上 下
123 / 168
桜島晴人

閑話 エヴァ・フリーズの暗躍①

しおりを挟む






琴音がアノニマスの為に、好きでもないエヴァ相手に、体を捧げた。

それをハルトから知らされて、全てが、どうでも良くなった。

(ハハハ………。もう、駄目なんだなぁ。完全に壊れちゃったのかな?私は………ハハハ)

そんな時、血溜まりの中に、キラリと何かが光った。

琴音の髪飾りだ。

それを見た瞬間。また、フラッシュバックの様に、頭の中に記憶が蘇った。







◇◇◇◇◇◇






「ノアさんっ……。駄目ですね。……ショックで放心してしまってます。無理も無い………」

「ノアさん……」

痛々しいものを見る目で、カエデはノアを見て、それから、緑子もノアの名を呼んだ。だが、ノアは視点の定まらない瞳で、宙を見つめている。

(……………ノア、自分のせいで琴音が死んだ気分はどうだい?最悪だろう?………私もだよ)

エヴァはチラリとノアに視線を向けて、下唇を噛んだ。

「…………カエデ、緑子。すまないが、ノアを頼むよ。私は奴を追う」

エヴァがそう告げると、今まで静かだった美奈が口を開く。

「ちょお待ってえな。もしかして、一人で行く気?それはあかん。危なすぎる、…………ノアさんは、うちが連れて行くから、せめて、3人で行動するべきや」

(…………3人で?奴を始末するのは、私一人で、十分……)

そう思うのだが、エヴァの口からは、わかったよ。と言葉が勝手に出ていた。

美奈から、緑子達に視線を移せば、二人も頷いているのが見えた。




「エヴァさん?それでは、僕達はこっちを、探してみます」

「ああ、頼むよ。私は向こうを見て来るよ。………気をつけて」

3人で手分けして、アノニマスが逃げた方向の空き部屋を調べる。影の化け物の姿を時折見掛けたが、襲っては来ない。不自然な程に、静かな洋館の中をエヴァは走る。

考えなくても、足が勝手に動くのだ。

そうして、エヴァはアノニマスを見つけた。その姿を視界に捉えると、激しい憎しみが込み上げてくる。琴音に愛された癖に、その琴音を裏切った、醜い化け物。人の心の無い、悍しい人食い。

「やっと、見つけたよ?アノニマス。」

そう声を掛けると、アノニマスはノロノロと顔を上げた。

琴音を殺して、皆を苦しめた化け物の癖に、その瞳に悲しみを浮かべているのが、癪に触る。全てコイツのせいだ。何もかも。

エヴァが苦しむのも、琴音が苦しむのも、皆が苦しむのも。エヴァと琴音が結ばれなかったのも、全て、この化け物のせいだ。

「ハヤク………殺して……おれを…、ハヤク……じゃないと……もう、抑えられナイ……」

そう言って、自身の腹を抱きしめるアノニマスに、言いようの無い憎悪が湧き上がる。腹を大事そうに抱える姿に、怒りが抑えられない。

「…………お望み通り殺してやる。………百万回首を刎ねても、……私は君を………許せない。……………醜い化け物め」

告げて、首を一刀のもとに、刎ねた。ゴロリと転がった、アノニマスの首を蹴り飛ばすと、遅れて追いついて来ていたカエデと緑子は、エヴァの後ろで、震えて抱き合っていた。

「……………全て、終わったよ。………カエデ、緑子。先に皆の所に、戻っていてくれないか?私は、少しだけ、一人で、考えたいんだ」

振り向かずに、そう告げると、二人は真っ青な顔で頷いて、震える足が縺れそうになりながら、部屋を出て行った。

エヴァは、アノニマスのうつ伏せに倒れた体を足で蹴って、仰向けにさせてから、剣を腹に突き立てた。





◇◇◇◇◇◇





アノニマスの首をハルト達の所に届けて、それから、ノアとハルトが動ける様になるまで、少し時間が掛かると言う事で、エヴァは琴音の遺体の側にやって来ていた。

「琴音…………、ごめんね。君の頭は見つからなかったよ」

そっとしゃがみ込む。そして、上半身の無い、無残な遺体をシーツの上から、そっと撫でた。

アノニマスの腹を裂いたが、琴音の上半身が出てくる事は無かった。どんな原理なのかは知らないが、既に消化したのか、吸収したのだろう。流石は化け物だ。

(………………琴音。すまない。………私は、全てを投げ出す所だったよ。何もかも、どうでも良いと考えてしまった。だけど、…………君に償いたい。………君を救いたい………琴音)

エヴァは内心で、琴音へ語りかける。

(……………琴音。………君を救えるかも知れない方法が、やっとわかったんだ。私は全てを思い出したんだよ)


琴音の髪飾りを見て、フラッシュバックした記憶。その中では、琴音と恋人になれた。だが、エヴァと親しく過ごす裏で、琴音はカエデとも親しくしていた。

先にカエデからは、何も無い。誤解だと、話されていたが、それでもエヴァは激高して我を忘れて、琴音を手酷く抱いた。あれはレイプと言っても過言では無い。恋人同士だったが、琴音は痛みに泣き叫び、やめてくれと全身で訴えていた。それなのに、エヴァはそれを無視して、行為に及んだ。

