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乱声
七拍・因果(伍)
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六条太政大臣殿の養女の、深草より来た姫君は、今回の騒動で初めて敏平の身の上を知った。
感じやすい、傷つきやすい年頃の姫君である。敏平の運命をとても気の毒に思い、同情していた。それと同時に、彼が身分ある人であることを知り、今までとは彼に対する考えが全く違うものになっていた。
それは態度にもあらわれる。
最近は常に敏平を近くに呼んで、親しくその話に聞き入る。そして、彼の過酷な運命に、涙の玉を落とすのだった。
その度に、敏平の胸は甘い感傷に痛む。そのちくりと刺さる感覚が、甘美でさえあった。
愛しい人の代わりとして愛された者──自分と同じ境遇であるこの姫君が、たまらなく愛しく感じる。自分と重なって見える。姫君は敏平自身だ。彼は手に入れたくなった。
世が世なら、この姫君を簡単に手に入れることができるのにと思えば、姫君も「婿君になっても不思議ではない御方」と、彼を見ているのだった。世の流れさえ変われば、婿となすべき人。
その日、姫君は敏平を呼んで、御簾越しとはいえ女房どもを交えず、親しくこう言った。
「お許し下さい。私は今まで、御身にひそかに心惹かれながら、無礼な人だとも思って、非難がましい心をも抱いていたのです。己が養女であるとも忘れて、高慢でした。御身が貴人であることを知らなかったとはいえ。思えば、貴人であることを隠し、賤しい者として生きていらしたその屈辱は、相当なものだったでしょう。それを私に、賤しい者と扱われ、さぞかしお腹立ちだったことでしょう。たかが養女ふぜいがというお気持ちを抱かれた筈です。その気持ちを抑え、いつもやさしく接して下さったのに、私としたことが……。本当は御身に好意を持っていたのに」
敏平は感激した。喜色満面で答えた。
「私は自らの意思で卑人となっていたのです。己の命可愛さ故に、誇りも捨てて。ただ命だけ惜しくて。姫君がご不快に思われて、当然の男です。私は卑人に落ちて生きて参りました。どんなに姫君をお慕いしようとも、賤人と姫君では許される筈がありません。姫君の御思いは道理に適うことです。謝ったりなさらないで下さい」
敏平はその思い通じた喜びに浸った。姫君もまたこの男こそと確信していた。
その頃、六条太政大臣殿は参内して今上に謁していた。
今上は宝算二十六。もう立派だ。しかし、父院の御意には敵わぬところがある。それでも、今、太政大臣殿が頼りとするのはこの君をおいて他にはない。
新院は今、太政大臣殿の姿を見ただけで乱心するだろう。時憲処刑でいくらか静かになったとはいえ、怒りの度合いが減ったというわけではない。
太政大臣殿には女院をはじめ、女御(棟子)、その養い親である准后常子(ときわこ)、本院などの強い味方があるが、これらの人々の口添えがあっても、新院の怒りを鎮めることはできそうにない。
なんとか今上に頑張ってもらうしかないのだが……
「散位(さんに)敏平事。何卒彼の命お救い下さい」
と、自分の助命は請わず、敏平のことばかりお願いするのである。今は静かな新院だが、すぐにも思い出したように、敏平の命を奪おうとするだろうと。
今上はそんな太政大臣殿の姿にただただ胸を痛め、
「どうしてそこまで敏平のことを助けたいのか?」
と、尋ねる。
太政大臣殿、謹んで奏上する。
「敏平は現し人ながら、この国の宝です。かつて七絃の琴は隆盛していたと申しますが、今は衰退して、その灯は明日にも消えようとしています。そのような状況で、唯一血脉を許されたる敏平です。彼が存在する限り、琴の灯火は燃え続けますが、彼がいなくなれば、その火は消えてしまいます。この世から琴という一個の芸能が消えてしまうのです。古く唐より渡り来て、数百年の歴史を守り続けた一つの芸術が、この地上から消えてなくなるなぞ、あってはならないことです。棟成が命消えようとも、棟成のかわりの公卿はいくらでもおります。されど、敏平の代わりはおりません」
