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ツバメ。
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妻は潔癖症だ。
元々ではない。少しずつ、少しずつ、潔癖を求めるようになっていた。似たもの親子だと近所でも評判らしい娘たちはまったくそんなことはないので、心の病気に近いものなのだろうと考えていた。
ある日。
ベランダに洗濯物を干しておいたら、鳥の糞が……と悔しささえ含んだ声で訴えてきた。
一軒家ではあるが、これ以上はひさしを張り出させるわけにもいかず、ベランダの内側に物干し竿を吊り直すことで妥協した。
しかし、数日経ち、大物の布団のシーツはベランダの柵にしか干せないので、そこに広げて干した。物干し竿の場所を変えてからは被害に遭っていないので、すっかり鳥のことは忘れていたようだ。
果たして。
その夜、再び妻のヒステリックな愚痴が零された。
これからは、大物を洗うのにはコインランドリーを使うことで決着した。費用はかかるがあまり苛立った顔をさせたくない。
しかしこれすらも、実際にランドリーに行ってみたら、小汚い客が油汚れの作業着や剥き出しのままの下着を回していたところに遭遇し、気持ち悪くなったと怒り気味に愚痴られた。いや、ほとんど怒鳴られたと言ってもよかった。クリーニングに出すと宣言された。
そのやり取りを聞いていた思春期の娘たちですら呆れていた。
それからしばらくは、糞害にも遭わず、それほど妻の潔癖症も目立ったところはなく過ぎていった。再び愚痴を耳にしたのは、軒下にツバメが巣を作った時だった。
二階にあるベランダの脇に小窓がある。その上の換気用ボックスの上に、ツバメがいると言うのだ。
休みの日、そっと見上げてみると、確かに小さなスペースにツバメが行き来しているのを目視した。だからといって洗濯物を汚すとは限らないのだし、縁起が良いと言われるものをわざわざ追い払う必要はないだろうと、さすがに妻を説得にかかった。どうせそんなに長くいるわけじゃない。一年のほんの僅かな間くらい、せめて見ないフリはできないのか、と。
納得できないという顔で眉間に皺を寄せていた妻だったが、しぶしぶ頷いた。
しかし、知らない間に妻はツバメを追い払っていたらしい。
危ないと止める娘を無視して、小窓から身を乗り出して巣を撤去したようだ。すでに卵があったそうだ。これにはさすがに妻の正気を疑った。病院に行くべきか迷ったが、それ以外は真面目でしっかり者の妻なのだ。母親としてもまったく問題ない出来た妻なのだ。もう少し、もう少しだけ様子をみよう。そう思った。
知った翌日、巣を探して右往左往するツバメの番を見かけた。申し訳ないと心が痛んだ。
妻はすっきりとした顔をしていた。
それから数日後。妻が不思議そうな顔で言った。
ゆうべ、変な夢を見たのだと。夜中にふと目を覚ますと、窓の外に数人の小さな子どもたちが立っていたそうだ。泣き出しそうな、悲しそうな目でじっと見つめてきたのだそうだ。それを妻は、変な夢だと頭を振ってまた眠りについたのだと。そう言って、あらそれだと夢の中で夢を見ていたみたい、いやだわ、だったら本当に見たみたいじゃない、と。
直感した。
ツバメの子どもたちだ。
恨んでいたのだ。
それから数日も経たないうちに、勤めていた会社が倒産した。
関係ないのだと信じたい。
しかしもう耐えられないと決心して、妻に離婚届を渡したのだった。
元々ではない。少しずつ、少しずつ、潔癖を求めるようになっていた。似たもの親子だと近所でも評判らしい娘たちはまったくそんなことはないので、心の病気に近いものなのだろうと考えていた。
ある日。
ベランダに洗濯物を干しておいたら、鳥の糞が……と悔しささえ含んだ声で訴えてきた。
一軒家ではあるが、これ以上はひさしを張り出させるわけにもいかず、ベランダの内側に物干し竿を吊り直すことで妥協した。
しかし、数日経ち、大物の布団のシーツはベランダの柵にしか干せないので、そこに広げて干した。物干し竿の場所を変えてからは被害に遭っていないので、すっかり鳥のことは忘れていたようだ。
果たして。
その夜、再び妻のヒステリックな愚痴が零された。
これからは、大物を洗うのにはコインランドリーを使うことで決着した。費用はかかるがあまり苛立った顔をさせたくない。
しかしこれすらも、実際にランドリーに行ってみたら、小汚い客が油汚れの作業着や剥き出しのままの下着を回していたところに遭遇し、気持ち悪くなったと怒り気味に愚痴られた。いや、ほとんど怒鳴られたと言ってもよかった。クリーニングに出すと宣言された。
そのやり取りを聞いていた思春期の娘たちですら呆れていた。
それからしばらくは、糞害にも遭わず、それほど妻の潔癖症も目立ったところはなく過ぎていった。再び愚痴を耳にしたのは、軒下にツバメが巣を作った時だった。
二階にあるベランダの脇に小窓がある。その上の換気用ボックスの上に、ツバメがいると言うのだ。
休みの日、そっと見上げてみると、確かに小さなスペースにツバメが行き来しているのを目視した。だからといって洗濯物を汚すとは限らないのだし、縁起が良いと言われるものをわざわざ追い払う必要はないだろうと、さすがに妻を説得にかかった。どうせそんなに長くいるわけじゃない。一年のほんの僅かな間くらい、せめて見ないフリはできないのか、と。
納得できないという顔で眉間に皺を寄せていた妻だったが、しぶしぶ頷いた。
しかし、知らない間に妻はツバメを追い払っていたらしい。
危ないと止める娘を無視して、小窓から身を乗り出して巣を撤去したようだ。すでに卵があったそうだ。これにはさすがに妻の正気を疑った。病院に行くべきか迷ったが、それ以外は真面目でしっかり者の妻なのだ。母親としてもまったく問題ない出来た妻なのだ。もう少し、もう少しだけ様子をみよう。そう思った。
知った翌日、巣を探して右往左往するツバメの番を見かけた。申し訳ないと心が痛んだ。
妻はすっきりとした顔をしていた。
それから数日後。妻が不思議そうな顔で言った。
ゆうべ、変な夢を見たのだと。夜中にふと目を覚ますと、窓の外に数人の小さな子どもたちが立っていたそうだ。泣き出しそうな、悲しそうな目でじっと見つめてきたのだそうだ。それを妻は、変な夢だと頭を振ってまた眠りについたのだと。そう言って、あらそれだと夢の中で夢を見ていたみたい、いやだわ、だったら本当に見たみたいじゃない、と。
直感した。
ツバメの子どもたちだ。
恨んでいたのだ。
それから数日も経たないうちに、勤めていた会社が倒産した。
関係ないのだと信じたい。
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