5 / 42
5
しおりを挟む
平日夕方の休憩室。
これから勤務の学生や休憩中のバイトたちで賑わっている。
「汐さんって彼氏いるんすかね?」
少し離れた席でユナちゃんと談笑している汐ちゃんを眺めながら、高校2年生の園田が言った。
「知らねぇ。海に聞いといてやろうか?」
「いやいや、そこまで高橋さんに甘えられないっすよ。自分でなんとかします。」
園田は元野球少年で、ついこの間まではバイトもせずに甲子園を目指して部活に励んでいたらしい。
それが怪我で叶わなくなり部活を辞めた後、ここでバイトを始めたそうだ。
夢を諦めたのに腐ることなく日々を明るく生きている。
少し伸びた坊主と日に焼けた肌が似合っていて、見た目は男らしいが、話すと屈託なく笑い、右だけ八重歯が覗いてチャーミングな印象を受ける。
俺は一発で気に入り、それ以来よくお節介を焼いている。
「それにしても、汐さんに彼氏がいるかどうかなのに海さんに聞くんすね?本人に直接じゃないんすか?」
園田に言われてハッとする。
そうだな、普通は本人に聞くよな。
「俺、何か知らないけど汐ちゃんに嫌われてんだよな。だから本人に聞いても答えてもらえなそう。」
大して気にしていなさそうな雰囲気を作って発言しておいたが、本当はちょっと夜眠れなくなるくらい気にしている。
女の子全員からチヤホヤされたいとか、新人みんなから慕われたいとは思わないが、初対面時から理由もわからずに嫌われていると、流石に納得がいかない。
勘違いじゃないか?とか、あの日たまたま機嫌が悪かった?とか色々と想定し、確認するために今日までの間に何度となくコミュニケーションを試みたが、尽く「嫌われている」と裏付けるような態度しか引き出せず、心が折れた。
「えー。高橋さんが理由もなく嫌われるとか考えにくいっすね。何かあるんじゃないっすか?」
「うーん。全く身に覚えがないんだよな…。」
今までに何度も何度も、初めて汐ちゃんと話した時のことを思い起こしてみた。
だけど何度考えたって、結論は「わからない」に行き着く。
「本人に聞いてみた方がいいっすよ!汐さん理由なく嫌な態度とる人じゃないし、高橋さんだって理由なく嫌われるような人じゃないし、何か誤解があるのかもしれないっす。誤解なら解くべきっすよ!」
園田は良い奴だな。
自分の好きな女の子が、自分以外の男を嫌っているなんて状況に対して、俺だったらライバル減ってラッキーぐらいにしか思わないだろう。
誤解を解いたほうが良いだなんて言えるところが真面目でいじらしい。
「おいおい、良いのか?もしかしたら誤解が解けて、俺と汐ちゃんが仲良くなっちゃうかもしれねぇぞ?」
園田はニカッと気持ちの良い笑顔を見せる。
「高橋さんなら仕方ないっす!喜んで譲ります!」
譲るもなにも、お前のもんでも俺のもんでもないけどな。と思いつつも、可愛く慕われて悪い気がしない。
「まあ、仕事に響くのも嫌だし、その内話してみるか…。」
「誤解解けるように祈ってます!」
なんの根拠もないのに、園田の中では完全に誤解に確定しているのが妙に笑えた。
退勤時間になり、その時間上がるバイトに声を掛ける。
「10時上がりの奴いるか?引き継ぎややり残し無ければ上がるぞー。」
その声に付いてきたのは汐ちゃんだけだった。
気まづい。
フロアを抜けて休憩室に着くまでお互いに無言。
俺は休憩室奥のロッカーから着替えを出すと、真ん中ら辺の椅子に腰掛ける。
汐ちゃんがロッカーから取り出した着替えを手にしたまま黙っているので、俺は1つしかない更衣室を手で指し「お先にどうぞ。」と言った。
「…ありがとうございます。」
