少女の血を少々

龍多

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プロローグ

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 暗闇の中で、少女は夢から目を覚ました。
 ひどい夢を見たような気がした。それでも、今の自分よりひどい状況の夢ではきっとないだろう。痛みに呻きながら、少女は暗澹たる気持ちでそっと嘆息した。
 自分を縛り付ける縄の硬さ、ささくれだったその表面の感触、縛られたことによる体の硬直…すべてが痛かった。がっしりと硬く縛り付けられた縄は鋼鉄のようで、弱った自分の体力ではとても抜け出せないことはわかっている。それでも、今一度背に回された両腕を擦り付け合うように動かしてみる。結果、手首に鈍い痛みが走るだけで、何の解決にも至らなかった。
 まだ半分眠ったような、ぼうっとした頭で周囲を見渡した。そして後悔した。
 薄い暗闇の中で、部屋の隅に放置された、動かぬ者を見てしまった。
 そうだ。「あれ」は級友の慣れの果てだった。彼女が動かなくなる様を、昨日さまざまと凌辱者によって見せつけられた。凌辱者は最後の命乞いと悲鳴を織り交ぜながら絶叫する級友を、まるでその声が聞こえていないように…淡々と、まるで肉叩きで肉をたたくように、その体に鉈を叩きつけていったのだ。自分も、そして周囲のほかの少女たちも震え、悲鳴をあげ、命乞いしたが、誰も助けに来なかった。そもそも、今自分たちがどこにいるのかもわからない。夏場でもひどく冷たい空気が満ちた、古びた木製の小屋らしき場所だということしか。
 三か所にある窓はトタンで内側から目張りがされ、うち一枚の錆びて朽ちた小さな穴から日光が漏れてくる。そこから見える景色は、すぐ近くに木の若々しい枝ぶりでふさがれていて、遠くは何も見えなかった。
 ふと、背中側で誰かが震えた。部屋の中央に、互いが背を向けるように座らされているため、誰かが動くとすぐにわかった。
 周囲に凌辱者がいないことを確かめて、そっと小さな声で「大丈夫?」と声をかけた。
 だが、彼女の心配は杞憂だった。震えた少女は、いきなり金切り声を上げた。悲鳴のような、断末魔のような、天を割くような凄まじい声だった。そんな声は他に聞いたことがなかったが、彼女が発狂してしまったということはわかった。彼女の目の前には、「あれ」が無造作に積まれている。
 その声は、もはや級友のものとは思えなかった。この場にいるはずの、生きているはずの誰ともわからないほど甲高く、天を裂くような大きな声だった。佐伯?葉山?級友の顔を一人ずつ思い出すが、彼女たちの顔はもはや10年前の景色のように、キラキラと輝くばかりで像を結ばなかった。あの頃に戻りたい。不満だらけで、でも死の恐怖とは無関係だったあの頃に。
「ちょっと」
「ねえ、お願い、静かにして!」
「怖い、怖いよ」
「しっかりして」
 他の少女たちも絶叫に反応して声をかけ始めるが、断末魔を上げる少女には届かないようだった。
 絶叫しながら、少女は、絶叫の合間に、それでも言葉らしいことを叫び始めた。
 それはたどたどしく、合間に絶叫が入るため聞き取りにくいが、およそ文章になっていない、感情の発露だった。

 悪魔…死ぬうううう、こ、ろされる、おかあさん、おかああああさん、おおおお、ごめんなさい、死ぬ、あく、まが、殺す、消える、生きれない、生きたかっ、た、ひ…く、ん、死ぬ、死ぬ、死ぬ、ああああああ!!!死ぬ!!

 助けて!

 最後の一言は、彼女が叫んだのか、他の少女が叫んだのか、自分が叫んだのかもわからなかった。狂乱に巻き込まれるように、自分たちもおかしくなったのを感じる。気づけば嗚咽し、涙していた。他の少女もそうだ。しくしくと嗚咽しながら、怒り狂うように叫ぶ少女を止めることができない。
 喉が焼け付くように痛い。水分をとっていない所為もあるし、涙の所為もある。これ以上泣けば疲弊が溜まるだけだとわかっているが、恐怖からは逃れられそうにない。

 怖い、怖い、殺される、誰か…

 ガタン、と正面の扉が音をたてて開いた。開け放たれた扉から差し込む光が目に刺さった。
 久々に見た太陽の光だった。新鮮な冷たい空気が、血の匂いに満ちた部屋の中に舞い込んだ。
 眩しさの為か、外界への恋しさか…恐怖か、胸につまるような想いが涙になって目から溢れた。

 逆光の中、凌辱者が戻ってきた。手に鉈を持って。
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