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後序
一拍・石山寺詣り(壱)
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九十がらみの老人が、範久(のりひさ)に語った恋物語を、彼は今でも覚えている。あの時、範久は四つか五つだったか。それでも忘れられない物語。幼い彼の情操に、うっとりと訴えかけた、美しい物語。
あの老人は、その物語をした暫く後、亡くなった。
その日まで健やかで、美味しく夕食を平らげ、眠った。そのまま目を覚まさず逝った。幸せそうな、眠っているような顔だった。
その老人の物語を思い出す。満開の桜を眺めながら。
それは、透き通る清らかな湧き水。
一人の少年が、老人を連れてそこを通りかかり……行き倒れている少女を拾った。行きずりの、初めて会う少女だった。
意識のない彼女に、少年は水を飲ませて介抱した。
老人の眼には、瞼を閉じたままの少女は、とてつもなく美しいものに映った。
少年は彼女に一目で心を奪われたから、彼女を助けたのだろうか。いや、彼女が屈強な侍でも、彼は助けたに違いない。
だが、彼女は美しかった。それは運命だったのだ。
少年と少女の恋の物語のための、天の用意した彼女の美。
その数ヶ月後、二人は再会する。敵として……
瞼を開けている彼女は、想像した通り美しかった。
少年は敗れた少女を生け捕りにした。
勝者の少年と捕虜の少女の恋。それは思うようには行かず、障害だらけ。
しかし、少年の家と少女の家は敵対したまま、二人は結ばれた。障害を乗り越えて。
二人の恋を、側でいつも見ていた老人。
そのぼそぼそとした語り口でも、幼い範久はうっとりさせられた。
この満開の桜は、昔、その少女のものだった。この邸も。
「貴(あて)姫君……か」
自分にとっての貴姫君も、いつか現れるだろうか。
範久は、一度でよいから、その祖母に当たる人に逢ってみたかった。
祖父と祖母の恋物語。いつかそんな恋を、そんな恋人とめぐり逢いたい。
俊幸(としゆき)翁は範久にその話を聞かせて、暫く後に亡くなった。あれから六、七年は経つか。
範久はその後、僅か八歳で元服した。いきなり四位だった。今は十二歳。三位中将である。
父・家宣(いえのぶ)公のただ一人の子として、鍾愛される才子。
ふと、貴姫君の山桜の巨木の前に、可愛らしい女童(めのわらわ)が現れた。あれは確か、姫御前尼の女童だ。
貴姫君もあんな感じの少女だったのかしらと思う。
女童は、山桜の垂れ下がる枝を前に困惑している様子である。枝に触れるが、首をやや傾げて、そのまま立ち尽くしている。
範久は近寄って行って、女童に話しかけた。
「どうしたの?」
桜の花びらによく似た、範久の頬の色。
「若君……」
女童は慌てた。
「どうした?その枝が欲しいの?」
「え、ええ。姫御前尼公がご所望で……」
一枝折ってくるように言われて。でも、どう折ったものか。
その時、そこの対の屋の御簾内で、
「姫君」
と、呼びかける声がした。
庭の様を眺めていた調(つき)姫君は振り返って、声をかけた人の唇に、慌てて自分の白い人差し指を当てがう。そして、声は立てずに、
「しいっ!」
と、注意した。
指を当てられた家宣公はちょっと驚いて、彼女の明眸を見つめる。その眼に強く、頷いてみせ、調姫君はゆっくり指を離した。
唇が自由になった途端に、「何事?」と言いそうな家宣公に、また慌てて彼女は彼の胸に手を押し当てる。眼で制止して、首を横に振った。けれど、どこか楽しそうな、おかしそうな、そんな笑みをその花顔に紛らせている。
家宣公はその顔に、「何?」と、眼で尋ねた。
調姫君は艶やかな笑顔を見せ、胸から手を離すと、その手を彼の腕に回し、御簾のすぐ側まで引っ張る。そして、眼で、庭を見るよう促した。
家宣公も庭の巨木の下を見る。
まだ幼さの残る範久が、不意に懐から小刀を取り出した。すっと抜くと、桜の特に見事な一枝を切る。
切った枝を口にくわえ、小刀をしまう。そして、その枝を口から外し、手に持つと、女童に差し出した。
女童はぺこっと焦りつつ頭を下げると、両手に捧げ持ち、そそくさと去って行った。
範久はなお名残惜しそうに、女童の背中を見送っている。
笑顔のまま、調姫君は溜め息をついた。そして、御簾から離れ、奥に入ると家宣公に、
「さすが親子ですわ。やることが同じ」
と、くすりと笑った。
家宣公、苦笑い。
調姫君はくすくす笑っている。まだ初々しく、少女のような女人である。
彼女の両親。信時朝臣と貴姫君が、範久が幼い日に聞いた恋物語の主人公達である。
信時朝臣は今でも都人からの人気が高い。賊の侵入から都を守った英雄として、今でももてはやされている。
