さとうと編集。

cancan

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004 I was watching the sloth!!!

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   今日も私は坂の上編集部にいた。
 決して暇を持てあましている訳ではない。
 私の有りあまる向上心がこの場所に足を向けさせるのだ。
 


 「青木は何か特技とか持っていますか?」
 
 「あー、いえ……これといって特には」
 
 質問にたいして興味が無さそうなグラップラー青木。
 机に座り誰かの原稿を読んでいた。
 
 その隣りに私は横向きで座っている。
 
 ……にしても特技の一つも無いとは全く面白くない男だ。
 きっとこの男が勤めているブラック企業の忘年会でもつまらない一発芸をして場をしらけさせているのだろう。

 「へー」
 
 余りにもつまらないこの返答、しかし心がやさしい私は一応返答する。

 「さとう先生の特技は何なんですか?」
 
 ――私はこの質問を待っていた。
 そのために青木に特技を持っているかどうかの質問をしたのだ。
 つまり布石を打った。
 
 「聞きたいですか?」
 
 「いえ別に」
 
 即答だった。
 
 「…………」
 
 この男は絶対にもてない。
 私はそう確信した。
 まさかの美少女の特技に興味がない宣言。
 ラノベ編集……いや男、人間として存在している意味がないというのは最早、明白であるといっていいだろう。

 「……ちっ」

 「いま舌打ちしませんでしたか?」

 「していません。頭だけではなくて耳までおかしくなったんですね」

 スマホを操作しながら適当にそう答えた。
 青木は普通だったら殴りかかられていてもおかしくない。
 
 でも殴らない。天月さとうは常識人だから……

 「まあまあ、お茶でも飲んで落ち着いて下さい。さとう先生」
 
 お茶が入ったマグカップを差し出す。
 
 「私の怒りがポリフェノールで収まるとでも?」
 
 カップに入ったお茶は約半分――
 明らかに飲みかけ……
 
 表面から湯気が上がっていないことを考えると最低5分は経っているだろう。
 カップの内部は白い塗料。
 なのでお茶の色を見ることができた。
 
 緑茶は酸化する。
 酸化することによって色が変わる。
 透き通るようなグリーンから濁った感じの色へ――
 
 その変化を観察することで経過した時間がある程度知ることができた。
 この色だとそんなに時間は過ぎていないはず。
 
 これらのことから飲んでも健康に影響がないことが考えられた。
 

 普通なら異性が口をつけたお茶を思春期の女子高生が飲むかどうかといわれると、飲まないのが普通だと思うが私は気にしない。
 ていうか、この男を異性と思ってないというか人間だと思っていなかった。

 「ぅ…………」

 そして、このお茶――やはり冷めてる。
 こんな冷めているものを女子に飲ませるのか。
 お茶は冷たかったが、怒りゲージは赤く燃え上がった。

 「カテキンやポリフェノールで怒りが収まるのならこの世界はもっと平和ですよ」
 
 確かにその通りであるが、私の怒りの原因はだいたいこの男だ。 
 
 「……」
 
 彼の視線は原稿に向いている。
 
 顔を覗きこんだ。 
 
 「……」
 
 反応はない。
 
 「特別に私の特技を教えましょう」

 「はあ、ありがとうございます」

 残念なことに彼の返答からは感謝の気持ちは感じ取れなった(声のトーンで解る)。

 「実は私、ふとももの写真を見ただけでどのレイヤーさんかわかるんです」
 
 この世界のネットやSNSには画像があふれている。
 いろいろな人がアニメのコスプレをしたものが。
 それは数え切れない。
 この世界全部のレイヤーのふとももがわかるとはいわない。
 ただ日本のアーカイブに登録されているふとももは全部記憶していた。

 「……」
 
 「どうしました?」
 
 青木は呆気にとられていた。
 
 「……すみません。これ程に意味の解らないことに遭遇したことがなくて」
 
 青木の目は宙を泳ぎ冷や汗をかいていた。

 「驚きましたか?」
 
 「記憶力がいいのですね」
 
 「それはないと思います。記憶力がものをいう教科の成績は軒並みよくないし」

 「へー。ではなんでふとももを見ただけで人を選別できるのですか」
 
 「ふとももが好きだからです」 

 その答えを聞いて青木がこちらを向く。

 「その特殊能力は小説を書くにあたって必要なものですか?」
 
 「いえ、まったく」

 「何かの役に立ったことは?」

 「青木さんはふとももの画像を見て興奮する時にやはり顔が必要ですよね?」
 
 「いや、すみせん。さとう先生の話す内容が全くわからない。てかふとももを見て興奮していること前提に話が進んでいるのですけど」

 「失礼、私の質問の仕方がよくなかったですね。ではもう一度、尋ねます。青木さんはふとももが好きですよね?」

 「全く先程の質問と内容が変わっていないことに驚きを隠せないと共に、あなたの小説家としての将来に不安しかない」

 「すみませんでした。青木さんは性癖が捻じ曲がっているのでしたね。では一般的な話をしましょう。普通の人間はふとももが好きなのですが、ふとももの写真だけ見ても誰だかまではわからない」

 「…………」
 
 青木は放心状態だった。

 他人に理解されない捻じ曲がった性癖を指摘されたことがよほどショックだったのだろう。
 
 「私はふとももを見ただけで誰だかわかる。ようするに、ふとももを見ただけで誰だか確信をもって興奮ができるということなんです!!!」

 「何だかよくわかりませんが。まあアニメのコスプレを見るのが好きなのは何となくわかります」
 
 「まあ、そういう話ではないのですが、アニコスは好きです」

 どうやら私の凄さは伝わらなかったようだ。
 ため息をつきながらそう答えた。

 「人のコスを見るのではなく自分でやればいいのでは?」

 さらっという。

 「あなたは私に死ねというのか!」

 「なぜ!?」
 
 「見ろ! この体型!」

 私はイスから立ち上がり両手を広げた。

 「何か問題でも?」

 青木はこの問題の重大性を認識していなかった。

 「う……」

 右手を頭の上で平行に動かす。

 「確かに背は低いですが、まあ……アニメとかラノベのキャラってそんな感じの女の子が多いのでは」

 「うぅ……」

 両手を胸の前で上下に動かす。
 
 「あー、確かに。それはコスプレ栄えしなさそうですね!」

 私は下唇を噛む。
 泣きそうだった。

 「ふとももだって、細いだけで長くないし……」

 スカートを両手でたくしあげる。

 「あー、見えないのでもうちょっと上にあげてもらっていいですかね?」

 「このロリコン!!!」
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