木曜日のスイッチ

seitennosei

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木曜日のスイッチ。

真剣な接触。

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差し出された彼女の右手。
自分も右手を伸ばしそれを握る。
小さい手。
骨が細くて、皮が薄くて。
キメが細かくスルスルと滑りそうな表面なのに、しっとりと適度な湿度を持っていてモチっと吸い付く様に密着してくる。
ただの握手なのに何だか少しいけない事をしている心持ちになったのは、俺に疚しさがあるからだろうか。
お互いに認識してからは初めての細谷咲との接触。
このまま離したくないと思ってしまう。
「握手は良いんですね?」
彼女はそう言って首を傾げている。
発言の意図が分からない状態で「?…はい。」と頷き返す。
「じゃあ、コレは?」
次に彼女は右手を握ったまま、左手を俺の右肩に置いた。
「まあ、…特に問題ないかと…。」
本当は二人きりの空間で見詰め合っている今の状態が俺にとってはもう既に大きな問題なんだが、そんな事はおくびにも出さないで答える。
「あ、先生。襟が…。」
その時、細谷咲は右手を離し俺の後ろに回るとシャツの襟を指で摘んだ。
ピッピッと引っ張り整えてくれている様で、微かに指が俺の首筋を掠った。
ピクっと反応しそうになるのをグッと堪える。
また前に戻ってきて細谷咲が微笑む。
「この位の接触ならOKなんですよね?じゃあ、どこからがダメですか?」
「え?」
「胸や下着の中はダメですよね?」
「そりゃそうですよ!」
思わず大きな声が出た。
俺の反応を見て彼女は吹き出しつつも次の質問をしてくる。
「ふふっ…。じゃあウエストは?」
「うーん…ウエスト…。」
基準は曖昧だが胴体はアウトな気がする。
「ウエスト…も、やはりダメじゃないですかね…。」
「服の上からでも?満員電車ではそのくらいよく人に当たってますよ。」
「あー、まぁ…服の上からなら…大丈夫なんですかね…?」
「じゃあ、服の上からで良いので私のウエストを触って下さい。」
「は?え?いやいやいや!」
いつの間にか彼女のペースに持ってかれていた。
一度断ったはずの接触へと話が持ってかれる。
しかも麻痺してきて基準が曖昧になってきているが、どう考えてもウエストもアウトだろう。
「ダメですダメです!僕は男で教師ですよ?女生徒の身体を触るのは、あまりにも問題があります!」
「握手はするのに?同じ皮膚ですよ?性器でも粘膜でもなく。」
「それは屁理屈ですよ。ダメですって。」
「こんなに困っているのに?」
上目遣い。
じっと見詰められて言葉に詰まった。
「先生にしか頼めないのに…。」
追い討ちで畳み掛けてくる。
俺だって力にはなってあげたい。
願ってもない申し出でラッキーと思わなくもない。
しかしどう考えてもダメだろ。
ありとあらゆる感情が次から次へと湧いてきてパニックになった。
「お願いします!どうしても克服したいんです!先生!」
「でも…。流石に…。」
「やっぱり不味いと思ったら止めて良いので。とにかく一回試させて下さい!お願いします!」
ガバッと頭を下げられる。
このままでは土下座まで発展しかねない。
「分かりました…。一回だけ。服の上からウエストだけですよ?」
「ありがとうございます!」
バッと顔を上げた彼女は満面の笑みで礼を言った。
とうとう押し切られる形で折れてしまった。
絶対に良い訳ないのに…。



「…先ずはどうしたら良いですか?」
不安そうに。
そして気乗りしない声色で先生は訊ねてきた。
「えっと、私が合図をしたら後ろからウエストの辺りを触ってみて下さい。取り敢えず私も自分で身体を触ってみるので…。」
壁際に移動し、壁を背にする形で先生に座ってもらい、その前に自分も腰を下ろす。
背中に気配を感じると途端に恥ずかしくなり、何となく密着はしない様に少し距離は開けておく。
「じゃあ、合図するまで少し待ってて下さい。」
私は自身のシャツの下から両手を差し込みブラのホックを外すと、自分の胸を触り始めた。
やわやわと両手で揉んでみるも、ただそれだけとしか思えない。
他人に触られる様な擽ったさはないけれど、勿論快感もない。
指で先端を刺激してみる。
そりそりと撫でていると微かに固く立ち上がってきた。
それに伴って、多少むず痒い様な快感が薄らと生まれそうではある。
しかし、それ以上の領域にはいけそうもない。
「うーん…。」
「上手くいかないですか?」
「ひっ…。」
先生の息に耳を擽られた。
肩を竦める私を見て先生は笑っているみたいで、続いて聞こえてきた声はちょっと震えていた。
「ふっ…。上手くいきそうですね。」
「笑わないで下さいよ…。」
「すみません。可愛くてつい…。」
可愛い!?
低く穏やかな声で囁かれて心臓が鳴る。
急に恥ずかしくなってきた。
そしてとんでもない事を頼んでしまったのでは?と今更に躊躇いが生まれる。
「どうしました?集中出来ないですか?」
心配そうな問い掛け。
ここで私が集中していないと先生が中断してしまうかもしれない。
否定しなくては。
「違うんです。集中出来ないんじゃなくて、よく分からないんです。どうしたらいいのか。」
「えっと…。目標としては身体全体の擽ったさを快感に変換する事なんですよね?」
私はコクリと頷く。
「今自分の胸を触る行為は具体的にどういった効果を期待しての事ですか?あと、僕にウエストを触って欲しいって言うのも…疑問なんですが…。」
確かに説明不足だった。
どうにかして協力してもらうことに躍起になって忘れてしまっていた。
「あの、その…している時にですね。キスしたり、胸とか…性器?とかを触られて、所謂そのスイッチが入った状態になれば身体全体の擽ったさが変化するんです。ゾワゾワっていうか、ウズウズ?みたいな…。とにかく笑っちゃう擽ったさはなくなるんです。だからウエストを触られても擽ったくなければスイッチが入ったか分かるかな?って…。」
「…ほー。つまり、細谷さんは自分で胸を刺激して快感のスイッチを入れてから、それが成功しているのか僕にウエストを触ってみて欲しかったと…?」
「…はい。それを繰り返す内に不快感とか、笑っちゃう感じの擽ったさよりも気持ち良さの方が上回る様になるって聞いたので…。」
「うーん、なるほど…。俗に言う『開発』ですね。」
山崎先生は暫く考える様に黙った。
今どんな顔をしているのだろう。
振り返って確認する勇気が出ない。
すぐ後ろに先生の体温を感じながら俯いていると。
「何にしてもスイッチが入らないと始まらないって事ですね。」
「ひっ…。」
また突然耳元で囁かれて反応してしまった。
だけど今度は笑う事も無く真剣な空気で。
「では僕の言う通りにしてみて下さい。」
初めて聞く甘い声。
言われるままに私は頷いた。
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