「ああ、棟成の代わりもあろう筈もない」
今上はそう言って、改めて院の怒り覚悟でこう言った。
「家名を復興させることは難しいが、敏平一人のことは不問にする。また、棟成が天下第一の能臣であることは明らかである」
敏平不問という今上の宣言に対し、院は忘れていた怒りを思い出し、
「主上の優柔不断を改めさせ、躾るためである」
と、検非違使別当に直接命じて、五条刀自と目々女を暗殺してしまった。
刀自は先日来の厳しい拷問で衰弱していたので、ついに死んだかと、誰もその死を怪しまなかった。だが、世間には自然に死んだと信じ込ませておいて、後で新院はひそかに今上に別当を遣り、脅迫した。
使者の別当、新院の御意を奏する。
「五条の刀自は、院のご内意により、私めが暗殺致しました。主上には何卒、誤りを遊ばさず、正しき判断を遊ばしますよう。奸臣には耳を傾けず……」
別当はまだ何かしゃべっているが、今上はそれを聞いているふりして、思案する。
つまり、敏平を不問にすれば、敏平は暗殺されるということか。死罪、無罪、どちらにしても、敏平は死ぬ。そればかりか六条太政大臣も。
「黙れっ!」
突然大喝を食らわせた。
突然の雷鳴のような逆鱗に、別当は驚いて口を噤んだ。いつも穏やかな今上には珍しい。
「無礼な奴め。これ以上無駄口をたたいたら、別当の職を解くぞ!」
やはり親子か。新院その人みたいな今上の眦に、別当は反射的に縮みあがって、おののいてしまった。
「奸臣とは貴様のことを言うのだ!」
龍顔から湯気が出ている。
「朕を何者と心得るか。朕は天子、この国の治天は朕ぞっ!院は退位された身。朕をさしおいて、院の御意に従いたるをこそ、不忠というなれ。朕の発言が絶対でないこの国は間違っている。朕の発言に耳を貸さず、院の横槍に従う不忠者ばかりが巣くう国だ。この国が誤った道を歩むことになったは、こうした不忠者どもがそのようにつくったるが故だ」
おとなしいとたかをくくっていた今上からの思わぬ反撃に、別当は平伏した。
「そもそも、院は何でそこまで敏平処刑に拘られるのか不思議だ。実は時憲の戯言の方が真実で、真実烏丸左府の悪行だったのではないかと思えてくる。それが明らかになれば、それを見抜けなかった院の落ち度となる。だから、真実が明るみに出るのを恐れておわすのではないかと、疑いたくなるぞ。いや、それどころか、その悪事におぬしも加わっておったのであろう。それで、あらぬことを院に吹聴し、院の御眼を曇らせている、そうだ、おぬしこそが諸悪の源だ。院を惑わす姦夫め!」
怒鳴られて、別当は逃げるように冷泉院に戻ってきた。それを新院も驚く。
「この分では院の玉体を幽閉し、院司どもを解官にすると仰せになりかねませぬ」
恐れに身を震えさせて啓す別当だが、院は遠い眼をした。昔もこんなことがあったと、懐古しているのであろうか。
女院はこのことを知り、またまた今上へ苦言する。
「院を怒らせてはならないと申し上げましたでしょう。少しは母の苦労も知って下さい。親への孝行と思し召して……」
半分泣き言であった。
今上はさすがに親子とはいえ、父院とは違うので、夜になって冷静になってみると、昼間の仰せ言が院への宣戦布告であったと知る。まずいと後悔した。このままでは、かつての四辻事件の時のように、大きな政変が起きるかもしれない。おびただしい解官者。血の雨が降るかも……
一晩考えた末、翌日、今上は宣じた。
「前天台座主を土佐に、散位敏平を伊豆に流す。太政大臣、ならびに子息権大納言は、これを匿った罪により解官、除籍処分とする。中納言家名らには連座の疑い見られぬ故、処分に及ばず。太政大臣父子のみの処分とする」
悩んだ末の中間策だった。
さらに、五条の刀自の姪・六条太政大臣家讃岐に洛外追放の沙汰があり、前の戦の戦功者へ補任(ぶにん)があった。彼等は戦の最中にも任官されていたが、今回新たに戦功に応じた位と職を賜ったのであった。
将軍上野殿は刑部(ぎょうぶ)卿に。
三河介はいきなり四位の諸大夫となった。