ペコリと頭を下げた汐ちゃんを見て初対面の時を思い出す。
豪快にぶちまけてたな。
「ふっ。」
思わず笑ってしまった。
「何ですか?」
眉間に皺を寄せ汐ちゃんは嫌悪感丸出しの顔をした。
「いや、ごめんごめん。初めて会った時のこと思い出しちゃってさ…。汐ちゃんリュックの中身ぶちまけてて可愛かったなって…」
「止めてください!」
「え?」
大きな声で遮られ、何か不味いことを言ったのかと不安になる。
「高橋さんみたいな男の人嫌いなんです。」
着替えをギュッと抱きしめ、目線を俺から逸らして汐ちゃんは言い切った。
「彼女いる癖に他の子に可愛いとか簡単に言うの止めてください。本当に好きな人いるのに違う人と付き合ってたり、また違う人口説いたり。全部そういうの嫌いなんです。」
それだけ一気に捲し立てると、更衣室に逃げ込んだ。
言っている意味の殆どが理解出来なかった。
彼女がいるのに他の女の子に可愛いって言うのがチャラくて嫌なのは、まあわかる。
付き合っていたりっていうのが彼女の美玲のことを言っていると仮定して、口説いているっていうのがユナちゃんのことだと仮定するなら、汐ちゃんの言う俺の本当に好きな人って誰だ?
簡易的にカーテンで仕切られているだけの更衣室から布の擦れる音が聞こえてきて、何だか気まづさに拍車が掛かる。
もう意味がわからない。
「汐ちゃん。着替え中にごめん。」
更衣室から聞こえていた布擦れの音が止む。
「…はい。」
更衣室の中からこちらの様子を伺っている気配がした。
俺が彼女に本気じゃないって何で知ってるの?
彼女がいるのに他の女の子に可愛いとか言っちゃう様な人種に何かされたの?
色々聞きたいことがあるし、色々疑問がある。
だけど自然と口から出たのは俺が一番知りたいことだった。
「俺の本当に好きな人って誰?」
これから勤務の学生や休憩中のバイトたちで賑わっている。
「汐さんって彼氏いるんすかね?」
少し離れた席でユナちゃんと談笑している汐ちゃんを眺めながら、高校2年生の園田が言った。
「知らねぇ。海に聞いといてやろうか?」
「いやいや、そこまで高橋さんに甘えられないっすよ。自分でなんとかします。」
園田は元野球少年で、ついこの間まではバイトもせずに甲子園を目指して部活に励んでいたらしい。
それが怪我で叶わなくなり部活を辞めた後、ここでバイトを始めたそうだ。
夢を諦めたのに腐ることなく日々を明るく生きている。
少し伸びた坊主と日に焼けた肌が似合っていて、見た目は男らしいが、話すと屈託なく笑い、右だけ八重歯が覗いてチャーミングな印象を受ける。
俺は一発で気に入り、それ以来よくお節介を焼いている。
「それにしても、汐さんに彼氏がいるかどうかなのに海さんに聞くんすね?本人に直接じゃないんすか?」
園田に言われてハッとする。
そうだな、普通は本人に聞くよな。
「俺、何か知らないけど汐ちゃんに嫌われてんだよな。だから本人に聞いても答えてもらえなそう。」
大して気にしていなさそうな雰囲気を作って発言しておいたが、本当はちょっと夜眠れなくなるくらい気にしている。
女の子全員からチヤホヤされたいとか、新人みんなから慕われたいとは思わないが、初対面時から理由もわからずに嫌われていると、流石に納得がいかない。
勘違いじゃないか?とか、あの日たまたま機嫌が悪かった?とか色々と想定し、確認するために今日までの間に何度となくコミュニケーションを試みたが、尽く「嫌われている」と裏付けるような態度しか引き出せず、心が折れた。
「えー。高橋さんが理由もなく嫌われるとか考えにくいっすね。何かあるんじゃないっすか?」
「うーん。全く身に覚えがないんだよな…。」