その三人の遺児達の動向には、都の人々も興味津々らしい。
特に都に唯一住んでいる調姫君は、注目の的であった。彼女も父同様の人気者である。
ところで、調姫君の二人の兄は、今はどうしているのか。
長兄の時実(ときざね)は北の王者として、見事に東国を纏めている。今は特に、上野殿と呼ばれることもなければ、法化党という組織もない。総てが時実のもの、その支配下にあった。
時実は都と関東とを行き来している。どうしても、関東にいることの方が多いが、しばしば上洛もしていて、長い時は一年近く在京していることもある。
次兄の信俊(のぶとし)は、今は法化の琴と共に四天王寺にいた。得度したのだ。ここで出世している。そして、伯父の時有(ときあり)も一緒に四天王寺にいた。
信俊は楽理に秀でる。幼少より七絃七賢の伊賀守為長の著書を、読み親しんでいたから。
信俊の楽理は本当に素晴らしいので、彼は四天王寺の重代の楽人達の指導も任されていた。教えるものは楽理ばかりでなく、琴(キン)も含まれていた。
信俊は調姫君ほどには弾けないが、僅かな心得はある。
信俊の楽理は長く、楽家や法師数寄者に受け継がれることとなる。また、琴はこの国で最後まで行われることになる。たどたどしい技の継承だが。細々としたもので、都人には忘れ去られた継承ではあるが。
法化の琴とともに、弾琴法は、永らく四天王寺に秘伝されることになるのである。
さて、英雄・信時朝臣の遺児達は、それぞれが幸せに、立派になったので、改めて人々は信時の早い死を惜しんだ。あと少し長く生きていたら、信時もこの幸せを知ることができたであろうに。
しかし、それを聞いて、一人だけ、
「いや、あの時、仮に信時が討ち死にしなかったとしても、今まで生きていることはなかった」
と、密かに述べる人があった。
それは、もし生きていたら、刺客を遣って、信時を必ず殺していたからである。
人々の信時への敬愛に、そうやって密かに反論するのは、親成(ちかなり・初名頼周)公だった。
「何れにせよ、奴はとっくに死んでいた筈だ」
そう言うこの大臣(おとど)は、相変わらず妹の清花(さやはな)の姫君が亡くなったのは、信時のせいだと思っている。仇なのだ。
調姫君も、まさか自慢の父が、誰かに恨まれているとは知るまい。父を憎んでいる人が存在することを、想像したこともない筈だ。
ともかく、そのような理由で親成公は、山桜の邸とは一切関わらずに今まできた。
そして、それを敏平(としひら)朝臣にまで強制していた。
「信時の娘とは関わるな!」
強くそう言われて。
敏平朝臣もそれを守った。故に、敏平朝臣は調姫君に琴を教えたことがない。
あの老人は、その物語をした暫く後、亡くなった。
その日まで健やかで、美味しく夕食を平らげ、眠った。そのまま目を覚まさず逝った。幸せそうな、眠っているような顔だった。
その老人の物語を思い出す。満開の桜を眺めながら。
それは、透き通る清らかな湧き水。
一人の少年が、老人を連れてそこを通りかかり……行き倒れている少女を拾った。行きずりの、初めて会う少女だった。
意識のない彼女に、少年は水を飲ませて介抱した。
老人の眼には、瞼を閉じたままの少女は、とてつもなく美しいものに映った。
少年は彼女に一目で心を奪われたから、彼女を助けたのだろうか。いや、彼女が屈強な侍でも、彼は助けたに違いない。
だが、彼女は美しかった。それは運命だったのだ。
少年と少女の恋の物語のための、天の用意した彼女の美。
その数ヶ月後、二人は再会する。敵として……
瞼を開けている彼女は、想像した通り美しかった。
少年は敗れた少女を生け捕りにした。
勝者の少年と捕虜の少女の恋。それは思うようには行かず、障害だらけ。
しかし、少年の家と少女の家は敵対したまま、二人は結ばれた。障害を乗り越えて。
二人の恋を、側でいつも見ていた老人。
そのぼそぼそとした語り口でも、幼い範久はうっとりさせられた。
この満開の桜は、昔、その少女のものだった。この邸も。
「貴(あて)姫君……か」
自分にとっての貴姫君も、いつか現れるだろうか。
範久は、一度でよいから、その祖母に当たる人に逢ってみたかった。
祖父と祖母の恋物語。いつかそんな恋を、そんな恋人とめぐり逢いたい。
俊幸(としゆき)翁は範久にその話を聞かせて、暫く後に亡くなった。あれから六、七年は経つか。
範久はその後、僅か八歳で元服した。いきなり四位だった。今は十二歳。三位中将である。
父・家宣(いえのぶ)公のただ一人の子として、鍾愛される才子。
ふと、貴姫君の山桜の巨木の前に、可愛らしい女童(めのわらわ)が現れた。あれは確か、姫御前尼の女童だ。
貴姫君もあんな感じの少女だったのかしらと思う。
女童は、山桜の垂れ下がる枝を前に困惑している様子である。枝に触れるが、首をやや傾げて、そのまま立ち尽くしている。
範久は近寄って行って、女童に話しかけた。
「どうしたの?」
桜の花びらによく似た、範久の頬の色。
「若君……」
女童は慌てた。
「どうした?その枝が欲しいの?」
「え、ええ。姫御前尼公がご所望で……」
一枝折ってくるように言われて。でも、どう折ったものか。
その時、そこの対の屋の御簾内で、
「姫君」
と、呼びかける声がした。
庭の様を眺めていた調(つき)姫君は振り返って、声をかけた人の唇に、慌てて自分の白い人差し指を当てがう。そして、声は立てずに、
「しいっ!」
と、注意した。
指を当てられた家宣公はちょっと驚いて、彼女の明眸を見つめる。その眼に強く、頷いてみせ、調姫君はゆっくり指を離した。
唇が自由になった途端に、「何事?」と言いそうな家宣公に、また慌てて彼女は彼の胸に手を押し当てる。眼で制止して、首を横に振った。けれど、どこか楽しそうな、おかしそうな、そんな笑みをその花顔に紛らせている。
家宣公はその顔に、「何?」と、眼で尋ねた。
調姫君は艶やかな笑顔を見せ、胸から手を離すと、その手を彼の腕に回し、御簾のすぐ側まで引っ張る。そして、眼で、庭を見るよう促した。
家宣公も庭の巨木の下を見る。
まだ幼さの残る範久が、不意に懐から小刀を取り出した。すっと抜くと、桜の特に見事な一枝を切る。
切った枝を口にくわえ、小刀をしまう。そして、その枝を口から外し、手に持つと、女童に差し出した。
女童はぺこっと焦りつつ頭を下げると、両手に捧げ持ち、そそくさと去って行った。
範久はなお名残惜しそうに、女童の背中を見送っている。
笑顔のまま、調姫君は溜め息をついた。そして、御簾から離れ、奥に入ると家宣公に、
「さすが親子ですわ。やることが同じ」
と、くすりと笑った。
家宣公、苦笑い。
調姫君はくすくす笑っている。まだ初々しく、少女のような女人である。
彼女の両親。信時朝臣と貴姫君が、範久が幼い日に聞いた恋物語の主人公達である。
信時朝臣は今でも都人からの人気が高い。賊の侵入から都を守った英雄として、今でももてはやされている。
その三人の遺児達の動向には、都の人々も興味津々らしい。
特に都に唯一住んでいる調姫君は、注目の的であった。彼女も父同様の人気者である。
ところで、調姫君の二人の兄は、今はどうしているのか。
長兄の時実(ときざね)は北の王者として、見事に東国を纏めている。今は特に、上野殿と呼ばれることもなければ、法化党という組織もない。総てが時実のもの、その支配下にあった。
時実は都と関東とを行き来している。どうしても、関東にいることの方が多いが、しばしば上洛もしていて、長い時は一年近く在京していることもある。
次兄の信俊(のぶとし)は、今は法化の琴と共に四天王寺にいた。得度したのだ。ここで出世している。そして、伯父の時有(ときあり)も一緒に四天王寺にいた。
信俊は楽理に秀でる。幼少より七絃七賢の伊賀守為長の著書を、読み親しんでいたから。
信俊の楽理は本当に素晴らしいので、彼は四天王寺の重代の楽人達の指導も任されていた。教えるものは楽理ばかりでなく、琴(キン)も含まれていた。
信俊は調姫君ほどには弾けないが、僅かな心得はある。
信俊の楽理は長く、楽家や法師数寄者に受け継がれることとなる。また、琴はこの国で最後まで行われることになる。たどたどしい技の継承だが。細々としたもので、都人には忘れ去られた継承ではあるが。
法化の琴とともに、弾琴法は、永らく四天王寺に秘伝されることになるのである。
さて、英雄・信時朝臣の遺児達は、それぞれが幸せに、立派になったので、改めて人々は信時の早い死を惜しんだ。あと少し長く生きていたら、信時もこの幸せを知ることができたであろうに。
しかし、それを聞いて、一人だけ、
「いや、あの時、仮に信時が討ち死にしなかったとしても、今まで生きていることはなかった」
と、密かに述べる人があった。
それは、もし生きていたら、刺客を遣って、信時を必ず殺していたからである。
人々の信時への敬愛に、そうやって密かに反論するのは、親成(ちかなり・初名頼周)公だった。
「何れにせよ、奴はとっくに死んでいた筈だ」
そう言うこの大臣(おとど)は、相変わらず妹の清花(さやはな)の姫君が亡くなったのは、信時のせいだと思っている。仇なのだ。
調姫君も、まさか自慢の父が、誰かに恨まれているとは知るまい。父を憎んでいる人が存在することを、想像したこともない筈だ。
ともかく、そのような理由で親成公は、山桜の邸とは一切関わらずに今まできた。
そして、それを敏平(としひら)朝臣にまで強制していた。
「信時の娘とは関わるな!」
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