若狭介遠貞は検非違使左衛門尉となっていたのだが、彼は絶大な人気があった。どんな負戦にもめげず、最後まで粘り続けた根性を、源宰相に気に入られた。この宰相は本院の同腹の弟宮の孫で、初め王であったが源姓を賜って臣籍に下った貴人だった。その貴人が、何と遠貞を婿とったのであった。まだ十三歳の娘の婿に無理に迎える程、宰相は彼を気に入っていたのである。その推挙によって、今回蔵人の尉となった。つまり、内殿上人となったのである。
大蔵卿は正三位参議になった。
長国は前に叙爵していたが、今回右馬権頭に任じられた。
讃岐民部大夫は正五位下となっていたが、二人を越えて民部権大輔となり、関東水軍長行の没官領の一部を拝領していたのを、新院に寄進したとかで、最近院殿上人になったという。この人、しばらく後には少弐に昇進することになるのである。相当やり手である。
備後鞆の近世ら各地の豪族も、それぞれ所領や位を賜ったのであった。
当然、房清も叙爵したのだが、彼は出家して、任官は辞退したのであった。
だが、これだけでは新院を満足させることはできなかった。
「手ぬるいなあ、主上は」
そう言って、五条の刀自の遺産を全て召し上げて、その縁者に家業を継がせることを禁じた。そして、その莫大な遺領、財産の権利は全て院の御領となったのだった。
さらに、
「罪人敏平の所有物も全て召し上げよ。奴は国の宝とすべき貴重な琴、譜、書の類を数多持っている。呉楚流並びに南唐流秘伝の宝物を召し上げ、宮中の宝とせよ」
と院庁下文(くだしぶみ)により、六条西洞院第、嵯峨別第、五条刀自邸に役人の手が入った。
そして、敏平が所有する開元無銘雷氏琴、文王、月琴以下、数々の名器が没収されてしまったのだった。
だが、それでさばさばしたのか、あるいは今上への遠慮なのか、そこまでやると、院はそれ以上のことをしようとはしなかった。敏平や太政大臣殿の命までは奪わない。
どうにか最悪の事態は避けられたのだ。
今上はほっと胸なで下ろした。
六条太政大臣殿と権大納言殿は一応解官、除籍となったのだが、暫く後には本官に復職することになる。今上は太政大臣解官の間、その席は空けておいた。そして、権大納言の人数も補充しなかった。
感じやすい、傷つきやすい年頃の姫君である。敏平の運命をとても気の毒に思い、同情していた。それと同時に、彼が身分ある人であることを知り、今までとは彼に対する考えが全く違うものになっていた。
それは態度にもあらわれる。
最近は常に敏平を近くに呼んで、親しくその話に聞き入る。そして、彼の過酷な運命に、涙の玉を落とすのだった。
その度に、敏平の胸は甘い感傷に痛む。そのちくりと刺さる感覚が、甘美でさえあった。
愛しい人の代わりとして愛された者──自分と同じ境遇であるこの姫君が、たまらなく愛しく感じる。自分と重なって見える。姫君は敏平自身だ。彼は手に入れたくなった。
世が世なら、この姫君を簡単に手に入れることができるのにと思えば、姫君も「婿君になっても不思議ではない御方」と、彼を見ているのだった。世の流れさえ変われば、婿となすべき人。
その日、姫君は敏平を呼んで、御簾越しとはいえ女房どもを交えず、親しくこう言った。
「お許し下さい。私は今まで、御身にひそかに心惹かれながら、無礼な人だとも思って、非難がましい心をも抱いていたのです。己が養女であるとも忘れて、高慢でした。御身が貴人であることを知らなかったとはいえ。思えば、貴人であることを隠し、賤しい者として生きていらしたその屈辱は、相当なものだったでしょう。それを私に、賤しい者と扱われ、さぞかしお腹立ちだったことでしょう。たかが養女ふぜいがというお気持ちを抱かれた筈です。その気持ちを抑え、いつもやさしく接して下さったのに、私としたことが……。本当は御身に好意を持っていたのに」
敏平は感激した。喜色満面で答えた。
「私は自らの意思で卑人となっていたのです。己の命可愛さ故に、誇りも捨てて。ただ命だけ惜しくて。姫君がご不快に思われて、当然の男です。私は卑人に落ちて生きて参りました。どんなに姫君をお慕いしようとも、賤人と姫君では許される筈がありません。姫君の御思いは道理に適うことです。謝ったりなさらないで下さい」
