ヤリ捨て騎士と見習い魔女

福富長寿

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2話 死の呪い

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結局薬を戸棚にしまって、エルシーは薬の調合を続けた。一時間程経ってコンコンと作業部屋の扉をノックされて、出て見ると、母と祖母がお洒落をして立っていた。

「エルシー、ママとババちゃまは今から出掛けてくるわ。王都まで行くから、帰りは明日の夜になるわ。お留守番よろしくねー」

そう言って二人は去って行く。

(………そう言えば出掛けるって、前々から言ってたっけ?これってチャンスじゃない?)

母親と祖母は、エルシーに魔術の類は絶対に教えてはくれなかった。それはエルシーに殆ど魔力が無いからだ。だから、魔術の行使は出来ないし、下手に魔術書に触れると、呪術が掛かってしまうから。だから、地下に有る魔術書の置いてある部屋には子供の頃から、立ち入りを固く禁じられていたのだ。だが今、母と祖母は居ない。二人揃って出掛けるなんてかなりレアだ。

フィンレーの事でモヤモヤした気持ちを何とかしたくて、エルシーは、普段なら絶対に考え無い事を考えてしまった。魔術書の置いてある部屋に忍び込んで、少しだけ魔術書を見せて貰おう。そう思ってしまったのだ。

(強い呪いの本なら見分け方も分かるし、ほんのちょっとなら大丈夫よね?もし、進入禁止の魔術が掛かっていたら諦めよう………)

そして、向かった地下の部屋に進入禁止の魔術は掛かってなかった。だからエルシーはそっと扉を開いて中に入り込んだ。父もまだ帰って来ない。だから扉を閉めたエルシーはホッと息を吐く。

(簡単に入れちゃったわ!!!!…………けほ。ちょっと埃っぽいわね………)

薄暗い部屋の小窓を開けると光が入って、埃も少しだけマシになった。それから部屋の中を見渡してエルシーは感嘆の息を吐いた。

「凄い………。凄い、宝の山だわ!!」

床や棚に、ところ狭しと並ぶ本。それはかなり高価な魔術書ばかり。エルシーはモヤモヤした気分が吹き飛んで、すぐに本に夢中になった。一応、魔術が掛かった見分けの眼鏡を掛けている。祖母の物だ。こっそりと祖母の部屋から拝借して来た。

この眼鏡で見て、黒い色の魔術書は危険なのだ。だから、それさえ避ければ大丈夫。

(……………私に魔術は使えないけど、でも読むだけでも楽しい!!……ふふふ)




▷▷▷▷▷▷



ハッと気づくと、部屋の中が薄暗くなって居た。結構長い事居たようだ。いつの間にか夕方になっていた。父が帰って来てしまう。流石にそろそろ、此処を出ないとヤバイ。目も疲れて、エルシーは眼鏡を外して眉間を揉むとふうと息を吐いた。

(夢中になっちゃった……。後、一冊だけ読んだら終わろうかな)

すぐ近くに有る赤い本を手に取って開いた瞬間、エルシーは自身の失態に気付いた。眼鏡を、外してそのままだったのだ。

「あっ!!!!!」

エルシーが叫ぶと同時に、魔術書から黒い霧が吹き出して、エルシーの体を包み込む。鼻や口からエルシーの中に入り込むと、嘘の様に消えた。特に何も変わりは無い様に見える。だけどエルシーは真っ青になって座り込んだ。

「あ…………あ、なんて事っ!!!!!死の呪いだなんて!!!!!嘘ぉ!!!!いやぁ!!!!」

魔力が無いエルシーは一切の抵抗もままならず、その身に死の呪いを受けたのだった。




▷▷▷▷▷▷



地下の部屋を飛び出して、エルシーは自分の部屋に帰りベッドの上で震えた。カタカタと震えは止まらない。

(ああ………。そんなぁ………。うそ)

母と祖母の言いつけを破り、呪いを受けた。自業自得だ。死の呪いは外部から解呪する事は出来ない。一度受ければ必ず死ぬのだ。だが、流石にそんな危険な本を手元に置いておく訳も無い。他人には解呪は出来ないが、呪いに掛かった本人が、とある事をすると呪いが解ける呪術を重ねがけして有るのだ。エルシーは知らなかったが呪いに掛かった途端に知識が頭の中に入り込んで来た。

『死から逃れたくば、心から一番嫌だと思う事をしろ。さすれば呪いは解けるだろう………。期限は半日。』


(一番……嫌な事……。)

エルシーは涙を流した。嫌な事と考えて、すぐに頭に浮かんだ。それ程までに嫌な事がエルシーには有る。それは処女を失う事だ。

エルシーは呪術や魔術を操る魔女には、逆立ちしたってなれない。だが、薬の調合ならギリギリ出来た。魔力の無いエルシーは、その身に流れる魔女の血を少量使う事で、効果の有る魔法薬や毒を作る事が出来た。だが、それにはただの血では駄目なのだ。魔女の血、それと処女で有る事。この2点が揃って始めて、エルシーは調合が出来る。だから今のエルシーが一番したくない事。

それは処女を失う事だった。


「そんなのって……あんまりだわ……」

ボロボロと涙が流れた。物心ついた頃から魔女に憧れて居て、一度は魔力量で無理だと言われたけど、それでも諦めずに頑張って来たのだ。一生処女で居ると決めて、恋も結婚も何もかも諦めると誓い、年頃の楽しみも何もかも捨てて、作業部屋に籠もって、頑張って来たのに。その全てが、たった一度の過ちで無駄になったのだ。

自業自得だと、頭ではわかっているけどエルシーは噎び泣いた。




▷▷▷▷▷▷



2時間ほど泣いて、父が帰って来る時間が近づくと、エルシーはハッとする。

(あ、……………うぅ……父さんに言う?ううん。こんな事……言えない……。)

父は普通の木こりだ。話をしても何も出来ない。それどころか困らせるだけだ。

(…………………っ……処女を捨てないと、私は死ぬ……。でも処女を失えば、私はどうなるの?………今まで、魔女になる勉強しかして来なかったのに……。これからどうすれば良いの?)

友達と呼べる人なんて殆ど居ない。歳の近い異性の知り合いなんて、幼馴染のフィンレーくらい。エルシーは愕然とした。処女を失って、魔女になる道が絶たれたら、エルシーには何も無かったのだ。






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