白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第七話「灯る宿命」 その二

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「敵飛翔体、皇都まであと六八〇〇〇〇」
 皇城の一室に集まった者たちは、己の統括する部署に命令を下しながら、その報告を聞いた。
 続いて皇王による皇都防衛の命令が下り、それに伴って御前会議はふたつの議場へと場所を移した。何故ここでふたつに会議が分割されたかといえば、御前会議の目的であった皇国領内へと侵入した敵武装勢力への対処に目処が付いたからだ。
 軍事作戦への直接の介入を許されない行政側と、政治への介入を許されない軍側がそれぞれの職分を全うするためとも言える。
 それぞれ連絡官を除いて行政と軍事に別れた出席者は地下にある会議場へと案内され、そこで新たに分かった情報を受け取ってさらに意見を交わすのだ。
 以前はひとつの議場で行えば良いと言われていたが、双方が必要とする意見と情報が予想よりも重複しないことが分かった。皇国では政府と軍の役割が明確に分けられているため、それぞれの行うべき事柄が重なる部分だけを調整する方が、手間が少なかったのである。
 ただ、彼らに共通することは、誰もが皇都の防衛に失敗することを考えていないことだ。彼らがいるのは世界でも有数の防御力を誇る要塞で、ここ以上に安全な場所は異世界くらいしかないと分かっているからだ。
 そして何よりも、皇王が皇都にいる。
 この事実こそが、彼らにとって最も大きな心の支柱なのである。

 格納庫から地上に上がると、すぐに〈メガセリウムⅢ〉は皇都防衛機構のひとつとして情報連結された。砲撃位置へと移動しつつ、各諸元を修正していく。
 司令室の大型表示板に次々と各方面の対空砲塔の状況が追加され、ほとんどの対空砲塔が稼働状態にあることが分かる。
 作動していないのは、定期点検や修理のために動力路を切断されているものだけだ。その数を見れば、都市全体で五〇〇ほどになる。
 それ以外にも皇都防衛艦隊の艦船が敵飛翔体を射界に収めるために移動し、定位置に付いた艦が〈メガセリウムⅢ〉と同じように皇都防衛機構と一体化していくのが分かった。
 その中には、皇国総旗艦〈イグ=ゼノリウム・レクティファール〉の姿もあれば、陸軍河川砲艦の姿もある。
 まるで訓練の一幕のようだと、エリュアは思った。
 ひとつの作業も滞ることなく、それこそ市民の避難までもが訓練通りに行われた。
 その根底にあるのは、ここが皇王の座する皇都であるという事実だ。人々は皇王と皇都というふたつの存在がともにここにあることを信じた。
 エリュアたちはその信頼の上に、今こうして立っている。
 民と都市は皇王を信じ、皇王は皇都の守り手たちを信頼しているのだ。
 皇城からは最初の防衛命令以外、何も与えられていない。この都市に敵が近付いている中で、軍の動きを掣肘する存在はいない。
「また、連邦の武官に羨ましがられるな」
 司令の呟きに、管制官のひとりが小さく笑った。
「あの国は政府が軍の上に座ってますからね。しかも、責任が怖くていらない口まで挟んでくるとか」
 制御卓を高速で叩きながら、管制官は異邦の同輩に同情する。
 軍事交流などの場では、民主連合各国の武官が同じような愚痴を零す。悪ではないが、自分には向かない職場だろうなと思った。
「まあ、一度でもしくじれば陛下への裏切りになる。何も言われないことが重圧に感じることもある」
 エリュアは制帽を被り直し、片眼を潰した傷跡を撫でた。
 戦いの前になると、古傷が痺れるように痛む。その痛みが、この鋼鉄の猛獣の胎内にいても戦場にいることを教えてくれた。
「はは、実に結構なことです。それが仕事だと教えられてきましたから――と、艦長から通信」
「第二表示板に出せ」
「了解」
 土鬼族の顔が、大型表示板の隣にある中型の表示板に現われる。
 通信機を頭に被り、喉頭集音器に次々と指示を下している。
 艦長は通信が繋がったことを確認し、エリュアに向き直った。
〈第一から第四までの砲塔に導力接続確認。索敵儀及び砲撃測距儀の自動追尾も問題ありやせん。今は照準補正の最終段階です〉
「分かった。全力でやるが、問題ないか」
〈全力で、ですかい?〉
 深い眉毛の向こうに見える瞳が、どこか楽しそうにエリュアを見る。
 エリュアもまた、不敵な笑みを浮かべた。
「そう、全力だ。幸いなことに後背は城壁で車体固定脚が出せる。市民の避難も終わっている」
 そうエリュアが告げると同時に、砲撃位置に到着した〈メガセリウムⅢ〉が停車する。
〈確かに。――おい、一番から十八番までの固定脚を出せ。都市管理機構に情報接続、ちょうど良い防壁固定鉤を出して固定脚と繋げ〉
 艦長の指示が飛び、〈メガセリウムⅢ〉が背にする城壁の一部が開く。それを確認し、車体に折り畳まれた状態で固定されていた十本の固定脚が、飛蝗の後足のように城壁へと伸びていく。
「一発で決めろよ。艦長」
