お友達が欲しかった

増田朋美

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第一章 

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第一章
これは架空の国家の物語である。
別に私達の身近でこういうことが起きているわけでは無いのかもしれないけれど、でも、あるかもしれない。そういう物語である。
皆さんは、身近に特別な身分の人という存在を感じたことがあるだろうか。それは、本当に遠く離れた、自分の生活には関係のない人でもあるのかもしれないけれど、意外にそうでもなかったりするのである。身分は違っても悩んでいることはおんなじなんだなと考えることもあるからである。
「殿下。」
侍従長は、ぼんやりと外を眺めているヌルハチさんにそう声をかけた。まだ、35になったばかりなのに、もう活躍の場もないヌルハチさんは、なんだか、すごい老けてしまってあまり若々しい感じでもなかった。まあ、しょうがないといえばしょうがないのであるが。まず初めに、国家の象徴と思われる皇族が歩けないで、手を借りなければ生きていかれないなんて、恥ずかしいと思われることを思っている人がいないわけでも無い。
「殿下。そろそろ、お出かけする時間でもありますがね。」
侍従長にそう言われて、
「そうですね。」
とヌルハチさんは言った。
「はあ、何を悩んでいらっしゃるんですかね?」
侍従長は、ヌルハチさんに聞いた。
「今年は、大きな災害もあったから、それで、気が沈んでいるんですか?それじゃダメですよ。もうちょっと、国家の象徴として、働いてもらうということを考えないとね。」
「でも、そうかも知れないですけど、歩けないのに、皆さんの前へ出るのもどうかと思いますけどね。そういうことは、他の人間がやれば良いことでしょう。別に、歩けない人間がわざわざ皆さんのところに顔を出して何になります?それは、何も国民の皆さんのためにならないと思いますよ。」
そういう侍従長に、ヌルハチさんは、大きなため息をついてそういうのであった。
「そうですなあ。確かに過去には前例がありませんね。でも、殿下は国民の皆さんのために参加してもらったほうが良いんじゃないかなと思いますけどね。」
侍従長がそう言うと、
「いえ、そんなことはありません!事実、私が、皆さんの前に出ても何も驚きはしませんよ。もう、お世継ぎとしても必要ないとされてしまったんだし、妹のかほやさほが、なんとかしてくれるのではないでしょうか。」
ヌルハチさんは、またそういう事を言った。
「でも、一応ですね、衣笠家の一員なんですから、やっぱり、国民の皆さんの前へ出るのも必要だと思いますけどね。それでは、出たくないんですか?」
侍従長は、年寄らしく、ヌルハチさんに言った。
「それじゃダメですよ。確かに殿下が歩けなくなって、皆さんの前に出るのが嫌だなっていう気持ちもわかりますよ。だけど、やっぱり、国民の皆さんの前へ出て、ちゃんと、ご挨拶をするっていうのも、皇族の勤めじゃないかな?」
「そうかも知れませんが、歩けなくなって、何もかもなくしてしまった私の気持ちも考えてください。」
ヌルハチさんは、悲しそうに言った。
「いつも同じ答えばかりではないですか。どうせ、皇族がどうのこうのとその答えばかりでしょう。確かに、頭ではそうしなければ行けないこともわかります。だけど、悲しくて、本当に悲しくて、その気持を、誰かに吐き出して外へ出すという行為は、皇族にはやってはいけないことなんですかね?」
「そうですねえ。」
侍従長は、腕組みをしていった。
「確かに、一般の人であれば、そういうことは、誰かに話して、相談してとかそういうことができますが、そうですねえ、わしでは、そういう役目を果たすことは、できないかなあ。そうなると、確かに、みんなの前へ出たくないという気持ちにもなってしまいますよね。そうですねえ、確かに、そういう存在ほしいですよね。」
