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冬の日のたんぽぽ【男子高校生】【お人好し】【少し不思議】【切ない】【拙い】
中編:頼まれごと
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「――お願いしますっ!」
いつも通りの、ある寒い日の朝だった。
俺は例の場所で久し振りにその声を聞いて、反射的に振り返った。いつもいつも振り返ってしまう俺には、学習機能が付いていないらしい。
ところがどっこい、そこに居たのは……ひとりの女の子だった。
「えっ!?」
俺は困惑した。てっきり、いつもの空耳だと思っていたのに。
その女の子は、俺を見てにっこりと微笑んだ。可愛い。
いや、言っておくが俺はロリコンではない。女の子は中学生位に見えたから、これが大人だったら極普通の年齢差だ。いや、そういう対象に見ているわけではなくて。
クラスで女なんぞ見飽きているつもりだったのに、彼女は大層愛らしかった。
緑色の制服のようなものに身を包んだ彼女の髪は、まるでたんぽぽの綿帽子のようにふわふわと揺れていた。長くも短くもない、程良い長さだ。朝の光を受けているせいか紗が掛かり、仄かに金色に光ってさえ見えた。
髪だけでなく、体中から淡い光を発しているようにさえ見えた。
こういう姿を、神々しいというのかもしれない。その反面、彼女は酷く儚げで、今にも消えてしまいそうな雰囲気を併せ持っていた。
だが、何か強い意志のようなものが彼女を支えているように、俺には思われた。
俺はただ、間抜け面で彼女を見詰めていた。どれほどの時間が経ったのか、ほんの一瞬だったのか、俺には分からなかった。
「……あの……」
彼女の声が俺の耳に届くまでに、かなりの時間を要したような気がする。
俺はハッと我に返った。今の今まで気付かなかったのだが、彼女は募金箱ぐらいの大きさの箱を、首から提げていたのだ。
「えっ……あっ、募金? ちょっと待ってくれ、今、財布を」
俺は焦って制服のズボンのポケットを探りはじめる。それを見た彼女は困ったような下がり眉で首を横に振った。どうやら違うらしい。
そういえば、誰も彼女に募金しようとはしない。世知辛い世の中だと思ったが、それどころか人々は彼女の存在にすら気付かないように通り過ぎて行くばかりだ。
「あなたに、お願いしたいことがあるんです」
そう言って、彼女は首から提げている箱を開き、何かを取り出した。
まるで壊れ物でも扱うかのように、両手でそっと包んでいる。彼女は、ゆっくりと両手を開いた。それは、たんぽぽの綿帽子だった。まだ開き切らず、がくの中で窄んでいる。ふーっとやるには、まだちょっと早いように思えた。
「これを、高いところから飛ばしてください」
俺はほとんど無意識のうちに、両手を差し出していた。
俺の手のひらにふわふわとしたそれを乗せ、縋るような悲痛な眼差しでおれの顔を見詰めた。そして俺の両手ごと、そっと包み込む。
「お願い。あなたしか、あなただけしか、私に気付いてくれないの」
こんな時になんだが、悲しげな彼女は息を飲むほど可憐だった。俺は耳まで赤くなるのを感じながら、こくこくと頷いた。しかし、どうしてこんなにもあっさりと従ってしまうのか。いつも一度はイヤと言ってしまうひねくれ者の俺に取って、考えられない行動だった。俺は黙って、ハンカチに綿帽子を包んで鞄にしまった。
俺の様子を見て、彼女の顔には、まるで聖母のような慈悲深い笑みが溢れる。
そして一言、
「ありがとう」
俺はしばらくの間、その言葉の余韻を味わっていた。
俺がボケッとした顔で突っ立っている姿は、さぞ間抜けに見えたことだろう――と、俺の肩に何かがぶつかった。その衝撃は、俺を無理矢理に現実へと引き戻す。通行人がぶつかったのだ。俺はゆっくりと辺りを見回した。
ビルの谷間の、倒壊寸前のボロアパート。いつもの、見慣れた駅前の風景。
ああそうだ、俺は学校へ行くんだった。すっかり忘れていた。
彼女に別れを告げる為に、俺は向き直る。しかし、彼女の姿は何処にも無かった。
俺だけが一人、立ち尽くしていた。まるで、遊びが過ぎて、母親において行かれた心細げな子供のような顔をした、俺だけが。
俺は電車に3本乗り遅れて遅刻した。そりゃそうだろうともさ。
(後編へ続く)
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