木曜日のスイッチ

seitennosei

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木曜日のスイッチ。

こうしたかった。

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大きな木造の一軒家。
古いけれど掃除が行き届き綺麗にされている。
軋む廊下を進んだ先で山崎先生は立ち止まると、襖を開き「ここです。」とその部屋に入るよう促した。
「スリッパは履いたままで入って下さい。畳汚いので…。」
「…分かりました。」
私は躊躇って中を覗く。
大量の絵が壁に立てかけられているのが見えた。
「これ…全部山崎先生の絵ですか?」
「はい。」
先生の絵が見られる。
そう思った瞬間さっきまでの躊躇いも忘れ片足を踏み入れた。

バイト先の駅ビルで再会してから2週間が経った。
その間、これまでに行き違った気持ちや勘違いを正すように沢山話した。
初めて『入学式』を見た日。
話し掛けてきたのが山崎先生だった事を教えてもらった。
まさか目の前の男性が作者本人だとは思わず、あの時は随分と酷い態度をとってしまった。
さらにその後学校で山崎先生として認識した時にはそんな事すっかり忘れていて…。
先生は全て覚えていたと言うから申し訳ない。
そして本当は最初から私を好きになってくれていたと聞いた時は随分と遠回りしたなと思った。
気持ちを知らなかったとはいえそんな人相手に自分の身体を触れだなんてお願い、空気を読まないにも程があるなって後悔した。
更には亜樹との関係を相談していたなんて。
今自分の仕打ちを振り返って大いに反省している。

「そこの壁にある3っつです。『木曜日』は。」
先生が指さす先を見ると奥の壁に立て掛けてある絵が目に入ってきた。
近寄ってしゃがみこみ、まじまじと見つめる。
1つはこの前見た上履きの絵。
その両隣りは初めて見る絵だった。
まず先に右側の物を手に取る。
両サイドに木が生い茂っている庭を制服を着た女生徒が奥の建物に向かい歩いて行く後ろ姿が小さく描かれた物。
視点はそれを見下ろすように少し上から描かれていて。
「これ…学校の渡り廊下の窓から見える景色ですよね?」
先生は少しバツが悪そうな顔をして頷いた。
「真ん中の女の子…私ですか?」
「はい。」
「先生…。約束バックれといてプール棟に向かう私の事見てたんですか?」
「…はい。」
「サイテー。」
「すみません…。」
責めると先生は目に見えて落ち込んだ。
それが可愛くて本当は怒っていないのに意地悪を止める気にならない。
また視線を絵に戻す。
真ん中の私が向かっている先。
プール棟が眩しく描かれているのに対し、手前の先生が立っている場所は暗く表現されていて。
プール棟への憧れ、行きたいのに行けないやるせなさが伝わってきた。
「先生も…木曜日の度に本当はプール棟来たかったんですね。」
「はい…。」
それが知れただけで私は幸せだ。
持っていた絵を元に戻し、続けて左側の絵を手に取る。
それは見た瞬間。
大きな感情に胸を強く叩かれた。
古びた扉。
それ以外何も描かれていないのに分かる。
「これ…トレーニングルームの扉…。」
窓の下の定位置に座ると見える情景だ。
これは私も見た事がある景色だからその時の感情が自然と蘇ってしまう。
約束の木曜日。
私の方が先に着いていた日は、一人先生が来るのを待っている間これと同じものを見ていた。
その扉から愛しい人が入って来るのを心待ちにしていたんだ。
背後の窓からカーテンを透過して差し込む自然光。
淡く明るい部屋の中、扉は一際輝いて見えた。
実際に先生が入ってくるのは裏口からだったので、私はその扉が開く瞬間を見た事がないのだけれど。
先生はいつも私が来るのを心待ちにしてこの扉を眺めていたのだとこの絵から伝わってくる。
「先生…。私の事好き過ぎじゃないですか?」
そう言って絵から視線を上げ、顔を見合わせると先生は赤面していた。
つられて私も顔が熱くなってしまう。
私は壁際に絵を戻し、先生の前に立つ。
向かい見つめ合っていると愛しさが溢れてきて胸が苦しくなった。
この2週間、言葉で気持ちを確かめ合う事はしてきたけれど、学校とバイトの合間に外で会うばかりだったので、こんなに接近したのは初めてだ。
先生が口を開く。
「細谷さん。好きです。」
胸がギュッとして鼓動が走り出した。
あまりにも刺すような鋭い眼差しで言うから逃げられない。
だけど先生は急にまた顔を赤くしてふいっと視線を外してしまう。
「話の流れで最初から好きだったって言いましたし、絵で伝わっているとは思うのですが…。ちゃんと言った事なかったなって…。」
そう呟く。
それが酷く情けない声だったから。
私は堪えきれずに吹き出してしまった。
「触れても良いですか?」
掠れた声で先生が言うから頷いて応える。
そろそろと伸びてきた大きな手が私の髪を撫で、そのまま頬を包んだ。
私もその手の上に自分の手を重ね乗せ、目を閉じて頬擦りをする。
先生は溜め息を吐くともう片方の手も私の頬に当てて、そしてチュッと触れるだけのキスをした。
「ずっとこうしたかった…。」
そう囁かれうずうずと湧き上がる衝動。
幸せ過ぎてじっとして居られなくて。
私はガッと先生に抱きついた。
「私だって、ずっとこうしたかったです。私だって先生の事好きです。」
ああ、先生のシャツにメイク付いちゃうかもって思うけど、我慢出来ずにグリグリと頬擦りをする。
木曜日にしか嗅げなかった先生の匂い。
今日は木曜日じゃないけれど、それを肺いっぱいに吸い込んだ。
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