「やっとわかってくれましたか。」
ヌルハチさんは、侍従長に言った。
「私は、別に医者に見てもらいたいとか、そういう気持ちなのではございません。ただ、国民の子供さんだってやっている、誰かに話して、つらい気持ちとか、そういう事を共有できたら良いなと思っているだけです。」
「つまりお友達がほしいんですな。そうですねえ。侍従長という間柄では、ぐちを言い合う関係にはなれないでしょうね。」
侍従長は、考え込んでしまった。
「そういうこと、陛下にはお伝えしましたか?」
「いえ、無駄だと思います。」
ヌルハチさんは即答した。
「そういうこと、わかってくれるような大叔父様ではございませんよ。」
「まあ確かにそうか。」
侍従長は考え込んでしまった。
「確かに、衣笠家の中で、歩けなくなってしまったのは、殿下だけですからな。世間では、かほ様やさほ様が大騒ぎを起こして、いろんな噂も立ってしまっていますが、決して歩けなくなってしまったというわけでは無いですからね。そうなると確かに、居場所とか、そういうものがほしいですよね。」
「ええ、父もすでになくなってしまいましたし、母も、おじさまもおばさまも、まさおくんの世話で忙しいというのが、現状でしょう。」
ちなみにまさおくんは、ヌルハチさんの父親丈一郎の弟、昭男さんとりつ子さん夫婦の一人息子で、まだ、4歳の幼い子供であった。そんなまさおくんに皇太子となってもらうにはまだ若すぎる気がする。
衣笠一族は大変だった。一応、現在のトップとして君臨しているのは、ヌルハチさんが大叔父様と呼んでいる衣笠拓人さん、まみさん夫妻である。そして、その弟が、ヌルハチさんのおじいさんである衣笠末吉さん、その妻でヌルハチさんがおばあさまと呼んでいる衣笠すず子さんがいる。末吉さんのほうは、三年前になくなっているが、すず子さんのほうが元気である。末吉さんとすず子さんの一人息子がヌルハチさんの父である、衣笠丈一郎さんで、彼もまた災害のためなくなっており、母の衣笠せきさんが一応代理人として活動している。丈一郎さんの弟が、まだ若い衣笠昭男さん。オジサマと言っても、ヌルハチさんと10年しか年は違わない。その昭男さんの妻が、衣笠りつ子さんである。昭男さんとりつ子さんの間には、まさおくんという小さな息子さんがいるのである。ちなみに、衣笠家トップの拓人さんの間には子供はない。それもまた、正当な系譜を維持できないのではないかと言われて、大問題になったことがある。そういうわけで、衣笠家の中で一番子宝に恵まれているのが、衣笠丈一郎さんだったのだが、その長男であるヌルハチさんは、歩行できない体になってしまったので、急遽昭男さんとりつ子さん夫妻にまさおくんを作ってもらったんだと、大体の国民も考えている。ちなみに、ヌルハチさんの兄弟は、かほさんとさほさんという二人の妹がいる。
「結局、私なんて居ても居なくてもどっちでも良いじゃないですか。本当は、まさおくんを作る必要もなかったんでしょうけど、それでは世論が許さないから、急遽まさおくんが生まれたのでしょう。まあ、そうなってもしょうがないですよね。歩けないんですからね。」
「結局、それですか。いつもいろんな手で、頑張らせようとか、やる気を出してもらおうとしているのですが、殿下は必ずそうなってしまうのですね。まあ、それはもう表向きはそうなっているのだと諦めてくださいよ。そういうことは、ここだけではありませんよ。過去に皇族としてやってきた家はだいたいそういうことやってますし、外国の王家だってみんな似たようなことやってるんですよ。歴史上でも、そうやって、除外されてしまった人物はたくさんいます。だから、気にしないでくれと毎回毎回申しているのですが、こればかりは無理な話しだろうな。」
