一寸先は恋

福富長寿

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2話 お礼

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「命を救うて貰った事は、感謝する。だが、それとこれとは話が別だ」

フンッと鼻を鳴らして、小さな人はふんぞり返っている。先程弱っていたのが嘘のようだ。

「え…………。はあ、……すみません」

「ふん、………感謝せい。普通なら首が飛んでいた所よ」

「え…………。はあ、ありがとうございます?」

何故か逆に感謝させられて、玲奈は首を傾げた。

(…………お侍さんってより、お殿様って感じ?)

「して、そこな娘。何か馳走を持て。我は腹が空いた」

「馳走……ですか?」

(食べ物って事だよね?……さっき買ったチーズで良いかな?)

ちらりと視線を床のビニール袋へと向ける。先程買って来たのは、明日の朝ご飯用の食パンにお昼用のカップラーメンと夜用のお弁当。後は、スナック菓子とビール3本。おつまみに6Pチーズだ。

「はようせい。大女」

(大女とか初めて言われた。………そっちが小さいんだけどなー)

そう思ったが言い返しても、面倒な事になりそうなので、黙って袋を漁る。

「どうぞ、チーズ、食べられますか?」

包みを剥がして、差し出すと、何も言わず小さい人はチーズに齧り付いている。

(礼儀にうるさいのに、食事のマナーは、駄目駄目なんだ?……ううん、余っ程お腹空いてたのかなぁ。チーズ……ふふ。ネズミじゃん)

あむあむとチーズに齧り付く小さい人は、まるでネズミの様で、玲奈はクスクスと笑った。

食べるのに夢中なのか、小さい人は何も言わない。

(にしても、……私、今度は落ち着きすぎじゃない?……こんなの、有り得ないのに。……夢なのかな?それならいつ寝たのかな?変なの………)

小さな人と普通に会話して、その存在を受け入れてしまっている自分に、玲奈は首を傾げた。








「それはなんだ」

聞こえた声に顔を向ければ、チーズを食べる手を止めて、小さい人は玲奈を見ている。いや、玲奈の手元だ。

「ビールですよ。えっと、麦のお酒です」

買って来た物をしまい、チーズを開けたのだから、折角なら呑もうと思い、玲奈はビールを呑んでいた。小さい人は、それが気になったらしい。

「ほう、酒か!!!!はよう、こちらにもて!!!!」

小さな人は興奮したようにぴょんぴょん飛び跳ねている。

(え………。まあ良いか。小さいし、少しで済むもんね。………お猪口お猪口、あったあった……)








◇◇◇◇◇◇








「我が名は『المتصل الموت』」

「え?あの……すみません。もう一回お願いします」

「『المتصل الموت』」

「え?すみません。………わかりません。聞き取れなくて……」

玲奈は目をパチクリとした。酒を呑むと途端にご機嫌になった小さい人は、唐突に自己紹介を始めた。だが、聞き取れない。名前だけが、どうしても聞き取れないのだ。

「ふん、………そうであろうな。名は、魂。こればかりは、どうにもならん」

小さい人は、特に怒るでもなく、納得した様子で顎髭を撫でている。

「………なんて呼べば良いですか?小さいおじさんとか……は駄目ですよね、すみません。本当にすみませんでした」

射殺さんばかりの目で睨まれて、玲奈は土下座した。

「そなた、先程も我をおじさんと申したな?我の何処が…………ん?なるほど、これか」

わしゃわしゃと撫でていた顎髭に今気付いたように、小さい人は呟く。

「………………、無様な事だ」

弱々しいその声に、玲奈が顔をあげると、小さい人は俯いていた。前髪が顔に掛かりその表情は見えない。だけど、きっと悲しい顔をしていたんじゃないかと思った。




「一寸さんとかどうですか?」

「却下だ、なんだ。その間抜けな響きは」

ムスッとした顔で即効却下された。

「では、豆蔵とか五分次郎とかはどうですか?」

「そなたは、巫山戯ているのか?」

ギロリと睨まれて、玲奈は床に正座で縮こまった。

(だって、ペットとかも飼ったことないし、良い名前なんてポンポン浮かばないよぉ……。これでも結構、真剣に考えたんだけどなぁ)

「もう良い。………この世での名など、大した意味も持たぬ。……一寸いっすんで良い」

ふうと息を吐くと小さい人、改め一寸はそう言った。

「………あの、それで一寸さんは、どうして外に?というか、一寸さんって人間ですか?」

玲奈の問いに一寸は、眉を顰めている。口もへの字だ。言いたくないらしい。

「…………人などと一緒にするな。我はもっと高位な存在。………そなたの様な小娘には、考えも及ぼぬ存在よ」

(人じゃないんだ、へー。妖精さんとか?)

