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桜島晴人

閑話 和泉楓の後悔⑦

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「だよなー☆エヴァも先生もそう思うよな?もっと俺達を頼ってくれても良いのに、さっきも缶詰すげぇ遠慮しててさ。でも先生のお蔭で受け取って貰えたけど☆………なのに俺、重いとか、そう言うのまで気が回らなくて、マジ最悪……、先生が言ってくれてマジで良かった☆ありがとうございます。和泉先生。流石、先生だよね☆」

明るくそう言って、ウィンクをして来る桜島に、和泉は微笑み返した。

「…………どういたしまして、なのでしょうか?ふふふ。………桜島君は、観音坂さんを、とても好きなんですね?」

和泉の言葉に桜島の顔は真っ赤になった。

「えっ?!ち、違いますって!!!俺、別に………そんな」

「隠さなくても、良いだろう?ハルトと琴音殿、………中々にお似合いだと、私は思うけど?」

「エヴァまで!!!からかうなって!!!」

「ははは、本心だよ?カエデもそうは思わない?」

エヴァの言葉に、和泉は優しく微笑んで、頷いた。

「……………青春って良いですねぇ、ふふふ。羨ましいです……ふふふ」

「ははは」

「ちょっ!!!エヴァ!!!先生まで………。そんなんじゃ無いってば………俺、……………ぷ、あははは」

顔を真っ赤にして、慌てた様に言ってから、桜島はプッと吹き出すと笑う。談話室に3人の笑い声が響く。

和やかな時間。だけど、和泉は内心で、チクリチクリと胸が痛んだ。





◇◇◇◇◇◇






「んっ……、琴音さんっ……、っ…はぁ………」

びゅるっと飛び出した精液が手のひらを汚した。和泉は、ハァハァと肩を上下させる。

「ふぅ………。最低ですね。僕ってば………」

精液で、どろどろに汚れた手を、小さなタオルで綺麗に拭って、一息。そして思い浮かべるのは、桜島と琴音。二人の姿だった。

「………………本当に、お似合いの二人ですね。………僕の入り込む余地なんて無いんです。………分かってます……」

ポツリと呟いて、胸がぎゅうっと締め付けられる。

2週間前に、この洋館に閉じ込められて、そして其処で出会った少女。観音坂琴音に恋をした。一目見て、心を奪われた。彼女が欲しい。自分のモノにしたい。恋人になりたい。心は、そう叫んでいた。だけど、それは不可能だ。

彼女は、まだ16歳の子供。そして、和泉は28歳の大人、それも教師だ。

(駄目だ。好きになっては、いけない)

そう、頭の中で声がした。

一瞬で心を奪われて、そして一瞬で和泉は、琴音とは結ばれない、結ばれてはいけないと理解した。和泉から、猛烈にアプローチして、仮に結ばれたとしても、きっと、幸せにはなれない。そう確信にも似たモノを和泉は感じたのだ。

だから、どれだけ話しかけたくても、触れたくても、我慢した。自身に許したのは、琴音との、ここでの生活で困らない程度の必要最低限の会話。教師として、頼れる大人として、接する事。それだけだ。間違っても親しくなろうなんて、考えてはいけない。特別になりたいなんて、考えてはいけない。

(駄目だ、駄目だ、駄目だ、好きになっては、いけません。………年が離れ過ぎています……。僕が彼女を想っては、駄目です。絶対に駄目です)

頭の中は、常にその考えで、いっぱいだった。

それでも、琴音を目で追うのを止められなくて、近くに居る時は、バレないように見ていた。そうしたら、嫌でも気づく。

桜島が、琴音に好意を抱いている事に。

(……………ああ、そうですよね?だって琴音さんは、あんなに可愛らしいんです。………他の男性が好きになって当然ですよ。ええ。そうですよね。………僕とは違って、年の近い、桜島君なら、琴音さんを好きになって、結ばれても、おかしくは有りません。………彼なら、きっと琴音さんを幸せに出来るんでしょうね)

今をときめく人気アイドルの『ハルト』男の和泉だって知っているくらいの有名人だ。稼ぎだって和泉の何倍も有るだろう。容姿も良くて、お金持ち。そして若い。和泉に勝ち目なんて無い。