侍従長は、これは困ったという顔で言った。確かにその通りなのだ。過去にも、海外の王朝にもいるはずだ。だけど、そういう人物があまり歴史上の物語などで登場しないこともあり、ヌルハチさんもどう振る舞って良いのかわからないというのが実態だろう。
「そうですよね。確かに、もうお前は用無しだと言われているようなものだもんな。それをされたら、傷つきますよね。でもですね、殿下は一応、国民のためになんとかするのが仕事みたいなものですから、」
侍従長がそういいかけると、
「ええそうですとも!国民の税金で生きていて、何をしなくてもいいのですから、私は確かに幸せなのかもしれません!ですが、こんなに、幸せはもうたくさんなんです!」
と、ヌルハチさんはちょっと強く言った。そういうところから、ちょっと病的なものも感じられた。侍従長は、それ以上言及してしまうと、ヌルハチさんがおかしくなってしまうのではないかと思い、何も言えなかった。
「そうですか。これまで、長らく、この国家を支えてきた衣笠家も、こういう人が出てしまうと、一気に崩れてしまうものなのかな。それか、衣笠家のトップが本当に悪いのか。」
侍従長は、独り言を言うように言った。
「誰のせいでも無いですけど、つらい思いをしなくちゃいけないことって、結構あるのかもしれないですね。一人でずっと耐えていなければならないんですね。きっと、国民にこうであるように言っても、何の意味もないでしょう。」
「そんなことありません。」
そういうヌルハチさんに年配の侍従長は、そう語りかけた。せめて、それだけは持ってもらいたかった。
「そこだけは間違えないでください、今は辛くても、必ずどこかで、この体験を生かせるときが来ますから。それだけは、この爺が保証します。それは、どんな身分の人間でもそうですし、どんな立場の人間でもそうです。殿下、今は辛くても、一番大事な命は落とさないで、一生懸命耐えてくださいませ!」
「ええ、きっとそうやって考えて生きていくしか無いのでしょう。」
ヌルハチさんは寂しそうに言った。それと同時に、外ではきゃあとかわあとか、叫んでいる声が聞こえてきた。多分きっと、拓人さんなどが、外へ出て、見物人たちに新年の挨拶を叫んでいる声だと思われた。こういうおかしな行事が行われるのも、いつまで続くのだろう。もし、こんな行事のさなかに大災害でも発生したら、もうしなくなるかもしれないし、なんだか、毎年恒例の大事な行事というのは、一番くだらないことなのかもしれなかった。
「やっぱり、私が居なくても、衣笠家はずっとやっていくことができるんでしょうね。それは、悲しいことですけど、受け入れるしか無いのでしょう。」
ヌルハチさんは大きなため息をまたついた。
「今はそうかも知れませんが、変わらないことなどありませんから、それは、悪くなっていくばかりではなくて、いいこともあるんだと思ってくれればいいのですよ。殿下、どこの文献にもそう書いてあるじゃありませんか。それを忘れないでくださいませ。」
そう彼を励ます侍従長も、また辛いものがあるという顔をしている。そんなわけで、衣笠家の新年は、いつもと変わらず国民の前でご挨拶するという恒例行事で始まるのであるが、ヌルハチさんにとっては、とてもつらいものであるのは、おそらく衣笠家のみんなは誰も知らないのだと思われた。
一方。
「皆さん!ご起立ください!」
指揮者の横山ヤスシがそう言うと、部屋に集まっていた、17人のメンバーたちは、一気に立ち上がった。
「えーと、本年もまた双葉社は、毎年恒例のように集まることができました。これからも、小編成ではありますが、マンドリンオーケストラとして、一緒に頑張っていきましょう。よろしくお願いします!」
ヤスシがそう言うと、双葉社のメンバーさんたちは、思い思いになにか考えていたらしくハイと言った。
「本年も、定期演奏会と、病院でのコンサートがございます。それを中心に頑張っていきましょうね。」
「そうですねえ。」
と、マンドリンを持った榊原千春さんという男性が言った。