カエデも泣きながら、止めるように訴えていた。琴音の身を一番に考えていた。

我に返って、ぐったりとした琴音と、泣いて顔をグシャグシャにしたカエデの姿を見て、エヴァは逃げ出した。

怖かったからだ。

体を繋げたのに、琴音との距離が離れた。そんな風に感じた。冷静になった頭で、エヴァは琴音とカエデの間に体の関係は無かったと漸く理解して、そして、更に後悔した。

(本当に誤解だと?そんなまさか………それなら、私は……何を……)

結局エヴァは、琴音を信じきれず、琴音を傷つけた。
ズタズタに裂けて、腫れ上がった、琴音の血塗れの下半身を見た時に、全身の血が引くのを感じた。

(琴音に嫌われてしまう)

琴音の体を案じるのでは無く、一番最初にそう考えてしまった、そんな自分に絶望した。その後訪ねて来た琴音を、顔を合わせるのが怖い、別れ話をされたらどうしよう。そんな自分勝手な理由で無視して、そして琴音はアノニマスに食われて、死んだ。

そこまでの記憶を思い出して、エヴァは、笑ってしまった。

(…………私は自分勝手で、……最低な男だ。そんな私が、琴音と結ばれて、幸せになれる筈が無かったんだ)

二人が、浮気をしていたのかは今となっては、定かでは無い。だが、添い寝をしては居たが、二人の間に決定的な裏切りの証拠なんて無かった。体の浮気は確かに無かったのだ。

カエデも琴音とは何も無い、話をしている内に眠ってしまった。そう言っていた。だが、エヴァはそれを嘘だと決めつけた。

ちゃんと冷静に、話し合わず、理由も聞かず、誤解だと言う琴音に乱暴をした。

エヴァが琴音を裏切ったのだ。





エヴァが自分勝手に琴音を犯す傍らで、カエデは、足が凍りついて、声が出ないのに、それでも泣きながら、ずっと止めてくれと泣き叫んでいた。

琴音の身を案じて、そして、乱暴される姿に涙を流して居た。エヴァとは違う。本当に琴音を想い、行動していた。

我に返り、琴音の身を魔法で清めて、そして、エヴァが部屋を逃げ出した時、カエデは放心状態で、意識もハッキリとはしていなかった。泣いて脱水症状だって起こして居ただろう。それなのに、フラフラの体で、琴音の側に行き、熱を出して荒い呼吸の琴音を愛おしそうに、大事そうに抱えていた。
それを尻目に、エヴァは逃げ出した。

結局、エヴァの想いなんて、そんなモノだったのだ。何時だって我が身が一番。卑怯者で身勝手なクソ野郎だ。全てを、思い出した今。

エヴァは自身を、そう評した。


(…………やっと本当の意味で目が覚めた。……邪魔者は私だったんだ。………琴音と結ばれて、琴音を、ここから救い出すのは、私では無い。琴音を幸せにするのは、私では無い。私には、最初から無理だったんだ)

今までに、思い出した記憶の中のエヴァは、どれもこれもが自分勝手で、琴音を一度は必ず傷つけていた。そんな男が、琴音と幸せになれる筈が無かったのだ。

(………………琴音。君を愛している。だからこそ、私は君を諦めるよ。……………一度でも、幸せな夢を見られた。それで、充分だよ。…………………君が他の男と結ばれるのを、応援するのは、辛いけど。それでも、私は………)

血溜まりに落ちている、髪飾りを拾い上げる。

(…………今度こそ、君を必ず救い出してみせる。その先の君の隣に、私が居ないのだとしても………。それでも、君を救うのは私だ。きっと、そうする運命で、だから、こうして繰り返しているんだろう?それが私に与えられた本当の使命なのだろう?そうでしょう?神よ?………こんなクソ野郎な私でも、やっと気づく事が出来ました)

祈るように、髪飾りを握ったまま、指を顔の前で組む。


『行ってらっしゃい、エヴァさん。
……………ありがとうございました。楽しかったですよ』

そう頭の中に、琴音の声がした。都合の良い幻聴だ。

「……、行ってくるよ。琴音。………こちらこそ、ありがとう。……私も楽しかった。それに……………幸せだったよ」

エヴァは、まだ生乾きの血に塗れた髪飾りに口づける。生臭い鉄の味がした。







◇◇◇◇◇◇





地獄のループが、また始まった。

緑子が誰とも恋仲にならない、琴音が部屋から出て来ない、全員が無残な死体に成り果てる、地獄の日々。理由も何も分からない。理不尽な日々。

だけど、このループの理由なんて、もうどうだって良い。ノアの魔法だろうが、神の暇潰しだろうが、何だって良い。そう言う意味では、エヴァは、やっぱり壊れてしまっていたのだと思う。

