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1話 小さなおじさん(?)
しおりを挟む「ねー、聞いてよ。最近、家にネズミが居るっぽいんだけどさー。虫除け焚けば居なくなる?」
「ネズミが出るとか、どんだけ汚部屋な訳?やばー」
「はあ?ちゃんと掃除してるってば!!!………なのにさ、パンとかお菓子とか、囓られてんの。マジで、最悪だよー」
「うげぇ、それ、マジでやばー。虫除けじゃ駄目じゃない?そう言う駆除とかの専用のが売ってる筈だし、帰り薬局行く?」
「行く行く!!!流石、かおちゃん!!物知りだねぇ」
「よせやい。褒めても何も出ないってば」
キャッキャと楽しそうな声が、人気の無いファミレスの店内に響いている。暫くして、足音が聞こえて来た。
「こらっ、バイト中に私語は慎め。二人揃うとやかましいな。全く、…………石川はキッチン入ってて」
「すみません。店長」
「すみませーん。んじゃ、また後でねー」
ヘラヘラと笑いながらキッチンへと入って行く派手目な女子大生、石川薫。店長は、それに続いてキッチンへと戻って行く。それを見送った、これまた派手目な女子大生の山口夏愛は振り向くと、ペロリと舌を出した。
「怒られちった~」
「え?………あの、はは……そうですね」
ぎこちない愛想笑いで、私はそう答えた。
先程とは打って変わって、店内はシーンと静まり返る。
「中須さんって、つまんない」
山口は、ぼそりとそう呟いて、つまらなさそうに爪をいじりだす。
(ああ……。また、やっちゃった……。折角話し掛けて貰えたのに…………)
私、中須玲奈は、所謂コミュ障と言う奴だ。仲良くなれば普通に話せるのだが、そうなるまでが長い。それに、自分とは違うタイプの山口や石川。所謂、キラキラ女子に分類されるタイプは特に苦手なのだ。
彼女達が悪い訳では無いのだが、学生時代に、とある事が起こって、玲奈はその時から、一軍と呼ばれる女子達から、陰湿ないじめを受けたのだ。
(う………嫌な事、思い出しちゃった。はあ………)
思わず大きなため息を吐くと、爪をいじっていた筈の山口がこちらを嫌そうに見ていた。
「……………何?」
「あ、いえ……何も……あはは……は………。……………………」
(こわいよぉ…………)
流れる嫌な空気。顔をそらして、窓の外を見る。外は薄暗くて、人もまばらだ。これでは来客は望めない。忙しいのも嫌だけど、暇すぎるのも困りものだ。
(早くバイト終わらないかなぁ……はぁ……。あ、雨降りそ………)
◇◇◇◇◇◇
『明日から――かけて、台風が接近する恐れが――――終日、大雨と暴風にご注意ください』
聞こえて来たニュースの音に、玲奈は身を起こして、ソファーに座り直した。
「え、台風。うわー……折角休みなのに、明日は一日中、雨って事だよね。帰りに買い物、行っておけば良かった。はあ……がっくしだよ」
がっくしと口にして、肩を落とす。冷蔵庫は空に近いし、インスタント食品もこんな時に限ってスッカラカンだ。本当なら、バイトの後、駅前のスーパーに寄りたかったのだが、石川と山口が、その真横の薬局に居るのを目撃して、何だか気まずくて、避けるようにして帰って来てしまったのだ。
(………買い物。今から、行こうかな。たまには奮発してコンビニでも、良いよね)
久々の休み。たまの贅沢だ。時計を見ると時刻は23時を少し過ぎた所だ。治安の良い日本なら、まだギリギリセーフな筈である。多分。
(………近いし、平気だよね。……うん)
ほんの少し、不安になるが、明日一日何も食べずに過ごすのも、嵐の中買い物に行くのも嫌だ。
(平気、平気)
自分にそう言い聞かせて、玲奈は家を出た。
「へへっ♡ほら、平気だった。るんるん」
ご機嫌で、ビニール袋を揺らすと、ずっしりとした重みを感じて、うふふと笑みが溢れる。
「大漁大漁♡久々のビールちゃん♡ビールビール♪らんらん……おっと。駄目駄目、口に出ちゃってた……。ふぅ、人が居なくて良かった」
ハッとして、周囲を見回して、ホッと息を吐く。玲奈は昔から、テンションが上がると、妙な擬音が口から出てしまうのだ。るんるん♪とか、らんらん♪とか、ガーン。とか、その他諸々……。
『中須さんってさ、それ、わざとだよね?………ぶりっ子とか、きもいよ』
クスクスクスクス
数人の女子の笑い声。心臓が凍り付くような、冷たい感覚。
(…………はあ。嫌な思い出って、どうしてこうも、鮮明で根強いのかなぁ?)
玲奈は今年で22歳。高校卒業後は地元を離れて、フリーターとして働いている。嫌な事を全部忘れて、自分の事を知らない人ばかりの土地で、人生をやり直すためだ。
それなのに、学生時代の嫌な記憶は、一向に薄れてはくれない。それが玲奈の足を引っ張っている。
(……………ガックシだよ)
先程のるんるん気分は何処へやら、玲奈は俯いて、とぼとぼと歩く。そうこうしている間に、家までは、後少し。だが、玲奈は足を止めた。
「ん?」
数メートル先のチカチカと瞬く電灯。電信柱の下で、何かが藻掻いているのだ。俯いていなければ見落としていたくらい、小さい、生き物―――小さな黒い何かが。
(ネズミ?)