「でも、何を頑張ったらいいのですかねえ。」
「まあ千春さんそんな事言って、あたしたちは、演奏させてもらっているだけでも幸せなのよ。」
増村るみ子さんという、千春さんの隣にいたマンドリン奏者が言った。
「それに俺達は、もともと、居場所が無いわけではあるのだし、できることが限られていても仕方ないのでは?」
倉田武さんというマンドリン奏者が言った。
「ええ、確かにできることは限られていますが、できることを精一杯がんばってください!」
ヤスシがもう一度いうと、
「そうですねえ。だけど、俺達は、車にも乗れないし。」
人見重男さんというマンドリン奏者が言った。
「それに、あたしたちが移動できる会場も限られてるし、、、。」
ちょっと内気な上松ちえ子さんというマンドリン奏者もいう。
「車は乗れないけど、歩いていけるだったら行けるわ。」
佐藤美穂さんというマンドリン奏者がそう言ったが、
「いや、大きな楽器では、持っていけない。徒歩では無理ですよ。」
コントラバスを担当している井出真理子さんという人が言った。
「そうですねえ、コントラバスだけではないですよ。チェロもローネも重いですし、歩いて移動するのはなかなか。」
鈴木一美さんという、マンドローネの担当者が言った。
「それでは、今年初の選曲に入りましょうか。なにかやりたい曲や、弾いてみたい曲はありますか?」
ヤスシは、そうメンバーさんたちに聞いた。
「そういうことなら、歌謡曲ばかりではなくて、本格的なクラシックをやってみたいな。」
江口友美さんというマンドラテノーレを担当する女性が言った。
「ああ、それはいい提案ですね。いっそのこと、大曲やっちゃったらどうです?他のマンドリンクラブもやってるような。」
森剛さんというマンドラテノーレ奏者がいう。ヤスシはこれを言われて困ってしまった。大曲をやるには、それなりの人数が必要であるが、双葉社には、人数は限られている。
「例えばそうだなあ、ほら、パストラルファンタジーとかそういうのあるでしょう?」
マンドロンチェロの担当である、藤井フミさんがそう言うと、
「いや、それは無理だ。あれは難しすぎる。」
同じくマンドロンチェロの担当で、音楽の知識がある望月聡さんが言った。
「じゃあ、他の曲にしましょうか。例えば、交響的前奏曲とか、そういうのできないかなあ?」
ギターの担当である、宮野久さんが言う。
「全く、宮野さんはそれが好きですね。あれ、ずっと前にやったことある曲ですよ。それが難しくてできなかったの、覚えてないんですか?」
ギターの丸山節夫さんが苦笑いしていった。
「でも、それだったら新しい曲やったほうが良いと思うわ。どうせなら、他の人にも来てもらうとか、そういう事してもらいましょうよ。それなら、文句ないでしょ。」
また同じくギター担当である、山岸るつ子さんがそういう。結局のところ、曲が決定するのは、難しそうだった。大曲をやるにしては人数が足りなすぎる。
「それに、練習すべき時間も日も限られているしねえ、、、。」
パーカッションの須田陽子さんがそう言うと、
「ちょっと待って!」
と、ティンパニを担当している、一ノ瀬八兵衛が言った。
「俺、他の人に来てもらうって言うのが良いと思います。それなら、誰かに来てもらって、双葉社を盛り上げてもらいましょう。それなら、みんなのモチベーションも上がると言うものです。」
「しかし!」
直ぐに宮野さんが言った。
「誰が俺達のバンドに協力してくれるでしょうか。俺達は、もともと社会から爪弾きにされた人間です。ヤスシさんがせっかくだからみんなで集まろうと言って、こうしてこさせてもらっているけど、それ以外の場所から見られたら、俺達は妬みの対象になってしまう。」
「そうだけど、それはみんな一緒だって、誰かが言ってくれたじゃないの。みんな、なにかの事故にあったり、なにかに躓いたりすれば、同じ障害者何だって言ってくれたじゃないの。」
