27 / 66
2
しおりを挟む
屋敷から外に出たのは初めてで、エリーナは終始興奮していた。
フォード公爵家の納める領地をこの目で見ることができて、エリーナは嬉しかった。
「疲れていないかい?」
「大丈夫です。なんだか最近体力がついてきたみたいで」
「それは、毎晩私に抱かれているおかげ、かな?」
ふっ、と耳元で息を吹きかけられてエリーナはびくっと身を竦ませる。
「カ、カール様ったらっ」
「ふっ。君に似合うネックレスを買ってあげようか」
カールに手を引かれて街中を歩く。街行く人が挨拶をしてくるのに対してカールは愛想よく答えていた。
「噂通り、可愛らしい夫人ですね。公爵様が羨ましい」
「ほんと、お似合いのお二人だわ」
街中の視線を浴びてエリーナが気恥ずかしくしていると、ふいに明るい声がかかった。
「フォード公爵様っ」
「ーマルセル」
「ちょうどよかった。近いうちに屋敷に伺おうと思っていたところですよ」
マルセルと呼ばれた若い青年はエリーナを見るなり、ぱっと顔を輝かせる。
「はじめまして。私は商人をしていますマルセル・カプールと申します」
「は、はじめまして」
握手を求めようとするマルセルを、カールが無言の圧力で制した。
「……あ、はは。噂通り、奥様にべったりですね」
「そうだ。気軽にエリーナに触れないでもらおうか」
恥ずかしげもなくきっぱりと肯定するカールに、エリーナの方が恥ずかしくなってくる。
「あ、それはそうと。最近フォード公爵様のところに新しい侍女が来ました?」
マルセルの言葉にカールの眉根がピクリと動く。
新しい侍女といえばメリサのことだろう。なぜ、マルセルがそのことを知っているのだろうか。
「ちょっと小耳に挟んだんです。その侍女、以前はヴァレリー公爵様お付きの侍女だったんですよ」
「なに……?」
さらにカールの顔が険しくなる。
「詳しく話しを聞きたくないですか?」
ニヤニヤとマルセルが意味ありげな笑みをみせ、カールは思案顔を浮かべてから頷いた。
「わかった。後で屋敷に来てくれ」
「ありがとうございます。その時に色々と手に入った商品をお持ちしますので」
ぺこりと頭を下げてマルセルは上機嫌に歩いて行った。
マルセルの後ろ姿を見つめながら、カールはまだ眉根を寄せている。
不安げな眼差しをカールに向けていると、その視線に気づいたのかカールが表情を和らげた。
「ああ、すまない。あのマルセルという青年は世界中で仕入れたものを貴族に売っているんだ。ろくでもないものが多いがたまに掘り出し物もある」
「そうなんですか。それよりも、新しい侍女ってメリサのこと……」
「君が気にするようなことではないよ」
エリーナの言葉を遮り、ぽんと優しく頭を撫でてカールが歩き出す。
「お腹が空いたね。夕食を食べて帰ろうか」
「はい」
それ以上聞けない空気が漂って、エリーナは口を噤んだ。
本当に何もないのなら気にすることもないけれど、エリーナはただカールが悩んでいるような気がして心配だった。
(今朝も、難しい顔して考え込んでいたし……)
いつもカールに優しく愛されて満たされている。 エリーナが不安に思ったり寂しく思うことがないように。
何かに悩んでるなら話してほしいけれど、きっとエリーナでは何も役に立たないのだろう。
確かに話を聞くだけしかできないかもしれない。
それでもー。
「カール様」
意を決してエリーナは呼び止めた。
「どうした?」
「あの、何かあったら、何でも話してください。聞くだけ、しかできないかもしれない、けれど、でもっ。話を聞いてもらえるだけでも、楽になるって言いますし……」
精一杯の思いを伝えるとカールは驚きの表情を浮かべ、そして、とびっきり優しく微笑んだ。
「……君は、どこまで私を惚れさせれば気がすむんだ」
ぎゅっとカールに抱かれエリーナは目を見開く。
「カ、カール様っ……」
街中で抱き合うなんて、とエリーナは顔を紅潮させて抗議してみせる。
「は、恥ずかしいです、こ、こんなっ」
「私を煽った君が悪い」
そんなつもりは微塵もない。道行く人の視線が突き刺さりエリーナの心臓は破裂しそうだ。
「ありがとう、エリーナ。愛してるよ」
ちゅっ、と頬にキスをされ、エリーナの頬はますます紅潮したのだった。
フォード公爵家の納める領地をこの目で見ることができて、エリーナは嬉しかった。
「疲れていないかい?」
「大丈夫です。なんだか最近体力がついてきたみたいで」
「それは、毎晩私に抱かれているおかげ、かな?」
ふっ、と耳元で息を吹きかけられてエリーナはびくっと身を竦ませる。
「カ、カール様ったらっ」
「ふっ。君に似合うネックレスを買ってあげようか」
