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木曜日のスイッチ。
鍵とドアノブ。
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遠くから聞こえてくる運動部の掛け声。
音楽室から響く吹奏楽。
体育館ではボールが跳ねて。
武道場からは竹刀のぶつかる音。
人通りの少ない校舎裏。
鬱蒼と茂った雑草と何十年も前の卒業生が植えた記念樹に囲まれ、ひっそりと佇むプール棟。
あれから1週間。
またこの鍵を使う時が来た。
5歳離れている兄貴が所属していた水泳部は、一昨年私が入学すると廃部になっていた。
室内プールも、しっかりしたトレーニング施設もない公立高校の水泳部なんて強くなれるわけが無いと、兄貴はよく口にしていた。
だから水泳部が健在だった頃も少ない部員の殆どがトレーニングルームを溜まり場にしてサボっていたそうだ。
このトレーニングルームは本来水泳の出来ない時期に、それでも水泳をする為の身体を作る場所。
そんなストイックの象徴みたいな所なのに、実際は怠惰な限りを尽くされ、無駄に浪費され、打ち捨てられた。
兄貴が卒業した4年前、家のゴミ箱に適当に捨てられていた鍵を何となく拾って持っていた。
それをすっかり忘れて私もこの高校に入学しもう3年生だ。
あまり裕福でない家はボロい団地住まいで、プライバシーもクソもない家庭環境。
亜樹に自慰をする様命じられた時に最初に浮かんだのは場所をどうするかという問題だった。
そしてその時に唐突に思い付いた。
兄貴が捨てた鍵って水泳部のトレーニングルームの鍵なんじゃないかって。
一週間前、早速仕舞い込んでいたそれを探し出して使ってみた。
案の定扉はすんなりと空いた。
入る瞬間、それ程真面目なタイプではないけれど、明らかな悪事にちょっと胸が騒いだ。
扉の先、室内を最初に目にした時に感じたのは思ったよりも綺麗だって事。
だけど、酷く寂しくもあって。
誰かの為に存在しているのに、その誰かはもう永遠に来ない場所。
私はこの空間自体に感情を見出し、感傷的になってしまった。
しかも恋人に先の見えない課題だけ突き付けられて、突き放されている自身の現状。
何だかこの空間みたいに、用途とは違う方法で浪費され、私もいつか捨てられるんじゃないかと想像してしまい悲しくなった。
まさかそんな場所で山崎先生と初めての接触をする事になるとは思わなかったけれど。
山崎真琴さん。
私の一番の理解者。
で、あると私が勝手に思っている人。
孤独で儚くて、ひたすらに優しい人。
しっかりお話したのは先週が初めてだったけれど、私には分かるんだ。
だけど先生はどうしてこんな所に一人で居たのだろう?
こんな寂しい、何もない所。
いつから?
何の為に?
そして今日も居るのかな?
絶対に来るわけが無い。
そう思っていた。
だから今日は行かない。
行ったとして、来ないって分かっているのに何処か期待して待ってしまう時間が地獄だ。
それにあの空間に居たら、先週の事を鮮明に思い出してしまい、どうせ落ち着いてなんて居られないのだから。
だけど、万が一。
細谷咲が俺を尋ねて来たとしたら。
俺が居ない場合、彼女はどう思うだろうか?
恋しいとか寂しいとか思って貰える等とは勿論考えていない。
それでも、あれだけ悩んでいる姿を見たんだ。
もしかしたら、本当に俺にしか頼めない想いがあって今日も尋ねて来てくれるかもしれない。
そう思うと、結局足が向いていた。
伸び放題に生い茂っている木々の隙間からプール棟を盗み見る。
細谷咲はOBであるお兄さんが学校には無断で複製した鍵を使って侵入したと言っていた。
今日も来るなら正面入口からだろう。
俺はいつも裏口から入室している。
窓の横にあるアルミ製の扉。
所々、サビなのかカルキなのか、白く石灰化した汚れがこびり付き年季が伺えた。
丸いドアノブ中央に鍵穴はあるにはあるが、かけ忘れかロックの部分が壊れているのか、ノブを回しながら扉を少し上に持ち上げるとガタンと音をたてながら開く。
とりあえず、正面から様子を見てみて、細谷咲が居そうならいつも通り裏口から入ろう。
そう考え正面入口を覗くと。
丁度扉が閉まる所だった。
入室した人物は見えなかった。
だけど、解錠して中に入る事の出来る人物なんて限られている。
それに今日は木曜日で。
俺は先週の出来事を想起する。
不快に思われている前提で色々と考えていたけれど、彼女は彼女であの時間を有意義に感じてくれていたのだとしたら…。
今日また俺に逢いに来てくれたのだと思ってしまっても思い上がりにはならないのではないか?
