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十章「霧介の溜息」

42. しほりちゃんの木綿パンツ

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 説明するのが遅れたが、実はワシと此奴は子供の頃、悪ガキ二人組として、この辺り一帯にその名を轟かせておった。
 例えば、近所の畑に入って悪さをしたりしたんじゃ。
 畑のおっさんが「こらクソガキ、トマト取るなよ。取ったらどつくぞぉ」とワシらを睨み付けてきやがった。
 ワシらはトマトを取らずに直接ガブリと喰らった。
 それを見たおっさんが「ごらあー、おんどりゃ何さらしとんじゃボケーっ!」と怒鳴ってきた。
 すかさず「取ってないよー。かじっただけだも~ん」と屁理屈をこねた。
 おっさんは「アホか、おんどらっ。おんなしごっぢゃ!」と鬼の形相。
 で、結局ワシら二人は仲良く拳骨も喰らったと言う訳じゃ。
 二発ずつごつんごつんとやった後おっさんは、ワシらがそれぞれかじった奴と、もう一個ずつ一等でかいのを手渡しながら「もう二度とすなよ」と言った。
 あははは。あんときのトマトは生ぬるかったけど結構うまかったわい。なかなかええ栽培しとったやないけぇ、おっさん。
 それと甘酸っぱい思い出もあるなあ。いやラムネ菓子とか杏子ジャムのことじゃないぞ。
 近所のしほりちゃん。可愛かったなあ。一学年上じゃった。
 夏休みのある日のこと。もう朝からぎらんぎらん、じぃいんじぃいんと暑くて喧しかった。ワシと飛高はその日、どっちが先に手を触れることなく、しほりちゃんのパンツを見ることができるか勝負した。
 あははは。バカじゃった。そう簡単には見えんのじゃ。今の子ほど短いスカートじゃなかったからな。
 で、ワシらは一時休戦することにした。
 二人で風呂屋に行って、使わなくなったバカでかい扇風機を譲ってもらうことにした。以前「欲しかったらやるぞ」と言われたことがあったんじゃ。それを汗水たらしながら二人で力を合わせて公園まで運んだ。
 しほりちゃんがいたので、その足下近くに置いた。

 ――しほりちゃんしほりちゃん、暑いでしょ。風を送ったげるね

 あははは。バカじゃった。コンセントを挿すとこがなかったんじゃ。そりゃそうじゃろう。それぐらいワシら二人は大バカ者じゃった。
 で、がっくりして夕方まで公園でボケーっとしておった。日が暮れてきたので、ワシらはもう使いものにならなくなった扇風機を風呂屋に返しに行った。
 そんとき女湯の扉が偶然にも開いておってな。なんと、しほりちゃんが後ろ姿で立っておって上はもうはだか。
 緑色のスカートがすっと床に落ちた。真っ白じゃった。まるで緑の葉の中から白い朝顔がパッと開いたかのようでな。ワシは勃起したんじゃ。
 この瞬間を飛高は見ておらなんだ。つまりワシの勝ちじゃ。
 ぶよぶよしたおばはんのでかい体に遮られてしまって、続きが見れんかった。できればおしりも見てみたかったわい。白桃か白瓜か、そんなのを思い描いておったんじゃ。
 しほりちゃんのあの木綿パンツ。今でもしかとハゲ頭に焼き付いたままじゃ。もう思い出しても勃起せんようになっておるのが侘びしいがなぁ。
 その後しほりちゃんは、いつの間にかどこかへ引っ越して行って会えなくなってしまった。学年が違ってて、友達と言うほどでもなかったから、お別れの言葉なんぞなかったんじゃ。

「なあ飛高」
「何だ」
「しほりちゃんは今頃どうしとるんじゃろうか」
「それは、白髪婆あになっておるか死んでおるか、そのどちらかであろう」
「……」

 おのれ飛高め。ワシの淡い初恋の思い出をぶち壊しやがった。
 ワシらがこんな話をしてた頃、露子はお春さんと話しておった。

 ――お春さん
 ――おや、お露ちゃん。生きかえったんか?
 ――いえいえ、ちょっと訪ねてきただけなのよ
 ――ほうかほうか。ようきゃあはったわ
 ――それより、お春さん調子どう?
 ――元気元気! わたい元気おす
 ――そう。それはよかった
 ――あんなあ聞いてんかあ、お露ちゃん
 ――どうしたの?
 ――主人がわたいのこと認知症にしゃあはりますねん
 ――まあまあ、それはひどいわねえ
 ――なんでもな小説にするゆうてな。もーかなんわー
 ――まあぁいくらお仕事だって、あんまりだわ
 ――そやろ、もう泣きとなるわあ

 とまあこんな感じの会話じゃったらしい。
 しかし飛高の奴、自分の奥さんを執筆のために認知症扱いにするとは、どうしようもない呆れた奴じゃわい。お春さんがおらんかったら一人でなんもできん癖に。
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