政略結婚した旦那様に「貴女を愛することはない」と言われたけど、猫がいるから全然平気

ハルイロ

文字の大きさ
12 / 56

リセナイア 2

近年、我がシグネル領で起こっていた諍いを仲裁するため、侯爵である私は、目まぐるしく忙しい日々を過ごしていた。 そんな殺伐とした日常の中にいると、消えた妻の存在など、思い出す余裕はなくなっていた。きっと私は、自分で思っている以上に薄情な人間なのだろう。
私は、まだ僅かにあった罪悪感に蓋をして、机の上に堆く積まれた嘆願書へ手を伸ばした。
するとその時、リールが慌てた様子で執務室に入ってきた。


「リセナイア様!ブルネイ王国から客人がみえています!」

「ブルネイからの客?誰だ?」

「それが…、ブルネイ国立大学のシレイフ学長です」

「は?」

予想外の大物の来訪に、私の思考が止まる。けれど、その客人を待たせてはならないということは、すぐに理解出来た。私は、ジャケットを羽織り直すと、リールと共に客人を待たせている応接室まで急いだ。


ブルネイ王国は、優れた研究機関を有し、世界一の特許登録数を誇る学術大国だ。我が国とも長年、良好な関係を築いている。
そこの最高峰教育機関の学長が、今、我が家の応接室のソファに足を組んで座っている。そして、白髪から覗く鋭い眼光を私に向けていた。そこある敵意を隠すことなく。


「シグネル侯爵家当主リセナイアと申します。お会い出来て光栄です、シレイフ学長」
 
「シグネル侯爵殿、失礼を承知で単刀直入に申し上げる。貴方の部下にルドルフ・バレーという人物がおりますな?」

「はい。我がシグネル領の財務官長ですが、彼が何か?」

ルドルフは、ライリーの父親だ。そのルドルフもまた、ライリー同様、穏やかで優秀な人物だった。そんなルドルフが、隣国の重鎮に何かしたとは思えない。しかし、シレイフ学長の怒りは、間違いなくルドルフと私に向いていた。


「そのバレー氏から、シグネル侯爵家家門入りの抗議文を受け取ったのですよ。先日、我々が発表した船舶航行技術は、彼の息子の研究成果だとね。さすがの私も、我が国肝入りの研究を奪いにくる輩がいるとは思わなんだ。ぜひ、そこを詳しく説明して頂きたい、シグネル侯爵殿」

そう言ってシレイフ学長は、我が家の家紋が封蝋された一通の手紙を投げて寄越した。
私は、それをテーブルから拾いあげ、中を確認する。
ルドルフが送ったとされる手紙には、私が正式な遣り取りとする際に使う家紋入りの便箋が使用されていた。そして、抗議文の中では、要所要所に私の名前が登場していた。それは、誰が見ても、シグネル侯爵の私が、ルドルフの主張を後押ししていると受け取れる内容だった。一体なぜこんなことに。

ズキズキと痛み出した頭を押さえ、私は、ルドルフとライリーをここへ呼ぶよう命じた。すると、程なくして、リールに連れられた二人が、部屋にやって来た。


「ルドルフ、これはどういう事だ?なぜ、この手紙には、侯爵家の家紋が使われている?私はこんな手紙、全く知らないぞ?」

「も、申し訳ありません、旦那様!息子があまりにも不憫でしたので、父親として何もせずにはいられませんでした」

ルドルフは、部屋に入るなり床に額を擦り付けて私に謝罪した。その横でライリーが真っ青な顔で震えている。
そんな二人の哀れな様子を目の当たりにして、私はこのまま黙ってやり過ごすことはできなかった。私は、彼らに代わってシレイフ学長に向き合った。


「シレイフ殿、私の部下が失礼しました。しかし、彼らにも譲れない事情があったことをご理解下さい。実は、その研究に携わったとされる我が妻セリナの功績は、ここにいるライリーのものなのです。恥ずかしい話ですが、当時、学園卒業を間近に控えたライリーの研究課題を、妻が盗用していたようなのです」
私はルドルフとライリーを守るため、恥を忍んで身内の罪を告発した。すると、それを聞いたシレイフ学長が、大きな声で笑い始めた。


「ハハ…、ハハハハハハ!なんと馬鹿馬鹿しい!そして、愚かなことか!ハハハハ!では、その優秀なライリー君に聞いてみましょうか。今回発表した研究の核となる流体工学について」

「え?あの…僕は…、その…」

ライリーは、額から汗を垂らしながら唇を噛み締めている。その顔は青から白に変わり、今にも倒れてしまいそうな程血の気を失っていた。
そんなライリーを心配した私は、彼の肩にそっと手を乗せる。
そんな私達に、シレイフ学長は、軽蔑の視線を向けていた。


「今回、私どもが、満を持して発表した次世代の船舶航行技術は、新たな航路の発見と鋼鉄製の大型船の開発成功を受けて、正式に披露することと相成りました。そこに至る過程で生まれたのが、新技術の核となる流体工学という分野です。その理論を初めて聞いた時の衝撃は、今でもはっきりと覚えております。何しろ、まだ十歳の少女が大人顔負けの弁論で、聞いたこともない理論を説いたのですから。その少女の名は、セリナ・クライブ。あなた方が盗人と呼んだセリナ博士ですよ」

「ま、待って下さい!それは、一体なんの冗談ですか!?十歳の少女の新説!?しかも、セリナ殿が博士!?」

十歳の少女が技術革新に繋がる理論を生み出したなんて話は、到底信じられるものではない。
しかも、まだ若いセリナ殿が、博士とはどういうことだろうか。博士とは、大学を主席で卒業し、かつ学長に認められた者にしか得ることの出来ない称号なのだ。
私は、理解できない現実を前に、自らの頭を掻きむしった。


すると、そこへライリーの罵声が響いた。




あなたにおすすめの小説

死にゆく私に「愛さない」と誓った旦那様。約束通り、私は貴方を愛したまま、貴方の知らない場所で死んであげます。

しょくぱん
恋愛
「君を愛することはない」冷酷な公爵の言葉に、余命僅かなエリスは安堵した。愛されなければ、私の死で彼を傷つけることはない。彼女は彼を深く愛したまま、その心を隠して彼から逃亡する。一人静かに息を引き取るために。しかし彼女の死は、公爵の狂おしい後悔と執着を呼び覚ましてしまう。決して交わらない二人の、結末。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

【番外編も完結】で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★2/17 番外編を投稿することになりました。→完結しました! ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです

珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。 でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。 加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。

婚約破棄されたので、もう頑張りません 〜静かな公爵に放っておかれたら、本当の人生が始まりました〜

あう
恋愛
王太子の婚約者として、 完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。 だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。 理由は簡単だった。 「君は役に立ちすぎた」から。 すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、 “静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。 そこで待っていたのは―― 期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。 前に出なくていい。 誰かのために壊れなくていい。 何もしなくても、ここにいていい。 「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」 婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、 何者にもならなくていいヒロインの再生と、 放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。 これは、 “役に立たなくなった”令嬢が、 ようやく自分として生き始める物語。

【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです

果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。 幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。 ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。 月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。 パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。 これでは、結婚した後は別居かしら。 お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。 だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。