この学園モノの乙女ゲームは国語が学べる!?

紅灯空呼

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第一章 ドキドキのクラブ活動見学

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「続いて問2だな。花実は不正解だったが、問題の文章で『オラもだ』と言ったのが誰だか分かるか?」
「えっ、あう。あの、分かりません」
「そうか。花実は問題の前書きをよく読んだか?」
「前書きですか?」
「そうだ」
「あ、いいえ。さっと見ただけで、すぐ問題の文章を読み始めました」
「花実ちゃん。実は前書きにもヒントがあるんだよ」
「そうなんですか?」

 前書きは「リード文」とも言われたりしている。そこには、さり気なくヒントが隠されていることがあって、問いに対する答えが簡単に分かる場合もある。だから、それを軽んじて読み飛ばしてしまうと、痛い目に遭ったりするので注意すべきだ。
 花実は問題のページをめくって「前書き」を読み返した。

 問題 次の文章は、ある文学作品の一節であり、主人公の中納言が三日間引き続いて、友人の太政大臣に駆け寄り、会話をする場面である。これを読んで、後の問い(問1~4)に答えよ。〔配点50〕

「あっ、もしかして、中納言さんが先に話しかけているのかな?」
「そうだよ、花実ちゃん。よく気づいたね」
「えへへ」
「そうだな。となると『オラもだ』と言ったのは?」
「は~い、中納言さんでぇ~す」
「そうだよ、花実ちゃん」
「つまり、俗人が問題の前書きにもヒントがあると言ったのは、そういうことだ」
「な・る・ほ・ど♪」

 言いながら花実は、手の平を反対の手のグーで、ポン・ポン・ポン・ポンとリズミカルに叩いた。どうやらそれは「な・る・ほ・ど」のジェスチャーらしい。

「残りは問3だけだ。花実、問題の文章に書かれているヒロインの名前を並べて、よく見てみろ。何かに気がつかないか?」
「ん?」
「振り仮名の方だぞ。横方向に見るとよい」
「みみみ、いつう? あ、胃痛だ、わあ、びっくリー代数!」
「うん、よくできたね。花実ちゃん」
「そうだ。頑張ったな。少しずつ、頑張っていこう」
「は~い」

 問3は、他の作品を全部読んだことがあって、ピカソ『泣く女』が登場しないことを知っている場合には、消しゴムを使わない方の消去法を使って、5の『胃痛』を選んでもよい。あるいは、各作品の発表年を比較するのでもよいが、それは棟大・享大レベルの解法だ。

「ところで花実」
「はい」
「先ほどの『リー代数』というのは何だ?」
「えっとそれは、数学の一分野です。私のお母さんが研究してるので」
「え、もしかして、花実ちゃんのお母さんって、数学者なの?」
「はい、そうです」

 前世での母親は専業主婦だったが、この世界での花実の母親は棟享とうきょう大学の教授で、しかも世界的に有名な代数学研究者という設定なのだ。

「そっかあ。凄いなあ~」
「そうか、それなら花実も数学は得意なのか?」
「あ、いえ、それほどでも……」

 照れた表情を見せながらも、正々堂々とペタンコの胸を張った。
 白夜は、そんな花実の姿を見て、笑いながら、自分の腕に巻いてある時計に目を落とした。

「さあ、そろそろ今日の活動は終了だ。どうだった?」
「はい、楽しかったです」
「そうだね、僕も楽しかった」
「そうか、まあ入部するかどうかは、ゆっくり決めればよいぞ」
「僕は入部しますよ」
「私も入部したいです!」

 花実が拳を握り締める。

「そうか、これまで部員は私だけだったから、二人が入部してくれると嬉しいぞ。これが入部届だ。もちろん、帰ってからもう一度考え直してもよい。今日決める必要もない。来週末までが見学期間だからな」

 白夜がニッコリと笑う。

「は~い」
「はい」

 花実と俗人は入部届の用紙を受け取って、丁寧に折り畳んでから鞄にしまった。

「あの、明日も活動あるんですか?」
「あるぞ。もちろんきてもよい。文字部は月・水・金だけ活動しているのだが、今はクラブ活動見学の期間だから、来週末まで私は毎日ここにいる。ちょうど一年前に創部して、そのときには誰も見学にこなかったけれど……」
「そうですかあ」

 増鏡高等学校のクラブは、一人でも廃部にはならないし、部費も部員数に応じてちゃんと貰える。文字部は、今まで白夜が一人きりで活動を続けてきたのだ。ちょっと寂しい。

「ところで、花実の家は遠いのか?」
「それほどでも、ですぅ。電車で三つ目ですから」
「駅の方へ帰るのだな」
「はい、そうです」
「俗人、駅まで荷物を半分持ってやったらどうだ?」

 帰り支度を始めている俗人が手を止めた。

「そうですね。花実ちゃんがもしよかったら、駅まで一緒に帰ろうか? その手提げ袋を持ってあげるから」
「え、いいんですか、酢雀君も電車?」
「歩きだよ。駅の近くを通るし」
「酢雀君は、まだ教科書とか買ってないんだ」
「買ったよ。でも僕は、教科書を全部教室に置きっ放しにする派なんだ。だから鞄は花実ちゃんのよりずっと軽いよ」
「ふーん」

 このとき白夜が席を立った。

「私は用事があるから職員室へ行く。また戻ってくるし、後で戸締まりもするから、ここはそのままにして帰ってよいぞ」
「はい、そうさせて貰います」
「あ、天里先輩、今日はありがとうございました」
「ああ、その問題集はそこに置いたままで構わない」
「はい。さようなら」
「ああ、さよなら」

 部室を出た白夜は職員室へ向かった。
 それから間もなく、俗人と花実も部室を後にした。

 駅は学校から十分程度歩いたところにある。
 俗人は改札の近くまで手提げ袋を運んでくれた。

「じゃあ花実ちゃん、気をつけてね」
「はい、ありがとう。重かったでしょう?」
「平気だよ。これでも男だしね」

 優しい笑顔だ。付き合い始めたばかりだった彼の顔を、つい思い出した。俗人は、その彼に似ているのだ。

「酢雀君、さようなら」
「うん、さよなら」

 俗人はすぐには向きを変えずに、改札を抜けてその先へと歩いて行く花実の後ろ姿をしばらく眺めていた。

「花実ちゃんか。あの子なら、もしかしたら……」

 俗人がそう呟いたとき、ちょうど花実の姿が見えなくなった。

        *

 自宅に戻った花実は泣いた。彼が恋しい。だから泣いた。
 前世では、決して恵まれた環境にいたのではなかった。小学校・中学校とも目立たない存在だった。それなのに、中学校の卒業と同時に男子から交際を申し込まれたのだ。それは全く信じられなかった。白昼夢か妄想かと思ったくらいだ。
 それが花実の、初めて迎えた明るい春だった。
 だが、だがしかし鹿が、大きな牡鹿が、花実の全てを奪った……。

 【仕方ない】
 【仕方なくもない】
 【仕方なくはない】

 花実は、すぐに【仕方なくもない】を選択した。

 【本当にそう思う】
 【本当はそう思わない】

 今度は少し考えてから、【本当はそう思わない】を選んだ。だが今は、「仕方なくはない」と思っても、なすすべはない。このままゲームを続けるしかないのだ。

 数学者の母親がいるというのは、あくまで、この世界での設定に過ぎず、ここには登場しない。花実は、学習机とベッドだけしか備えつけられていない、この殺風景な家の中で、次のストーリーが始まるまで一人で過ごさなければならないのだ。
 寂しくなり、また泣き出す。

「お母さんお父さん、せん君……」

 お母さんお父さんというのは、もちろん前世での両親だ。
 遷君は、複腹ふくはら遷人せんとという名前の、この世界には存在していない男子で、二週間前に告白されて付き合い始めていた彼のことである。

 花実が目を覚ますと、もう昼前になっていた。ベッドに寝転がって泣き続けているうちに、いつの間にか寝てしまったのだ。
 机の上に、昨夜はなかった筈のノートが一冊置いてある。それは、今日学校へ持って行かなければならない必須アイテムだ。

「メソメソしててもダメ。私、ここで生きてかなきゃ、ならないのだから」

 自分にそう言い聞かせた。そして鞄を背負い、手にノートを持って家を出る。
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