敏平はその思い通じた喜びに浸った。姫君もまたこの男こそと確信していた。
その頃、六条太政大臣殿は参内して今上に謁していた。
今上は宝算二十六。もう立派だ。しかし、父院の御意には敵わぬところがある。それでも、今、太政大臣殿が頼りとするのはこの君をおいて他にはない。
新院は今、太政大臣殿の姿を見ただけで乱心するだろう。時憲処刑でいくらか静かになったとはいえ、怒りの度合いが減ったというわけではない。
太政大臣殿には女院をはじめ、女御(棟子)、その養い親である准后常子(ときわこ)、本院などの強い味方があるが、これらの人々の口添えがあっても、新院の怒りを鎮めることはできそうにない。
なんとか今上に頑張ってもらうしかないのだが……
「散位(さんに)敏平事。何卒彼の命お救い下さい」
と、自分の助命は請わず、敏平のことばかりお願いするのである。今は静かな新院だが、すぐにも思い出したように、敏平の命を奪おうとするだろうと。
今上はそんな太政大臣殿の姿にただただ胸を痛め、
「どうしてそこまで敏平のことを助けたいのか?」
と、尋ねる。
太政大臣殿、謹んで奏上する。
「敏平は現し人ながら、この国の宝です。かつて七絃の琴は隆盛していたと申しますが、今は衰退して、その灯は明日にも消えようとしています。そのような状況で、唯一血脉を許されたる敏平です。彼が存在する限り、琴の灯火は燃え続けますが、彼がいなくなれば、その火は消えてしまいます。この世から琴という一個の芸能が消えてしまうのです。古く唐より渡り来て、数百年の歴史を守り続けた一つの芸術が、この地上から消えてなくなるなぞ、あってはならないことです。棟成が命消えようとも、棟成のかわりの公卿はいくらでもおります。されど、敏平の代わりはおりません」
「ああ、棟成の代わりもあろう筈もない」
今上はそう言って、改めて院の怒り覚悟でこう言った。
「家名を復興させることは難しいが、敏平一人のことは不問にする。また、棟成が天下第一の能臣であることは明らかである」
敏平不問という今上の宣言に対し、院は忘れていた怒りを思い出し、
「主上の優柔不断を改めさせ、躾るためである」
と、検非違使別当に直接命じて、五条刀自と目々女を暗殺してしまった。
刀自は先日来の厳しい拷問で衰弱していたので、ついに死んだかと、誰もその死を怪しまなかった。だが、世間には自然に死んだと信じ込ませておいて、後で新院はひそかに今上に別当を遣り、脅迫した。
使者の別当、新院の御意を奏する。
「五条の刀自は、院のご内意により、私めが暗殺致しました。主上には何卒、誤りを遊ばさず、正しき判断を遊ばしますよう。奸臣には耳を傾けず……」
別当はまだ何かしゃべっているが、今上はそれを聞いているふりして、思案する。
つまり、敏平を不問にすれば、敏平は暗殺されるということか。死罪、無罪、どちらにしても、敏平は死ぬ。そればかりか六条太政大臣も。
「黙れっ!」
突然大喝を食らわせた。
突然の雷鳴のような逆鱗に、別当は驚いて口を噤んだ。いつも穏やかな今上には珍しい。
「無礼な奴め。これ以上無駄口をたたいたら、別当の職を解くぞ!」
やはり親子か。新院その人みたいな今上の眦に、別当は反射的に縮みあがって、おののいてしまった。
「奸臣とは貴様のことを言うのだ!」
龍顔から湯気が出ている。
「朕を何者と心得るか。朕は天子、この国の治天は朕ぞっ!院は退位された身。朕をさしおいて、院の御意に従いたるをこそ、不忠というなれ。朕の発言が絶対でないこの国は間違っている。朕の発言に耳を貸さず、院の横槍に従う不忠者ばかりが巣くう国だ。この国が誤った道を歩むことになったは、こうした不忠者どもがそのようにつくったるが故だ」
おとなしいとたかをくくっていた今上からの思わぬ反撃に、別当は平伏した。