カールに手を引かれて街中を歩く。街行く人が挨拶をしてくるのに対してカールは愛想よく答えていた。
「噂通り、可愛らしい夫人ですね。公爵様が羨ましい」
「ほんと、お似合いのお二人だわ」
街中の視線を浴びてエリーナが気恥ずかしくしていると、ふいに明るい声がかかった。
「フォード公爵様っ」
「ーマルセル」
「ちょうどよかった。近いうちに屋敷に伺おうと思っていたところですよ」
マルセルと呼ばれた若い青年はエリーナを見るなり、ぱっと顔を輝かせる。
「はじめまして。私は商人をしていますマルセル・カプールと申します」
「は、はじめまして」
握手を求めようとするマルセルを、カールが無言の圧力で制した。
「……あ、はは。噂通り、奥様にべったりですね」
「そうだ。気軽にエリーナに触れないでもらおうか」
恥ずかしげもなくきっぱりと肯定するカールに、エリーナの方が恥ずかしくなってくる。
「あ、それはそうと。最近フォード公爵様のところに新しい侍女が来ました?」
マルセルの言葉にカールの眉根がピクリと動く。
新しい侍女といえばメリサのことだろう。なぜ、マルセルがそのことを知っているのだろうか。
「ちょっと小耳に挟んだんです。その侍女、以前はヴァレリー公爵様お付きの侍女だったんですよ」
「なに……?」
さらにカールの顔が険しくなる。
「詳しく話しを聞きたくないですか?」
ニヤニヤとマルセルが意味ありげな笑みをみせ、カールは思案顔を浮かべてから頷いた。
「わかった。後で屋敷に来てくれ」
「ありがとうございます。その時に色々と手に入った商品をお持ちしますので」
ぺこりと頭を下げてマルセルは上機嫌に歩いて行った。
マルセルの後ろ姿を見つめながら、カールはまだ眉根を寄せている。
不安げな眼差しをカールに向けていると、その視線に気づいたのかカールが表情を和らげた。
「ああ、すまない。あのマルセルという青年は世界中で仕入れたものを貴族に売っているんだ。ろくでもないものが多いがたまに掘り出し物もある」
「そうなんですか。それよりも、新しい侍女ってメリサのこと……」
「君が気にするようなことではないよ」
エリーナの言葉を遮り、ぽんと優しく頭を撫でてカールが歩き出す。
「お腹が空いたね。夕食を食べて帰ろうか」
「はい」
それ以上聞けない空気が漂って、エリーナは口を噤んだ。
本当に何もないのなら気にすることもないけれど、エリーナはただカールが悩んでいるような気がして心配だった。
(今朝も、難しい顔して考え込んでいたし……)
いつもカールに優しく愛されて満たされている。 エリーナが不安に思ったり寂しく思うことがないように。
何かに悩んでるなら話してほしいけれど、きっとエリーナでは何も役に立たないのだろう。
確かに話を聞くだけしかできないかもしれない。
それでもー。
「カール様」
意を決してエリーナは呼び止めた。
「どうした?」
「あの、何かあったら、何でも話してください。聞くだけ、しかできないかもしれない、けれど、でもっ。話を聞いてもらえるだけでも、楽になるって言いますし……」
精一杯の思いを伝えるとカールは驚きの表情を浮かべ、そして、とびっきり優しく微笑んだ。
「……君は、どこまで私を惚れさせれば気がすむんだ」
ぎゅっとカールに抱かれエリーナは目を見開く。
「カ、カール様っ……」
街中で抱き合うなんて、とエリーナは顔を紅潮させて抗議してみせる。
「は、恥ずかしいです、こ、こんなっ」
「私を煽った君が悪い」
そんなつもりは微塵もない。道行く人の視線が突き刺さりエリーナの心臓は破裂しそうだ。
「ありがとう、エリーナ。愛してるよ」
ちゅっ、と頬にキスをされ、エリーナの頬はますます紅潮したのだった。
22
あなたにおすすめの小説
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました
ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。
名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。
ええ。私は今非常に困惑しております。
私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。
...あの腹黒が現れるまでは。
『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。
個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる