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第四章:万世流転編
第七話「灯る宿命」 その一
しおりを挟む要塞都市防衛型換装式重装甲列車機構。
皇国首都〈イクシード〉をはじめとした大都市での防衛を主任務とし、都市側の防衛機構との連携を前提として開発された兵器である。
皇国の全鉄道路線での使用を前提としているために、立体寸法及び質量に著しい制限が加えられた通常型の装甲列車機構と違い、これらは都市防衛のみに従事することでそれらの制限を緩和することができた。
他国をして「頭の悪すぎる兵器」として悪名高いこれらは、しかし皇国では一種の信仰対象ですらあった。都市を守り、都市の敵を討つという思想を体現した兵器であるが故に、市民たちからもっとも愛されているのだ。
また、同じ思想で開発された都市防衛型の装甲列車機構は、皇国内部の諸都市にも配備されている。ただ、皇都に配備されているそれの中には他のものよりも遙かに巨大なものが存在した。
この星のもっとも巨大な月と同じ名を持つ装甲列車――〈メガセリウム〉だ。
皇都に配備された装甲列車機構のうち、もっとも巨大な三編成が〈メガセリウム〉と呼ばれるものだ。他の車輌も配備されているが、皇都の装甲列車と言えば〈メガセリウム〉を指すと言っても過言ではない。
かつての支持貴族による皇都制圧の際、彼らはこれを連合軍と始原貴族軍に対する切り札と見ていた。それだけの性能を持っていたのだ。
莫大な出力を生み出す大型魔導炉を持ち、重戦艦級の主砲を備えた〈メガセリウム〉は、皇都近傍に敵艦隊が現われた際にそれらを撃破するために配備された。また同時に、大橋の向こうに敵軍が布陣した際にも、それらを撃破する任務も負っていた。
重戦艦級の陸上砲など、そうあるものではない。あったとしても固定式であり、皇都を狙う軍勢にそれがあるとは考えにくい。
また、航空戦力による皇都空襲に備え、換装車輌の中には対空戦闘を重視したものもある。
通常の砲戦車輌であってもそれなりの対空性能はあるが、より確実に敵を撃破するために対空車輌をはじめとする各種の換装車輌が開発された。
戦龍車輌、対弾道車輌、対空車輌、工作車輌、魔導砲戦車輌、重砲戦車輌、積層結界車輌、そしてそれらを運用する統括車輌。
先々代皇王の時代にようやく総てが完成し、今もまた新たな車輌が開発され続けている〈メガセリウム〉だが、この兵器は、皇国の戦略教義に唯一合致しない兵器と言われていた。
この巨大兵器は、皇都最後の盾であって最前線の矛ではない。
常に最前線にもっとも有力な戦力を投入するという、皇国軍の戦略教義に合致するものではないのだ。
それでも開発が行われ、完成し、配備されたのは、多分に皇王の権威の具現化を目的としていたからだろう。
皇都という皇王の膝元に存在する、武力の象徴。
それは皇国の武力がただ前線にのみ存在して敵を穿つだけのものではなく、皇都にも存在し民を守るものだと人々に知らしめる。
皇都に空襲警報が鳴り響く。
日頃であれば、訓練や群れからはぐれた飛竜に対して発せられる警報だが、今日はそうではなかった。
正体不明の飛翔体の皇都接近という非常事態。
都市防衛用の積層結界が皇都の空を覆い、各区画を隔てる可動式隔壁が地面の下から次々とせり上がる。市民は自宅の地下階や庭にある入り口へと走って皇都中に張り巡らされた隧道に入り、そこで近所の住人と落ち合って早足で通路を進む。
彼らが割り当てられた地下防御施設に入る頃には、皇都の街並みはいつものそれとは大きく変わっていた。
各地にある広場の地下からは、対空魔導砲を備えた防空塔が幾本も姿を現し、市民の憩いの場として整備された噴水には対生体兵器用の中和術式が浮かび上がる。
城壁は表面の紋様を輝かせ、その天井部通路には格納されていた対空砲塔が姿を見せる。