「………妙な事を考えているな。まあ良い。………小娘。いいや、大女。して、そのような事はどうでも良いだろう?それよりも、そなたには少なくとも二つ借りを作ってしまったなぁ。礼をせねばいかんな」

ニンマリと笑う一寸。お酒のお陰だろうか。すごく機嫌が良さそうに見える。

「お礼ですか?」

(お礼なんて出来るの?倒れてたのに?)

「なんだその目は?……ふん、良いか。よく聞け、確かに先程の我は弱っていたが、それは卑劣な罠に………。まあその話は良い。……こほん。それでだ、こちらを見ろ、大きな小娘。……………そう、それで良い。……良いか、目を見て、よぉく聞くんだぞ」

何かを言い掛けて、一寸は咳払いをすると、こちらを見ろと、自身の目を指差す。言われた通りに玲奈は、机の上に立っている一寸に、しゃがんで目線を合わせた。

(…………何するんだろう?)

「礼だがな、……何でも願いを叶えてやろう。……どんな事でも良いぞ」

(え?……何でも?そんなの、無理でしょ……)

そうは思うのだが、何故かその言葉を、嘘だとは思えなかった。だって目の前に居るのは、人ではない、人に似た何かで、そんな普通では無い者とこうして話をしているのだ。

(なんでも………)

「そうだ。なんでも、だ。…………さあ、願いを言え」







「忘れたい……です」

口から出たのは、その言葉だった。

「ほう?」

「……………私、昔虐められて居たんです。それで――――――」




『ねえ、中須って聡太の事好きなの?』

『え?』

『だっていつも見てるじゃん。ストーカーって言うんだよ。そーいうの』

『うわ、きも』

3人の女子に体育館裏に呼び出されて、囲まれて、クスクスと笑われる。

玲奈は、俯いて何も言えなかった。

高美たかみ聡太そうたは同じクラスの男子生徒だ。誰にでも優しくて、イケメンで、野球部キャプテンで、非の打ち所が無い、そんな人。玲奈の初恋の人だ。

『聞いてんの?お前、うざいし、きもいからさ、学校来んなよ』

『まじ、そーたも、迷惑してんだからさ』

好きだった。何度か話した事が有る。だけど、自分から話し掛けたりなんてした事は無かったし、ただ目で追っていただけだ。それなのに、どうして、この人達は玲奈に、こんな酷い事を言うのだろうか。その理由が分からない。

『あの……違います。別に、好きとか……』

そう反論しても、女子達は信じてはくれない。顔を見合わせて、ニヤニヤと笑っていた。

『はあ?嘘つくなよ。なんなん、お前。調子に乗んなよ』

『お姫様抱っこされたからっていい気になってんじゃねーぞ』

(お姫様抱っこ……?)

その単語にハッとする。数日前、酷い貧血で倒れた。意識を失って、気がついたら保健室のベッドの上だったのだ。てっきり先生が運んでくれたものだと思っていたが―――――


(あれは、聡太君が?嘘……)