(……………ほら、やっぱり、最初から諦めて正解でした。僕みたいなおじさんが、若い人達の邪魔をしては、いけません。琴音さんの幸せの邪魔をしては………いけません)


そう自身に言い聞かせて、和泉は痛む胸を抑えた。






桜島の琴音に対する気持ちに気付いた、その日の夜。和泉は夢を見た。

『……………………私、欲求不満なんです、和泉先生。……助けて………。和泉先生とエッチしたいです……』

そう言ってスカートを捲くって、琴音は、濡れてテラテラと光るおまんこを、チラチラと見せて来る。

『和泉せんせぇ♡私上も付けてないんです。ノーブラ、ノーパンですよ♡見てくれますか?』

甘い声で、いやらしい誘惑。夢の中の和泉はハッキリと意識が有って、これが夢だとすぐに気づいた。そして、歓喜で震えた。

(ああ。なんて、素晴らしい夢でしょうか♡夢の中なら、貴女を好きに出来ますね♡琴音さんっ♡……我慢、しなくて良いんだ!!!)

起きている時は、理性を総動員させて、必死に我慢していたが、夢ならば遠慮は要らない。夢の中の琴音は和泉のモノだ。

『………。とりあえず中に入ってください。こんな所を誰かに見られたら僕困っちゃいますよ……。さあ、おいで。………僕で良ければ助けてあげますよ。観音坂さん♡』

明晰夢とは違い、自由には動けない。口からは勝手に台詞が出て来る。だが、それは、今の和泉が求めていた台詞だった。そして、その後は部屋に招き入れた琴音と、いやらしい事をする。今の和泉の願望がそのまま、反映されたかの様な淫靡な夢だ。

(ああ♡なんて素晴らしい夢なのでしょうか♡)



目が覚めたら、パンツが漏らしたみたいに、精液でぐちょぐちょだった。濡れて冷たくて不快だが、和泉の心は、幸福感で満ちていた。

ついさっきまで見ていたのは、まるで現実の様なリアルな夢だった。

終始ハッピーなストーリーでは、無かったが、それでも和泉は、現実では絶対に味わえない琴音のプリプリのおまんこを、沢山味わえた。味も匂いも、感触も、琴音の甘い声も、夢から覚めた今でも、ハッキリと思い出せる。それ程にリアルな夢だった。

(はあ♡………なんて、素敵な夢なのでしょうか♡ああ♡心が満たされています……♡僕の琴音さん♡)

現実の琴音とは結ばれる事は無い。だが、夢の中なら、何をしても大丈夫。夢の中でだけは、琴音は和泉のモノなのだ。きっと、これから毎日夢を見る、和泉は、そう確信していた。

そして、実際、夢を見始めた日から、一日も欠かさず、琴音の夢を見た。ただ、やっぱり夢なので、ストーリーは自由にはならない。時折悪夢と言っても良いくらい、グロテスクな夢も見たが、それでも、琴音が出て来るだけで、和泉は幸福感で満たされた。

夢の中の琴音は、和泉のモノだ。それがどんなに残酷なストーリーでも。和泉だけのモノなのだ。


ここ最近の事を思い出していると、眠気が襲って来る。自慰をして、限界まで、抜いたせいも有るだろう。毎日眠る前に、精液が空っぽになるまで抜くのが、ここ最近の日課になっていた。

そうしないと、朝起きた時、パンツがどろどろで、大変だからだ。

「ふわぁ………」

欠伸をして、和泉は布団に潜り込む。

今日はどんな夢だろうかと思いながら、瞳を閉じた。






◇◇◇◇◇◇




昼間、和泉はご機嫌で廊下を歩いて居た。昨夜の夢は最高だった。

始まりから終わりまで、ずっと琴音との幸せなストーリー。お陰で少し寝坊してしまった程だ。

(…………今夜も、同じ夢が見たいですね、はあ♡琴音さん……、僕のお嫁さん………)

