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それから、健太は私には到底理解の及ばない話をし始めた。
「ずっと片思いしていた人と最近いい感じなんだ。こんなチャンス滅多にないから逃したくないんだよ。」
私は吐き気と絶望で嗚咽しそうな口を両手で抑え、薄らと笑った。
気が動転すると人って笑っちゃうものなんだ。
そんな私を置いてけぼりに、健太は言いたいことだけを言い続ける。
「汐のことは今でも変わらず好きだよ?だけどもともと家族みたいなもんだしさ。付き合ってても正直彼女っていうより妹の面倒見ている感じだったし…」
「じゃあ、セックスすんな!」
この瞬間、腹が立つままに健太の声を遮った。
「彼氏と別れた直後に『俺じゃないとダメだ』とか言うな!」
その言葉からどうやって家族愛を感じ取れって言うのか。
理不尽にも程がある。
このままでは健太が私の横からいなくなる。
別の女のところへ行ってしまう。
全て委ねていた存在に見捨てられ、頭が可笑しくなりそうだ。
私は健太がいないと生きられないのに…。
健太の腕にしがみつく。
「健太がいないと…」
だけどそこまで口に出したところで急に我に返った。
私が健太を好きになったのは安心をくれたからだった。
ここで縋って、健太がそれに応えてくれたとして、この先も安心して過ごせるだろうか?
安心をくれない健太なんて必要ないのではないか。
途端に健太が話の通じない宇宙人の様に感じて、同じ空間にいることすら気持ちが悪くなった。
そうして私は、最後まで向き合うことをせずに、健太からも離れた。
その後は生きる指標を失って、「胸にポッカリと穴」どころか、身体の三分の一くらいガッツリ消失した様で、いつもなんだか寒かった。
一度だけ一花さんのようなサッパリとした大人の女性と歩いている健太を見掛けた。
デレデレと顔をだらしなくしながら笑っている姿に胸が傷んだ。
負け惜しみ半分、幼馴染のシビアな評価半分で、正直健太では釣り合っていないと思った。
同じ街にいると、こうやって見たくない姿を見てしまう。
知りたくない情報が耳に入ってきてしまう。
どうしても健太や大和先生のいる地元にいたくなくて進学は県外を希望した。
母の出す条件、兄のいる土地限定で、女性専用の寮に入ること。
それに見合う進学先を必死に探し、なんとか今の学校に進むことがこの頃に決まった。
受験も終わり、ゆっくり一人で考える時間を過ごしていると気付いたことがある。
「安心をくれない健太なんて必要ない」なんて、随分上からな態度だったなと反省した。
人気者で格好良くて、一緒にいる為には常に努力が必要な大和先生に疲れ、安心をくれるっていうその一点で健太を選んだ。
私は不細工な健太と付き合ってあげてるって何処かで思っていたのかもしれない。
健太なら浮気できないだろうって見下していた。
それが何となく相手にも伝わっていたのだろう。
尚且つ、彼女を思うままに操作したい健太の性質に乗っかって、自分で考え自分の責任で生きることを放棄して全て委ねていた。
こんなのは共依存であって、お付き合いではないと今ならわかる。
あそこで別れて良かったのだと、心から思えるし、今後は誰かを見下して付き合うようなことはしないと決めた。
卒業を間近に控えた高3の2月。
学校から帰ると、健太が私の部屋にいた。
事情を知らない母が、勝手に招き入れてしまったのだ。
当たり前のようにベッドに腰掛け、漫画を読んでいる姿に目眩がしたのを覚えている。
よくも平気な顔で寛いでいられるなと、怒りが込み上げた。
「久しぶりだな。俺がいなくて大丈夫だったか?」
帰宅した私に気付くと、優しい笑顔で語りかけてくる健太。
折角落ち着いていた心が、たった今お前のせいで大丈夫じゃなくなったわ。と苛立つと同時に、数ヶ月前に私にした仕打ちなんてなかったかの様に振る舞う姿に恐怖した。
目的がわからないため、対処の仕様がない。
固まる私に健太は子供をあやす様に再び優しく笑いかけてきた。
「これからはまた一緒にいような。」
そして抱擁を待つように手を広げている。
私が喜んで飛び付くと信じて疑わない顔。
純粋に怖かった。
金縛りにあったように身体が硬直し、固くなった肢体に冷や汗が流れた。
彼女はどうしたの?
