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三章「奥様はラノベ作家」

14. 新女王戦(序)

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『新女王戦』
  落花傘飛高&谷沢辛子

 ときは西暦二〇〇四年一〇月七日。ここは私立・秀香しゅうこう学園中等部。
 昼休みの教室。少し涼しさを感じるくらいの風がカーテンをしきりに揺らしている。
 いつもと違い、ほとんど全員が席についている。ところどころで話し声はするけれど、騒がしいというほどでもない。そんななか何か厳粛な雰囲気が漂っているのだ。

「レンゲでしょ、きっと」
「うーん、モミジも結構人気あるそうよ」

 まもなく新女王選の結果が校内放送で伝えられるのだ。
 今年の立候補者は三人。一組の青池アオイケ蓮華レンゲ、三組の山奥ヤマオク黄葉モミジ野馬ノバ辛子カラコ

 ――ツッツゥー ピィー

 教室に設置されたスピーカーに音が入った。

『これより、新女王選出実行委員会から、新女王選の結果をお知らせします』

 全教室が静まり返った。誰もが息を止める。

『新女王は、二九七票獲得の二年三組・野馬辛子さんに決定しました』

 直後、歓声・嘆息・驚嘆といった様々な声と、拍手や机を叩く音などが一斉に巻き起こった。口笛を鳴らす者まで。なかでも「まじっすか?」「まっさかーっ!」というような驚きの声が多かった。
 午後は早速全校集会。新女王就任式だ。
 中等部全生徒約六八〇人と、教師および来賓とがグラウンドに集まった。日差しはまだ少し強さを残しているものの暑いほどではない。
 少し風もあり、生徒たちにとっては気分的に楽なひとときになりそうだ。
 一〇分間くらいかかった挨拶の後、PTA会長は新女王の名前を大声で呼んだ。

 ――秀香学園中等部第三〇代女王・野馬辛子 オォ~~ンウォ~ン

 マイク通してんだから、そんなに声を張り上げないでよねっ!
 続いて、生徒・教師・来賓が一斉に拍手を始めた。
 辛子が生徒たちの間をぬって前に歩み出ようとする。もちろん、これから壇上に立つためにだ。
 と、そのとき戦いが始まった。
 まず最初の一発を放ったのが山奥黄葉。だが辛子は、それをいとも簡単に弾き跳ばした。黄葉の放った黄色い手裏剣が粉々に砕け散る。

「ちっ、しくった!」

 攻撃失敗で少し怯んだ黄葉の頭上には赤色のトウガラシが三本。
 その先端をながら、黄葉の脳天めがけて急降下してくる。一本ならなんとか食えるが三本同時は辛過ぎる。

「モミジ!」

 辛子の攻撃をいち早く察知した青池蓮華が、黄葉を助けるべく大声で叫んだ。

「くっ!」

 忍者姿の黄葉は、後ろ跳びでかわした。ぎりぎりのところだった。そのすばしっこさは、まさにくノ一そのもの。
 それと同時に三本のトウガラシは消滅。攻撃を外した辛子が自らの魔法で消したのだ。左手に握る万年筆は辛子の魔法道具アイテム
 黄葉は、冷や汗の滴る顔を小さい団扇で扇いでいる。それも魔法道具だ。
 そしてもう一人、蓮華の魔法道具はレンゲ。ちょっと紛らわしいので説明を加えておくと、そのレンゲはチャーハンを食べるときなどに使うあれ、つまりチャイニーズ・スープスプーンのことだ。まるで駄洒落だが、蓮華本人は大まじめでお洒落だとすら思っているらしい。それだけでなく今の蓮華は、紫色のチャイニーズ・ドレス姿だ。
 辛子はというとスクール水着。これは秀香学園指定のもの。
 三人とも、いつの間に着替えたのかと思いきや、付近にセーラー服・上下が散らばっていることから考えるに、最初から下に着込んでいたのであろう。普段なら学則違反だが今日に限り許される。