夢の中で、琴音と結婚の約束をした。その後の子づくりセックスは最高だった。

思い出して、頬が緩む。

るんるんと歩いていると、バッタリと琴音と出会った。

「おはようございます。観音坂さん」

「あ、先生。おはようございます」

現実の琴音と出会い、浮かれていた気分は、沈む。琴音に対しての罪悪感と、胸の痛み。いつも通り視線を少し外そうとして、そして気づく。琴音の顔色が悪い。

心配だ。そう思うのだが、必要以上に、琴音とは接しないと決めている。

「………おや?少し、顔色が悪くありませんか?」

だが、言わずにはいられなかった。

「い、いえ。……元気ですよ?」

「………そうですか?なら良いのですけど」

絶対に元気では無い。琴音は嘘を言っている。心配を掛けたくないから、気を遣っているのかも知れない。

本当なら、もっと突っ込んで聞きたい。世話を焼きたい。体調が悪いのなら、今すぐ部屋に送って行きたい。だけどそれは駄目だ。

必要以上の接触は駄目だ。

我慢できなくなってしまう。

(っ…………)

「観音坂さん?談話室にいかないんですか?」

「あ、はい。桜島君のお部屋に行こうかと思って………」

結局琴音は、逆方向へ去って行った。桜島の部屋に行くそうだ。それに和泉は、複雑な気持ちになりながらも、ホッとした。

(っ…………ほら、この琴音さんは、桜島君のモノなんですから……。はあ…………僕も、部屋に戻ろう。………もう一度、眠れるかな?もう一度、昨夜の夢が見たいです)


幸福感が吹き飛んで、胸がチクリチクリと痛む。早く幸せな夢を見ないと、いけない。そうしないと………





◇◇◇◇◇◇





「お料理ですか?」

「あ、はい。先生はお料理が趣味なんですよね?私、上手くなりたいんです。だから、教えて貰いたくて………」

思わず、和泉はポカンと口を開けた。

(…………今、僕は夢を見てるんでしょうか?)

琴音が和泉の趣味が料理だと、知っているとは思っていなかった。更には教えて欲しいなんて、言われるとは、想像もしていなかった。思わず夢かな?と一瞬思う程に。

ポカンとして、それからハッとする。何か返事をしないと不自然だ。

「えーっと、それは構いませんけど、どうして?」

「あの……、私、少しでも皆さんの役に立ちたくて……。その、探索にも行けない役立たずですから……。せめてお料理とか、頑張ろうかなって思って」

「え……。そう、なんですね?別に気にしなくても良いんですよ?役立たずだなんて、そんな事、誰も思ってませんよ?」

(なる程。………ああ、なんて、健気な子なのでしょうか……。探索に行けない事に胸を痛めて、出来る事をしようと言うことですね?………可愛らしい……)

「先生、それでも、私、何かしたいんです。駄目なら諦めますけど………」

琴音の言葉に、和泉はニコニコしてしまう。

「いえ。駄目だなんて、そんな事は有りませんよ?それじゃあ、今晩、夕食を一緒に作りましょうか?」







「ああ……。何をやっているんですか、僕は………。うぅ、……でも、やっぱり琴音さんは、夢でも現実でも、可愛らしい。頑張り屋さんで、健気で…………きっと、良いお嫁さんになります………」

うっとりして呟いてから、和泉はハッとする。

「って……、ああ。もう、本当に僕って奴は………、これでは、これまでの我慢が全て水の泡です……。はぁ」

和泉は、自室で一人頭を抱えた。琴音とは必要以上に近づかないと決めたのに、それなのに、彼女のお願いを断る事は出来なかった。それ所か、胸がドキドキと高鳴っている。

(………皆さんの為と言っていましたけど…………お料理、桜島君の為ですよね?………きっと、そうですよね?ああ、なんて羨ましい………。将来は彼のお嫁さんになるんですか?………ずるい、ただ年が近いだけの癖に……、……)

桜島への嫉妬心が湧き上がる。だが、すぐに緩く首を振り、自身を戒めた。

「っ………いいえ、そんな事を考えては、いけません。…………琴音さんを欲しいなんて、思ってはいけません……。いけないんです」







◇◇◇◇◇◇







ソファーに腰掛けて、満たされた腹を優しく撫でながら、和泉はリラックスしていた。それから、先程撫でた琴音の髪の手触りを思い出して、ほうっと息を吐く。

(……………こんな風に、琴音さんと、過ごす事が出来るなんて、なんて幸せなのでしょうか。………ですけど、期待をしてはいけません。……彼女は僕の事を頼れる大人として、信頼してくれているだけなのですから。……だから、僕はそれに応えるだけです。……でも、少しくらい、この時間を楽しんでも良いですよね?)