今までに何度も何度も、初めて汐ちゃんと話した時のことを思い起こしてみた。
だけど何度考えたって、結論は「わからない」に行き着く。
「本人に聞いてみた方がいいっすよ!汐さん理由なく嫌な態度とる人じゃないし、高橋さんだって理由なく嫌われるような人じゃないし、何か誤解があるのかもしれないっす。誤解なら解くべきっすよ!」
園田は良い奴だな。
自分の好きな女の子が、自分以外の男を嫌っているなんて状況に対して、俺だったらライバル減ってラッキーぐらいにしか思わないだろう。
誤解を解いたほうが良いだなんて言えるところが真面目でいじらしい。
「おいおい、良いのか?もしかしたら誤解が解けて、俺と汐ちゃんが仲良くなっちゃうかもしれねぇぞ?」
園田はニカッと気持ちの良い笑顔を見せる。
「高橋さんなら仕方ないっす!喜んで譲ります!」
譲るもなにも、お前のもんでも俺のもんでもないけどな。と思いつつも、可愛く慕われて悪い気がしない。
「まあ、仕事に響くのも嫌だし、その内話してみるか…。」
「誤解解けるように祈ってます!」
なんの根拠もないのに、園田の中では完全に誤解に確定しているのが妙に笑えた。
退勤時間になり、その時間上がるバイトに声を掛ける。
「10時上がりの奴いるか?引き継ぎややり残し無ければ上がるぞー。」
その声に付いてきたのは汐ちゃんだけだった。
気まづい。
フロアを抜けて休憩室に着くまでお互いに無言。
俺は休憩室奥のロッカーから着替えを出すと、真ん中ら辺の椅子に腰掛ける。
汐ちゃんがロッカーから取り出した着替えを手にしたまま黙っているので、俺は1つしかない更衣室を手で指し「お先にどうぞ。」と言った。
「…ありがとうございます。」
ペコリと頭を下げた汐ちゃんを見て初対面の時を思い出す。
豪快にぶちまけてたな。
「ふっ。」
思わず笑ってしまった。
「何ですか?」
眉間に皺を寄せ汐ちゃんは嫌悪感丸出しの顔をした。
「いや、ごめんごめん。初めて会った時のこと思い出しちゃってさ…。汐ちゃんリュックの中身ぶちまけてて可愛かったなって…」
「止めてください!」
「え?」
大きな声で遮られ、何か不味いことを言ったのかと不安になる。
「高橋さんみたいな男の人嫌いなんです。」
着替えをギュッと抱きしめ、目線を俺から逸らして汐ちゃんは言い切った。
「彼女いる癖に他の子に可愛いとか簡単に言うの止めてください。本当に好きな人いるのに違う人と付き合ってたり、また違う人口説いたり。全部そういうの嫌いなんです。」
それだけ一気に捲し立てると、更衣室に逃げ込んだ。
言っている意味の殆どが理解出来なかった。
彼女がいるのに他の女の子に可愛いって言うのがチャラくて嫌なのは、まあわかる。
付き合っていたりっていうのが彼女の美玲のことを言っていると仮定して、口説いているっていうのがユナちゃんのことだと仮定するなら、汐ちゃんの言う俺の本当に好きな人って誰だ?
簡易的にカーテンで仕切られているだけの更衣室から布の擦れる音が聞こえてきて、何だか気まづさに拍車が掛かる。
もう意味がわからない。
「汐ちゃん。着替え中にごめん。」
更衣室から聞こえていた布擦れの音が止む。
「…はい。」
更衣室の中からこちらの様子を伺っている気配がした。
俺が彼女に本気じゃないって何で知ってるの?
彼女がいるのに他の女の子に可愛いとか言っちゃう様な人種に何かされたの?
色々聞きたいことがあるし、色々疑問がある。
だけど自然と口から出たのは俺が一番知りたいことだった。
「俺の本当に好きな人って誰?」
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる