休憩室の端っこ

seitennosei

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目覚めは最悪だった。
昨日の今日で尊先輩の夢を見てしまった。
朝風呂でもすればスッキリするかと思い浴室に来たものの、服を脱ぐのも身体を洗うのも、一つ一つの工程を終える毎にボーッと夢のことを考えてしまう。
ダラダラと時間をかけ、やっとシャンプーまできたところだ。
頭から熱いシャワーを浴びながら、ガシガシとシャンプーの泡を落とす。
お湯に流され、排水溝のところでクルクル回る泡を眺め、働かない頭が目覚めるのを待つ。
昨日あんなに嫌な思いをしたのに、なんで好きだった頃の尊先輩が夢に出てくるのだろう?
夢に出てきた人を一時的に気になってしまったことは今までもあったが、それもせいぜいその日の午前中のうちだけの話で、尊先輩のことも直ぐに忘れられるだろう。
そう思いたい。

だけど一日経つと、視点に変化が出てきた部分もある。
経験豊富な尊先輩が私の身体を良いと言っていた。
ただの悪態という線も捨てきれないが、あの女に困っていない尊先輩が、3年前に身体を理由に私を切ることを躊躇っていた事実がある。
まさか自分にそんな才能があったとは。
私は多くの男性に求められるような女ではない。
顔も体型も仕草も、何もかも一般的に理想とされる女性からはかけ離れている。
「身体ねぇ…。」
目線を落とせば、凹凸の少ないなだらかな肢体が視界に入る。
前に胸の大きい友人が解けた靴紐に気付かずに歩いていたことがあった。
私が指摘すると、「え?」と言い、手で胸を押さえながら上半身を倒し、足元を覗き込んで確認したのだ。
「私、覗き込まなくてもヘソまで見えるけど…。」
尊先輩の言う身体が良いって、胸の大きさは先ず関係ないのだろう。
皮下脂肪が薄くほんのり腹筋の浮いた腹部も。 
ボリュームが足りなくて色気のないお尻も。
自分の価値観では全く自身の身体を良いとは到底思えないのだが…。
「具体的に何が良いのかな…。」
胸の大きさやスタイルでないとなると…、仕草?
最中に自分がどう振舞っていたのかなんて客観視できない。
それに3年も前のことを鮮明に思い出すことも難しい。
身体同様、とても自分が男心を擽るような仕草をしていたとも到底思えない。
そうなると後はもう一つしか考えられない。
「名器?」
もしかして私って名器なの?
それはどう確認すれば良いのだろうか。
自分で触ってわかるものなのか。
気付いたら手を秘部に宛がっていた。
危うく間違いを犯すところだった。
色々考えすぎて意味がわからなくなってきた。
「身体の良さ」って一体何なんだ。
まさか尊先輩に連絡をとって、「私の身体の何処がどういう風に良いですか?」とは聞けないだろう。
忌憚なく思ったことを口にする高橋あたりに「一回私と寝てみて感想聞かせて!」とお願いする。と考えかけて、その発想に気持ち悪くなる。
そもそも好きでもない人と触れ合いたくないし。
海くんになら触られたいけど。
その「身体の良さ」って、海くんにも有効なのだろうか。
シャンプーが流れきって軋む髪にコンディショナーを揉み込む。
「既成事実ってやつか…。」
なんとか海くんと関係を持ったら、「身体の良さ」とやらで私を好きになってもらうことはできないだろうか。
と言っても、恋愛経験の乏しい私には真面目で奥手そうな海くんと既成事実を作るまで持っていく方法が全く思い浮かばないのだが。
自然に二人きりになって、自然に接触して、自然に身体を重ねて…。
いやいや、無理だろう。
もうそれ不自然だから。
自然を考え過ぎる余り、自然がゲシュタルト崩壊してきた。
「そもそも海くんて性欲あるのかな?」
とても淡白に見える。
恋愛に、女に興味はあるのだろうか。
海くんは人間全般に興味ない素振りをするが、高橋を論破した時の様子からもわかる通り、周囲の人間をよく見ていて、しっかり分析している。
人間全てに興味がないことはなさそうだ。
しかし男女問わず、どんな立場の相手にも接し方が平等だ。
特別に思っている相手は、私の見える範囲では今のところいなさそうだ。
尊先輩は「欲しい男できたら取り敢えず脚開いとけよ。」って簡単に言うが、まずは私が脚を開ける状況に、意中の相手を誘い込む方法をアドバイスして欲しいものだ。
コンディショナーを色気なくガシガシと流しながらフッと思う。
まさか自分がこんなことを考える人間になるとは考えもしなかった。
付き合ってもいない男女が身体を重ねるなんて。
そういう人が世の中にいることは知っているし、そんな恋愛のはじまり方でも別に良いとは思うが、自分とは無縁の話だと思っていた。
ダメだ。
まだ頭がしっかり覚めていない。
私は赤い印の蛇口を捻りお湯を止めると、青い蛇口を捻った。
シャワーから勢いよく水が飛び出す。
「ひっ!」
覚悟していても声が出る。
全身を叩く水が、火照った身体から急激に熱を奪っていく。
頭も冷えてきた。
「…。いやいやいや…。普通にダメでしょ。」
海くんには誠実でいたい。
既成事実なんて汚いやり方は良くない。
第一私に向いていない。
地道に嫌われない距離を保ちつつ、信頼を重ねていくしかない。
それに意味があるのかはわからないけれど。
「ひっくしぃ!」
水を浴びすぎて寒くなってきた。
垂れた鼻水を手で拭ってシャワーで流す。
こんな女子力の欠片もない女が既成事実って…。
何だか笑えてきた。
そして何時の間にか尊先輩の夢のことは考えなくなっていた。
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