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ほら、やっぱり、辞めたくなった。
血の匂いがこびりついた鼻をすすりながら、真瀬は思った。
たまたま別件で外に出ていて、たまたま現場に近い場所にいたからということで現認するよう指示がとび、まだ誰の手も入ってない現場を見る羽目になった。
現場は最悪だった。
交番から派遣された警官は恐慌状態なのか、しっかりと応答はするもののどこか上の空だし、説明の途中で一回吐いた。通報者の教頭に至ってはガタガタと震えながら、ロッジの隅に設置された水道でひたすら水を飲んでいた。バディの山谷は警察無線と喧々囂々と怒鳴り合ってるし…結局状況がつかめないので、現場を見に行った。だが、ロッジ裏の小屋の戸を開けた瞬間、むせ返るような血の臭いで気が遠くなった。水を張った田んぼに耕運機を入れてまき散らしたような血肉はとても人間の形をしていたとは思えなかった。
それも、また学生…女子高生だなんて。まるでトラウマを掘り返した挙句、針山を力いっぱい心臓に突き刺されたような気分だ。
その場でこみ上げた嘔吐物を堪え、近くの林で思いっきり吐いた。幸い、昼食はまだだったので、胃の中のものがなくなるまで吐いても、大した量ではなかった。吐いて、吐いて、えづいて、背を起こしたら頭痛と一緒に眩暈がした。
最悪だ。最悪だ、人生が、この仕事が。
もう一度毒づいてからロッジの方向を見ると、瓦のような四角い顔を歪ませながら、山谷がのそのそと歩いてきた。
「おい、現場を汚すな」
顔を顰めながらこちらにぶっきらぼうに言うその先輩刑事に、殺意さえ覚えた。
「…すみません」
お前も現場を見てみろ、と言外に含めるように、こちらもぶっきらぼうに返したつもりが、吐いたあとの喉はか細くかすれた声を出すだけだった。山谷が、生意気な後輩が弱っているのを見てか、片眉をあげてみせた。
「あの交番勤務、話にならねえし、署も交番勤務の話が荒唐無稽すぎてどうなってんだとがなってきやがるし…一体、どうなってんだ?現場は見たのか」
「見ました。酷いもんです。話が報道に出たら、すぐに週刊誌もテレビも食いつくような猟奇殺人って感じですよ」
「ガイシャは何人だ」
真瀬はかぶりを振った。
「ちゃんと、鑑識を待たないとわかりませんけど、多分4人以上…」
「バラバラか」
「バラバラっていうより、ぐちゃぐちゃですね」
山谷がぐう、と唸った。
「わかった。俺も覗くだけ覗いて、署に報告する」
心づもりができていいな、と真瀬は心からうらやましく思った。
「…自分が、車に戻って報告しますよ」
「いや、いい。俺が報告する。それよりもお前は、女子高生がロッジにほったらかされてるから、そっちへ行け。あの教頭と交番じゃ役にたたねえし、俺みたいな顔よりお前みたいな優男がとりあえず相手したほうがいい」
そうだ、生存者らしき女子生徒がいるんだった。たしかに、瓦みたいな顔で、しかも大男の山谷が行くとこんな状況なのに怖がらせるかもしれない。
了解しました、と返事をして、駆け足でロッジへ向かった。
ロッジと小屋の間はろくに手入れもされていないらしく、背の高い雑草をかき分ける必要があったが、構わず走った。
一刻も早く、あの惨劇の現場から離れたかった。
もう一度鼻を啜った。血肉が、まだ目の前にあるかのように臭ってきた。
ロッジに入ると、広いリビングにイーゼルやキャンバスが散乱していた。どこかで嗅いだことのあるような脂っぽい匂いは、絵の具の臭いだろうか。アトリエとして使われていたというそのリビングの床は、木炭や絵の具がところどころにこびりついていて、高校の美術室を思い出させた。
ロッジの中は思っていたより広く、探している少女の姿は、見渡す限りは見当たらなかった。
このロッジの状態から見るに、おそらくここも現場のひとつだろう。少女には悪いが、ここにいるよりも自分たちの車に入ってもらったほうが良さそうだ。
玄関から声をあげて「警察です。どこですか」となるべく優しめの声で呼びかけた。
「僕は警察です。救助にきました。どちらの部屋にいますか」
吹き抜けのリビングに自分の声が反響する。と、リビング脇の部屋の扉がキィ、と開いた。
そこか、と真瀬は首を回して、息を呑んだ。
そこにいたのは、服も着ずに、白い裸体を血で汚した十代半ばの少女だった。
