さとうと編集。

cancan

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002 the dress to kill a cherry

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 「いやー、今日も攻めてますね。さとう先生」

 「は?」

 イスにちょこんと座っていると、登場するや否や編集の青木はそんなことをいってきた。
 
 私は青木が何をいっているのか解らなかった。


 「服ですよ。服」

 そういっただけで、机の上に置いてあった原稿を手にとり読み始めた。

 「え?」
 
 そういわれて私は視線を下げ自分の服を見てみたが、何も変ったところはない。

 ただの黒を基調としたワンピース。かわいらしいサクランボ柄の服だ。


 「まあでも流行っていますからね。そんな感じの服」

 「いや特にトレンドを意識したつもりはありませんし、流行っているとも聞いたことありませんが」

 普通のワンピースだ。
 色だって無難なブラック。流行色ではない。

 「ああ、そうなんですね」
 
 私の話をきちんと聞いているかわからない。彼の視線は完全に原稿に向いている。

 きっと意識もそちらにいっているのだろう。
 返答は上の空だった。


 「あー、そうか。最近はあまり見なくなったからなぁ」
 
 独り言だろう。ボソッと呟いた。

 「だから何がですか?」

 「童貞を殺すセーター」


 「え?」

 「知りません? 童貞を殺す服とかセーター」

 「いや、一応知っていますけど。あの横と背中ががばっと開いた何の実用性もないセーターのことですよね」

 「そうです」

 青木は得意げに頷いている。

 「それで何で私のワンピースを見て童貞を殺す話が出てくるのですかね」

 この中年は老眼だろうか、早くもボケてきているのだろうか。

 「だってそれって新しい童貞シリーズですよね?」


 「?」

 本気で青木が何をいっているかわからない。
 例え童貞を殺すセーターでなくて服のことをいっているのだとしても、それは意味が解らない。
 私の知る限り童貞を殺す服というのは、現実には存在するわけがないオタクが想い描くお嬢様(ロングストレートの黒髪、ピアノが弾けてフルートが得意、セバスチャンというバカでかい犬を飼っている。父親の年収は五千万以上)が着ているようなちょっと現実離れした服、センターにフリルが付いた体のラインがわかる白いシャツに首元に細いリボン、スカート遠慮がちにはふわっとしている。

 そんな感じだと思っていた。

 「私の着ている服は何の変哲もない普通のワンピですけど、青木さんは童貞を殺すシリーズの服を勘違いしているのではありませんか?」

 「あぁ、確かに殺す訳ではなさそうですね。どちらかというと挑発かな」

 「挑発?」

 私は顔をしかめていた。
 青木のいっていることが本気で解らなかったからだ。

 「ええ、そのサクランボの柄。童貞を馬鹿にしているんですよね」

 「してねーよ!!!」
 
 これは酷い勘違いだった。
 女子高生が(童貞=チェリー)であることを連想させるために、わざわざサクランボ柄のワンピを着るとでもいうのか……

 「それで神田とか秋葉原を歩くとかいい根性してますよね。性格が捻じ曲がっている。どこで売っているんですか? ドンキ?」

 「しまうまだよ! ファッションセンターしまうまだ!」

 「へー、郊外にある庶民的な店だと思ってましたが違うんですね」

 「庶民の味方だよ! 捻じ曲がっているのはお前の方だ! 『ファッションセンターしまうま』で売っている服にそんなチェリーボーイを挑発するようなメッセージが込められている訳がないでしょう!!!」

 「持ち込む小説もそれくらい攻めた感じにしてくれるとありがたいんですけどねー」

 青木は私の話を全く聞いていなかった。

 「…………」 

 
 次回。
 天月さとうがバイトをするファッションセンターしまうまの店長を招いての座談会。
 激動のアパレル業界でどうやって生き残って行くのか。
 高収益の秘密。
 サクランボ柄のワンピースの作成秘話に続く――


 【注:フアッションセンターしまうま。都会では頻繁に見かけないが、ちょっと街を抜け郊外に出ると何処にでもある。お手軽な値段設定で幅広い年齢層に人気がある。扱っている服の種類は豊富である。某ユニ○クロと違い街を歩いている他人と頻繁に服がかぶるというトラブルはあまりないが、ユ○ニクロの方が耐久性がある気がする】
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