一寸先は恋

福富長寿

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3話 人助け

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「昨夜の話だが」  

そう切り出した一寸に被せるように、玲奈は言う。

「お礼の話ですか?……別に何もいりませんよ。…私、貴方に話して……スッキリしたんです。だから、それがお礼って事で、どうでしょう?私はそれで良いんで」

「………人の話に被せて、好き勝手言う。本当に無礼な小娘だな。そなたは」

「………すみません。あの、でも、……その小娘って言うのは、やめてくださいよ」

「名乗らん者をなんと呼べと?そなたは我を小さなおじさん等と呼ぼうとしたな。……では大きな小娘で、何も問題は無かろう」 

「うぅ………。その件に関しては本当にすみませんでした。………小さなイケメンお兄さんでしたね」

痛い所を突かれて、玲奈は、うぐぅと唸る。

「『イケメン』お兄さん。ほう。それは褒め言葉だな?知っているぞ。…………ふふん、多少は見る目が有るようだな。………して、名乗らんのか?」

「あ…………。すみません。えっと、中須玲奈です。………好きに呼んでください」

「ほう。………でだ、小娘」

「えっ?!名乗りましたよね?私っ!!!」

「呼ぶとは言うて無いぞ。それに好きに呼べと言うたのは、そなただ」

「ええっ?!………確かにそうですけど………ガーン」

「わはははは」

ケタケタと笑う一寸。それを見て、玲奈は、まあ、小娘でも良いかと思う。

(…………そんな顔でも笑えるんだ。へー)









◇◇◇◇◇◇





「小娘、小娘」

「はいはい。なんでしょう。少し待ってください」

台所で溜まった洗い物をしていると、テレビを見ていた一寸が手招きして、玲奈を呼ぶ。帰りますかと聞いたら、この嵐の中を帰れというのか?と言われたので、一寸は今夜も家に泊まる事になった。テレビを気に入った様で、その前に用意したフカフカのタオルの上から動かず、何か用が有れば、こうやって玲奈を呼びつけるのだ。

「早う来い!!!!早う!!!!」

濡れたお皿を拭いている途中なのだが、一寸は少しも待てないと言う様に、玲奈を呼ぶ。

(もー、……仕方ないなぁ)

「…………わかりましたよ。なんですか?お茶ですか?」

拭くのを諦めて、テレビの前に向かったその直後、バリーンと言う凄い音とビュウウと言う強い風を背中に感じた。

「ひやぁぁぁ!!!な、何っ!!!!!」

驚いて振り向くと、玲奈が先程までいた台所の窓ガラスが粉々に砕けて、あちこちに散らばっている。強い風で割れたのだ。あと数秒、あそこを離れるのが遅ければ、どうなっていた事か………。

「わはははは。借りを一つ返したぞ」

そう言って笑う声に、顔をそちらに向けると、ドヤ顔の一寸がふんぞり返っていた。







「未来が視えるぅ?!嘘だぁ」

玲奈の言葉に、一寸はブワリと髪を逆立てた。

「なんだとっ!!!!今しがた、その身をもって体験したばかりだろう!!!!この我を嘘つき呼ばわりとは、死にたいのか?小娘!!!!」

「ひぇ………。すみません」

秒で土下座した。

「ふん、分かれば良いぞ。顔をあげよ」

「は、ははー。………あの、それで未来が視えるって、……えっと、本当だとして、何でも視えるんですか?」

そう言えば昨夜何でも願いを叶えられると豪語していたくらいなのだから、未来くらい視えるだろうと思い直して、気になった事を聞いてみる。

「……………己の事を見る事は出来ぬが、そなたら人の短い一生くらいなら、視る事は容易い」

(そうなんだ。……凄い……)

「ほう。………そなたはこちらの方が良いと見える。………どうする?借りは、まだ一つ残っておるぞ。……未来を知りたいか?今なら、賭け事で億万長者も夢では無いぞ」

「え?……………賭け事……」

(……確かにお金が有れば、幸せになれる確率は上がるだろうけど………)

「どうした?それとも、自身の寿命でも知りたいか?死ぬ時が分かれば、回避出来るものな。先程みたいに……。まあ、先程のは死ぬほどの怪我では無かっただろうがな」

クククと一寸は笑う。悪い笑顔だ。

(………私、一寸さんの、この笑い方は、あんまり好きじゃないかも)

「…………それってどんな事でも出来るんですか?」

「出来るぞ、………知りたいか?」

ランランと一寸の瞳が輝いた。







◇◇◇◇◇◇







「あそこに居る男、あの老人の財布を狙っておるぞ」

「あのお婆さんですね。オッケー。了解です、一寸さん。ありがとうございます」

パーカーのフードに入っている一寸に、お礼を言い、玲奈は駆け出した。

「あの、すみません。道を教えて頂けませんか?」

「はい、良いですよ。……どちらまで行きたいんですか?」

「桜の駅まで―――――」




駅に着き、お礼を言ってお婆さんと別れる、周囲に怪しげな影はない。

「一寸さん。もう大丈夫ですか?あのお婆さん、これで怪我しませんか?」
 
「ああ。もう何も問題は無い。………全く、人助けなど何が楽しいのやら、我には理解出来ぬ。………感謝される訳でも無いのに、他人に尽くすなど正気の沙汰では無いぞ」
 
「感謝されたくて、してるわけじゃないんです。結局は自己満足なので……これで、良いんですよ」

「酔狂な事だな……」

呆れる一寸に、玲奈は苦笑する。

「それよりも、一寸さんこそ、良いんですか?こんなに長い間。……お礼としては、もう十分な筈なのに……」

一寸と出会い、人知れず人助けを始めてから、すでに2ヶ月。救った人数は100人を優に超えている。一寸は、時折悪態はつくが、文句を言わずに、人々の未来を視て、最悪な未来を回避する為の手伝いをしてくれていた。

(それこそ、酔狂だよね。……もしかして、やっぱり帰る所が無いのかな?それなら、………家にずっと居てくれれば私も嬉しいな)

「ふん、………こちらにも色々事情が有る。詮索しない約束だろう?」

「そうでしたね。すみません」

一つ、一寸と約束した。一寸の事をあれこれ詮索しないと言う約束を。

(…………まあ、ちょっぴし寂しいけどさ、仕方ないよね)

「おい、小娘!!!我は、しょーとけーきが食べたいぞ!!!!」

「ふふ、それじゃあ、ケーキ屋さんに寄って帰りましょうか」

「大きな苺が乗ったのを我が選ぶぞ!!!良いな?」

「一寸さんなら、どれでも大きいんじゃ無いですか?」

「言うようになったな!!!小娘ぇ!!!わははははは!!!!」








「一寸さんの髪の毛、凄く綺麗ですよね。………同じシャンプー使ってるのになぁ」

「ふん、元々の作りが違うわ。…………良くもまあ、飽きずに……。そんなに楽しいか?」

ケーキを食べ終えて、一緒にテレビを見ながら一寸の髪をもふもふしていると、一寸は不思議そうに、そう言う。

「凄く楽しいですよ。……癒やされますね」

「そうか。……訳の分からん小娘だな」

意外にも怒らず、キョトンとしている一寸に、玲奈はクスクスと笑う。

一寸が来てから、毎日が凄く楽しい。一人で寂しかった家が賑やかで、朝の挨拶も夜寝る時も、一寸は、ちゃんと返事をしてくれる。詮索さえしなければ他愛無い話にも付き合ってくれるし、玲奈が作る食事の感想も言ってくれる。

(………………幸せって、こういう事なのかな……。お金がいくら有っても、……きっとこんな風には思えないよね)

本来ならイケメンな男性なんて苦手な部類に入るが、一寸は小さいし、性格がアレなので、一緒に居ても気を使わなくて良いし、落ち着く。

(家族って、感じ。………それだと一寸さんは私のお兄ちゃんって事になるのかな?……うーん。でも、なんだかしっくりこないなぁ。小さいし……はっ……閃いた!!!…ペット?)

玲奈がハッとしていると、一寸がジト目でこっちを見ていた。

「また妙な事を考えていただろう」

「ギクッ!!!……え?そんな事は無いですよ。ピューピュー……」

玲奈がピューピューと口笛を吹いて誤魔化すと、一寸は呆れた顔をして、その後、凄く優しく笑う。

「嘘のつけん小娘め……。だが、そなたはそれで良いのだろうな」

(えへへ…………)








◇◇◇◇◇◇






「あの女の童。川へ落ちるぞ」

一寸の言葉に、玲奈はハッとして、少し離れた所に居る小さな少女に目を向ける。

赤い風船を手に持ち、川辺りを歩く5歳くらいの少女。周囲に保護者らしき大人は見当たらない。玲奈は眉を顰めた。

(あんな小さな子を、こんな場所で一人にするなんて…………)

今の所落ちるような気配はないが、一寸の言う事は絶対なのだ。ここ数ヶ月で、身をもって体験したのだから、疑う余地は無い。

「ありがとう。一寸さん」
 
すぐに少女の近くへと向かう。しかし、今回は少し遅かった。突風に風船を手放してしまい、少女は逃げる風船を追いかけた。少女は追うのに必死で風船しか見えていないが、向かう先は川の中だ。

「駄目ぇ!!!!!止まってっ!!!!」
 
「え?………きゃぁぁっ!!!!!」

玲奈の叫びも虚しく、少女は川へと落ちた。

大人であれば、何も問題がない深さでも、子供にとっては、命取りだ。それに、数日前に降った雨のせいで、水量が増加していて、流れも早い。だからこそ、玲奈はそれを未然に防ぐ為に事故が起きやすそうな、この場に来たのだ。それなのに、事は起こってしまった。人助けを始めてから今までは、事が起こる前に全て防げていたので、玲奈は酷く焦った。

「っ…………!!!!助けに行かなくちゃ!!!!すみません!!!一寸さんは此処に居てください!!!!」

玲奈は着ていたパーカーを脱ぎ、一寸を地面に下ろす。川に飛び込もうとした時、一寸の珍しく静かで平坦な声が聞こえた。

「そなたが飛び込めば、あの娘の代わりに死ぬ事になるやも、知れんぞ」

「え?」

「放っておいても、あの娘。死にはしない。もう数分待てば、助けが来るだろう。………一生寝たきりにはなるだろうが命は助かる。だが、そなたが助けに行けば、そなたは必ず死ぬ。と言ったらどうする?」

「一寸さん?何を言ってるんですか?!こんな時に!!!!……その未来が視えたんですか?………だとしても、私は行きます!!!!!………ごめんなさい」

パニックで声も出せずに、静かに沈み行く少女の姿を見て、それで玲奈が止まれる筈が無かった。

「人の為に、自らの命を捨てるのか。………大馬鹿者が」

飛び込む直前に聞こえた声は、酷く悲しそうだった。









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