桜花

依久

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9話

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「坂本さん、これお願いします」
同じ職場の石崎さんから、書類の清書を頼まれた。
「いつまでですか?」
「出来れば今日中に」
「わかりました」


パソコンの前に座るとカタカタとキーボードを打ち始めた。
石崎さんの癖字、最初の頃は外国語みたいだったが今ではお手の物だ。
本人さんも気がつかない言葉の間違いもアタシが気がついて直すので、今や石崎さんの専属みたいな感じだ。


書類は全部で5枚。
途中で目の休憩がてら、お茶休憩を入れた。
その間、パソコンの画面はスクリーンセイバーに切り替わる。
綺麗な風景が何秒ごとかに変わりその中の一枚にアタシは釘付けになった。


夜桜


月光に照らされたその風景は、本当におでん屋さんの子狐がひょっこりと顔を出しそうな画だった。


オレが子狐役で、あやにゃんが人間役な。


耳の底に残る低くて甘い声。


なぜあの日、青木さんの連絡先を聞かなかったのだろう。
なぜ、別れることにためらいを覚えたのだろう…。


通りすがりの青木さん。


本当は、通りすがりにしたくなかった。
今ならあの時に言葉にできなかった気持ちがわかる。
アタシは青木さんに恋をしてしまったのだ。


でも、名字と青いバイクに乗っている事しか知らないよ、アタシ。
元スーツアクターで今はバイクのメーカーにお勤め。
既婚か独身かわからない人。


それだけの手がかりしか無いの。


アタシは、手元のコーヒーを飲むと作業に戻った。

「どう?今日中に仕上がりそう?」
「少し残業すればなんとか」
「すまないな。明日のプレゼンが終わったら気持ちも楽になるから今度の日曜日、ご飯でもどう?」
「え?日曜?」
「予定入っている?」
「ええ、ちょっと」
「どこか行くの?」
「映画…こないだ行き損ねたから」
「じゃあ、ご一緒しても良いかな?」


一緒してもいいかな?


目の前の石崎さんが青木さんと被った。


「いえ、映画は一人で見るのが好きなので…」
「そっかぁ、残念!ところで、何を見るつもりなの?」
「ドラえもん」
「え?アニメ」
「いけませんか?」
「いや、アニメは興味なくて。じゃ、いつかご飯でも行こう」
「はあ…」
「仕事の邪魔したね」


青木さんと見れなかった映画。
ドラえもんだと言ったらどんな顔したかな?


「ドラえもんは猫だから、あやにゃんとは相性が良さそうだな~」
なんて笑い飛ばされそう。
それは嫌な笑いではなくてカラッとした豪快な笑い方。


ああ、いつのまにかこんなにあの人の事が好きになったのだろう。
もう会えない人なのに。
どこの誰かわからない人なのに…。


モヤモヤとした気持ちで週末まで過ごし、アタシはまた日曜日に古民家カフェに来ていた。一人で。


先週の行動のトレースをしてもあの時間は戻っては来ない。
わかっちゃいるけれど、もう一度あの神社の高台に行ってあの風景を眺めたい。
そうする事で、気持ちに踏ん切りがつくのかどうかはわからないけれど、家でじっとしている気分じゃ無かったの。


ピザが焼きあがるのを待ちながら、携帯を取り出した。
あの日、青木さんに撮ってもらった写メ、じつはまだ見ていなかった。
なんとなく泣けてきそうで見れなかった。


手帳タイプの携帯を開け、画像を確認していった。


桜とアタシと高台からの街並み。
普段、写真写りがあまり良くないのに自然な表情で撮影してあり、本当に自分なのか?とアタシはしばらくその画像を見ていた。


よほど、青木さんの言葉がけがアタシに合っていたのだろう…。
そうこうするうちにピザがが来て、アタシはそれを口に運んだ。向かいの席が空っぽでスカスカする感じがした。


お勘定を済ませようと財布を探ると一万円しか無い。それで支払っても良かったけれど、常々携帯のポケットに千円札を入れてあるのを気がつき取り出そうとすると見覚えのない紙片が出て来た。


支払いを済ませて外に出るとその紙片を開けてみた。


そこにはブログのURLがメモ書きしてあった。


これは、アタシの字では無い。
気になって検索をかけてみたら


バイク好きのブログ/Blue treeというのが出てきた。


オレの事は、Blue  tree2号と呼んでくれ


Blue  青
tree   木


アタシはそのブログの写真に目を走らせた。
青いバイクが自己紹介欄に貼り付けてあり、記事はバイクの事ばかり。


その中で最新の書き込みに違和感を覚えた。
その画像だけバイクではなく桜の花の画像。
そこをクリックすると、先程携帯で確認したのと同じ画像。


街並みを見つめる女性の後ろ姿。
画面の右端には桜の幹。
そこに手をついているアタシだ。
高台から街並みを見つめている…。


何が書いてあるのだろう?


気になって画面をスクロールした。


10話につづく
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