休憩室の真ん中

seitennosei

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家を出るまでの一ヶ月程の間、健太に何度か部屋で待ち伏せされた。
それでも母がいるリビングで過ごしたり、手の届く距離を避けたりと、何とか誤魔化して逃げ切った。
二人きりになれないことに苛立っている内容のメールがスマホに定期的に届いていたが、返信せずに無視を決め込んだ。
そして卒業後直ぐ、逃げるように入寮し、私はこれで終わったんだと思っていた。
ただ一つ不安材料があるとするならば、家族ぐるみでの付き合いのある健太のことを母に説明出来ていないことだけ。
その為私の情報が、母経由で筒抜けになる可能性がある。
母には何度か健太との関係を相談しようとも考えたが、心配性の母のことだ。
そんな状態では実家を出ることを反対されるだろうし、健太の家族にも何かしら働きかけたりと、きっと大事にしてしまう。
自分の情報を母に詳しく話さなければ、健太に漏れることもないだろう。
そう自分に言い聞かせ、不安に飲まれないようにした。
寮の場所や学校は知られてしまうだろうが、男子禁制の女子寮に住み、学校も女子大なので、小心者の健太が大っぴらに行動に出ることは考えにくい。
バイトでもやって、人に依存していた自分を変えようと、ほんの少しの不安に目を瞑り、この頃の私は毎日やる気に満ちていた。

4月になり、学校近くのレストランでバイトをはじめた。
個人経営のオシャレなお店。
値段はリーズナブルでも、綺麗な内装が売りで、客層は大人の落ち着いている人が多かった。
だから、働き始めて2週間くらいたった頃、注文を取りにフロアに出たところに健太がいた時は、驚きや恐怖よりも、「コイツ浮いてるな。」と、違和感を持った方が先だった。
それ以来、健太にほぼ毎日待ち伏せをされた。
それでも相手をしないでいると、客を装いクレームを入れたり、他の従業員に嘘を吹き込んだりが続き、面倒事を避けたい店側に、やんわりと退職を勧められた。
要するにクビだ。
それが5月のはじめのことで、私は一ヶ月も在籍できなかった。

母にはバイトをはじめた話はしたが、レストランの名前や詳細は教えていない。
健太は母からバイトをはじめた話だけ聞き出し、そこから先は学校や寮の周辺のレストランを虱潰しに探した様だった。
ただの幼馴染だった時も、付き合っていた時も、私にそこまで執着を見せたことなんてなかったのに。
楽しく過ごせると思っていた大学生活が、はじまって一ヶ月で早くも終わりを告げた。

次は学校や寮の最寄りは避け、途中の駅で下車して働こうと考えた。
そして駅周辺も避け、幹線道路沿いにあるチェーンのカフェで6月からバイトをはじめた。
ここでは研修があけるまでの一ヶ月間、なんの問題もなく楽しく働けた。
従業員は皆良い人達で、特にエミリさんという一つ上の先輩が目を掛けてくれた。
ワンレンで短めのボブカットがよく似合っている格好良いお姉さん。
一番勤務歴のある和田さんという大学院生と付き合っていて、カップル揃って皆から信頼されていた。
研修もあけ1人立ちする7月頃、健太が現れた時も、私は直ぐにエミリさんに相談した。
エミリさんは親身になってくれて、和田さんや社員さんにも話を通してくれた。
そのお陰で健太の嫌がらせを受けても、私の言うことを信じ、しっかりと対処してくれた。
嫌がらせが通じないとなると、健太は店が終わる時間を見計らって出待ちをするようになった。
心配したエミリさんは私を駅まで送ってくれたり、エミリさんのいない日は社員さんに車を出してくれる様お願いしてくれたりと、本当に色々してくれていた。
ある日のバイト後。
その日はエミリさんがいないので社員さんが車で送ってくれることになっていたが、駐車場に行くと何故か和田さんが車で待っていた。
和田さんと車内で二人きりになるのはエミリさんに悪い気がして一度は断った。
それでも和田さんに「今日車出すのはエミリからのお願いなんだよ?」と言われ、あまり大袈裟に断り続けるのも逆に迷惑かと思い、つい厚意に甘えてしまった。
その結果、車の中で襲われた。
めちゃくちゃに暴れ、車を飛び出し、それは未遂に終わった。
だけど、飛び出した場所は全く知らない土地だし、靴の右側とバッグは和田さんの車の中で、ポケットにスマホが入っていることに気が付いた瞬間、そんな些細な救いにホッとして号泣した。
スマホのナビを頼りに、右足は裸足のままに歩いて帰った。
その道すがら、もう健太を受け入れてしまおうか。とぼんやりと諦めはじめる程に私は追い詰められていた。
やっとの思いで寮の前まで辿り着いた時、靴の右側とバッグが車から適当に放り投げたように散らばっていて、それを見てまた一人で泣いた。

次のシフトで出勤した時、急に周囲の態度が冷たくなっていた。
和田さんには避けられるし、エミリさんには完全に無視された。
休憩室で他の女性バイトと話すエミリさんの声が聞こえた。
「あの子被害者面で人を頼ってばっかりいるけど、本当は元カレの方が被害者なんじゃないの?色々と元カレの言う通りなのかもね。」
健太がなんて噂を流していたのかは知らないけど、きっと男にだらしないとかビッチとかその辺だろう。
そして和田さんは車内での出来事を、私に迫られたとか何とか言ったのだろう。
エミリさんはそれを信じたんだ。
本当は心の底からは信じてはいないのかもしれない。
でも、和田さんを信じた方が傷つかないで済むから信じることにしたんだろう。
私が傷付いてでも自分が傷つかない方。
そりゃそうか。
皆自分に都合の良い方を信じるよ。
私だってエミリさんの厚意に甘え、頼り切っていた。
和田さんとエミリさんの絆を勝手に信じ、警戒を解いて楽な方へ甘え、その結果裏切られた。
そうやって皆自分の良い方を信じて、思っている様な結果が出なければ裏切られたって感じるもんなんだ。
次の日に電話で店長に退職の意を伝えると、「残りのシフトも来なくて良いし、制服も必要書類も郵送で。」と言われた。
私はここでも切り捨てられたんだ。

夏休みは殆ど寮に引き篭って過ごした。
お盆も帰らなかった。
寮の中は健太に会うこともなく安全だけど、一人でいると嫌なことばかり思い出した。
私は信じてもいない神様を恨んだ。
普通に恋愛して、普通にバイトして、普通に学生生活を送りたい。
神様はチラッと希望を見せた後、めちゃくちゃにしながら私の全てを奪っていく。
大和先生と向き合う努力をしないで投げ出したことも、健太に安心だけを求めて見下していたことも反省するから、もう許して欲しい。

夏休み終わりかけの9月中頃。
そうやって心を腐らせて、冷房ガンガンな部屋のベッドで毛布に包まっていると、1人の知らない女性が訪ねてきた。
それが一花さんだった。

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