「そもそも、院は何でそこまで敏平処刑に拘られるのか不思議だ。実は時憲の戯言の方が真実で、真実烏丸左府の悪行だったのではないかと思えてくる。それが明らかになれば、それを見抜けなかった院の落ち度となる。だから、真実が明るみに出るのを恐れておわすのではないかと、疑いたくなるぞ。いや、それどころか、その悪事におぬしも加わっておったのであろう。それで、あらぬことを院に吹聴し、院の御眼を曇らせている、そうだ、おぬしこそが諸悪の源だ。院を惑わす姦夫め!」
怒鳴られて、別当は逃げるように冷泉院に戻ってきた。それを新院も驚く。
「この分では院の玉体を幽閉し、院司どもを解官にすると仰せになりかねませぬ」
恐れに身を震えさせて啓す別当だが、院は遠い眼をした。昔もこんなことがあったと、懐古しているのであろうか。
女院はこのことを知り、またまた今上へ苦言する。
「院を怒らせてはならないと申し上げましたでしょう。少しは母の苦労も知って下さい。親への孝行と思し召して……」
半分泣き言であった。
今上はさすがに親子とはいえ、父院とは違うので、夜になって冷静になってみると、昼間の仰せ言が院への宣戦布告であったと知る。まずいと後悔した。このままでは、かつての四辻事件の時のように、大きな政変が起きるかもしれない。おびただしい解官者。血の雨が降るかも……
一晩考えた末、翌日、今上は宣じた。
「前天台座主を土佐に、散位敏平を伊豆に流す。太政大臣、ならびに子息権大納言は、これを匿った罪により解官、除籍処分とする。中納言家名らには連座の疑い見られぬ故、処分に及ばず。太政大臣父子のみの処分とする」
悩んだ末の中間策だった。
さらに、五条の刀自の姪・六条太政大臣家讃岐に洛外追放の沙汰があり、前の戦の戦功者へ補任(ぶにん)があった。彼等は戦の最中にも任官されていたが、今回新たに戦功に応じた位と職を賜ったのであった。
将軍上野殿は刑部(ぎょうぶ)卿に。
三河介はいきなり四位の諸大夫となった。
若狭介遠貞は検非違使左衛門尉となっていたのだが、彼は絶大な人気があった。どんな負戦にもめげず、最後まで粘り続けた根性を、源宰相に気に入られた。この宰相は本院の同腹の弟宮の孫で、初め王であったが源姓を賜って臣籍に下った貴人だった。その貴人が、何と遠貞を婿とったのであった。まだ十三歳の娘の婿に無理に迎える程、宰相は彼を気に入っていたのである。その推挙によって、今回蔵人の尉となった。つまり、内殿上人となったのである。
大蔵卿は正三位参議になった。
長国は前に叙爵していたが、今回右馬権頭に任じられた。
讃岐民部大夫は正五位下となっていたが、二人を越えて民部権大輔となり、関東水軍長行の没官領の一部を拝領していたのを、新院に寄進したとかで、最近院殿上人になったという。この人、しばらく後には少弐に昇進することになるのである。相当やり手である。
備後鞆の近世ら各地の豪族も、それぞれ所領や位を賜ったのであった。
当然、房清も叙爵したのだが、彼は出家して、任官は辞退したのであった。
だが、これだけでは新院を満足させることはできなかった。
「手ぬるいなあ、主上は」
そう言って、五条の刀自の遺産を全て召し上げて、その縁者に家業を継がせることを禁じた。そして、その莫大な遺領、財産の権利は全て院の御領となったのだった。
さらに、
「罪人敏平の所有物も全て召し上げよ。奴は国の宝とすべき貴重な琴、譜、書の類を数多持っている。呉楚流並びに南唐流秘伝の宝物を召し上げ、宮中の宝とせよ」
と院庁下文(くだしぶみ)により、六条西洞院第、嵯峨別第、五条刀自邸に役人の手が入った。
そして、敏平が所有する開元無銘雷氏琴、文王、月琴以下、数々の名器が没収されてしまったのだった。
だが、それでさばさばしたのか、あるいは今上への遠慮なのか、そこまでやると、院はそれ以上のことをしようとはしなかった。敏平や太政大臣殿の命までは奪わない。
どうにか最悪の事態は避けられたのだ。
今上はほっと胸なで下ろした。
六条太政大臣殿と権大納言殿は一応解官、除籍となったのだが、暫く後には本官に復職することになる。今上は太政大臣解官の間、その席は空けておいた。そして、権大納言の人数も補充しなかった。
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