〈ええ、任しといてください〉
 艦長がより深く笑い、歩いていって車輌指揮所の管制官の肩を叩く。
 その管制官の前にある表示窓には、城壁から顔を覗かせた固定鉤の姿があった。
 自動照準器があるとはいえ、完全に固定されていない車体から伸びる固定脚は常に揺れている。ゆっくりと近付いてくる城壁側固定鉤を睨みながら、管制官は操縦桿を操作する。
 管制官が見ているものとは違う、車体と城壁を俯瞰する映像を見ながら、エリュアは心が満足感に満ちているのを確信した。
 彼の部下は、優秀だった。それが彼に深い充足感を与えている。
〈――固定鉤まであと、三、二、一……一番接続!〉
 城壁側と車体側の固定鉤がしっかりと噛み合い、ガキンという金属音が車体を伝って行く。固定鉤はそこで回転し、城壁側へと引き込まれた。
〈続いて、二番接続! 三番接続!〉
 同じように、心地よい振動が続いていく。
 それが十回連なると、今度は反対側の市街区へと固定脚が伸びる。
 固定脚が向かう先には、噴水や花壇に扮した固定鉤の扉があった。噴水や花壇は一度地下へと潜り、横にずれる。その下から現われたのは、城壁と同じ固定鉤だった。
〈第十一、第十二、十三、十四――〉
 城壁側と車体が接続されていることで、車体の揺れはほとんどない。
 次々と固定鉤が噛み合っては引き込まれ、〈メガセリウムⅢ〉は皇都にへばりつき、空を睨む。陸上戦艦と呼ばれることもある〈メガセリウム〉だが、都市と一体化したその姿には勇壮さよりも、もっと生々しい感情を覚える。
「兵器さえ、己の居場所を守りたいと思うのか……」
 エリュアはこれまでの訓練では感じたことのない、〈メガセリウム〉の意思を仄かに意識した。錯覚であることは間違いないが、戦友としてのこの装甲列車の意地には共感できた。
〈車体固定完了。魔導炉は出力八割。射程管制は収束拡散方式で行くぞ〉
 低い艦長の声に合わせ、四つの砲塔が敵が向かってくる方角へと指向する。
 全力砲撃が可能となったことで、必要以上の射程を抑制する射程管制の方式を変えることができた。
 三つの砲身からそれぞれ別周波数の魔導砲を放ち、粒体魔素の持つ相互干渉特性を利用してひとつに収束。その干渉が最大になったところで、今度は魔素の結合を開放する。
 それにより、一定の距離を飛翔した魔導粒体砲はそこで拡散するのだ。周波数制御によって干渉率を制御し、射程距離をある程度任意に選ぶことができる。
 これが単独拡散方式による射程制御であれば、魔導砲の威力は制限されてしまう。
〈艦隊の方も全力で行くようですな、ははは!〉
 艦長の嬉しそうな笑い声は、自分たちに触発された皇国海軍と近衛海軍の艦艇に向けられている。
 彼らもまた、同じ方式での全力砲撃を選んだようだった。
 都市障壁の出力も、万が一砲撃が反射などされたときを考えて、限界まで上昇していく。
 都市から漏れ出た粒体魔素が大気中に拡散し、皇都周辺の大気が揺らめき、上空には昼間にも関わらず極光が現われた。
 エリュアは皇都防空軍の飛龍たちが北西へと向かっていく様を探測儀で見ながら、指揮杖を床に突き付けて背筋を伸ばす。
 都市防衛機構の対空射程を示す扇円に敵が入るまで、あと僅か。
〈皇都防衛司令部より各隊。敵飛翔体、皇都まで残り一一〇〇〇〇〉
 通信が活発化し、〈メガセリウムⅢ〉の魔導炉出力もまた戦闘出力を超えて最大出力域へと突入した。砲塔内部の薬室に魔素が送り込まれ、砲口から光が溢れる。
〈防衛機構砲撃をメガセリウムⅢに同期せよ〉
 それは、エリュアが予想していなかった防衛司令部の命令だった。
 通常の訓練であれば珍しいことではないが、防衛艦隊が出ている以上、そちらが同期中枢になると思っていたのだ。
「司令部、当方が同期中枢で間違いないか」
 エリュアは司令部に通信を繋ぎ、確認を取る。答えは、変わらなかった。
〈防衛司令官の命令である。任務に支障があるなら、次席へと変更するが〉
 司令室の管制官がエリュアを見る。
 この任務にもっとも慣れた彼だからこそ、司令部は同期中枢をここに据えることを決めたのだ。ならば、それに応える以外に軍人としての職務はない。
「了解した。こちらで第一射の砲撃管制を行う」
 各砲座の砲撃間隔は異なる。同期中枢としての役目は第一射のみになるだろう。
 それでも、エリュアは張りのある声で部下たちに命じた。
「敵の鼻っ柱をへし折る。砲撃同期開始。一発で決めるつもりでいけ」
 命令一下。司令室の正面大型表示板は管制機構の中枢画面へと変わった。
 皇都の対空火砲総ての引き金が、彼の指に掛かった。
「敵、射程まであと五、四、三――」
 防空隊の編隊が砲撃の射線から逃れる。
 照準が固定され、司令室の照明が砲撃態勢を示す警告色へと変わった。
「二、一……入りました!」
 管制官の報告通り、皇都総ての砲が敵を捉える。
 エリュアは杖の先で床を叩き、甲高い音と共に大きく命じた。
「皇都火砲全門、てぇえええいっ!!」
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