さとうと編集。

cancan

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003 I am a low angler

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 「ふへへへ……」

 私は幸せだった。

 「さとう先生、気持ち悪い笑い方ですね。何を読んでいるんですか?」

 「ぶぎぃひひ……」

 小説を書くことは仕事だと思っている。
 その事を考えると、これは私の唯一の趣味であり楽しみだった。

 私はアニメオタク向けの写真集を鑑賞していた。

 「冗談抜きで恐ろしいのですけれど」
 
 青木が話かけてくる。

 
 「いひひひひひ……無粋な人間ですね。私の至高の時間の邪魔をしないでください」
 
 「ここはあなたの部屋ではなく。坂の上編集部なんですが……」

 心の汚れた私に彼の言葉は届かなかった。

 「どれちょっと見せて下さいよ」

 青木が私の読んでいる本を取り上げようとした。

 「彼女にさわるな!」

 私は本に伸びてきた手を左手で叩き落した。
 
 「え、なに!?」
 
 愕然とする青木。

 「これに触れていいのは私と美少女だけだ!」
 
 「…………」

 その言葉を聞いた青木は冷たい目をしていた。
 きっと彼の心には血が通っていないのだろう。
 私の愛が理解できないのだ。


 「何かの写真集?」
 
 「人気レイヤーLMiNAエルミナさんのC95新作です」
 
 レイヤーとは絵を描くときのツールではない。
 アニメなどのコスプレをする人のことだ。
 LMiNAさんが出した写真集。

 「C95? 新しいガンダムですか?」

 「……コミックマーケットのことです」

 こいつはこの仕事を本気でやっているのだろうか。

 「へー」
 
 そしてそのことに、たいした興味はないようだ。

 「仕方ないですね。拝謁を許可します」
 
 この男には少しこの世界のことを知ってもらった方がいい気がした。
 もちろん彼のためではない、天月さとうの将来のためだ。
 
 「拝謁……」
 
 青木の目は濁っていた。
 きっとブラック企業に勤めているから、心に潤いが足りていないのだろう。

 「ほれ」

 私は見ていた本のページを彼に向け、開く。
 一押しの写真だ。
 
 某人気ブラウザゲームのコスプレ。
 制服に黒タイツ。
 小さい顔。長く細いおみ足。
 正直ゲームのキャラより美しい。
 この世の物とは思えない高いクオリティ。
 
 この写真をみると私はフランスのルーブル美術館でモナリザをたった一人で鑑賞しているのと同じ気分になった。
 
 ルーブル行ったことないけど。
 

 「あー、いいじゃないっすか。かわいいですね」

 「…………」
 
 私は耳を疑った。目の前の編集者がいった言葉『あー、いいじゃないっすか。かわいいですね』――このように美しいものを見せて頂いているのに、そんな陳腐ちんぷな言葉しか出てこないのか。
 この人は編集として、いや人間として適正を欠いているのかもしれない。
 こんな表現力と美意識と語彙力と人間性が欠如している中年新米脳筋編集者に私の小説のよさがわかるのだろうか……
 
 「LMiNAさんのこのお姿を見ても何も思わないんですね……」

 「いやだからかわいいって。てか今まで見たことない悲壮感が漂う顔してますけど大丈夫?」

 「何か思わないんですか?」
 
 再び写真集を見せる。今度は表紙だ。

 「あー、なんで名前のところ【 i 】だけ小文字なんですか?」

 「きさま――ッ!!!」

 「え!?」
 目の前の机をひっくり返して(それはまるでちゃぶ台のように――)グラップラーに掴みかかる。
 「それだけは許さない!!」

 それは決して触れてはいけないこの業界のタブーであった。

 「ぷぎぃぃぃ……」

 聞いたことのない奇声をあげ倒れる青木。
 馬乗りになる天月さとう。

 しんと静まり返った部屋には鈍いゴスゴスといった打撃音だけ響き続けた。
 
 天月さとうの脳内には【DYNAMITE EXPLOSION】が鳴り響いている。
 

 ――To be 003-2
 
 【注:DYNAMITE EXPLOSIONダイナマイトエクスプローション。これを書いてる人が好きな曲。歌うと兎に角盛り上がる】

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