闇の聖女は夜輝く(魔力皆無で『聖女』認定されず命を狙われた彼女は、真の力で厄災と教団に立ち向かう)

尾久沖ちひろ

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第Ⅱ章 暗黒に生まれし者達 ~Out of Heaven~

#25 横暴なる神の従僕

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「ふう……」


 マンホールを出てすぐに、深呼吸して夜の空気を肺一杯に吸い込んだ。
 冷たく新鮮な空気が心地良い。


 地下水路を出た先のこの辺りは、サウレス=サンジョーレ曙光島から離れた地区。


「では行こうか、妹よ」
「はい、お兄様」


 水路を通る間に帯びてしまった臭いを香水で消して、光り輝く夜の街、大通りへ向かう。


 今の私は金髪のかつらと付け眉で、自前の黒毛を隠している。
 ダスクも鬘と付け眉に加え、サリーに白粉おしろいを塗って貰って肌を誤魔化し、眼鏡も掛け、牙の生えた口元をスカーフで隠し、何も知らなければ私でも別人だと錯覚してしまいそうだ。
 服装もその辺の一般人と変わらない物を選び、表向きには兄妹という設定を用いることにした。


 昨夜は追跡を振り切ることに必死で、街の景色や人々の営みをのんびり観察する暇など無かったが、今ははっきりと感じ取れる。
 アコーディオンとヴァイオリンだろうか、お世辞にも上手いとは言えないが嫌いではない、味のある音色が聞こえてくる。
 その演奏に合わせて、酒場の外に置かれたテーブルで、人々が樽ジョッキ片手に歌い合い、下手なダンスに興じていた。


 肉の焼ける香ばしい匂い、ジューシーな音が、鼻と耳を心地良くくすぐる。
 何の肉かと思ってみると──何と猫ほどもある奇怪なカエルが、まるで鶏肉のように皮を剥がれて切り刻まれ、串焼きにされていた。


「え……」


 カルチャーショックで呆然とする私に気付き、屋台の店主が、


「どうだいお嬢さん、オキガエルの串焼きだ。一本二百マドルだよ」


 お金はジェフから充分に貰っている。


「そう、ですか……? では一本だけ……」


 この世界に来て初めて買った品物が、不気味なカエルの串焼きになってしまったのは少し複雑な気分だが、しかし見た目と肉汁、香りは私の食欲を刺激していた。


「いただきます……」


 まずは一口。


「……ッ!」


 噛み締めると、ジュワッと甘みのある脂が弾けた。
 鶏肉に比べて味はやや淡白だが、癖が無く、弾力のある不思議な食感が何とも楽しい。


「美味しいです……!」


 夢中で頬張り、あっと言う間に一本食べ切ってしまった。


「そりゃ良かった。そっちの知的そうな兄さんもどうだい?」
「そうだな、昔はよく食ったものだ。久し振りに頂こう」


 三百年前から食べられていた物らしく、懐かしの味にダスクも満足そうだった。


「『邪神の息吹』で困窮していると聞いていましたが、あまりそうは感じませんね」


 二本目を食しながら、改めて街と人々の様子を眺める。
 道行く人々の顔には活気と笑みがあり、暮らし振りにも余裕が窺える。


〈瘴気の大量滲出は、遠い地方で起きるものだからね。直接的な影響が無い地域だからこそ、このエルザンパールが帝都になったんだ〉


 私に抱えられた黒猫セレナーデの口を借りて、離れたフェンデリン邸に居るジェフが答える。


「だとしても、枝葉が枯れれば大樹の幹も内から腐る。地方が『邪神の息吹』で荒廃すれば、帝都に金や物が入って来なくなる。土地を放棄せざるを得なくなった難民が、移住先でトラブルを起こして経済や治安を悪化させるといったことが、俺の居た時代では多々見られていた」


 ジェフやサリーが言っていた通り、少し歩くだけでも警邏けいらする帝国騎士や聖騎士を何人も見かけた。
 そして今まさに、すぐ近くの雑貨店と思しき店で、店主と思しき人物が数名の聖騎士と何やら言い合っていた。


「言い掛かりだ! 私はそのようなことなどしていない! 何の証拠があってそんな疑いを掛ける!」
「それは貴様自身がよく分かっているはずだが? この期に及んでしらを切るとは、平民はやはり恥知らずだな」


 侮蔑も露わに聖騎士がフンと鼻を鳴らす。
 私を襲った時に居たゼルレーク聖騎士団長、ラウル、ザッキスは見当たらないが、弱い立場の者を平然と見下す態度はあの時のザッキスそっくりだ。


「無実の者に冤罪を着せるなど、サウル神がお赦しになるはずが無い! 聖騎士と言えど、今に天罰が下るぞ!」
「聞き捨てならんな。見苦しい虚言を吐くばかりか、知った風な口まで利きおって……。貴様は神を冒涜するのか、この不届き者め!」


 聖騎士の一人が発したその言葉に、思い出したくない記憶がズキンと痛みを主張する。


「貴様には以前から反抗的な態度が見られたな。それについても問い質さねばなるまい。大人しく来て貰おうか──なッ!」


 丈夫な籠手こてを着けた拳が、ドゴンと店主の腹部に直撃。


「ぐはっ……」


 容赦の無い一撃に腹を押さえて倒れ込んだ店主を、珍奇な芸をする動物でも見たように、聖騎士たちがゲラゲラと声高に笑い出す。
 無抵抗の人間に一方的な暴力を行使し、苦しむ様子を見て嘲笑するなど、まともな人間のすることではない。