だけど、今のエヴァにとっては、そんな事すらどうでも良い事だった。


「…………50回目か、……。次は何回目で、あちらへ行けるのだろうか?………もう、暫くは、こっちで良いかもしれないな。………正直、まだ少し、時間が欲しい」

エヴァの中で、緑子が特定の誰かを選ぶ運命をあちら側と呼ぶ様になっていた。

繰り返し続ければ、その内あちら側に行ける。今のエヴァは何故か、そう確信していた。そして、その時が来るのが、もう少し先なら良いなと考えている。

琴音を救いたい。それは本当だ。それでも、その方法は、エヴァにとっては、辛い。

琴音が他の男と上手く行くように、助力しなければならないのだから。

(………わかっていた筈なのに、それでも、やっぱり辛い。辛いよ。………君への思いを断ち切るのには、もう少し時間が欲しい……)

エヴァの考えでは、琴音が琴音の世界の男。カエデ、ハルト、ゲンキ。その内の誰かと結ばれるのが、琴音を救い出せる方法では無いか?と考えていた。

緑子が誰かと結ばれると、全員の死の運命が変わる。だが、琴音だけは死ぬ。

だが、琴音が誰かと結ばれれば、きっと、また運命は変わる筈だ。

エヴァはそう考えた。

地獄のループに戻って来て、もう50回。

考える時間はたっぷりと有った。その間に、色々と考えた結果。エヴァは、アノニマスとノアと自身を除外した。

エヴァが結ばれないのは、思い出した記憶を考えれば明らかだ。

そして、アノニマスも化け物だ。結ばれて幸せになんてなれない。心が通じた琴音を喰ったのだから、コイツは除外だ。そしてノア。ノアも除外した。ノアと琴音は結ばれない。

それは、ノアの性格や生い立ちを知っているから断言出来る。今のノアは、女性と恋愛なんて、絶対に出来ない。それに………

そこまで考えて、ズキンと頭に痛みが走り、エヴァは額を抑えた。

(っ…………、痛い。これは、慣れないな。………思い出す必要は無いと言う事かな?)

ノアに関しての謎の記憶。それを思い出そうとすると、頭が痛む。

何かしらの力が働いているのは明らかで、エヴァはそれに逆らう事は、もう、ない。

体が勝手に動いたり、お決まりの台詞を喋ったり、そんな事に慣れきっていたエヴァは、そんな不可思議な現象にも、なすがまま、身を委ねた。

そして、思考を切り替える。


(………、3人除外して、残ったのは、琴音と同じ世界の3人。やっぱりこれには、意味が有ると思う。琴音と結ばれる為には、同じ世界じゃないと、駄目なのかもしれないな)

残った3人に、作為的な物を感じて、エヴァは一人納得した様に頷いた。やはり何度考えても、しっくりとくる。

(………………やっぱり、カエデなのだろうか?カエデなら、きっと琴音を幸せに出来る……)






◇◇◇◇◇◇





「え?これを私に……ですか?」

キョトンとして、琴音はエヴァが差し出した髪飾りを、凝視している。

「ああ、君にだよ。ほら、これは黒髪に似合うから」

そう取ってつけたような理由を告げると、琴音は少し納得した様な顔をする。

シンプルな髪飾り。金色の土台に赤い宝石が付いている。凝った装飾は無いが、黒髪には映える。

「えっと、ありがとうございます。………なんだか、凄く、好きです。このデザイン」

ぎこちないが、微笑む琴音に、エヴァも微笑み返す。上手く笑えたかは分からない。

「琴音。君を愛していたよ。本当に愛していたよ。……………好きだったよ」

琴音に聞こえないのを良い事に、何度も何度も、そう告げて、琴音が怪訝そうな視線を向けて来たら、誤魔化すように笑って、食料を渡すと、すぐにその場を立ち去る。


50回のループの間、毎日毎日、全員が死ぬまで繰り返していた。








いつも通りに生首だけになった琴音。その頭には、エヴァの渡した髪飾りがキラリと光っている。

(やっぱり、君に、良く似合うよ)

アノニマスがやって来て、エヴァが喰われて死ぬまでの僅かな時間。エヴァは琴音の頭を抱えて、そうして、ブツブツと呟いた。


「……………やっぱりまだ、駄目だ。まだ、君を愛している……」


そうして、51回目の地獄が来て、エヴァはホッと息を吐く。









しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

いつから魔力がないと錯覚していた!?

BL / 連載中 24h.ポイント:17,773pt お気に入り:10,478

妻が遺した三つの手紙

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,014pt お気に入り:47

浮雲の譜

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

[ R-18 ]息子に女の悦びを教え込まれた母の日常

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:3,301pt お気に入り:76

お高い魔術師様は、今日も侍女に憎まれ口を叩く。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,002pt お気に入り:124

冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,101pt お気に入り:179

ロリコンな俺の記憶

大衆娯楽 / 連載中 24h.ポイント:5,850pt お気に入り:16

ゴリマッチョオネエな魔法使いの素敵なお仕事

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:114

処理中です...