いや、まだ分からない。
文句を言いに来た可能性だってある。
ただ、そうだとしても、俺がここに居ると分かっていて足を運んでいる事は明白で。
だとしたら俺も逢いに行かなければ。
裏口に回りアルミ扉の前に立つ。
中は静かで聞き耳を立てても気配を感じ取れない。
それでも中に人が居るのは確実で、しかもそれは細谷咲の可能性が高くて…。
俺はノブを回すと扉を上に引き上げた。
音楽室から響く吹奏楽。
体育館ではボールが跳ねて。
武道場からは竹刀のぶつかる音。
人通りの少ない校舎裏。
鬱蒼と茂った雑草と何十年も前の卒業生が植えた記念樹に囲まれ、ひっそりと佇むプール棟。
あれから1週間。
またこの鍵を使う時が来た。
5歳離れている兄貴が所属していた水泳部は、一昨年私が入学すると廃部になっていた。
室内プールも、しっかりしたトレーニング施設もない公立高校の水泳部なんて強くなれるわけが無いと、兄貴はよく口にしていた。
だから水泳部が健在だった頃も少ない部員の殆どがトレーニングルームを溜まり場にしてサボっていたそうだ。
このトレーニングルームは本来水泳の出来ない時期に、それでも水泳をする為の身体を作る場所。
そんなストイックの象徴みたいな所なのに、実際は怠惰な限りを尽くされ、無駄に浪費され、打ち捨てられた。
兄貴が卒業した4年前、家のゴミ箱に適当に捨てられていた鍵を何となく拾って持っていた。
それをすっかり忘れて私もこの高校に入学しもう3年生だ。
あまり裕福でない家はボロい団地住まいで、プライバシーもクソもない家庭環境。
亜樹に自慰をする様命じられた時に最初に浮かんだのは場所をどうするかという問題だった。
そしてその時に唐突に思い付いた。
兄貴が捨てた鍵って水泳部のトレーニングルームの鍵なんじゃないかって。
一週間前、早速仕舞い込んでいたそれを探し出して使ってみた。
案の定扉はすんなりと空いた。
入る瞬間、それ程真面目なタイプではないけれど、明らかな悪事にちょっと胸が騒いだ。
扉の先、室内を最初に目にした時に感じたのは思ったよりも綺麗だって事。
だけど、酷く寂しくもあって。
誰かの為に存在しているのに、その誰かはもう永遠に来ない場所。
私はこの空間自体に感情を見出し、感傷的になってしまった。
しかも恋人に先の見えない課題だけ突き付けられて、突き放されている自身の現状。
何だかこの空間みたいに、用途とは違う方法で浪費され、私もいつか捨てられるんじゃないかと想像してしまい悲しくなった。
まさかそんな場所で山崎先生と初めての接触をする事になるとは思わなかったけれど。
山崎真琴さん。
私の一番の理解者。
で、あると私が勝手に思っている人。
孤独で儚くて、ひたすらに優しい人。
しっかりお話したのは先週が初めてだったけれど、私には分かるんだ。
だけど先生はどうしてこんな所に一人で居たのだろう?
こんな寂しい、何もない所。
いつから?
何の為に?
そして今日も居るのかな?
絶対に来るわけが無い。
そう思っていた。
だから今日は行かない。
行ったとして、来ないって分かっているのに何処か期待して待ってしまう時間が地獄だ。
それにあの空間に居たら、先週の事を鮮明に思い出してしまい、どうせ落ち着いてなんて居られないのだから。
だけど、万が一。
細谷咲が俺を尋ねて来たとしたら。
俺が居ない場合、彼女はどう思うだろうか?
恋しいとか寂しいとか思って貰える等とは勿論考えていない。
それでも、あれだけ悩んでいる姿を見たんだ。
もしかしたら、本当に俺にしか頼めない想いがあって今日も尋ねて来てくれるかもしれない。
そう思うと、結局足が向いていた。
伸び放題に生い茂っている木々の隙間からプール棟を盗み見る。
細谷咲はOBであるお兄さんが学校には無断で複製した鍵を使って侵入したと言っていた。
今日も来るなら正面入口からだろう。
俺はいつも裏口から入室している。
窓の横にあるアルミ製の扉。
所々、サビなのかカルキなのか、白く石灰化した汚れがこびり付き年季が伺えた。
丸いドアノブ中央に鍵穴はあるにはあるが、かけ忘れかロックの部分が壊れているのか、ノブを回しながら扉を少し上に持ち上げるとガタンと音をたてながら開く。
とりあえず、正面から様子を見てみて、細谷咲が居そうならいつも通り裏口から入ろう。
そう考え正面入口を覗くと。
丁度扉が閉まる所だった。
入室した人物は見えなかった。
だけど、解錠して中に入る事の出来る人物なんて限られている。
それに今日は木曜日で。
俺は先週の出来事を想起する。
不快に思われている前提で色々と考えていたけれど、彼女は彼女であの時間を有意義に感じてくれていたのだとしたら…。
今日また俺に逢いに来てくれたのだと思ってしまっても思い上がりにはならないのではないか?
いや、まだ分からない。
文句を言いに来た可能性だってある。
ただ、そうだとしても、俺がここに居ると分かっていて足を運んでいる事は明白で。
だとしたら俺も逢いに行かなければ。
裏口に回りアルミ扉の前に立つ。
中は静かで聞き耳を立てても気配を感じ取れない。
それでも中に人が居るのは確実で、しかもそれは細谷咲の可能性が高くて…。
俺はノブを回すと扉を上に引き上げた。
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