闇の聖女は夜輝く(魔力皆無で『聖女』認定されず命を狙われた彼女は、真の力で厄災と教団に立ち向かう)

尾久沖ちひろ

文字の大きさ
27 / 86
第Ⅱ章 暗黒に生まれし者達 ~Out of Heaven~

#26 聖騎士の嗅覚

しおりを挟む
 オキガエルの串焼きを頬張りながら、その後も街を散策していると──


「ダス──お兄様、あの人は……!」


 見覚えのある顔に気付き、ダスクの服の袖を引っ張って報せる。


「あいつ……大聖堂で見た聖騎士だな」
「はい。確か名前は……ザッキス……!」


 彼については、ジェフやオズガルドから少し話を聞いた。


 栄耀教会関係者を多く輩出はいしゅつする名門ズンダルク家の出身、ザッキス・エルハ・ズンダルク。
 驚いたことに、ラモン教皇と現皇帝という、栄耀教会とウルヴァルゼ帝国のトップ二人を祖父に持つという、この国に於ける最上位のサラブレッドだという。
 しかし血筋は立派でも、人間としては最低であることを私は身を以て知っている。


 私たちに気付いてやって来た訳ではなく、単なる見回りで偶然こちらへ向かって来ているようだ。


「どうしましょう?」
「下手に動くと怪しまれる。このまま串焼きを食べながら、何食わぬ顔をしてやり過ごせばいい」


 今の私たちは変装して、一見しただけではそうと気付かれない姿になっている。
 ほんの一度か二度対面しただけの、傲岸不遜な若輩者に見破られるとは思えない。
 ダスクに言われた通り、動揺を表情に出さないように食事を続ける。


 ザッキスと、彼に従う聖騎士たちがすぐ横を通り過ぎた。


「ふぅ……」


 気付かれなかった、と小さく安堵の息を吐き出したその時、


「──臭い」


 そんな一言と共に、ザッキスがピタリと足を止めた。


「この場にそぐわない悪臭がする。──そこのお前たちから」


 振り返った彼の視線が私たちと合った。


「香水か何かの匂いに混じって、お前たちの体から微かにドブの臭いがプンプンしてくる。まるでつい先程、地下水路を通ってきて、それを誤魔化そうとしているような感じだ」


 昨夜の聖宮殿の客室で、私が熱湯を浴びせて出来た顔の火傷。
 治りかけて薄い痕になっているそれが、目の前の私に反応しているとでも言いた気に、ザッキスが顔を撫でながらにじり寄って来る。


「……恐れながら、それはこの串焼きの香りでは? お一つ如何です?」


 平静を装ったダスクが間に割り込み、オキガエルの串焼きを差し出す。
 しかし、ザッキスはフンと鼻を鳴らし、腕を振り抜いてパァンとその手を払い除けた。


「私もズンダルク家出身の聖騎士として、これまで数多くのアンデッドを滅してきた。お陰で奴らの『臭い』がそれと無く分かるようになった。鼻で感じるドブ臭さなんかじゃない。太陽に怯えて闇にうごめく怪物共の、どす黒く汚らわしい気配がな」