聞こえてくる水音。琴音が洗い物をする音。それに耳を澄ませて、和泉は考える。

まるで夢の中の様な一時。だけど、ここは現実で、琴音と結ばれるのは自分では無い。共に料理を作っている時も、食事をしている時も、何度も何度も自身に言い聞かせた。

(……………分かってます。分かってるんです………。僕は、琴音さんに幸せになって欲しいんです。だから…………想ってはいけません。頼れる大人として、信頼される。それだけで十分幸せなのですから)

琴音に人として慕われる。それはきっと凄く幸せだ。恋愛的な意味での特別にはなれなくても、琴音にとって、良き大人の一人になれると言うのも悪くは無い。そんな風に思う。そうすれば、頭を撫でるくらいのスキンシップは、許されるだろう。そう考えると、思わず頬が緩む。

「観音坂さん、お片付けありがとうございました。………さあ、君も少し一服したらどうですか?今度は僕がお茶を淹れますよ」

水音が止まり、琴音がこちらに来るのが見えて、和泉は立ち上がった。キッチンへと向かおうと歩き出す。

だが、琴音は和泉の行く手を遮る。そして、スカートを捲くりあげた。何故か下着を履いておらず、おまんこが丸見えだ。

「先生、……エッチしましょう?私、下のお口でも、お腹いっぱいになりたいです♡お茶じゃなくて、先生のドロドロのお精子を飲ませてください♡」

「っ…………、か、観音坂さん?………な、何を……っ………」

(え…………?まさか、僕は眠ってしまったのかな?夢………?)

ソファーに座り一服している内に、寝入ってしまって夢を見ているのだろうか?そんな風に思うが、これは現実だ。琴音が、和泉におまんこを見せつけて、誘惑している。

視線がピンク色のぷっくらしたおまんこから離せず、息は荒くなる。いつもの夢とは違い、体は自由に動く。琴音を現実で、めちゃくちゃに出来ると思うと、下半身に熱が集まる。

「あ、………そんな…、っ……か、かんのんざかさん……、っ……」

(まさか……琴音さんは、僕の事を好きなんですか?桜島君では無くて?)

ここ何日か桜島は部屋から出て来ない。体調不良らしいが、本当かどうかは定かでは無い。琴音は何度か訪ねていた様子だが、会えていなかった様だし、もしかして、二人は喧嘩をしたのか?もしかして、桜島は琴音に振られたのでは?そんな妄想が、一瞬にして、頭に浮かぶ。

(駄目だ。駄目です、駄目駄目駄目。期待してはいけません)

そうは思うが、目の前でいやらしく笑う琴音に、和泉は期待が止まらなかった。

もしかしたら、本当に、現実の琴音も自分のモノになるんじゃないか?琴音から、和泉を求めてくれるのなら、きっと幸せになれる。妄想は加速して、二人で幸せな家庭を持つ事まで、ほんの一瞬で考えてしまった。

だが、そんな儚い思いは打ち砕かれた。

「先生♡……割り切った関係で、良いんです♡私、処女じゃ無いですから、遠慮しないで、犯してください♡せんせえのおちんぽが欲しいです♡ね?先生、無責任中出ししても良いですよ?責任を取れなんて言いません♡ちゃんと分かってますから、私と先生は大人と子供。教師と生徒だって。だから、此処でだけの関係で良いんです♡今だけ、全部忘れて、楽しみましょう?」







◇◇◇◇◇◇





唖然とする琴音を部屋から追い出して、和泉は噎び泣いた。

夢の中で、似たような場面を見た事は有る。初めて見た、琴音のいやらしい夢の中では、和泉の方から似たような台詞を言っていた。その時は何も思わなかったのに、今の和泉は胸が潰れそうなくらい、締め付けられていた。苦しい苦しい苦しい苦しい。悲しい悲しい悲しい悲しい。

