木曜日のスイッチ

seitennosei

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木曜日のスイッチ。

少女と揺れる瞳。

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今日の山崎先生はいつもと様子が違う気がする。
あまり身が入ってないというか、心ここに在らずというか…。
「ひゃぁっ。せんせい…、まだ動いちゃ、ダメです…。」
「あ、わっ、す、すみません。」
始めて早々にウエストに置いた手が動き、慌てて謝る先生。
いつもはもっとスマートにいじめてくるのに…。
まあ、それも仕方がないか。
何しろ今日は暑い。
窓を全開にして持ち込んだ扇風機でガンガンに扇いでも汗が滴る。
北側に向いた窓から吹き込む風は、きっと他の教室に吹く風よりは冷たいのだと思うけれど、正に焼け石に水。
この季節は長居していたら命に関わる。
先生の体調も考慮して今日は早めに切り上げるか…。
どう切り出そうかと考えていると、山崎先生が先に口を開いた。
「立花君とは…上手くいってますか?」
それは突然だった。
先生と亜樹の話をするのは最初にここで会った日以来初めての事だ。
しかも先生の方から話題を振ってくるだなんて。
私はふと考えた。
私達って上手くいっているのかな?
上手くはいっていないだろう。
そもそも二人のセックスの問題を私の身体だけに押し付けてきた事を私はいまだに納得できないでいるし、自分も後ろめたい部分があるので追求はしなかったけれど、夏休みの学校に亜樹が何をしに来ているのかも分からない。
女の子と遊んでいるのかもしれない。
わざわざ制服を着て学校で待ち合わせる理由は分からないけれど、亜樹ならいくらでも相手がいるだろう。
一瞬、それを先生にぶちまけてやろうかと思った。
だけど、心の中の自分が全力で待ったをかける。
亜樹と上手くいっていないと知られたら、体質改善している場合ではないと、先生がこの時間を終わらせてしまう可能性がある。
それは嫌だ。
私は咄嗟に誤魔化す方に舵を切った。
「亜樹とですか?…上手く…というか、まあ、普通ですけど。」
「そう…ですか。」
山崎先生はどうして今日、こんな質問をしてきたのだろう。
今度は逆に私が問う。
「何でですか?」
「いや…、何となく。…これ意味あるのかなって…。」
「意味あります!」
私は身体ごと振り返る。
そしてウエストにある先生の手の上に自分の手を重ね、逃げられない様に押さえた。
30cm程の距離で見詰め合う。
「意味あるから止めるって言わないで下さい!」
そう食い下がると先生は顔ごと逸らした。
困惑した表情で遠くを見ている横顔。
伸びた首筋。
嚥下に合わせて時折上下する喉仏。
玉になった汗がそこを流れ落ちた。
色っぽいな。
私も唾を飲んで目を見張る。
この時間を絶対に無くしたくない。
「お願いします。先生にしか頼めないんです…。だから、」
「わ、わかりました。」
ずいっと前に乗り出した私から距離をとろうと後ろに引いた先生。
ゴッと鈍い音をたてて背中を壁にぶつけなが諭してくる。
「だけどやっぱりこの方法で良いのかはちゃんと考えましょう。続けるにしても止めるにしても僕は細谷さんを見捨てたりしないですから、ちゃんと他の方法も考えましょう。」
「嫌です。先生に触られるのが良いんです。」
「細谷さん…」
「身体がこんな風になるの初めてなんです。先生の手じゃないとこうならないから…。」
捨て身の懇願。
絶対に困らせているって分かっている。
それでもそうせずにいられないくらい、私にとって先生とのこの時間は失いたくないものなんだ。
涼し気な奥二重を極限まで見開いて私を見ている先生。
戸惑って微かに瞳が揺れている。
細い首の真ん中で飛び出している喉仏がゆっくりと上下し、同時に唾を飲む音が聞こえた。
そして深く息を吐くと「分かりました。」と、観念した様に呟いてくれた。


意中の女性に触れて欲しいと懇願され、それを断れる男なんてこの世に存在しているのだろうか?
きっと理性的で自身を律せる人間もこの広い世界の何処かには探せば居るのだろう。が、俺には無理だった。
そもそも好意の有無に関わらず、人からの頼みを断れない性格でもある。
好きな女の子からの魅惑的な頼みを断るなんて、俺にとっては二重の我慢が必要だ。
いつもの男子トイレで先程の細谷咲を反芻する。
今日も彼女との時間に俺の忍耐は試されていた。
カーテンを翻しながら吹き込む風が汗ばんだ肌を撫で。
一瞬の清涼感の後、またジワジワと立ち込める熱気。
それに混じり、普段眠らせている雄の本能を無理矢理叩き起す甘美な匂いが香ってくるのだ。
それは細谷咲のうなじから。
又は谷間とまでは言えない胸と胸の間から。
俺が腕を差し入れているウエスト辺りからも。
兎に角、俺が与えた刺激によって彼女が動けば揺れる髪からもシャンプーの香りが漂い、ほんの少しすえた汗の匂いと一緒になってそれらが鼻腔に侵入してくる。
今日も股間が痛かった。
俺は潔癖ではないけれど、不衛生な物は一般的な男性よりも抵抗がある方だと思う。
それなのに。
汗の滴る彼女の身体を許されるなら舐め回したいと感じた。
そしてその満たされない欲求を誤魔化す為に、自分の手汗と彼女の汗とを混ぜ合わせる様に、いつもよりねちっこく彼女のウエストを撫で回してしまった。
細谷咲はどういうつもりなのだろう?
先生の手じゃないとだなんて言って食い下がり、俺からの愛撫を要求するのは一体どういう了見なのかが気になる。
そう、これはもう立派な愛撫だ。
というか、殆ど前戯だ。
いくら身体の悩みで追い詰められているとは言っても、流石の彼女もこれが付き合ってもいない男女、まして教師と生徒がコソコソと行って良い行為ではないと理解している筈だ。
勿論教師の癖に、正す事もせず嬉々として協力している俺が一番悪い。
だから彼女を責めてはいない。
ただ純粋にどういうつもりなのかは知りたい。
それが提示されていないと、自分に都合よく期待していつか箍が外れてしまいそうだからだ。
立花亜樹の存在もある。
俺は今日初めて彼に罪悪感を持った。
今までは教師と生徒という細谷咲との関係性に気を取られ、恋人である立花亜樹には毛程も意識が向いていなかった。
寧ろ、彼が彼女の悩みと向き合っていない言動や、彼女がいない所で付き合いの内容について吹聴する下品な姿勢なんかが引っ掛かり、対抗意識すら持っていた。
立花亜樹が細谷咲を大切にしないのなら、俺が彼女を大切にするし、彼女の悩みと向き合い続ける等と使命に燃えてた。
だけど、彼は彼なりに細谷咲を想っている事を今日知ってしまった。
その事実は細谷咲にはまだ伝わっていないし、彼女の望む形ではない以上彼の独り善がり感は否めないけれど…。
それでも立花亜樹の純粋に細谷咲を想う姿を初めて目の当たりにし、俺は自分の過ちに改めて気付いてしまったんだ。
教師が女生徒に手を出しているだけでも擁護しようもない罪なのに、それが担当生徒の恋人だなんて。
一体俺は何重に罪を重ねれば気が済むんだ。
恒例の賢者モードで自責が止まらない。
もともと自己肯定感の低い質ではあるが、今は心の底から消えてしまいたくて仕方がない。
蒸し暑い個室内。
立ち上がった拍子に目眩を覚える。
不味い。
脱水症状かもしれない。
ここを出て水分を摂らなくては…。
プール棟の男子トイレを後にし、フラフラと自販機へ向かう。
部活動中は生徒達にあれだけ熱中症には気を付けろと水分補給を促しておきながら、まさか自分がこんな事態になるとは。
全く情けない。
自販機が立ち並ぶ渡り廊下の下まで何とか辿り着いた。
ポケットから取り出した財布を漁り、取り出した百円玉を自販機の投入口に差し込もうとした瞬間。
手元が狂い、上手く差し込めなかった百円玉がカチッと弾かれた。
そのまま甲高い金属音をたてながら地面を跳ねる。
何やってんだか…。
またそうして軽く自責した後、屈んだ途端に視界が歪む。
咄嗟に自販機に寄りかかってしゃがみ込んだ。
「山崎先生!大丈夫ですか?!」
後ろから女性の声がした。
誰かも確認しないまま適当に返す。
「あ、大丈夫です。ちょっと立ち眩んだだけなので…」
「酷い汗じゃないですか!ちょっとじゃないです!」
不意に右腕を抱え上げられた。
二の腕の辺りにふにっと柔らかい感触。
「支えますから、ちょっと保健室まで頑張って下さい。」
「いや、そこまでじゃ…」
「これ、熱もありますよ!身体冷やさないとダメです!保健室なら経口補水液もありますから。」
覗き込んできた顔と目が合う。
強引な行動とは裏腹に優しそうな眼差し。
心配そうに眉尻を下げながらも、俺を安心させる様に微笑んでいる。
あまり話した事はないけれど…、確かスクールカウンセラーの森本先生だ。
授業中、彼女の名前もまたよく耳にする。
細谷咲同様、男子生徒達の雑談の中で玩具にされている被害者の1人だ。
おっぱいが大きいとか、ヤリたいとか、昨晩オカズにしたとか何とか…。
自分の思春期時代を棚に上げ、コイツら本当に下品だなと呆れながら聞いていたが、二の腕に与えられている柔らかさと、さり気なく香ってくる花のような香料を感じ、男子生徒達の発言にも成程なと納得がいく。
「もっと寄りかかっても平気ですよ?」
そう言って森本先生は俺の腕を強く抱き込んだ。
益々押し付けられる胸。
意中の相手でもないのに、これは善意からの接触なのに。
それでもドキリと心臓が反応してしまうところが男の悲しい性だ。
もしも今具合が悪くなかったら、賢者モードじゃなかったら。
もっと簡単にラッキーなんて思ってしまっていたかもしれない。
そしてまた罪悪感。
今俺がこんな具合だって事は…。
細谷咲は大丈夫だろうか?
また一人で置いてきてしまった。
しかもあの蒸し上がっている廃トレーニングルームに。
俺は親切な女性の胸の感触を堪能しながらも、贅沢な事に全く別の少女に思い耽っていた。
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