 弾き飛ばされ、地面に転がった串焼きを、芋虫でも殺すようにザッキスがグシャリと踏み付ける。
 人間性は想像以下だが、聖騎士としての能力や経験は想像以上だった。


「とは言え、所詮は単なる勘だ。勘だけで決め付けるのは愚か者のすること。よってお前たちに潔白を証明するチャンスをやろう」


 そう言ってザッキスは懐から何かを取り出し、それをダスクの靴へポンと放り当てた。


「見て分かるように、それは聖水だ。それを飲み干せたのなら、私の勘違いということで、お前たちの身の潔白を信じようではないか」
「……ッ」


 人間には無害だが、アンデッドにとっては硫酸も同じ。
 多少は耐性があるダスクでも、一瓶の量を体に取り込めば流石に命は無いだろう。


「どうした? 早く飲んでみろよ。一日の労働から解放された庶民が、安っぽいビールで疲れと渇きを癒すようにな……!」


 躊躇うダスクの様子を見て、己の勘の正しさを証明したザッキスが、ニタリと残忍な笑みを浮かべる。


 彼に従っていた聖騎士たちが私たちをぐるりと取り囲み、抜剣して臨戦態勢に突入。
 殺伐とした空気を感じ取った周囲の市民が、潮が引くように一斉に離れていく。


「──やはり地下水路に潜伏していたのか。しかし、昨日の今日で、二人揃って呑気に街中を見物しているとは……馬鹿なのか?」


 返す言葉も無かった。


「……確かに迂闊だったようだ。それから貴様のことも少しみくびっていた。今夜のことは大いに反省しなくてはな」


 正体を見破られたダスクが、スカーフを外して鋭利な牙を露わにする。


「なあに、反省の必要など無いさ。した所でもう貴様らに次の夜は訪れない。今すべきは後悔と絶望、それだけだ」
「生憎、その二つなら三百年前に済ませている……ッ!」


 ダスクが足元に転がっていた聖水の小瓶を爪先で蹴り付け、正確にザッキスの顔面へと飛ばす。
 だが、その動きをザッキスは読んでいた。


「『蛇行する輝鎖スネーク・チェーン』」


 飛んで来た聖水を事も無げにキャッチすると、空へ跳び上がった私たちへ魔法を発射した。
 魔法で生み出された鎖が、大蛇の如くくねりながら私たちへ巻き付き、あっと言う間に拘束した。


「ぬぐ……ッ」
「これは……ッ!?」


 他の聖騎士も同じく『蛇行する輝鎖スネーク・チェーン』を放ち、私とダスクは二重三重に締め上げられ、完全に身動きを封じられた状態で石畳の上へ落下する。


「フハハッ、まるで漁船の甲板に釣り上げられた魚だな。手も足も出ず、ただビチビチと体を跳ねさせることしかできない。これならば昨夜見せたような謎の転移による離脱もできまい」


 勝利を確信したザッキスが剣を抜き、小瓶から滴る聖水で剣身を濡らし始めた。
 あれでとどめを刺す気だ。


「さて、どちらから先に始末して欲しい? ヴァンパイアか? それとも女か? 貴様らで決めてくれよ」


 ニタニタと笑いながら残酷な選択肢を突き付ける。
 どこまでも癇に障る男だ。


「決められないのなら、仲良く同時に首を刎ねてやろう……!!」


 聖水で濡れた剣が来る。
 拘束を破る術も、身を躱す術も無い。


「死ねぇぇぇぇえええええええええええええええええええッ!!」


 歓喜で歪み切った表情で、ザッキスが剣を振り抜き、そして──


「えっ……」
「これは……ッ」
〈あれ……?〉


 ──私の身は、だだっ広い草原の真ん中に横たわっていた。


「まただ! あの時と同じ、カグヤの能力……!」


 時間と空間が飛んだように、一瞬にして遠く離れた場所へ移動している。
 ダスクとセレナーデも一緒で、全身を絞め付けていた『蛇行する輝鎖スネーク・チェーン』すら解けている。


「どこかへ転移したみたいですが……ここはどこでしょうか……?」
〈具体的な場所は分からないけど、すぐそこが帝都だ〉


 セレナーデの尻尾が示した先には帝都の都市防壁。
 ここは帝都の外の、無人の草原らしい。


「ジェフ、ザッキスたちの様子はどうだ? ノクターンはまだ向こうに居るんだろう?」
〈観てみるよ。どれどれ……ああ、うん、彼らも呆気に取られているよ。あの時と同じだ、どこへ消えたと言って、付近をウロウロキョロキョロしてる〉


 有り難いことに、全身の動きを封じれば転移できない、という彼らの読みは見事に外れた訳だ。


「でも、どうしましょう。難を逃れたのは幸運ですが、帝都から外れてしまいました……」
〈入都する際には検閲がある。手配されている君たちでは絶対に気付かれる〉
「地下水路を通って入ることはできませんか?」
〈使っていることがザッキスにバレた以上、そっちの警戒も厳しくなっているはずだ。今僕が居る地下室に着く前に見つかる可能性が大きい〉


 フェンデリン家の関与が発覚すれば、匿ってくれたオズガルドやエレノア、サリーにも迷惑が掛かってしまう。


「……カグヤ、今の転移をもう一度できるか?」


 考え込んでいたダスクが尋ねる。


「できる、とは思いますけど……」


 私の魔力の解放条件は未だ不明だが、こうして転移できた以上、今はそれが満たされているのは間違い無い。


「ではこれまでとは違い、行き先を指定することは……?」
「それは、分かりません……」


 冥獄墓所への転移も、サウレリオン大聖堂からの脱出も、今の離脱も、敵の居ない場所へ避難できればいいという気持ちだけで、特定の場所を目指す意思は働いていなかった。


「では試してみてくれ。行き先はフェンデリン家の地下室だ」
「はい……」


 私に触れており、かつ許可した相手であれば共に転移できる。
 セレナーデを抱き上げ、ダスクが肩に触れたのを確認してから、フェンデリン家の地下室を思い浮かべながら念じる。