(うぅ………………。ううう…………)

ボロボロ涙を流して、ギリギリと手を握り締める。爪が手のひらに食い込んで血が滴っている。


琴音が処女じゃない事は、そこまでショックでは無かった。和泉だって過去に何人もの女性と関係が有る。


ショックだったのは、和泉と付き合う気も無いのに体の関係を迫られた事、大人と子供、教師と生徒。責任を取らなくても良いと、そう、琴音が言った事。その言葉を琴音の口から聞きたくなかった。そして、馬鹿な妄想をして、夢を見てしまった事、それを琴音にあっさりと打ち砕かれた事がショックだった。

(やっぱり僕では、駄目なんですね?…………君と結ばれるのなんて、有り得ない、…………分かっていたのに、分かっていた筈なのに、………君の口から、聞きたくなかったです……、琴音さんっ……)


噎び泣き、いつの間にか疲れて眠ってしまい、夜は明けていた。

明るい日差しが窓から射し込むが、和泉はベッドの上から起き上がる事が出来なかった。太陽に、体調が悪いと告げて、部屋に籠もる。一日何もせず、ぼーっと過ごし、次の日、太陽が訪ねて来たが、それも断った。

(琴音さん……)

琴音が、皆に、料理を振る舞うから来て欲しいと言うお誘いだったが、今、琴音の顔を見たくなかった。





◇◇◇◇◇◇





一人で過ごす内、色々と考えた。きっと琴音は、桜島と喧嘩か何かをして寂しくて、和泉を誘惑したんじゃないか?と

こんな状況で、友達の緑子や美奈も居ない。そんな時に、寂しさから、人肌を求めてしまう気持ちは理解出来る。処女では無いなら尚更。つい魔が差すことは誰にだって有る。それできっと琴音は、和泉を誘惑した。

大人として、和泉が取るべき行動は、しっかりと断り、自分を大切にする様にとお説教をする事だったのだ。

勝手に期待して、それが裏切られたからと、あんな風に怒りをぶつけるべきでは無かった。

(………そうです。……琴音さんは、悪くないです。あんなに怒った僕の方がおかしいんです。……………ちゃんと謝らないと……いけませんね)

暫く部屋に籠もって頭を冷やして、落ち着いたら、激しく怒った事を琴音に謝ろう。それから、大人として、軽くお説教をしよう。そうして、これまで通り、何も無かった様に過ごそう。

(…………そうです。それが一番良いんです。………僕は、……僕は琴音さんが幸せになってくれるのなら、それで、良いんです)

そう思った。だけど、その次の日、琴音は死んだ。

アノニマスに喰われたのだ。




「……………ボク、ハルトを呼んでくる」

「ああ、頼むよ。ノア」

ノアがその場を立ち去り、残った者達で、シーツを被せた琴音の遺体を囲んで見下ろしていた。

ドス黒いシーツから覗く、琴音の靴。和泉はそれを静かに眺めていた。

(………ああ。僕は、本当に最低ですね。君の幸せを願いながら、同時に不幸に喜んでいるんですから………)

琴音の死に対する悲しみやアノニマスに対する怒り。それも勿論有る。

だが、今、和泉の胸に、こみ上げるのは、琴音が誰のモノにも、ならなかったと言う仄暗い喜びだった。

それから、ほんの少しの後悔。

(……………こんな事になるなら、あの時抱いておけば良かったです。どうせ死ぬのなら、無理矢理にでも、僕のモノにしてしまえば………エヴァさんみたいに…っ……痛……)

ズキズキと頭が痛む。

(違う違う違う違う違う。そんなの駄目です。僕は、…………僕は、琴音さんには、幸せになって欲しいんです。無理矢理なんて、駄目です……。………ああ、頭が痛い……………)

ズキズキと頭が痛む。

(……?今、僕は何を?………痛い……………くっ………頭が割れそうです…………)

激しい頭の痛みで、思考はまとまらない。

痛みに顔を顰めた和泉を、美奈が、じっと見つめて来たが、すぐに興味なさそうに視線を外したのが、視界の端に見えた。


和泉楓


後悔度


★★★★☆☆




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