山岸るつ子さんがそう言うが、
「でもねえ。俺達は、確かに、いろんな生き方はあったけど、それができなかったという人間でもあるので、、、。」
と、森さんが言った。
「そうだけど、俺は、ここでちょっと変革が必要だと思います。俺は、誰かを連れてくるというあんに賛成。せっかくだから、バロックの協奏曲とか、そういうのをやってみたい。それで行けないものでしょうか!」
八兵衛は、メンバーさんたちに言った。
「しかし、俺達に賛同してくれる人がいるでしょうか?」
人見重男さんがそう言うと、
「そんなの探さなければわかりません。だけど、誰か連れてきて、ここでチェンバロでもやってくれたら、確かにまたバンドの雰囲気も変わってくるでしょう。だけど、今俺達は傷の舐めあいみたいになってしまっているし、そうではなくて、バンドとして、やれるように、誰か協力者が必要ではないかと思うんです。」
八兵衛は、演説するように言った。
「なるほど。八兵衛さんの言うことは、時々大胆すぎて、すごいと言うこともあるんですが、そんな協力者なんて、現れることは無いと思うけど、まあ一応やってみるか。」
榊原千春さんは、そうつぶやいた。
「わかりました。俺にいい考えがあります。それなら、俺が、ちょっと交渉してきますので、皆さんは結果をお待ち下さい。」
そういう八兵衛は、なんだか自信がありそうだった。みんな協力者なんて誰を連れてくるんだろうという顔をしていたが、でも、彼は、なにか持っているものを使うつもりなのだろう。
それと同時に、ホールのスタッフから、撤収時刻になったと言う合図があったので、八兵衛たちは、楽器をしまって、家に買えることにした。八兵衛はヤスシに、ある計画を打ち明けた。それに感動したヤスシは、直ぐに、二人で御用邸に向かってタクシーを捕まえた。
御用邸と言えば、ものすごい大邸で、こんなご時世に今どきこんな大屋敷に住んでいる人がいるのかと思われるほどの大屋敷である。八兵衛とヤスシは、何の迷いもなく、呼び鈴を押した。もしかしたら、他の人が出るかもしれないとか、そんな不安は何もなかった。応答したのは、屋敷の留守番係だったのだが、
「ごめんください。こちらに、衣笠ヌルハチ様はご在宅でしょうか?」
八兵衛は、何も迷いもなく言った。
「どちら様でしょうか?」
留守番かかりが聞くと、
「ええ、俺達、マンドリンオーケストラ双葉社というところから来た横山ヤスシと、こちらは一ノ瀬八兵衛です。ちょっと、ヌルハチ様にお願いがあるのですがね。」
と、ヤスシも何も迷わずに言った。
「お願いって何のようなんですかね。それに、民間人がたやすくこちらを訪れてしまうのは困るというものですが。」
留守番係がそう言うと、そこへ、先程ヌルハチさんと話していた、あの侍従長が通りかかった。留守番係の声を聞いてしまった侍従長は、これはなにか変わるためのチャンスかも知れないと思い、二人を通してやれと、留守番係に言った。二人は喜んで、御用邸に入らせてもらった。
「それでは、よろしくお願いします。今、呼んできますので、お待ち下さい。」
侍従長はそう言って、二人に中へ入ってもらって、応接室と呼ばれる部屋へ二人を案内した。八兵衛も、ヤスシも、こんなご時世のときに、贅沢に暮らしているやつがいるんだなと驚いてしまうほど、御用邸には高級品がいっぱい置かれていた。
「えーとこのテーブルはイタリア製だね。ああ、この椅子はデンマーク製だ。すごいなあ。俺、病気になるまで木地師だったから、木目を見ればどこから輸入された家具なのかわかるんですよ。」
と、八兵衛は、座らされたテーブルと椅子の解説をする。そんな事言っては失礼だと言っていたヤスシも、確かに、そのくらい高級品があっても仕方ない場所だと思った。
「お呼びになったのはあなたですか?」