 危険な状況ではないのに、場所の指定など初めてなのに、果たして上手くいくのだろうか、という不安が波のように押し寄せる。


 ──だが、それは杞憂だった。


「きゃっ……!?」
「うわ……ッ!?」


 気付けばそこは草原ではなく、思い浮かべた通りの場所に私たちは立っていた。


 目の前で驚いた声を上げたのは、サリーとジェフ。
 まばたきよりも短い時間の内に、パッと現れたのだから無理も無い。


「や、やあ、お帰り……」


 戻って来たセレナーデを撫でて、ジェフが苦笑いする。


「えっ? えっ? い、いつの間にお帰りに……!?」


 事情を知らないサリーが、突然現れた私たちを見て困惑していた。


「た、只今戻りました……」


 上手くいったことに驚きと安堵を感じながら、帰って来た落ち着ける場所で、見知った人々に挨拶する。


「早速で悪いがサリー、エレノアを修練場まで連れて来てくれないか。鑑定水晶も持って来るように言ってくれ」
「か、畏まりました……」


 ダスクに言われて、サリーが速やかに退室する。


「どうしてエレノア様を?」


 てっきり今回の件の報告と謝罪かと思ったが、ダスクの答は意外なものだった。


「君の魔力の解放条件が分かった」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

​『追放された底辺付与術師、実は【全自動化】のチートスキル持ちでした〜ブラックギルドを追い出されたので、辺境で商会を立ち上げたら勝手に世界規

NagiKurou
ファンタジー
​「お前のような、一日中デスクに座って何もしない無能はクビだ!」 国内最大のギルド『栄光の剣』で、底辺の付与術師として働いていたアルスは、ある日突然、強欲なギルドマスターから追放を言い渡される。 しかし、彼らは知らなかった。ギルドの武器の自動修復、物流の最適化、資金管理に至るまで、すべてアルスの固有スキル【全自動化(ワークフロー構築)】によって完璧にシステム化され、回っていたことを。 「俺がいなくなったら、あの自動化システム、全部止まるけど……まあいいか」 管理権限を解除し、辺境へと旅立ったアルス。彼は自身のスキルを使って、圧倒的な耐久力を誇る銀色の四輪型重装ゴーレムを作り出し、気ままな行商を始める。 一度構築すれば無限に富を生み出す「全自動」のチートスキルで、アルスの商会は瞬く間に世界規模へとスケールしていく! 一方、すべてを失ったギルドは、生産ラインが崩壊し、絶望のどん底へと突き落とされていくのだった……。

異世界では地味な俺が、なぜか神々に最愛されて無双してる件

fuwamofu
ファンタジー
平凡な高校生・桐生ユウは、女神の手違いで異世界に転生した。 チートもスキルも貰えず、冒険者登録すらままならない落ちこぼれ……のはずだった。 しかし周囲の異常な好感度、意味不明な強運、そして隠された神格スキルによって、ユウは「無自覚に全能」な存在へと覚醒していく。 気づけば女神も姫騎士も魔王娘も彼に夢中。誤解と崇拝が加速する中、ユウの“地味な日常”は世界を揺るがす伝説になっていく。 笑いあり、胸キュンあり、ざまぁありの最強(なのに本人だけ気づいてない)異世界ファンタジー開幕!

追放された村人、実は神の隠し子でした~無自覚に最強を振りかざすだけの簡単なお仕事です~

にゃ-さん
ファンタジー
神からの加護を受けながらも、ただの村人だと思い込んでいた青年レオン。 ある日、嫉妬した領主に濡れ衣を着せられ、村を追放される。だが、その瞬間に封印された力が目覚め始めた。 無自覚のまま最強となり、助けた少女たちに慕われ、次々と仲間が増えていく。 そんなレオンが巻き起こすのは、世界を救う壮大な物語か、それともただの日常の延長か――。 「ざまぁ」も「救世」も、全部ついで。これは、最強なのに腰の低い男の物語。

