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第四章:万世流転編
第二五話「神域突入」 その二
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エリザベーティアは仮面の奥で冷や汗を垂らしていた。
レクティファールの居室として提供された旧蒼龍宮の離れ、その一室に押し込められたのはいい。今の自分は剣闘精霊ということになっているし、自分自身もそれを楽しんでいる。
しかし、今の状況は非常に辛い。
(そりゃ連れてくるのは仕方がないと思うけど、何でこのふたりを同じ部屋に入れちゃうかなぁ! だったらせめてわたしだけでも別の部屋にしてよ!!)
彼女の視線の先にいるのは、近衛軍から唯一この地に派遣されてきたハイドリシアと、その視線の先で自堕落そのものといった姿で長椅子に身を横たえるリリスフィールだ。
どちらもお互いを気に留めている様子はない。だが、ふたりの事情を知る者にとっては、その事実そのものが異常なのだ。
(あの元勇者様にとっては仇敵なんてもうどうでも良くて、あっちの元神様にとってはもともと勇者なんてどうでもいい相手。でもさ、ほら、本能というかそういうのあるでしょ!?)
三人はそれぞれ等間隔の位置にいる。
纏っている装束こそレクティファール即位後に制定された、『皇王の武具』と呼ばれる者たちのみに許された戦装束として共通しているが、エリザベーティアが躑躅色、ハイドリシアが白群、リリスフィールが青藍と基調となる色は異なっていた。
それがそのまま、彼女たちの立場を決定的に隔てている。
そもそも『皇王の武具』と呼ばれる者たちは、エリザベーティアがレクティファールに提案して作らせた制度だ。
剣闘精霊などは、召喚主に対してのみ忠誠を誓っている。また、リリスフィールのようにそれに類する、国家ではなく個人にのみ関心を持つ者も存在する。
ハイドリシアのように、乙女騎士でありながら皇王家ではなく皇王個人に対してのみ忠誠心を傾ける者もいる。
それらの者たちを一纏めに管理するためには、国の管理を一切受け付けない私兵団としての形を作るしかない。
当然、軍からは物言いが付いた。戦力として数えられないにも関わらず、自分たちが管理責任を負う場所を闊歩する存在は戦術的に許容できないというのが彼らの言い分だ。
それは至極もっともである。エリザベーティアもそれは認めた。
だが、それを圧しても話を通さなければならない理由が彼女にはあった。
(こうしないとこの人たち絶対問題起こす。というかもう起こしまくってたし)
リリスフィールはまだ“まし”だった。レクティファールにのみ従属する精霊だと思えば納得もできる。神出鬼没なのも何とも精霊らしい。それでも乙女騎士団との間で色々な衝突があった。
その一方、ハイドリシアは乙女騎士団の中で明らかに浮いていた。
常にレクティファールの傍にいようとするのだ。そのためには乙女騎士団の職分どころか近衛軍の職分さえ簡単に踏み越えてしまう。
(レクト君が言い聞かせてようやく納得したんだもんなぁ。寝室で一晩が説得と呼んで言いならだけど……)
エリザベーティアは少しだけ遠くを見詰める。在位期間が短すぎたため、あんな爛れた生活なんて知らなかった。以前は耳年増などとルキーティにからかわれたが、今では逆にからかう側だ。
(ふっ)
得意気に鼻を鳴らすエリザベーティア。一瞬、彫像のように屹立していたハイドリシアが彼女に視線を向けたが、すぐに興味を失ったようだ。レクティファールが作り直した神殺しの神槍〈グランデア〉を手に、ずっと虚空を見詰めている。
(うん、やっぱり人形の方がまだ愛敬があるわ。これじゃ美術館の展示物ね)
このような物騒な展示物、どこの美術館でも断るだろう。
ハイドリシアの価値観は総てにおいてレクティファールが基準となっている。善悪も正誤も総てだ。
レクティファールが命じればどこにでも行くし、誰であっても斬り伏せる。かつての仲間だって間違いなく叩き切る。
男性将兵に目のやり所に困ると言われる、エリザベーティアの戦闘装束を元に作られた戦装束を着ても羞恥心の欠片も見せなかったのだから、自分のことなど本当にどうでもいいのだろう。なお、リリスフィールなどは自分の能力で同じ意匠の装束を生成し、着用していた。
(でも本当、昔のわたしそっくり。考えることが嫌になって、全部他人に委ねて、あれって楽なのよね)
違いがあるとすれば、ハイドリシアはきちんと方向を読み取ることができることか。その点だけは、未だに街に遊びに出ては迷子になるエリザベーティアとは似ても似つかない。
(でも星天宮の敷地内なら迷わないし!)
それが果たして自慢になるかどうかは分からない。
要塞としてみれば複雑極まりない星天宮を隅から隅まで知っているということならば、確かに称賛されるかもしれないが、乙女騎士は戦闘要員は総て同じことができる。できなければ乙女騎士を名乗ることは許されない。
(いやいや、わたしのことはどうでもいいのよ。問題はこの本能本質その他諸々の点においてまったく交わらないこのふたりを同じ場所に放り込んだ挙げ句、わたしも一緒に閉じ込めたことが問題なの!)
お互いまったく気に留めていない筈なのに、部屋の空気は凝固したように重苦しい。本来ならば互いを否定し合う存在が、それをせずに並存しているせいで、空間そのものが拒否反応を示しているのではないかとさえ考えた。
しかしそんな事実はない。
ただエリザベーティアの武人としての鋭敏な感覚が、根本的に相容れない存在同士が反発しているのを感じ取っているだけなのだ。
後宮でこのふたりが揃うと、同席した乙女騎士たちは緊張し、通り掛かったマティリエは尻尾を丸めて部屋の片隅で縮こまるのが常だ。
(それでもレクト君まったく気にしないんだけどね! 何それどういう神経してるの? ふざけんなよー、今日こそ誤魔化されないぞー、寝台の中でくそ甘ったるいこと囁いても絶対許さないんだからなー)
エリザベーティアはひたすらレクティファールを罵ることで精神の均衡を維持する。皇王経験者という本来なら出会う筈のない立場ということもあり、対等な友人のような、長年の付き合いがある幼馴染みのような関係を築いているふたりだ、こうして心の中で文句を言うこともある。
(いいよいいよ、今回の喧嘩はわたしの妹分みたいな娘が攫われたんだからわたし凄く頑張るよ。ちょっとだけ因縁もあるし。でもこのふたりのお守りとか絶対わたしの仕事じゃないって、わたし、君みたいに神経図太くないから、すごく繊細だから、硝子細工だから!)
レクティファール本人が聞けば、「単結晶超硬硝子細工?」と聞き返し、引っぱたかれるだろうことを心の中で叫ぶエリザベーティア。
彼女の苦悩はそのまま暫く、奥の部屋からレクティファールが姿を見せるまで続いた。
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