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03.上書き保存不可能
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紘一の手を引いてやってきたのは近所の公園。高台への階段を無言で登る。途中、紘一が不安そうな顔で覗き込んできたりもしていたが、そんなものは無視だ。
階段を登った先には、海を見渡せる展望台が広がっていた。
「わぁ! すごーい……海、海きれーい!!」
予想通りと言うべきか、景色を見た紘一は瞳を輝かせながらはしゃいでいた。スマホを取り出し、何枚も何枚も写真を撮っている。そこまで喜ばれると、連れてきた甲斐があるもんだ。
ふと辺りにそびえ立つ樹を見上げてみれば、枝の先に薄ピンク色のつぼみが綻び始めている。もう数日すれば花は咲くだろう、そうぼんやりと考えていた。
カシャ
「何撮ってんだよ」
「桜と若美さんって絵になるなあ、と思って」
「なんじゃそりゃ」
「あ、せっかくなんでふたりで撮りましょうよ~! 海をバックに!!」
「はぁ」
若いテンションに流されるまま、ぐいぐいと引き寄せられる。身体を密着させた状態がスマホの画面に表示され、段々と恥ずかしくなってきた。こいつは計算しているのか、それとも無自覚なのか、はたまたジェネレーションギャップなのか。
「くっつかないとフレームに収まりませんよ?」
「そんなもんか」
「そうですよ! 若美さん、笑顔ですよ。にー! って」
「……にー」
無理矢理口角を上げてはみるものはの、酷くひきつった表情になっている。一方の紘一はというと、慣れているのか一番自信があると思われる顔を維持し、撮影ボタンを押した。
これはいわゆる自撮りってやつなのか。俺はした事はないけれど、彼がよく試行錯誤をしながら写真を撮っていたのを思い出す。
「むー……この角度じゃない。こう、かな? あ、うまく撮れた。見てくださいよ、カッコよく撮れてませんか?」
画像データなんかより、本物の方が良いんだけど。
その一言が言えていたら、今の俺はどうなっていたのだろうか。もしかしたら、彼の隣に立てていたのだろうか。やめだ、もしかしたらなんて考えていても、彼の気持ちは手に入らないのに。
「よっしゃ、若美さんとのツーショットゲット~」
今隣に居るやつを見てみれば、画像データを見てニコニコしている。
そんなに良いもんかね…腑抜けた表情をしている紘一の頬を指先でつついてみる。思っていたよりもやわらかい感触に、夢中になっている自分がいた。
紘一はくすぐったそうにしながら抗議の声をあげる。
「も~! 急にどうしたんですか」
「写真なんかより、本物の方が良くないか?」
「それってどういう……」
「こっち見ろ、って事」
両手で紘一の顔を包み、画面に注がれた視線を無理矢理こちらに向ける。至近距離でぶつかり合う視線。戸惑う表情は無視をして、更に顔を近付ける。唇を軽く重ね、嫌がる様子がないのを確認して、今度は深く口づけた。舌で歯列をなぞってやればそこは案外あっさりと開き、口内へと受け入れてくれる。
「ん、んんっ……っん!」
酸素を求めて離れようとする顔を阻止して、舌と舌を絡め合わせる。時々びくんと身体を跳ねさせているのは、拒絶反応からなのか、快感を感じているからなのか。俺は後者だと断定していた……嫌悪感を感じているのであれば、とっくに突き放しているはずだからだ。
時間にすれば数分にも満たないものだったが、今だけはゆっくりと時が進んでいる様に思えた。ちゅ、と音をたてながら唇を離せば、目の前には涙ぐんでいる紘一の顔。
「な? 本物の方がずっと良いだろ」
「わわわ、若美さん! 僕、男ですよ!?」
「そんなもん見りゃわかる」
「それに、好きな人がいるんじゃ……」
「ああ、いたよ。もう手に入らないけど。俺、さっき言わなかったか? お前が嫌な思い出を忘れさせてくれる? って」
「さっきのってこういう意味だったんですか!?」
「どういう意味だと思ってたんだ? 言ってみろよ」
耳許で低く囁いてみると、耳たぶがみるみる赤くなっていって面白い。ここまでわかりやすい反応を見せられると、加虐心がそそられるってもんだ。色付いた耳たぶを食んでやれば、ひゃ!という裏返った声があがる。
「その、一緒に町を歩いたり……」
「うん」
「一緒にきれいな、景色を見たり、してっ」
「それで?」
「そういうのが、新しい思い出になるんじゃないかなって……」
「青いな。大人の思い出は、そんなもんで上書きされねえよ」
「ふ……は、あっ……はぁ、はぁ……」
なぞる様に耳たぶから、顔の輪郭、そして首筋にまで舌を這わせれば、悶える声と乱れた吐息が聞こえる。ここまでされて意味がわからない程、こいつも子供じゃないだろう。とんっ、と胸を押してやれば、紘一は簡単に倒れ込み尻餅をつく。俺はそんな紘一の上に跨がった。
「それはお前の思い出だろ。紘一がこの町で思い出を作った様に、俺にも……思い出、作らせろよ」
「若美さん……んっ!」
今度は肩に手をかけ、押し倒す体勢をとる。
その気になれば抵抗出来るだろうに、こいつはそんな事をしない。芝生の上で身体を捩らせ、俺の出方を窺うだけ。
理由はわかってるが、敢えて問いただす。
「お前が一言『やめろ』って言えば、俺だってここまでしてない。どうして、拒否しない」
「そんなこと、できるわけないじゃないですか」
「……どうして?」
「だって、僕……若美さんのこと、好きになっちゃったから。拒否なんてできないし、したくないんです」
想像通りの答えが返ってきて、実際に出さないけれど、声を出して笑いたくなってきた。
押されれば好きになる、か。彼にもそう出来ていたなら、彼は俺を好きになってくれていたのだろうか。まただ、もしかしたらと考えても仕方ないのに。
「また、その顔」
「は?」
「出会ってちょっとしか経ってないですけど、若美さん、ボーッとして悲しい顔してる」
「してるか?」
「してます! さっきみたいに泣いちゃうんじゃないかって思いますってば」
「あれは……忘れろ」
「嫌です! あんなにドキドキしたの、生まれて初めてだったんですから!!」
「じゃあ、さ」
紘一の左胸に右手をあてると、とくんとくんと脈を打っている。
「今も相当ドキドキしてんの?」
「言わせないでくださいよ、ばかぁ……!」
目の前で照れているのは、彼ではなく『西目紘一』。出会ってから初めて、こいつを可愛いと思った瞬間だった。
階段を登った先には、海を見渡せる展望台が広がっていた。
「わぁ! すごーい……海、海きれーい!!」
予想通りと言うべきか、景色を見た紘一は瞳を輝かせながらはしゃいでいた。スマホを取り出し、何枚も何枚も写真を撮っている。そこまで喜ばれると、連れてきた甲斐があるもんだ。
ふと辺りにそびえ立つ樹を見上げてみれば、枝の先に薄ピンク色のつぼみが綻び始めている。もう数日すれば花は咲くだろう、そうぼんやりと考えていた。
カシャ
「何撮ってんだよ」
「桜と若美さんって絵になるなあ、と思って」
「なんじゃそりゃ」
「あ、せっかくなんでふたりで撮りましょうよ~! 海をバックに!!」
「はぁ」
若いテンションに流されるまま、ぐいぐいと引き寄せられる。身体を密着させた状態がスマホの画面に表示され、段々と恥ずかしくなってきた。こいつは計算しているのか、それとも無自覚なのか、はたまたジェネレーションギャップなのか。
「くっつかないとフレームに収まりませんよ?」
「そんなもんか」
「そうですよ! 若美さん、笑顔ですよ。にー! って」
「……にー」
無理矢理口角を上げてはみるものはの、酷くひきつった表情になっている。一方の紘一はというと、慣れているのか一番自信があると思われる顔を維持し、撮影ボタンを押した。
これはいわゆる自撮りってやつなのか。俺はした事はないけれど、彼がよく試行錯誤をしながら写真を撮っていたのを思い出す。
「むー……この角度じゃない。こう、かな? あ、うまく撮れた。見てくださいよ、カッコよく撮れてませんか?」
画像データなんかより、本物の方が良いんだけど。
その一言が言えていたら、今の俺はどうなっていたのだろうか。もしかしたら、彼の隣に立てていたのだろうか。やめだ、もしかしたらなんて考えていても、彼の気持ちは手に入らないのに。
「よっしゃ、若美さんとのツーショットゲット~」
今隣に居るやつを見てみれば、画像データを見てニコニコしている。
