9 / 15
005 Editor's disqualification
しおりを挟む
「いやぁ、いいですね~」
「はぁ……」
「この『俺はスケートをしにきたんじゃない! 推理をしに来たんだ!』というのも迫力がありますし」
「ええ」
「何というか……そうだなぁ、この現代的ではない設定ですかね」
「そうですか。現代的ではないですか」
「いや、駄目って訳ではないのです。トリックとか設定は普通。まあ古典的なんですけど――それがいいんじゃないんですか? 伝統芸っぽくて」
「……伝統芸」
私の書いた推理小説をけなしている様にしか聞こえなかった。
「よっ! 天月!!」
青木は伝統芸能である歌舞伎のかけ声、つまり屋号を叫ぶ。
彼は私をおだてているつもりなのだろうが不快感しかなかった。
この男が原稿を褒めてくる時はロクなことが無い。
それは重々承知していた。
「…………」
「……」
これから起きる出来事を予感させる沈黙。
良い予感ではなく、それは不幸になる予感だった。
「では脱稿ということで」
私はそう切り出し席を立とうとする。
「ちょっと待った――!!」
「…………」
「僕にこの作品をさらに輝かせる案がひとつあります!」
「いえ、結構です」
「ちょっと待った! 話だけでもいいから聞いてください!」
「いえ、結構ですから」
「少しだけ!」
「結構です!!!」
かたくなに断る天月さとう。
しつこいグラップラー青木。
その姿はまるで玄関のドアでしつこく食い下がる新聞勧誘の人間を追い払う主婦のようであった。
「じゃあ、今ならさとう先生がすきなアニメの宣伝用立て看板(ショップの前に立ってるキャラクターの等身大立看。紙製)を付けますから!」
「……ぇ」
「出演声優さんのサイン入も付けます!」
「……いや青木さん――それはまた別の話ですよ。違います。確かに私はアニメも声優も好きだし、非売品グッズも欲しいです。ただそれは作品作りとは全く関係の無いことであって、それを貰うことによって編集の意見を聞いて作品の方向性を変える……あってはならないことだと思っています」
「……」
「きちんと作品をつくることに対して向き合ってますか?」
編集部の空気が重くなる。
極限まで張り詰めた空気の部屋。
体感温度は下がり、時計の音も聞こえない。
後にこの現場に居合わせた編集スタッフはこういった……
「――そこはまるで居酒屋のアルバイトの面接に近い緊張感があった」と。
それ位の重さ。
「そうですか……そうですね。申し訳ない」
青木はしょんぼりしていた。
「……むぅ」
「……」
「でも作品をよくするための話し合いは必要なのは解っています。ただ、私は何か貰うということで作品を変えることが許せなかったんです」
少しだけ柔らかめの笑顔でそういった。
「そうですね」
どうやら青木は納得してくれた様だ。
「それでは話してください」
「え?」
「何か小説をよくするための案があるんでしょう?」
「あります! ありがとう! さとう先生」
はしゃぐ青木。
「いえいえ。あー、ではその立て看板は家に送っておいてください。明日の午前中に時間指定でお願いします」
「……」
天月さとうの小説に対する真摯な姿勢に感動した青木だったが、それは一瞬で崩れ去った。
何事もなかった様に立て看板を貰おうとするさとうに落胆の色を隠せない。
次回。
作品をよくするための青木の案とは何か――
ついに明らかになる革新的アイディア!
「はぁ……」
「この『俺はスケートをしにきたんじゃない! 推理をしに来たんだ!』というのも迫力がありますし」
「ええ」
「何というか……そうだなぁ、この現代的ではない設定ですかね」
「そうですか。現代的ではないですか」
「いや、駄目って訳ではないのです。トリックとか設定は普通。まあ古典的なんですけど――それがいいんじゃないんですか? 伝統芸っぽくて」
「……伝統芸」
私の書いた推理小説をけなしている様にしか聞こえなかった。
「よっ! 天月!!」
青木は伝統芸能である歌舞伎のかけ声、つまり屋号を叫ぶ。
彼は私をおだてているつもりなのだろうが不快感しかなかった。
この男が原稿を褒めてくる時はロクなことが無い。
それは重々承知していた。
「…………」
「……」
これから起きる出来事を予感させる沈黙。
良い予感ではなく、それは不幸になる予感だった。
「では脱稿ということで」
私はそう切り出し席を立とうとする。
「ちょっと待った――!!」
「…………」
「僕にこの作品をさらに輝かせる案がひとつあります!」
「いえ、結構です」
「ちょっと待った! 話だけでもいいから聞いてください!」
「いえ、結構ですから」
「少しだけ!」
「結構です!!!」
かたくなに断る天月さとう。
しつこいグラップラー青木。
その姿はまるで玄関のドアでしつこく食い下がる新聞勧誘の人間を追い払う主婦のようであった。
「じゃあ、今ならさとう先生がすきなアニメの宣伝用立て看板(ショップの前に立ってるキャラクターの等身大立看。紙製)を付けますから!」
「……ぇ」
「出演声優さんのサイン入も付けます!」
「……いや青木さん――それはまた別の話ですよ。違います。確かに私はアニメも声優も好きだし、非売品グッズも欲しいです。ただそれは作品作りとは全く関係の無いことであって、それを貰うことによって編集の意見を聞いて作品の方向性を変える……あってはならないことだと思っています」
「……」
「きちんと作品をつくることに対して向き合ってますか?」
編集部の空気が重くなる。
極限まで張り詰めた空気の部屋。
体感温度は下がり、時計の音も聞こえない。
後にこの現場に居合わせた編集スタッフはこういった……
「――そこはまるで居酒屋のアルバイトの面接に近い緊張感があった」と。
それ位の重さ。
「そうですか……そうですね。申し訳ない」
青木はしょんぼりしていた。
「……むぅ」
「……」
「でも作品をよくするための話し合いは必要なのは解っています。ただ、私は何か貰うということで作品を変えることが許せなかったんです」
少しだけ柔らかめの笑顔でそういった。
「そうですね」
どうやら青木は納得してくれた様だ。
「それでは話してください」
「え?」
「何か小説をよくするための案があるんでしょう?」
「あります! ありがとう! さとう先生」
はしゃぐ青木。
「いえいえ。あー、ではその立て看板は家に送っておいてください。明日の午前中に時間指定でお願いします」
「……」
天月さとうの小説に対する真摯な姿勢に感動した青木だったが、それは一瞬で崩れ去った。
何事もなかった様に立て看板を貰おうとするさとうに落胆の色を隠せない。
次回。
作品をよくするための青木の案とは何か――
ついに明らかになる革新的アイディア!
0
あなたにおすすめの小説
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
結婚相手は、初恋相手~一途な恋の手ほどき~
馬村 はくあ
ライト文芸
「久しぶりだね、ちとせちゃん」
入社した会社の社長に
息子と結婚するように言われて
「ま、なぶくん……」
指示された家で出迎えてくれたのは
ずっとずっと好きだった初恋相手だった。
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
ちょっぴり照れ屋な新人保険師
鈴野 ちとせ -Chitose Suzuno-
×
俺様なイケメン副社長
遊佐 学 -Manabu Yusa-
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
「これからよろくね、ちとせ」
ずっと人生を諦めてたちとせにとって
これは好きな人と幸せになれる
大大大チャンス到来!
「結婚したい人ができたら、いつでも離婚してあげるから」
この先には幸せな未来しかないと思っていたのに。
「感謝してるよ、ちとせのおかげで俺の将来も安泰だ」
自分の立場しか考えてなくて
いつだってそこに愛はないんだと
覚悟して臨んだ結婚生活
「お前の頭にあいつがいるのが、ムカつく」
「あいつと仲良くするのはやめろ」
「違わねぇんだよ。俺のことだけ見てろよ」
好きじゃないって言うくせに
いつだって、強引で、惑わせてくる。
「かわいい、ちとせ」
溺れる日はすぐそこかもしれない
◌⑅◌┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈◌⑅◌
俺様なイケメン副社長と
そんな彼がずっとすきなウブな女の子
愛が本物になる日は……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる