七絃灌頂血脉──琴の琴ものがたり

国香

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後序

六拍・畜生道(上)

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 深草の君が都に帰った頃、敏平の弟子の検非違使別当公季卿の身には、変化が起きていた。

 彼はなり手のなかった院別当にもなっていたのだが、そのことが、思いもかけず六条大禅門に気に入られたのである。

 思えば、院別当のなり手がなかったのは、院が別当に敏平朝臣を任じ、同時に家名卿をもそれに任じようとしたからである。家名卿は娘の今出川殿が可愛い余り、娘を裏切って若い愛妾のもとに入り浸っているという敏平が許せなかった。それで、あんな奴と一緒に仕事なぞできるかと、院の御意を無視して出家してしまったのである。

 家名卿がそこまでして辞退した別当職である。引き受けるのは気がひける。いくら六条大禅門やその弟の家名卿の権勢は衰え始めたとはいえ、なおまだ大きな影響力はあるのだし、その彼等に睨まれるのは恐ろしい。貴族達は皆、別当を固辞して引き受けなかった。

 そのような中、公季卿が勇気を持って、別当となった。

 で、大禅門。怒るのかと思いきや、かえって、

「さすがは検非違使別当に定められるだけの器量ではある。見甲斐のある男よ。その勇気、惚れ惚れした。我等兄弟を怖れる弱腰の馬鹿どもとは違う」

と褒めた。

 そして、公季卿が家名の娘・木綿四手(ゆうしで)と恋仲と知ると、大禅門は家名に、

「あんな大胆不敵な不敬な男は二人といない。婿にしないでどうする。よそに奪われたら、勿体無い。せっかくおことの娘と恋仲になってくれたのに。逃がすな、婿にせよ。確かに敏平の奴めの弟子だがな。そんな小さなことに拘るな。再婚同士なのに、親が敏平の弟子だから許さぬなぞと騒いで反対したら、器量の小さいことよと笑われる。だが、逆に公季卿を認めれば、おことの評価は上がるだろうて」

と言って、公季卿と木綿四手との仲を取り持ったのであった。

 それで、最近、公季卿は木綿四手の婿となっていたのだ。

 木綿四手は宮中を辞して、家名卿の別宅に住み、公季卿との新婚生活を始めた。そして、夫妻はしばしば家名卿の左女牛の本宅へ遊びに行っていた。

 左女牛の邸には、今出川殿や百合花もいる。

 たまたま百合花を庭で見かけることもあった。父を思っているのか、公季卿が見かける時の百合花は、いつも泣きべそをかいているようだ。

 その姿を見かけた日の夜、疲れているのだろう、公季卿は熱を出した。その夢に現れたのは、敏平の顔、家名の顔、自分の顔、百合花の顔……。皆がそれぞれ怒った顔をしていた。

 うなされて飛び起きて。闇の中、敏平を思った。

 敏平はなおまだ逢坂にいる。

 愛妾のもとに入り浸っているという。そのことで、妻の今出川殿には捨てられた。長年の庇護者であった大禅門にさえ絶交された。

 しかし、公季卿には敏平出奔の原因が、その年若い女とはどうしても思えなかった。他にもっと重要な理由がある筈だ。そのために、都にはいられなくて、たまたまその女の所に身を寄せているのではないか。

 公季卿にはわかる。

 敏平出奔の真の理由は粟田口尼にあると。

 院が愛している洛神図。それは、院の御父・先々帝を暗殺した粟田口尼の所有物だった。

 その洛神図。敏平は、呉楚派伝来の洛神図ではないかと考えていた。

 呉楚派の洛神図は韶徳三位殿に伝えられていた。あの呪詛事件で三位殿が捕らえられた時、没収された筈であった。そして、宮中に納められている筈だった。しかし、宮中にはなかった。

 敏平は、その宮中にあるべき呉楚派の洛神図こそ、粟田口尼の洛神図だと考えていた。それは、何を意味している?

 さらに、公季卿は検非違使の蔵で、粟田口尼より押収した琴を発見した。それは舜琴。

 これをそれとなく敏平に見せたが、これも韶徳三位殿が所蔵していたものだという。やはり、かの事件の折、洛神図とともに忽然と消えていた。

 それを粟田口尼が持っていた。これは何を意味している?

 その舜琴を見た直後から、敏平は逢坂に行ってしまった。これは何を意味している?

 翌日は熱も下がり、公季卿は院庁へ行った。院が公季卿に対面すると、最近必ず、

「わかったか?」

と、尋ねる。

 何が判ったかなのかと言えば、それは、粟田口尼の素性と先々帝暗殺の理由。そして、粟田口尼の身内の有無である。

 近頃の院の関心事は、専らそれであった。

 だから、検非違使別当である公季卿には殊にもしつこく、

「尼の素性を調査せよ」

と、命じているのだ。

 で、会う度、何か判ったのかと尋ねるのだ。

 院は御父を毒殺した粟田口尼を絶対に許せないし、報復してやりたいと思っている。しかし、粟田口尼は死んでいる。仕方ないので、尼に身内がいれば、その者を捕らえて処刑しようと思っていた。

 国君を弑した罪である。本人ばかりでなく、その一族にも累が及ぶのは当然のことである。

 院は尼の家族も決して許しはしないだろう。

 公季卿は敏平のことがとても引っかかるのだ。だから、院に聞かれる度、

「調べておりますが、まだわかりませぬ」

と、返答していた。

「全く何と怠慢な。使えない奴。早う明らかにせよ」

 院に何度そう叱られようとも、公季卿は未だ不明と答えていた。

 それは有能な彼にとっては、決して気分のよいものではない。そして、院を裏切ることであり、彼の忠誠心が疼く。

 だが、敏平のことを思うと、言えなかった。

 だから、院はまだ舜琴の存在を知らない。

 院庁を退出してくると、公季卿は逢坂に思いを馳せた。きっと敏平は粟田口尼と関係があるに違いない。

 院に報告するしないに関係なく、調べてみる必要があると思った。粟田口尼と敏平の関係を。

 そのために、もう一度、尼が先々帝を毒殺した時の状況から調査することにした。

 粟田口尼が冷泉院の先々帝を毒殺したのは、琵琶秘曲伝業の折のことだった。

 尼には妹が一人いたことはわかっている。尼が先々帝に秘曲を伝授する少し前に、その妹は亡くなっていた。妹は他家の猶子となっていたが、病になったので養家を出て、姉の尼のもとに身を寄せていた。そして、尼のもとで亡くなった。

 姉妹の素性を知る人はない。ただ、昔はしかるべき家の人であったのであろう。没落貴族の娘というのはよくある話だ。

 姉の粟田口尼が女御の御前に参るようになったのは、尼の師が源宰相であったためで、その人脈による。

 女御の御前で先々帝の目にとまり、尼はしばしば先々帝に召し出されるようになった。そのうち、先々帝への秘曲伝授の話が決まり、妹の死後暫くしてその儀は行われた。

 その秘曲伝授について、公季卿は詳しく調査をしてみた。先々帝は『将律調』伝授の最中に毒殺されたということだが、そもそもどうやって尼は毒を盛ったのであろうか。先々帝は本当に毒が原因で亡くなったのだろうか。

 砒素を多量に摂取したことが、どうやら死因のようだが、これは本当に尼に盛られたものなのか。

 秘調秘曲伝授は、一堂に師と弟子二人だけで行われる決まりになっている。よって、その建物の近辺にさえ余人は近寄れない。

 故に、秘曲伝授の時ならば、師が弟子を、或いは弟子が師を殺害することは容易い。

 当時、先々帝は上皇であったが、そのような立場の君を殺害するなど、常識では絶対に不可能だが、秘曲伝授の折ならば、たおや女でも可能だろう。

 しかし、問題は殺し方である。刺し殺すことは、二人きりなので、不意打ちで可能かもしれない。だが、毒となると。いったい尼はどうやって上皇に毒を食わせることができたのだろうか。

 秘曲伝授の最中に物を食うのであれば、それに予め毒を仕込んでおくことはできるかもしれない。だが、果たして伝授の式の時、食べ物や飲み物を口にするようなことがあるのだろうか。

 公季卿は琵琶の帝師・師道卿を訪ねて、その点について質問してみた。

 師道卿はその質問にやや呆れたようである。

「大理卿。御身も琴士であるなら、灌頂がいかに神聖なものであるか、おわかりでしょう。秘曲秘技の伝業中に、物を食うなどあり得ぬことです」

 予想通りの師道の反応。すると、粟田口尼の毒殺とはいったい……。

 ところが、よくよく調べてみると、この時行われたのは、『将律調』伝授のみでなかったことが判明した。

 最初に『上原石上流泉』の伝授があったのだ。その後、陰陽師が急に、秘曲伝授には相応しからざる不都合が起きたと告げたという。半時ほど時間を置く必要があるというのだ。

 それで、上皇は一度休憩をとった。

 ややあって、陰陽師が再び秘曲伝授をしてもよい時刻になったと告げた。その時、上皇は喉が渇いたとて、白湯を所望していた。陰陽師からの報告を受けた丁度その時に、白湯が届けられたという。

 もう時刻であったから、白湯を運んできた者はそのまま返され、白湯は粟田口尼の手から上皇に渡されたという。上皇はそれを急ぎ飲み干し、すぐに中へ入って『将律調』伝業が開始された。

 その後間もなくのことだ。『将律調』伝業中、俄かに上皇は苦しみ出した。

 毒はその白湯の中に入っていたのか。

 その場には、上皇と粟田口尼、白湯を運んできた者、そして、少し離れて陰陽師がいただけである。白湯を運んだ者はすぐに去り、陰陽師も時刻を告げて去った。

 尼が隙を見て白湯に毒を入れることは可能だったかもしれない。

「やはり、尼が──」

 君主を毒殺なぞ、天地がひっくり返ってもあり得ないことだ。それをやらかした尼は。そこまで尼にさせた上皇への怨みとは。

 舜琴と洛神図を持っていた尼。洛神図は呉楚派のものと思い、鍾愛の百合花を打ち捨てて出奔した敏平。

 やはり、敏平が逢坂にいるのは、愛妾に溺れているからではない。原因は粟田口尼の正体にあるのだ。公季卿はそう確信した。

 院は相変わらず、粟田口尼のことばかり口にしている。

 調査は公季卿に命じているが、それだけでは足りないと、様々な者にも命じていた。判官には殊にも熱心に頼み込んでいる。

 さてこの判官、たまたま検非違使の件の蔵に入ることがあった。ある事件のことで。

 その事件の証拠品を探そうと、蔵の中を歩いているうちに、以前、別当公季卿と入った時に探した棚の前に至った。彼は突然無性にその棚やその下の荷が気になった。今回の事件とは全く関係ないのに。第六感が働いたとしか言えない。

 何故か気になった判官は、何かにつき動かされたように、そこの荷を解いてしまった。

「そういえばあの時、大理卿がひどくこの押収物を気にしていたな」

 あの時の公季卿の様子はおかしかった。

 そう思い出しながら、中身を見て仰天する。

 一面の琵琶に一張の琴。添えられた紙には、粟田口尼の物とある。

「粟田口尼だって?」

 今、公季卿にも判官にも、院がしつこく調査を求めている人物ではないか。

 これは、この偶然は天の用意したもの以外の何物でもない。判官は運命を感じた。

 彼は琴を取り出し、それを舐めるように見回す。裏返して、刻まれた文字も確認した。舜琴の銘がある。

「ふうむ。舜琴?」

 彼は琴に詳しくない。しかし、それは、その故実に詳しい人に訊けばよいことだ。琴の第一人者は敏平だが、故実くらいだったら、何も敏平やその弟子に聞かなくても、詳しい人は他にも幾人もいる。

 そういえば、公季卿は琴を敏平に学んでいるが、この舜琴を見た時、動揺していた。何か知り得たことでもあるのだろうか。

 判官は翌日、舜琴のことを公季卿に尋ねてみた。だが、公季卿は思わず、

「知らぬ。いったい舜琴とはどういう謂われのある琴なのだろう。粟田口尼が持っていたなんて、どうしてだ?」

と、言ってしまった。

 判官はそれを変だと思った。公季卿は何か知っているのではないか。

 判官はそれから、この舜琴と公季卿のことを密かに探り始めた。

 蔵の番人、役人などにそっと聞いて回る。そうしているうちに、驚くべきことがわかった。

 公季卿、一度密かに舜琴を持ち出したことがあったという。そして、数日後にまたもとの場所に戻したというのだ。

「どういうことだ?」

 判官の調査は続いた。

 判官の動きに、公季卿は感づいた。まずい。

 以前、舜琴を持ち出して敏平に見せた時は、押収物だし、もとに戻さないとまずいと思ったのだ。で、数日後に蔵に戻したのだが、あのまま隠してしまった方がよかったのか。いや、公季卿が舜琴を発見した時、傍らに判官がいたし、近くに役人達も数人いた。皆、箱から琴が出てきたのは見ているだろう。やはり、隠すことはできなかった。

「蔵は暗く、他の者には舜琴とは判らなかった筈。他の琴とすり替えておくのだった」

 後悔した。

 もし、判官が調べ尽くして、敏平のことがわかってしまったら……

 そう思うと夜も眠れず、公季卿はいよいよ病みついてしまった。
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