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三章「奥様はラノベ作家」

16. 新女王戦(急)

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 新ガス――主成分は、有機化学者の嗅分かぎわき建造けんぞうが発見した新しい気体・ウィータである。まさに二〇世紀最大の発見だった。
 ウィータは夢の気体。一〇歳前後から二五歳くらいまでの特定の女子だけが放ってくれるすばらしいガス。思春期の男子なら誰でも、ガスじょのお尻を嗅ぎたいという欲望を持っている。いや、思春期の男子に限ったことではない。変態ジジイもまた然り。
 ウィータは香りの良さだけでなく、無害・可燃性・高効率、さらに人間の道徳心を向上させる働きをも兼ね備えているという優れた気体なのだ。ウィータ嗅いで、みんなハッピーというわけだ。

 ウィータを発見した嗅分建造は、当時大学生だった。彼はウィータの実用化に向けて、さらに精力的に研究を続けた。
 そして、ウィータ発見から八年後に、国営新ガス専売公社が設立された。まさに桃栗三年瓦斯八年である。その決め手となったのは、遺伝子組み替え紅芋の開発成功だ。そのエキスを摂取することにより、ウィータ放出に絶大な効果を発揮することが判明したからである。この翌年に秀香学園でウィータ女王制度が導入された。
 そもそものきっかけは、この年から三〇年前の一一月五日だ。イタリアのローマで世界食糧会議(WFC)が開かれた。が、それはどうでもよくて、この日の秀香学園中等部で生徒たちが勝手に選んだ「ミス中二」だ。それがまさに空風実繰その人だったのだが、彼女を第零代女王とみなして翌年からは女王選が開始した。さらに新ガス社設立の翌年からは就任式の際に女王戦が行われるようになり、勝って女王になれば紅芋エキスのサプリを一年間与えられることとなった。これがウィータ女王制度なのだ。
 もちろん世の中には、新しいことには慎重な姿勢を見せる人も多い。決して悪いことではない。何か悪いことが起こってからでは遅いからだ。このため、新ガス社設立当初からずっと賛否両論さまざまな意見が出され続けてきた。

『乙女のガスを嗅ぐなんて、許せないわ!』
『いや違うぞ。処女のウィータは正義だ!』
『そうだそうだ、俺たちにはウィータを嗅ぐ権利がある』
『そんなのおかしいわよっ! セクハラよぉ!』
『人権侵害だー、憲法違反じゃないかぁー』

 しかし二〇年が経って、この年からだと一〇年前の七月二〇日、衆議院本会議場において総理大臣がこう言った。

 ――乙女のウィータを嗅ぐことは、憲法の認めるものと認識いたします!

 この発言は日本中に大きな波紋を呼んだ。が、それでもまだ反対する人が大勢残っているのもまた事実。しかしながら全国の中学生女子の新ガス社就職熱は、この先もさらに勢いを増すことは間違いないであろう。
 ちなみに空風放男の証言によると、特別優秀な乙女が紅芋のエキスを飲まずに放つ純粋ウィータは、桃の果実のような香りがするそうだ。かつてそれを嗅いで勃起した経験を持つ彼は、もしかすると、既に勃起しなくなった男性にも効果があるのではないか、なんて考えているらしいぞ。
  【新女王戦 ~完~】

       ◇ ◇ ◇

◆お知らせ◆
 今週号に掲載の合作短編小説『新女王戦』をご執筆くださいました谷沢辛子先生が、先日交通事故に遭われました。谷沢先生は、意識不明の重体のまま入院なさっています。この場をお借りして、谷沢先生のご回復をお祈りいたします。

 谷沢辛子先生早く元気になってください。
 そして、また楽しい小説を読ませてください。

       ◇ ◇ ◇

 谷沢辛子です。
 三日くらい前に私は車にひかれて植物状態となってしまいました。視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚が、もうありません。五感がすべて奪われてしまったのです。
 ここはICUでしょうか?
 それとも後方病棟のはずれでしょうか?
 今、私の側には夫と息子がいてくれています。第六感とでも言いましょうか。夫の存在と息子の存在だけは、感じ取ることができるのです。
 息子が私に何か話しかけてくれているのかも知れませんが、息子の声を、聞くことができないのです。
 夫が私の手を握りしめてくれているのかも知れませんが、夫の手の温もりを、得ることができないのです。
 息子の涙が私の頬に落ちたのかもしれませんが、その滴の熱を、知ることができないのです。
 夫と息子が私を見つめ続けてくれているのかも知れませんが、夫の顔も息子の顔も、見ることができないのです。
 大好きだった苺のショートケーキの香りも味も、もう二度と楽しむことができないのです。
 歩車分離式の横断歩道を青信号で渡っていた私をひいて逃げた車が憎いです。

『あなた、ごめんなさいね。』『ゴマヤ、元気でね。』

 こんな短い言葉でさえ、植物人間となってしまった今の私には、夫にも息子にも、伝えることができないのです。悲しいです。悔しいです。

       ◇ ◇ ◇

「ただいまー」
「こんにちわ、カラコおばさん」

 息子が帰ってきました。ガールフレンドを連れている。

「おかえりゴマヤ。いらっしゃいナラオちゃん」
「ねえお母さん、おやつある?」
「あるわよ、苺のショートケーキが。すぐ用意するから、二人とも手洗ってきなさい。ちゃんとうがいもするのよー」
「はあい」
「はーい」

 息子たちは洗面所へ行きます。
 私はケーキを用意します。
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