ある幹線道路は軍の対空車輌が犇めき、また別の幹線道路では飛竜の射出装置が引っ切りなしに働いて皇都防空総軍の飛竜を打ち上げている。
そんな皇都各地の映像を、即応当番車だった〈メガセリウムⅢ〉の司令室で眺めている男がいる。
名をエリュア・ディ・ムラカミという、少数種族ハイエルフの陸軍准将だ。
艶やかな金髪を制帽の中に押し込み、ハイエルフとしては些か角張った相貌には右目を斬り裂く大きな傷がある。
隻眼のハイエルフとして軍ではそこそこ名の知れた彼は、第二代皇王の血統のひとつを受け継ぐ名家の出身だった。
家祖が皇王の愛妾であるために貴族ではないが、軍人を多く輩出し、百年に一度は三軍いずれかの元帥を出すこともあり、軍の中では常に一定の尊敬を集めている。
エリュアはエルフ種の特徴のひとつである長い耳に通信機を嵌め、階段状になった司令室の一番高い場所から、各地の状況を確認していた。
「早いな、実に良い」
彼は隣に佇む副官にそう呟き、頷く。
副官は上官の様子と外部の映像を交互に見て、自分なりの意見を述べた。
「先の防空訓練から半月しか経っていない上、時間も真昼に近かったのも幸運でした」
「そうだな」
夜遅く、或いは早朝であればこうは行かなかった。
多くの市民が活動する時間帯であり、軍の活動も活発であったからこそ、住民避難も皇都の防空態勢移行も速やかに実行された。
エリュアは通信機の回路を開くと、車橋にいる『艦長』に通信を繋いだ。
「こちら司令室、中佐、準備の方はどうか?」
司令室の表示窓のひとつが、車輌指揮所へと繋がり、そこに土鬼族の士官の顔が大写しになる。
深い髭と眉の向こうで、茶色の瞳がぎょろりと動いた。
〈実砲だと外したときが怖いし、対空じゃ換装に時間が掛かりすぎるってんで、魔導砲戦を二輌繋ぎます。五二サンチと炉ですな〉
艦長が言っているのは、五二サンチ三連装魔導砲と専用魔導炉車の組み合わせだ。
比較的構造が単純な分、即応性が高い。
「分かった、すぐに掛かってくれ。正直、時間がない」
〈了解〉
表示窓から艦長の顔が消え、車体が振動を始める。
〈メガセリウム〉格納庫内を映し出す表示窓が、にわかに活気を帯びた。
青い回転警告灯が回り、〈メガセリウムⅢ〉の中央指揮車輌の前後両側にある四本の軌条が振動を始める。
上り側軌条と下り側軌条側――上りと下りは皇都外環線と同じ方向――にある車輌格納庫から、指定された車輌がこちらに向かってきているのだ。
軌条の向こう、薄暗い隧道の中に走行灯の煌めきが現われる。
ごうごう、と大きな音を立てながら両側から走ってきたのは、魔導砲車輌に導力を送る魔導炉車だ。
二輌の魔導炉車は中央指揮車輌の手前一〇〇メイテルで大きく減速をはじめ、やがてゆっくりと指揮車輌に接触。接続鉤を固定し、各伝送系の接続器を自動及び作業員の手で次々と繋いでいく。そのまま接続を続け、再び隧道の奥から轟音が聞こえ始めた頃には、指揮車輌の司令室と車輌指揮所には、接続完了の表示が点灯する。
続いて隧道から姿を見せたのは、巨大な三連装砲塔を背負式に二基搭載した五二サンチ三連装魔導砲車輌だ。
魔導炉車と同じように一〇〇メイテル手前で減速を開始した魔導砲車輌は、固定されたままの主砲を非常灯の中で鈍く光らせ、作業員たちが見上げる中で魔導炉車輌の接続鉤に接続された。
まず制御伝送系が両車輌の間で繋がり、続いて冷却機構によって白く凍結した正・副・予備の三系統の導力管が、白煙を曳きながら捻るように接続、固定される。車輌側面の梯子を登った作業員が測定機器片手に接続管に近付き、導力漏れがないことを確認していく。
それらの確認を終え、格納庫作業員の部隊長が車輌指揮所へと接続完了の連絡を入れる。すると、〈メガセリウムⅢ〉の各所に取り付けられた探照灯や安全灯が点灯し、格納庫内を照らし出す。