不意に車椅子の音がして、ヌルハチさんの来たことがわかった。確かに、可哀想な身分の人であると思われていたが、とてもきれいな人だった。もともとヌルハチさんが歩行できなくなったのは、生まれつきのものではなくて、数年前に、歩行不能になったということを、八兵衛もヤスシもニュースで知っている。確かに、耳が尖っていて、指も細く長いので、なにか奇形があるのかなと思われる。ヤスシは音楽家として、ヌルハチさんはマルファン症候群という、パガニーニと同じ症状なのかなと思ったが、本人が気にするといけないので黙っていた。
「あの、殿下。実は俺達、お願いがあってこさせてもらいました。俺達は、マンドリンオーケストラ双葉社のものでございます。この度、双葉社では、共演してくれる古楽器奏者を募集することになりましたので、それで殿下にぜひ来てほしいと思いまして。それでこさせてもらったわけです。そういうわけで、双葉社に参加していただけないでしょうか!」
八兵衛は緊張していった。でも、そうやって、立場関係なく話しができるのは、八兵衛だけであった。彼のような強引なトークをする人間でなければ、こういうことはなかなか思いつかないに違いない。
「そうですか。生憎ですが、数年ほど前にはピアノを習ってはいましたが、足が不自由なので、もうペダリングもできません。」
ヌルハチさんは、申し訳無さそうに言ったのであるが、
「いや、これは良いことかもしれませんよ。それに、足はお悪くても手は自由でしょ。それなら、手さえ使えれば弾ける楽器で勝負すればいいじゃありませんか。俺だって、ずっと、木地師で通してきましたが、病気になってしまってそれでマンドリンクラブに入らせていただきました。でも俺、変形した手ですから、マンドリンは弾けないということで、ティンパニの担当にさせていただいているんですけどね。俺、毎日がとても楽しいです。殿下も、居場所がなくて大変ならぜひ双葉社を手伝っていただけたらと思います。なんでも良いんです。俺達、今、新しいメンバーを求めているのでして。」
八兵衛はにこやかに笑って、そういったのであった。
「例えば、ピアノが弾けなかったら、他に鍵盤楽器は色々ありますよね。チェンバロとか、クラビコードとか。通奏低音で参加してくださっても良いんですよ。俺達、人数が少なくて、どうせ大曲はできないけど、それ以外の曲なら、そういうバロック音楽とか、そういうものをやってもいいと思いますから!」
ヤスシも、音楽家として、直ぐにそういった。
「それに、殿下のような立場の方だったら、チェンバロを用意することだって簡単なのではないの?」
八兵衛がちょっと、冗談ぽく言うと、ヌルハチさんはそうですねと小さな声で言って、
「でも、私のような歩行不能な人間が、果たして皆さんのお役にたちますかね。」
と、言った。
「いや、大丈夫です。逆に、殿下みたいな方でないと、こういうところに招待はできませんよ。そうやって自由な活動できる方は、なかなかいらっしゃらないではありませんか。家の双葉社の部員たちは、みんな何らかの原因があって、体や心の障害を負ってしまった人ばかりなんです。そういう人に理解あるかたはそうはいませんよね。そういうことは、殿下みたいな身分の高い人でなければ、絶対できやしないんですよ。」
ヤスシは、緊張しながら自分が思いついた事を言った。
「だからお願いします。俺達と一緒に、双葉社で活動してくれませんか。」
「お願いします!」
ヤスシがそう言って頭を下げると、八兵衛も、頭を下げた。
ヌルハチさんは少し、考えたような顔をして、
「あの、どうか頭を上げてください。」
と小さな声で言った。
「いつ頃、そちらの練習会場に伺えばよろしいのでしょう?」
「ありがとうございます!」
八兵衛とヤスシは、手をたたき合ってよろこんだ。そして、新しい双葉社のメンバーになる大物に、よろしくお願いしますともう一度頭を下げた。

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