血の匂いがこびりついた鼻をすすりながら、真瀬は思った。
たまたま別件で外に出ていて、たまたま現場に近い場所にいたからということで現認するよう指示がとび、まだ誰の手も入ってない現場を見る羽目になった。
現場は最悪だった。
交番から派遣された警官は恐慌状態なのか、しっかりと応答はするもののどこか上の空だし、説明の途中で一回吐いた。通報者の教頭に至ってはガタガタと震えながら、ロッジの隅に設置された水道でひたすら水を飲んでいた。バディの山谷は警察無線と喧々囂々と怒鳴り合ってるし…結局状況がつかめないので、現場を見に行った。だが、ロッジ裏の小屋の戸を開けた瞬間、むせ返るような血の臭いで気が遠くなった。水を張った田んぼに耕運機を入れてまき散らしたような血肉はとても人間の形をしていたとは思えなかった。
それも、また学生…女子高生だなんて。まるでトラウマを掘り返した挙句、針山を力いっぱい心臓に突き刺されたような気分だ。
その場でこみ上げた嘔吐物を堪え、近くの林で思いっきり吐いた。幸い、昼食はまだだったので、胃の中のものがなくなるまで吐いても、大した量ではなかった。吐いて、吐いて、えづいて、背を起こしたら頭痛と一緒に眩暈がした。
最悪だ。最悪だ、人生が、この仕事が。
もう一度毒づいてからロッジの方向を見ると、瓦のような四角い顔を歪ませながら、山谷がのそのそと歩いてきた。
「おい、現場を汚すな」
顔を顰めながらこちらにぶっきらぼうに言うその先輩刑事に、殺意さえ覚えた。
「…すみません」
お前も現場を見てみろ、と言外に含めるように、こちらもぶっきらぼうに返したつもりが、吐いたあとの喉はか細くかすれた声を出すだけだった。山谷が、生意気な後輩が弱っているのを見てか、片眉をあげてみせた。
「あの交番勤務、話にならねえし、署も交番勤務の話が荒唐無稽すぎてどうなってんだとがなってきやがるし…一体、どうなってんだ?現場は見たのか」
「見ました。酷いもんです。話が報道に出たら、すぐに週刊誌もテレビも食いつくような猟奇殺人って感じですよ」
「ガイシャは何人だ」
真瀬はかぶりを振った。
「ちゃんと、鑑識を待たないとわかりませんけど、多分4人以上…」
「バラバラか」
「バラバラっていうより、ぐちゃぐちゃですね」
山谷がぐう、と唸った。
「わかった。俺も覗くだけ覗いて、署に報告する」
心づもりができていいな、と真瀬は心からうらやましく思った。
「…自分が、車に戻って報告しますよ」
「いや、いい。俺が報告する。それよりもお前は、女子高生がロッジにほったらかされてるから、そっちへ行け。あの教頭と交番じゃ役にたたねえし、俺みたいな顔よりお前みたいな優男がとりあえず相手したほうがいい」
そうだ、生存者らしき女子生徒がいるんだった。たしかに、瓦みたいな顔で、しかも大男の山谷が行くとこんな状況なのに怖がらせるかもしれない。
了解しました、と返事をして、駆け足でロッジへ向かった。
ロッジと小屋の間はろくに手入れもされていないらしく、背の高い雑草をかき分ける必要があったが、構わず走った。
一刻も早く、あの惨劇の現場から離れたかった。
もう一度鼻を啜った。血肉が、まだ目の前にあるかのように臭ってきた。
ロッジに入ると、広いリビングにイーゼルやキャンバスが散乱していた。どこかで嗅いだことのあるような脂っぽい匂いは、絵の具の臭いだろうか。アトリエとして使われていたというそのリビングの床は、木炭や絵の具がところどころにこびりついていて、高校の美術室を思い出させた。
ロッジの中は思っていたより広く、探している少女の姿は、見渡す限りは見当たらなかった。
このロッジの状態から見るに、おそらくここも現場のひとつだろう。少女には悪いが、ここにいるよりも自分たちの車に入ってもらったほうが良さそうだ。
玄関から声をあげて「警察です。どこですか」となるべく優しめの声で呼びかけた。
「僕は警察です。救助にきました。どちらの部屋にいますか」
吹き抜けのリビングに自分の声が反響する。と、リビング脇の部屋の扉がキィ、と開いた。
そこか、と真瀬は首を回して、息を呑んだ。
そこにいたのは、服も着ずに、白い裸体を血で汚した十代半ばの少女だった。
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