唸りを上げて中央管制車輌の魔導炉が回転数を上げ、〈メガセリウムⅢ〉はゆっくりと目覚める。それを待つ間に、格納庫作業員にはもうひとつの仕事があった。
皇都外環線地下にある格納庫から、超大型昇降機を使って〈メガセリウムⅢ〉を地上へ運ぶことだ。
この格納庫は、皇都外環線東側の直下にある。つまり、格納庫の上に軌条と街があるのだ。
「上部主横梁接続解除! 天井大扉開放準備! 急げぇ!!」
部隊長が腕を大きく回し、作業員たちを叱咤する。
格納庫の制御室でその仕草を見た制御員が、天井大扉を支える主横梁兼作業通路を皇城側の装甲壁の中に引き込む。
「地上部安全確認! 今日は莫迦な写真機野郎どもは居ないぞ!」
地上管制室からの声に、格納庫内に失笑が漏れる。
定期訓練の際、大扉の上に設置されている軌条の近辺に、写真愛好家が集まるのはいつものことだ。大半が軍の警衛や衛視に捕まるのだが、その数が減ることはない。
「地上側大扉軌条部の接続を解除!」
「地下側大扉伝送部の接続を解除!」
大扉上下両端の地上側の軌条と、地下側の導力伝送系の接続が絶たれる。
これにより、天井大扉の上にある軌条は、地上の軌条から切り離された。
「大扉、展開開始。各員注意せよ」
ごん、と大きな音を立て、天井部が僅かに地下へと落ち込む。地上側では、四基の軌条が地面ごと沈んだように見えるだろう。
警報鈴が鳴り、天井からぱらぱらと土や錆が落ちてくる。天井に備え付けられた黄色の回転警告灯が扉の輪郭を作り出す。
「昇降機準備開始!」
天井が二つに割れ、ゆっくりと皇都側と外環側の装甲壁の中に引き込まれていく。
それぞれが軽巡洋艦と同程度の重量を持つ隔壁型天井板だが、その動きは滑らかだ。その様子を格納庫の各所から作業員が見守っているのは、目視による異常察知のためだ。どこか一カ所でも異常が出れば、彼らはそこに走って行って応急補修を行うのである。
日頃の整備の賜物か、天井板は滞りなく移動していく。
それに合わせ、〈メガセリウムⅢ〉の載った巨大昇降機が唸りを上げ始めた。
「昇降機、上げ!」
〈昇降機、上げます!〉
がたん、と一瞬だけ〈メガセリウムⅢ〉の車体が揺れ、合計五輌の車輌を載せた昇降機が動き始める。本来はこの三倍の車両数まで運べることもあり、重量的にはまだまだ余裕があった。
昇降床が上がっていくと、その下に設置された交差開閉式昇降機が姿を見せる。それが床一面に合計六十四基。さらに昇降床の辺を支える支柱式昇降機が合計十六基。その気になれば戦艦さえ持ち上げると言われるこれらの機器は、平時であればほとんど使用されることはない。
ただ、有事という一時のみにその存在意義が問われる。軍や、ここにいる者たちもまた、同じなのだ。
「総員、帽ふれ!」
格納庫側での作業をほぼ総て終えた部隊長が、そう部下たちに命じた。
金属の軋みと駆動機の唸りが格納庫内に満ち、作業員たちは帽子を振って〈メガセリウムⅢ〉を見送る。
「ご武運を祈っとります!」
整備部隊長が通信機に怒鳴ると、ゆっくりと上昇する〈メガセリウムⅢ〉が汽笛を鳴らす。そのまま〈メガセリウムⅢ〉の姿は地上へと消え、昇降床はそのまま格納庫の天井となった。
〈主固定鉤接続! 続いて上部主横梁再接続!〉
先ほど壁の中に引き込まれた天井を支える主横梁が伸び、反対側の壁へと接続される。続いて地上部の軌条と地下の伝送系が接続され、格納庫内は雄叫びに包まれた。なにひとつ問題のない〈メガセリウム〉緊急展開。それはこの地下を仕事場とする彼ら作業員の勝利であった。
〈作業員は所定の待避所へ移動! 即応作業員は地上待機所へ!〉
放送が響く格納庫内で、再び作業員たちが走り出す。
彼らの送り出した〈メガセリウムⅢ〉が再びここに戻ってくるまで、彼らの戦いは続くのだった。
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