とある村での半農半勇てげてげライフ

サチオキ

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水やりの章 ー キノコ誰の子サザエの子 ー

牛に引かれてキノコ狩り

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「ああん、ブン屋のとこのイモ娘じゃないか。そっちは……」

 ボッカを捉えた老婆の目が光る。

「トノさん、お久しぶりです。こちらはBBシティから来た勇者の――」

 慌てて紹介をしようとするミャケを遮り、老婆はつかつかと窓際へ歩み寄った。老婆の鼻と同じくらい尖ったピンヒールが、古ぼけた木の床を突き破りそうな勢いである。カッ、カッ、という音がするたび、場の空気が張り詰めていくのを、その場の皆が感じた。

 老婆はいきなり、持っていた火消し壺の中に手を入れた。そして、中に入っていた灰のようなものを一握り掴むと、一行めがけて振りまいた。

「うわっ」
「帰りな! よそ者は嫌いだよ。ついでにブン屋と犬っコロは大嫌いだ」

 皺だらけの瞼を見開いて叫ぶと、踵を返して部屋を出て行ってしまった。

「取り付く島もなかったのう」

 くわばらくわばら、と呟きながら、コリ神父が再び窓から顔を出した。神父は灰にまみれた一行を見て言った。

「ミャケちゃん達、大事はないかね?」

 テンガロンハットをはたくミャケに、身震いで灰を振り払うマメシバ。そして……。

「ふぇっくしょい!」

 ボッカだけが、大きなクシャミをした。

「災難じゃったのう、勇者さん。その灰はコショコショサンショの実を呪文で燃やした後の灰じゃ。クシャミが止まらなくなる呪いがかかっておる」
「ふぇっくしょい! ……そんな呪いあるんですか?」
「むしろその程度で済んだのを喜ぶべきかもしれんの。全盛期のトノちゃんのパワーなら、呼吸困難で相手を死に至らしめることもできる代物じゃ」
「うへえ」

 灰をかぶった眼鏡を拭く間も、クシャミが止まらないボッカであった。

「さて。見ての通り今のトノちゃんには二つの問題がある。一つは最高にご機嫌斜めなこと。そしてもう一つは、老衰で魔力が衰えておることじゃ。このままでは、霜の衣を作るための呪文も、唱えることは難しいじゃろうて」

「老衰……って、去年は問題なく霜の衣を作れたんですよね? 1年でそんな急に衰えるものですか?」

 それはね、とミャケが説明を引き継いだ。

「神父とトノさんは、時間を共有しているんです」
「時間を? 共有?」

 ミャケによれば、本来、トノとコリ神父の年齢は、それぞれ30代半ばと60代半ばなのだという。今から20年ほど前、トノは「時の魔人」の召喚を試みた。それは禁忌を犯す儀式であった。名うてのウィッチキラーであったコリ神父は、実験のただ中に乱入し、「時の魔人」の召喚は食い止められた。

「ただ、ワシも余裕がなくての。魔法陣の中に飛び込んで、トノちゃんを抱き抱えたために、ワシとトノちゃんは互いの時間を共有する間柄になってしまった。以来、砂時計の砂が行ったり来たりするように、ワシが幼い子供の姿になっている間は、その分の老いをトノちゃんがおっ被っているのじゃよ」
「ふぇっくしょい! ……なるほど。機嫌が悪いのもそれと関係があるんですかね」
「ワシはどんなトノちゃんも素敵だと思うがのー、若く美しい姿であることは、女性にとって存在価値そのものと言ってよいからの」

 ボッカはふと、聞いたばかりの伝説の姉巫女のことを思った。妹より醜いという残酷で一方的な理由で遠ざけられた屈辱と悲しみは、いかばかりであったろうかと。

「だが案ずるな。策はある」

 テーブルの上を這い、そのまま窓格子をすり抜けて、神父はボッカ達のいる家の外へと降り立った。

「今の時期、山深くに生える珍キノコ「マッコチ・ハラカイタケ」を知っとるかの。滋養強壮、魔道増強のこのキノコを食べれば、シシーモ一回くらいの魔力は確保できるはずじゃ」

「なるほど。でも、ご機嫌の方は?」

「トノちゃんは、ワシの手作りスープが大好物なんじゃよ」

 任せておけい、と神父は得意げに笑った。

*  *  *

 セイート村の地理は、3つに大別される。セイート遺跡群やミャケ姉妹の家のある村の中心部、そこから南西に広がる広大な田園地帯(ボッカの家もここにある)、そして北西の端に存在する深山幽谷の秘境地帯である。

 もとより自然の豊かなセイート村ではあるが、この秘境地帯のそれは最早、神秘性を感じる域である。古の民もそう感じたのか、伝説の中で妹に裏切られた(と感じた)姉巫女スナメが、遁世の地として最後に庵を構えたのが、この地だと言い伝えられているそうだ。

 村境にもなっているイツセセ川の川べりを、上流へ遡る形で、一行は秘境地帯へ向かった。途中、集落に米や麦を届けに行く牛車に乗せてもらえたおかげで、行程はだいぶ楽になった。



 暴れ川で知られるイツセセ川が、古来より幾度も切りつけた山肌は、極めて急峻である。特にこの秋の嵐の傷跡が生々しく残っており、山肌のあちこちから泥水が漏れ出している様は、出血が止まらないでいる生傷を思わせた。
山道の路肩も所々崩落している。一歩足を踏み外せば、荷車ごと谷底へと転落してしまいそうな状況に、ボッカは肝を冷やした。おまけに、進むほどにあたりは白い霧に包まれ、視界も悪くなっていく。

 それでも、牛は平然とした顔で歩みを進めていく。

「この牛はこの山で生まれたかいね、こいつ自身が山の一部みたいなもんやわ。もし落ちることがあったら、それはスナメ様に呼ばれたってことやね」

 煙草を吸いながら悠然と語る御者の言葉に、ボッカは山に生きる者の覚悟のようなものを感じた。

 御者と牛とは、集落の中ほどで別れた。ここからは歩いて行かねばならない。

「マッコチも、ちょっと前なら集落のはずれでも見かけたんやけどね。最近、都会の勇者達がぞろぞろ来て、とりやすい所のは根こそぎ持って行ったやかい、今年は山に入らんと、ようとれんわ」

 御者の言葉に、ささくれのようなものを感じたのは、ボッカの気のせいだろうか。ボッカの表情が曇るのを感じ取ったコリ神父が、腕を目いっぱい伸ばしてボッカの腰のあたりを励ますように叩いた。

「ま、スナメ様のご機嫌を損ねんことやね」

 そう言い残すと、御者は去って行った。

「気にせんことよ。別に盗んでいったわけじゃない。この集落にとっては貴重な外からの収入源じゃ、喜んどる者もおるじゃろ。外からの来訪者をどう捉えるかは、受け取る側の問題じゃ。鬼ととるか、貴人ととるか。いずれにせよ、今のワシらがすべきことは一つ、キノコ狩りじゃ」

 神父の言葉に、ボッカは頷いた。

「でもでも、闇雲に山の中を探し回っても見つからないんじゃ?」
「ワシに考えがある。キノコのことはキノコに聞くのが一番じゃ。スナメの庵があったという、谷底へ降りるんじゃ」

 ―続―
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