『ねー、聞いてよ。最近、家にネズミが居るっぽいんだけどさー。バルサン焚けば居なくなる?』
頭に浮かんだのは、昼間のあの会話だった。
(…………ネズミとか、本当に出るんだ)
もう3年程、飲食店で働いてはいるが、幸いな事に、今までネズミを見た事は無かった。実家に居た頃も、一度も生で見た事は無い。だから、気になった。それに、何か様子がおかしい。苦しそうに藻掻いている。
(怪我してるのかな?……可哀想に……)
そうしている間にも動きがドンドン小さくなっていく。一人寂しく消え行く命に、玲奈は言いようのない寂しさを覚えた。
(流石に助けてはあげられないけど、最期くらいは、見送ってあげられると良いなぁ)
◇◇◇◇◇◇
「……えー?なに、これ?」
玲奈はしゃがみ込み、ポカンと口を開いた。その足元には、小さな小さな、一寸程の『人の形をしたモノ』が倒れていた。
(人形?……でも、さっき動いてたし……。電池で動く玩具?……電池切れ?)
動かなくなったソレは、どこからどう見ても、造形は人だ。少し妙な和服を着ている。ビーズのアクセサリーみたいなものも着けている。やっぱり人形だろうか。
(それにしても、あんまり可愛くは無いなぁ……お侍の玩具?渋い……ツンツン)
ツンツンと背中の辺りを突付いてみても、動かない。仰向けに倒れていて、長くボリュームの有るポニーテールで覆われて完全に顔は見えない。
(…………えい。お、ふわふわ)
思い切って触れてみる。髪の手触りは良い。まるで本当の人毛の様だ。かなりお高いんじゃないだろうか?
(電池で動くし、もしかして、結構良い物なのかな?……顔は…………)
そっとひっくり返すと、想像よりもリアルな造形で大人びた顔をしていた。顎に髭が生えている。少し汚らしい。
「小さな……おじさん?」
思わずそう呟くと、小さな小さな返事が返って来た。
「誰が……おじさんか………ぐっ………」
「え?」
ハッとして顔を上げ、周囲を見回すが、誰も居ない。そおっと、もう一度視線を人形(仮)に向けると、人形は険しく眉を顰めて、どうにか立ち上がろうと、藻掻いている。
「み……………みず……………」
(え、……喋ったし、……動いてる………)
思考がフリーズして、ただ唖然と見つめていると、パタリとまた動かなくなった。
◇◇◇◇◇◇
「持って帰って来ちゃった……。ガビーン。何やってんの私ぃ………」
玲奈は頭を抱えた。暫くフリーズした後、背後を自転車が通りかかって、我に返った。玲奈を通り過ぎた少し先で、不審そうに止まる自転車。こんな所でしゃがみ込む女性が居たら、誰でも気になるに決まっている。こちらに引き返そうとして来たので、咄嗟に人形(仮)を掴み上げ、早足で帰って来てしまった。
「……………柔らかい。やっぱり生き物?……喋って動く玩具じゃ、……無いよね。エーン。どうしよう……、生き物なんて飼ったこと無いんだけど……とほほ」
プラスチックでも無い。柔らかな質感に、微かに感じる呼吸。
(現実逃避してても、仕方ないよねぇ………)
タオルの上にそっと寝かせて、それから、玲奈はコップに水を汲んで来る。
(さっき水って言ってたよね。…………ミミズじゃないよね?)
鳥の給餌シーンを思い出して、玲奈はゾッとした。
(いやいやいや。どう見ても、人の形だし、それは無いでしょ!!……虫は無理ぃ。………あー、駄目。私、かなり混乱してるかも………落ち着かないと……)
スーハーと深呼吸してから、人形(仮)を優しく掴み上げる。手のひらの上で、そっと仰向けにすると、小さく唸っている。
「あの………水ですよぉ……。飲めます?」
返事は無い。
(うーん。どうしよう、スポイトとか、無いし……指で良いかな)
チャプンと指先をコップの水に浸けて、それから、口元に持って行く。するとピクリと動いた。
「ひぃ………。温かい……生きてる……」
人形(仮)は指先についた雫をペロリと舐めた。生温かい湿った舌に、玲奈はコレが本当に生き物なのだと、漸く確信した。
(こうしてると、結構可愛いかも…………)
ちゅうちゅうと小さな音がする。
玲奈の指についた水を、まるでミルクでも飲む赤ちゃんの様に、小さな生き物は吸っている。余っ程喉が乾いていた様だ。
「っ………ぐ……ゲホゲホっ!!!!すぅ……はぁ……………………はー……」
暫く水を与えていると、大きく咳き込み、それから、すぅはぁと呼吸を始めた。
「大丈夫?咽ちゃった?」
そう声を掛けると、小さな生き物はジロリと玲奈を睨んだ。
「この我にむこうて、まるで稚児に話し聞かせるような物言い、………失礼千万!!!」
「…………はあ?」
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