『聡太君が?はわわ……』

驚きすぎて、口から出てしまった。それを聞いた3人の表情は更に険しくなった。

『何、顔赤くしてんだよ、余裕って訳?ぶりっ子うぜーんだよ!!!!』

ドンッと肩を押されて、玲奈は壁にぶつかった。

『明日から来んなよ。来たら、どうなるか、わかってんな?じゃーね。………行こ、二人共』

去って行く三人を見送って、玲奈は、壁に凭れたまま、ズルズルとその場に座り込んだ。

来るなと言われて、休める筈も無く、次の日も玲奈は登校した。そして、その日から、陰湿な虐めが始まったのだ。







◇◇◇◇◇◇





「ほうほう。なるほどなぁ。それは辛い日々だったろうな。気の毒に」

甘ったるい様なそんな声で、一寸は玲奈を慰めてくれる。玲奈の思っているよりも優しい人なのかも知れない。

「はい、………凄く辛かったです。友達も、皆、………居なくなって、……皆で、私を…………」

ポロポロと涙が溢れた。

『ごめん。れいな、もう、近寄らないで。……私は虐められたくないもん』

『…………………正直、前から嫌いだったんだよねー』

忘れたい。忘れたい。忘れたい。

『学校行きたくないって何で?!虐められるのは、アンタにも原因が有るんでしょう?お母さんに恥をかかせないで!!!』

忘れたい。忘れたい。忘れたい。

『姉貴。外で話しかけないで。…………姉弟とか思われたくないし、……………』

忘れたい。忘れたい。

『ごめん。中須、………迷惑なんだ』

全部忘れてしまいたい。

「可哀想になぁ。……そなたは何も悪くないのに、………さぞ辛かっただろうなぁ」

猫なで声の一寸は、ぴょんっと机から飛び、玲奈の肩に乗った。そして耳元で囁いた。

「我は何でもと言ったぞ。……忘れるよりも、そなたを傷つけた者達に復讐すれば良いのではないか?全員、死ねば良い。…………そうは思わないか?そなたが願えば望みは叶う。今、すぐにでも」

(……………復讐?……)

「憎いだろう?居なくなれば良いと思うておるだろう?なあ?」

(………居なくなれば良い?)

「さあ、言え。一言言えば、全てが叶う。そなたを害した者共は、地獄に落ちるぞ」

(……………そんなの)

「そんなの駄目ですよ……。ただ私は忘れたいんです。全部………」

「………………」

「忘れて、……生まれ変わって。今度は……みんなに愛されるような……そんな子になりたい……………」

「それが、本心か?………つまらんな」

『中須さんって、つまんない』

「うぅ……どうせ私はつまらないですよぉ!!!!それなら、つまらなくない、面白い子にしてくださいよぉ!!!何でも叶えてくれるんですよね?!うわぁぁーん!!!」

ブワリと感情が爆発した。涙が止まらない。次から次から溢れて、ボタボタと音を立てて床に落ちた。












ガタガタ、ザーザー


「ん…………?」


ガタガタと言う音に、ザーザーと雨が窓を打つ音がする。

(あれ?……あ、台風。来たんだ……。やっぱり昨日の内に買い物に行っておいて正解だったなぁ)

寝起きの頭でそんな事を考えて、昨夜、小さな人、一寸を拾った事を思い出す。そして側に転がるビールの缶を見て、なんだ、やっぱりあれは夢か、と思った。

(酔っ払って変な夢見ちゃったなぁ、……でも……久しぶりにスッキリしたかも……、私、寝ながら泣いてたのかぁ……ふふ)

夢の中で一寸に過去の事を打ち明けて、沢山泣いて、溜まってたストレスが全部消えて無くなったみたいに、外の天気とは違い、玲奈は晴れやかな気持ちだった。

「ふあ………。酔って床で寝るなんて、初めてだよ。よしっ、シャキーン!!!!」

大きく声を出して、背伸びをすると、更に晴れやかな気分になる。外には出れないが、良い休日の始まりだなぁ。何て思いながら、机の上を見ると、一寸がふんぞり返って座っていた。

「朝から騒がしい娘だな。声も大きな小娘」

「夢じゃなかったーーー!!!!!!!!」








◇◇◇◇◇◇






「このカップラーメンと言うのは、中々美味だな」

「あ、気に入りました?良かったです」

目の前で器用にラーメンを食べる一寸を眺めて、玲奈は深く考えるのを止めた。

(…………どう見ても、存在してるし、幻じゃないよね?もし、私が変な病気だったとしても、………今日は台風だし、どうしようも無いし。病院に行くのは明日以降かなぁ、……それにしても、どうやって髭剃ったんだろう?)

昨夜とは違い、一寸の顎には髭が無い。薄汚れていた容姿も綺麗になっている。こうしてみれば、おじさんと呼ばれて、一寸が怒った理由も分かる。

(…………めっちゃイケメンだぁ。大きければの話だけど……)

艶の有る豊かな黒髪に、長いまつげに縁取られた金色の瞳。彫りの深い整った容姿。ツルツルのお肌。汚らしい髭が無くなったその姿は、20代後半くらいに見える。立派なお兄さんだ。













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