そんなに良いもんかね…腑抜けた表情をしている紘一の頬を指先でつついてみる。思っていたよりもやわらかい感触に、夢中になっている自分がいた。
紘一はくすぐったそうにしながら抗議の声をあげる。
「も~! 急にどうしたんですか」
「写真なんかより、本物の方が良くないか?」
「それってどういう……」
「こっち見ろ、って事」
両手で紘一の顔を包み、画面に注がれた視線を無理矢理こちらに向ける。至近距離でぶつかり合う視線。戸惑う表情は無視をして、更に顔を近付ける。唇を軽く重ね、嫌がる様子がないのを確認して、今度は深く口づけた。舌で歯列をなぞってやればそこは案外あっさりと開き、口内へと受け入れてくれる。
「ん、んんっ……っん!」
酸素を求めて離れようとする顔を阻止して、舌と舌を絡め合わせる。時々びくんと身体を跳ねさせているのは、拒絶反応からなのか、快感を感じているからなのか。俺は後者だと断定していた……嫌悪感を感じているのであれば、とっくに突き放しているはずだからだ。
時間にすれば数分にも満たないものだったが、今だけはゆっくりと時が進んでいる様に思えた。ちゅ、と音をたてながら唇を離せば、目の前には涙ぐんでいる紘一の顔。
「な? 本物の方がずっと良いだろ」
「わわわ、若美さん! 僕、男ですよ!?」
「そんなもん見りゃわかる」
「それに、好きな人がいるんじゃ……」
「ああ、いたよ。もう手に入らないけど。俺、さっき言わなかったか? お前が嫌な思い出を忘れさせてくれる? って」
「さっきのってこういう意味だったんですか!?」
「どういう意味だと思ってたんだ? 言ってみろよ」
耳許で低く囁いてみると、耳たぶがみるみる赤くなっていって面白い。ここまでわかりやすい反応を見せられると、加虐心がそそられるってもんだ。色付いた耳たぶを食んでやれば、ひゃ!という裏返った声があがる。
「その、一緒に町を歩いたり……」
「うん」
「一緒にきれいな、景色を見たり、してっ」
「それで?」
「そういうのが、新しい思い出になるんじゃないかなって……」
「青いな。大人の思い出は、そんなもんで上書きされねえよ」
「ふ……は、あっ……はぁ、はぁ……」
なぞる様に耳たぶから、顔の輪郭、そして首筋にまで舌を這わせれば、悶える声と乱れた吐息が聞こえる。ここまでされて意味がわからない程、こいつも子供じゃないだろう。とんっ、と胸を押してやれば、紘一は簡単に倒れ込み尻餅をつく。俺はそんな紘一の上に跨がった。
「それはお前の思い出だろ。紘一がこの町で思い出を作った様に、俺にも……思い出、作らせろよ」
「若美さん……んっ!」
今度は肩に手をかけ、押し倒す体勢をとる。
その気になれば抵抗出来るだろうに、こいつはそんな事をしない。芝生の上で身体を捩らせ、俺の出方を窺うだけ。
理由はわかってるが、敢えて問いただす。
「お前が一言『やめろ』って言えば、俺だってここまでしてない。どうして、拒否しない」
「そんなこと、できるわけないじゃないですか」
「……どうして?」
「だって、僕……若美さんのこと、好きになっちゃったから。拒否なんてできないし、したくないんです」
想像通りの答えが返ってきて、実際に出さないけれど、声を出して笑いたくなってきた。
押されれば好きになる、か。彼にもそう出来ていたなら、彼は俺を好きになってくれていたのだろうか。まただ、もしかしたらと考えても仕方ないのに。
「また、その顔」
「は?」
「出会ってちょっとしか経ってないですけど、若美さん、ボーッとして悲しい顔してる」
「してるか?」
「してます! さっきみたいに泣いちゃうんじゃないかって思いますってば」
「あれは……忘れろ」
「嫌です! あんなにドキドキしたの、生まれて初めてだったんですから!!」
「じゃあ、さ」
紘一の左胸に右手をあてると、とくんとくんと脈を打っている。
「今も相当ドキドキしてんの?」
「言わせないでくださいよ、ばかぁ……!」
目の前で照れているのは、彼ではなく『西目紘一』。出会ってから初めて、こいつを可愛いと思った瞬間だった。
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