休憩室の端っこ

seitennosei

文字の大きさ
11 / 24

11

しおりを挟む
椅子の背もたれに身体を預け、思い切り仰け反らせて伸びをする。
「んー…。」
ポキポキと小気味良い音が肩や背中から耳に届く。
今日も一日頑張った。
着替えも済ませ後は帰るだけの状態で、なかなか腰を上げられずにいる。
「一花さん、疲れてるの?」
背後から海くんの声がし、ガバッと身を起こす。
会いた過ぎて幻聴でも聞いているのかと思ったが、振り向けばちゃんと海くんの姿が目の前にあった。
「え?海くん?今日入ってないよね?」
気持ち悪くニヤけそうになる顔を必死に取り繕いつつ、なるべく自然に振る舞う。
「昨日ユニフォーム持って帰るの忘れてて…。洗わないと明日着るのないから取りに寄った。」
今日は会えないと思っていた分喜びが大きい。
無駄にグダグダしていて良かった。
海くんは休憩室奥へ向かうと、ロッカーからユニフォームを取り出した。
ろくに畳まず無造作にリュックに放り込んでいる。
几帳面そうに見えてちょっとズボラなところが可愛い。
そして白い項がちょっとエロい。
後ろから抱きついて項に舌を這わせながら、耳後ろの匂いを肺いっぱいに吸い込みたい。
海くんはどんなことをされるのが好きなんだろう?
きっとまだ誰にもされていないだろうことを私が沢山してあげたい。
ジャッと勢いよく海くんがリュックのジッパーを閉める音で我に返る。
海くんには誠実に接するって決めたばかりなのに。
欲求不満が過ぎるな。
不埒な妄想は止めよう。
現実的に真面目に適度なコミュニケーションを図ろう。
そう自分に言い聞かせて正攻法で接触を図る。
「海くん、すぐ帰るの?」
「うん。洗濯しなきゃ。」
「そっか…。」
ロッカーの中を軽く整理しながら支度している海くんを見詰める。
これから自分が口にすることを脳内で速やかにシミュレーションして鼓動が高鳴った。
「あのさ、良ければ一緒に帰らない?」
海くんはピッタと動きを止めるとこちらを見た。
「…。俺は良いけど…。」
「ホント?じゃあ準備出来たら一緒に帰ろう?」
余りの嬉しさに自然と満面の笑みになる。
海くんは涼しい顔で頷くとロッカーに視線を戻した。
この温度差。
それでも拒否されなかっただけ良しとしよう。
「そう言えば、一花さんてどの辺に住んでるの?…あ、いや、別に家を知りたいとかじゃないけどね…。」
出た、海くんの一歩近づいてきて三歩くらい下がるやつ。
いつも距離を取られるのは寂しいが、この控えめな感じが意地らしくてまた可愛いところでもある。
「一緒に帰ろって言ったの私なのに、家知られたくないとか言わないから、普通に聞いてよ。」
笑いながら軽く言う。
「布和市との境の方だから歩きでここから15分くらい。海くんは?」
「俺も布和の方。」
実は知っている。
知っているからこそ誘った。
海くんがこの店に入って間もない頃、自宅の近所にあるアパートに入って行くところを見かけたことがあった。
まだ好きになる前の話で、決してストーカーした訳ではない。
「んじゃ、結構ご近所さんなのかもね。一緒に帰れるね。」
我ながら白々しいと思う。
海くんはなるべく人と関わらないようにする人だから、きっと自分に好意がある人や、過剰に興味を示す人にはあからさまに距離をとるだろう。
大いに興味を持ち、強烈に好意を持っていることを察知されたら、脱兎のごとく逃げられてしまう。
だから私の気持ちをまだ悟らせる訳にはいかないのだ。
かと言って、待っているだけだと一生関わることがないまま終わってしまう。
私から行動しなければ近付けない。
逃げられない程度に近付く、今はその絶妙な距離感を探っている所だ。
「一花さん、俺は準備出来たよ。」
「私も。じゃあ、行こうか。」
ボディーバッグを斜めに掛けると立ち上がり、裏口へ向かう海くんの後を着いて行く。
一緒に帰れるってわかっていたら、もう少し可愛い格好で来たのに…。
オーバーサイズのビッグTシャツにスキニーパンツという、部屋着よりはましなくらいのコーデ。
それにスニーカーとキャップ。
暗がりなら男に間違われてもおかしくない。
海くんは男のような女を連れて歩くことを恥ずかしく思わないだろうか。
「一花さん…。」
「なに?」
裏口のドアノブを握ったままで海くんが振り向く。
「俺と外歩くの恥ずかしくないの?」
「え?」
耳に届く言葉を理解するのに時間を要した。
海くんもそんなことを考えるんだ。
「…。恥ずかしかったら誘わないでしょう?海くんと話したいって思ったから誘ったんだよ。全然恥ずかしくないよ。」
当然のことを答える。
私が恥ずかしいと思われることに気を取られ、恥ずかしいと思うことなんて考えてもいなかった。
「そっか、良かった…。じゃあ、行こうか。」
私の答えに安心したように呟き、海くんは扉を開け外に出た。
続いて出て来る私のために扉を押さえていてくれている。
極端に人を遠ざけるのに、こういうことを自然にしてくれるところが好き。
お礼を言いながら通り過ぎる時に表情を伺うと、長い髪の隙間からチラッと見える耳が赤く色づいていた。
海くんも私と二人きりになる状況を意識してくれているのだろうか。
戸惑ったような態度を見せられると期待してしまう。
家に着くまでの20分で、海くんが私をどう思っているのか、今後の為に少し探ってみよう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...