「やめて! お父さんに酷いことしないでッ!」


 耐え兼ねた店主の娘が割って入ったが、か弱い少女が職業軍人である聖騎士を止められるはずも無く、


「何だ小娘、我らの任務を妨害するのか!」
しつけがなっていないようだな。どれ、父娘纏めて体に教え込んでやる必要がありそうだな」
「痛……やめて……ッ」


 手荒く髪を引っ張られ、あっさりと取り押さえられてしまった。


「や、やめろ、娘は関係無い……!」


 しかし抵抗空しく、父親は更なる殴打で気絶させられ、嘆く娘も引き摺られて行ってしまった。


 まるで嵐が去った後のように、後には破壊と暴力の痕跡だけが残された。


「あの……あちらの方々は何かされたのですか?」


 オキガエルの串焼きの店主に尋ねてみた。


「知ってるだろ? 例の手配書の男女。あそこの店主が逃亡を手助けしたって理由で連行されたのさ」
「……それは、本当なのですか?」


 それが全くの冤罪えんざいだと、当事者である私たちだけは確信している。


「いいや、それは単なる口実さ。以前あの店はお布施の額が少ないとか、金が駄目なら娘を差し出せとかで、栄耀教会と揉めたんだよ」
「奴らはそれを根に持っていて、手配犯幇助ほうじょの罪をでっち上げ、この機会に報復、見せしめにしたという訳か……」


 店を手酷く破壊された挙句、夫と娘を強引に連れ去られ、一人残された妻が泣き崩れていた。


 神への奉仕、信仰による救済を謳いながら、その実態は自分たちの利得のことしか考えていない。
 忘れたくても忘れられない過去を再び思い出し、食べたばかりのオキガエルを吐き出しそうな不快感が込み上がってくる。


「ジェフさん……何故、あのような蛮行が許されているのですか?」


 何人かの帝国騎士が騒動の様子に気付いていたが、いずれも見て見ぬ振りを決め込んでいた。
 周囲の人々も、打ちひしがれる妻に手を貸したり慰めることこそすれど、聖騎士の振る舞いを制止したり、いさめようとした者は一人も居なかった。


〈実力や実績次第では、平民にも入団や出世のチャンスがある帝国騎士団や宮廷魔術団とは違って、栄耀教会は全員が貴族出身。平民に対する選民意識、信仰心に裏打ちされたプライドが、ああいう高圧的な態度に繋がっているんだ。それに栄耀教会は、皇室や評議会とは独立した組織だからね。身分と所属の違い故に、誰も下手な口出しができないんだ〉


 公権力が強いる理不尽に対して、民衆ができるのは非難の視線と陰口、泣き寝入りくらいなものだ。


「神の従僕の傲慢は相変わらずか……」


 ダスクが嫌悪も露わに吐き捨てた。


「三百年前もそうだったのですか?」
「『邪神の息吹』が起きれば、死傷者やアンデッドは増加の一途を辿る。そうなれば栄耀教会が抱える快癒術師ヒーラーや聖騎士団、聖水の需要も比例して高まる。奴らの機嫌を損ねればそれらを融通して貰えなくなるから、不正や横暴に対して厳しい対応を取れなかった」
〈そして今後、その風潮は一段と強まるはずだ。理由は……分かるね?〉


 セレナーデの視線がダスクから私へ移る。


「テルサ、ですね……。『聖女』という唯一無二の切り札を得た栄耀教会は、彼女の存在を前面に押し出し、瘴気の浄化と引き換えに有力者たちに恭順を迫り、影響力を拡大していく、ということでしょうか?」
〈間違い無く、ラモン教皇はその方向に舵を切っていく。従わなければ『聖女』テルサはあなたの領地の瘴気を浄化しない、逆らえば一族纏めて破門する、とでも脅してね〉


 暴走した宗教が、政治と金と権力を呑み込んで肥大化していく。
 世界や時代が違えど、人間の行いは全く変わらないことに、諦めと失望の溜め息を禁じ得なかった。


「カグヤの双子の妹か……。俺は魔力鑑定の様子を見ていないが、そこまで凄まじかったのか?」
〈僕も正確なことは言えないけど、あの光の具合からして、お爺ちゃんの魔力の数百倍はあるだろうね。実際に瘴気の浄化がどの程度可能なのかは分からないけど、初代『聖女』も光の極大魔力の持ち主だったそうだから……まあ、多分できちゃうんだろうなぁ……〉


 瘴気によって引き起こされる『邪神の息吹』は誰にとっても他人事ではなく、それを鎮められる『聖女』の召喚は本来であれば歓迎すべきことだが、宮廷魔術団との結び付きが強いフェンデリン家としては、対立する栄耀教会の力が増していく訳だから、その胸中は複雑なものだろう。


「今思ったのですが、ダスクさんは三百年前の『邪神の息吹』の時代の方。もしかして初代『聖女』様に会ったことがあるのですか?」
「前にも言ったが、俺が処刑されたのが一三三七年。そしてフェンデリン家で読んだ記録によれば、初代を召喚した『儀式』が行われたのが一三三八年、翌年のことだ」


 初代『聖女』が召喚されたその時には、ダスクは冥獄墓所で暗黒の眠りに就いていた。


〈そういうカグヤこそ、初代『聖女』について何か知らないの? 記録をさかのぼっても、名前を含めた情報が一切載ってないんだよ〉
「いえ、私は何も……。それに三百年前では、私とは違う時代の方かも知れませんし……」


 元の世界で三百年前と言えば、日本なら江戸時代。
 そんな時代では一人消えた所で、記録に残るような事件にはならないだろう。
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