と令嬢が玄関まで来ると、使用人たちが一斉に頭を下げた。客人たちもそれに従った。ジュリーとアナイスも、膝を折って礼を尽くした。
 屋敷の中に入ってからはラグランジュ夫人が高貴な客人を案内し、三人の姿が応接の間の向こうへと消えて行った。部屋の扉が閉められ、それを見届けて、使用人たちも客人たちも解散した。
 
 いつのまにかセドリックがエヴァンの元に駆け寄っていた。二人は小さな声で話しをしていた。「エリザベットが……」と聞こえたが、これは令嬢の名前のようだった。
 ジュリーもアナイスも気になることがあったが、この日はそれ以上知ることはできなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

処理中です...