元勇者は魔力無限の闇属性使い ~世界の中心に理想郷を作り上げて無双します~

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
ファンタジー
  魔王を倒した(和解)した元勇者・ユメは、平和になった異世界を満喫していた。しかしある日、風の帝王に呼び出されるといきなり『追放』を言い渡された。絶望したユメは、魔法使い、聖女、超初心者の仲間と共に、理想郷を作ることを決意。  帝国に負けない【防衛値】を極めることにした。  信頼できる仲間と共に守備を固めていれば、どんなモンスターに襲われてもビクともしないほどに国は盤石となった。  そうしてある日、今度は魔神が復活。各地で暴れまわり、その魔の手は帝国にも襲い掛かった。すると、帝王から帝国防衛に戻れと言われた。だが、もう遅い。  すでに理想郷を築き上げたユメは、自分の国を守ることだけに全力を尽くしていく。

辺境の落ちこぼれと呼ばれた少年、実は王も龍も跪く最強でした

たまごころ
ファンタジー
村で「落ちこぼれ」と呼ばれた少年アレン。魔法も剣も使えず、追放される運命だった。 だが彼の力は、世界の理そのものに干渉する“神級スキル”だった。 自覚のないまま危機を救い、美女を助け、敵を粉砕し、気づけば各国の王も、竜すらも彼に頭を下げる。 勘違いと優しさと恐るべき力が織りなす、最強無自覚ハーレムファンタジー、ここに開幕!

最弱スキル《リサイクル》で世界を覆す ~クラス追放された俺は仲間と共に成り上がる~

KABU.
ファンタジー
平凡な高校生・篠原蓮は、クラスメイトと共に突如異世界へ召喚される。 女神から与えられた使命は「魔王討伐」。 しかし、蓮に与えられたスキルは――《リサイクル》。 戦闘にも回復にも使えない「ゴミスキル」と嘲笑され、勇者候補であるクラスメイトから追放されてしまう。 だが《リサイクル》には、誰も知らない世界の理を覆す秘密が隠されていた……。 獣人、エルフ、精霊など異種族の仲間を集め、蓮は虐げられた者たちと共に逆襲を開始する。

辺境で静かに暮らしていた俺、実は竜王の末裔だったらしく気づけば国ができていた

平木明日香
ファンタジー
はるか五億四千万年前、この星は六柱の竜王によって治められていた。火・水・風・土・闇・光――それぞれの力が均衡を保ち、世界は一つの大きな生命のように静かに巡っていた。だが星の異変をきっかけに竜の力は揺らぎ、その欠片は“魂”となって新たな生命に宿る。やがて誕生した人類は文明を築き、竜の力を利用し、ついには六大陸そのものを巨大な封印装置へと変えて竜王を眠りにつかせた。 それから幾千年。 現代では六つの大国がそれぞれ封印を管理し、かろうじて世界の均衡を保っている。しかし各地で異常な魔獣が出現し、封印の揺らぎが噂されはじめていた。 そんな世界を気ままに旅する青年がいる。名はブラック・ドラグニル。三年前からハンターとして魔獣を討伐し、その肉を味わいながら各地を渡り歩く放浪者だ。規格外の実力を持ちながら名誉や地位には興味がなく、ただ「世界のうまいものを食べ尽くす」ことを楽しみに生きている。 ある日、光の王国ルミナリア近郊で王女ユリアナが大型魔獣に襲われる事件が起きる。死を覚悟した騎士団の前に現れたブラックは、その怪物をわずか数十秒で討ち倒す。彼にとっては雑魚同然だったが、その圧倒的な強さは王国中に知れ渡る。王女は自由に生きる彼の姿に心を奪われるが、ブラックは次の目的地へ向かう計画を練るばかり。 だが彼自身はまだ知らない。 自らが竜族の末裔であり、世界を再び“統合”へ導く鍵となる存在であることを。 竜の封印が揺らぐとき、自由を愛する青年は世界の命運を左右する選択を迫られる。 これは、竜の記憶と人の魂が交錯する壮大なファンタジー叙事譚である。

最強すぎて無職になりましたが、隣国の姫が勝手に嫁入りしてきました

eringi
ファンタジー
平凡なサラリーマン・佐藤亮は、満員電車で謎の光に包まれ異世界へ転移する。神様から「世界最強の力」を授かったはずが、本人はただの無職ニートとしか思っていない。冒険者ギルドで雑用を請け負う日々。そんな亮の周囲に、冷徹な騎士姫、天才魔導士、元盗賊の少女、竜人族の戦士など個性豊かな美少女たちが自然と集まってくる。一方、彼を「ただの運のいい凡人」と侮る貴族や悪徳商人たちは次々と痛快なざまぁ展開に。亮は「俺なんて大したことないのに」と呟きながら、気づけば国を揺るがす陰謀を解決し、世界を救うことに――。無自覚最強主人公による、爽快ハーレムファンタジー開幕!

処理中です...