また一緒ってどういうこと?
私にしたこと忘れてるの?
疑問は無限に湧いてくるが、そのどれもが口にした瞬間から、まだ健太に気があると勘違いさせてしまう予感がして、口にするのがはばかられた。
「もう私、健太のこと好きじゃないから…。また一緒にとかはないよ…。」
恐る恐る、なんとか自分の意志だけでも口に出すと、健太は広げていた手を下ろし、困ったように首を傾げた。
「わかってるよ。余所見した俺も悪いしな…。汐も今だけそんな気がしてるだけだろ?大丈夫だよ。今度は俺が待つから。」
立ち上がりゆっくりと近付いて諭してくる。
無理だ。
話が通じない。
目の前まで来た健太が私の肩に手を置く。
「けど、あんまり長く拗ねてんなよ?俺が見てないと汐は直ぐに間違うからな。」
意図してか無意識かわからないけど、手に力がこもり、グリッと音がしそうな程筋に指を食い込ませてきた。
「痛いっ!」
私は大袈裟に声を上げ、健太を牽制する。
リビングには母がいるんだということを思い出させなくては。
エスカレートしたら暴力まで発展してしまうのではと足が震えた。
私の声に驚いたように、ハッと表情を変えると健太は手を離した。
「汐も急でビックリしたよな?今日は帰るよ。」
そう言い残し、やっと部屋から出て行った。
良かった。
とりあえず帰ってくれた。
そのことには安堵したが、「今日は」の部分が引っ掛かる。
また来る気なんだ。
うんざりする。
思考停止させて健太に寄りかかっていた時には安心材料だった「自信家」なところ。
今になってみれば、人の話を聞かない勘違い野郎だった。
だけど、今日みたいに屈せずに否定し続ければ、いつかは諦めてくれるかもしれない。
などと楽観視していたこの時の予想は、その後にあっさりと裏切られることになる。
「ずっと片思いしていた人と最近いい感じなんだ。こんなチャンス滅多にないから逃したくないんだよ。」
私は吐き気と絶望で嗚咽しそうな口を両手で抑え、薄らと笑った。
気が動転すると人って笑っちゃうものなんだ。
そんな私を置いてけぼりに、健太は言いたいことだけを言い続ける。
「汐のことは今でも変わらず好きだよ?だけどもともと家族みたいなもんだしさ。付き合ってても正直彼女っていうより妹の面倒見ている感じだったし…」
「じゃあ、セックスすんな!」
この瞬間、腹が立つままに健太の声を遮った。
「彼氏と別れた直後に『俺じゃないとダメだ』とか言うな!」
その言葉からどうやって家族愛を感じ取れって言うのか。
理不尽にも程がある。
このままでは健太が私の横からいなくなる。
別の女のところへ行ってしまう。
全て委ねていた存在に見捨てられ、頭が可笑しくなりそうだ。
私は健太がいないと生きられないのに…。
健太の腕にしがみつく。
「健太がいないと…」
だけどそこまで口に出したところで急に我に返った。
私が健太を好きになったのは安心をくれたからだった。
ここで縋って、健太がそれに応えてくれたとして、この先も安心して過ごせるだろうか?
安心をくれない健太なんて必要ないのではないか。
途端に健太が話の通じない宇宙人の様に感じて、同じ空間にいることすら気持ちが悪くなった。
そうして私は、最後まで向き合うことをせずに、健太からも離れた。
その後は生きる指標を失って、「胸にポッカリと穴」どころか、身体の三分の一くらいガッツリ消失した様で、いつもなんだか寒かった。
一度だけ一花さんのようなサッパリとした大人の女性と歩いている健太を見掛けた。
デレデレと顔をだらしなくしながら笑っている姿に胸が傷んだ。
負け惜しみ半分、幼馴染のシビアな評価半分で、正直健太では釣り合っていないと思った。
同じ街にいると、こうやって見たくない姿を見てしまう。
知りたくない情報が耳に入ってきてしまう。
どうしても健太や大和先生のいる地元にいたくなくて進学は県外を希望した。
母の出す条件、兄のいる土地限定で、女性専用の寮に入ること。
それに見合う進学先を必死に探し、なんとか今の学校に進むことがこの頃に決まった。
受験も終わり、ゆっくり一人で考える時間を過ごしていると気付いたことがある。
「安心をくれない健太なんて必要ない」なんて、随分上からな態度だったなと反省した。
人気者で格好良くて、一緒にいる為には常に努力が必要な大和先生に疲れ、安心をくれるっていうその一点で健太を選んだ。
私は不細工な健太と付き合ってあげてるって何処かで思っていたのかもしれない。
健太なら浮気できないだろうって見下していた。
それが何となく相手にも伝わっていたのだろう。
尚且つ、彼女を思うままに操作したい健太の性質に乗っかって、自分で考え自分の責任で生きることを放棄して全て委ねていた。
こんなのは共依存であって、お付き合いではないと今ならわかる。
あそこで別れて良かったのだと、心から思えるし、今後は誰かを見下して付き合うようなことはしないと決めた。
卒業を間近に控えた高3の2月。
学校から帰ると、健太が私の部屋にいた。
事情を知らない母が、勝手に招き入れてしまったのだ。
当たり前のようにベッドに腰掛け、漫画を読んでいる姿に目眩がしたのを覚えている。
よくも平気な顔で寛いでいられるなと、怒りが込み上げた。
「久しぶりだな。俺がいなくて大丈夫だったか?」
帰宅した私に気付くと、優しい笑顔で語りかけてくる健太。
折角落ち着いていた心が、たった今お前のせいで大丈夫じゃなくなったわ。と苛立つと同時に、数ヶ月前に私にした仕打ちなんてなかったかの様に振る舞う姿に恐怖した。
目的がわからないため、対処の仕様がない。
固まる私に健太は子供をあやす様に再び優しく笑いかけてきた。
「これからはまた一緒にいような。」
そして抱擁を待つように手を広げている。
私が喜んで飛び付くと信じて疑わない顔。
純粋に怖かった。
金縛りにあったように身体が硬直し、固くなった肢体に冷や汗が流れた。
彼女はどうしたの?
また一緒ってどういうこと?
私にしたこと忘れてるの?
疑問は無限に湧いてくるが、そのどれもが口にした瞬間から、まだ健太に気があると勘違いさせてしまう予感がして、口にするのがはばかられた。
「もう私、健太のこと好きじゃないから…。また一緒にとかはないよ…。」
恐る恐る、なんとか自分の意志だけでも口に出すと、健太は広げていた手を下ろし、困ったように首を傾げた。
「わかってるよ。余所見した俺も悪いしな…。汐も今だけそんな気がしてるだけだろ?大丈夫だよ。今度は俺が待つから。」
立ち上がりゆっくりと近付いて諭してくる。
無理だ。
話が通じない。
目の前まで来た健太が私の肩に手を置く。
「けど、あんまり長く拗ねてんなよ?俺が見てないと汐は直ぐに間違うからな。」
意図してか無意識かわからないけど、手に力がこもり、グリッと音がしそうな程筋に指を食い込ませてきた。
「痛いっ!」
私は大袈裟に声を上げ、健太を牽制する。
リビングには母がいるんだということを思い出させなくては。
エスカレートしたら暴力まで発展してしまうのではと足が震えた。
私の声に驚いたように、ハッと表情を変えると健太は手を離した。
「汐も急でビックリしたよな?今日は帰るよ。」
そう言い残し、やっと部屋から出て行った。
良かった。
とりあえず帰ってくれた。
そのことには安堵したが、「今日は」の部分が引っ掛かる。
また来る気なんだ。
うんざりする。
思考停止させて健太に寄りかかっていた時には安心材料だった「自信家」なところ。
今になってみれば、人の話を聞かない勘違い野郎だった。
だけど、今日みたいに屈せずに否定し続ければ、いつかは諦めてくれるかもしれない。
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