「ハアァーッ、ハッ!」

 沈黙を破った蓮華のレンゲがキラリと輝く。
 辛子の前後左右そして上から、五個の焼売が湯気を立てて襲いかかる。あれは蒸したて肉汁じゅわーなやつか? そんなのが直撃するとかなり熱いぞ。
 ところが、辛子は万年筆をさっと軽く振るだけ。左手首以外は、微動だにしていない。
 凶器と化した五個の焼売は、次々と地面へ落ちて、辛子の足下に転がった。あーもったいない。あんなにおいしそうだったのに。
 みなさん、食べ物を粗末にしないように! てあれ消えた? 蓮華の取消魔法だな。グラウンドを汚さないとは良い心がけだ。
 と、いきなり地面が爆ぜる。下からきた。
 六個同時に展開するのでなく、まず五個を片づけさせて、それで油断させるのが狙い。おとり攻撃だ。そこですかさず一個だけ下からぶつけるという蓮華の戦術。
 が、辛子には通用しなかった。なぜなら彼女は、蓮華の父親がやっている中華料理・青池飯店の焼売が六個で一人前であることを、ちゃんと知っていたからだ。
 まったく慌てることのない辛子。油断どころか油そのものを出したのだ。六個目の焼売は高温の油に包まれてあっという間に揚げ焼売へと変わる。辛子の左手には割り箸。右手には器用にも万年筆と小皿の両方がしっかりと握られている。もちろん小皿の上にはカラシ醤油、そしてそこに今カラっと揚がったばかりの熱々焼売が載った。

「むきーっ! あたしんちの自慢の一品を勝手に揚げんなぁー」
「ふうふう」

 辛子は蓮華のクレームなどには耳も貸さずに、揚げたて焼売を冷ましている。箸で突いたりして、なかの熱も少し逃がす。慎重だ。

「……む、無視しないでよね」

 さらにグラウンド上、辛子の足下には冷水の入ったグラスが一つだけぽつんと置かれている。
 グラスの側面には想像上の動物の絵!? それは青池飯店で扱っているビールのメーカーのライバル会社のものだ。
 こんなところにまでさりげなく攻撃力を割り振るとは、辛子ぱねぇーっす!

「ふ~、ふ~~。いただきまーす」

 ほどよく冷めたようなので一口でほおばる。余裕の表情だ。

「はふはふ。おいひぃ~。もぐもぐもぐ、ごくん。あーおいしかったぁ。ごちそうさまね、レンゲさん」
「くっ……」
「ごくごくごっくん。ぷっふぁー」

 辛子はグラスの冷水を一気に飲み干した。でも、ぷっふぁーっておっさんか。

「ま、負けたわ。完全敗北よ」

 蓮華の初発のように同じものを同時に五個出すくらいは簡単なことだ。ところが辛子は、油・割り箸・小皿・ねりカラシ・醤油・グラス・水、この異なる七つを同時に出したのだ。しかも、油は一八〇度、水は六度とそれぞれぴったりの適温。並の魔法少女ウィッチーには真似ができない。いいぃ仕事してますねえー。
 だが、ここで気を抜くわけにはいかない。
 戦いはまだ終わってはいないのだ。蓮華は既に二発放ってしまったためこれで敗退なのだが、黄葉と辛子が一発ずつ残している。

「ま、参りました」

 今まで手が出せずに立ち尽くしていた黄葉がお辞儀をしている!? しかもその角度はぴったり九〇度。 なんと最敬礼!
 あっけない幕切れとなった。勝ち目はないと悟った黄葉が勝負を投げたのだ。だがその判断は誉めてやるべきだと言える。自他の魔法ウィッチ能力クラフトの差を計り知ることもまた実力のうちなのだから。
 一度鳴りやんでいた拍手が再び沸く。さきほどよりもいっそう激しく、同時に歓声も上がる。今度こそ本物。まさに割れんばかりの大喝采となった。
 今この瞬間、名実ともに次の女王が確定したのだ。

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