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悪女の目覚めと出会い-7
しおりを挟む重苦しい空気が部屋の中に流れている。
とりあえずお父様と目を合わせまいと、私は部屋の真ん中で俯いていた。隣に座るテオドールが心配そうにこちらを見ている。
「アナスタシア、一体どういうことだ?」
怖い顔で説明を求めるお父様。ゲームだとボタンをポチポチしていれば、選択肢が勝手に用意され、その中で最適なものを選ぶだけで済んでいたが、現実はそうはいかない。
私の発言ひとつで、この先の未来が大きく変わる。なので、ここは事前に用意していた台詞を、涙ながらに伝えることにした。
街で偶然レインを見かけたこと、悲惨な状況にいても立ってもいられず、彼の手を取ったこと。
「自分と同じくらいの歳の子が、こんな酷い目に合っているのかと思うと、許せなくて、無視できなくて、無我夢中でその場から連れ出したの」
これは実際に作中でアナスタシアが言っていた台詞である。実際はレインの魔力の高さに気づいていて、使えると思ったと後々言っていたが、今はいいところだけを切り抜いて使わせてもらう。
「じゃあ、その傷はどうしたんだ」
お父様が包帯に巻かれた私の指先を見つめる。
「この傷は今回とは関係ないの。本を読んでいる時に切ってしまっただけ」
これは嘘だ。しかし、自分でナイフでやったなんて正直に言えば、もっとややこしいことになるだろうから言わない。
(それに、そもそもあの場で血をたらす必要があったのかについては、私にも分からないし)
「そもそも、あの少年は──」
「それにね、レインはとっても強いの! 今は魔力封じの薬を飲まされているけど、それでも、今日無事に帰ってこれたのはレインのおかげだもの!」
これは半分嘘だ。しかし、ソウル魔法については出来れば隠しておきたい。
あんな恐ろしい魔法が使えると知られてしまえば、何に利用されるか分ったものじゃない。もう二度と、誰かを傷つけるために使うなんてごめんだ。
なのでこの場ではレインが全て丸く収めてくれたことにする。実際、彼は強いのだからここで話しても問題はないだろう。
「きっとレインなら私を守ってくれる最高の従者になると思うの。だからお父様、お願い!」
最終的に裏切られる可能性があるけど……とは口が裂けても言えないが、ここでレインを見捨てるわけにはいかない。私は必死にお父様に頼む。
すると、庇うようにテオドールが口を開いた。
「アナスタシアは優しいからそんな状況では無視できなかったのは仕方ないだろう。それに、アナスタシアにも前から従者が必要だって話をしていたことだし、いい機会なのでは?」
テオドールの言葉にお父様の表情が少しだけ緩む。
(さすがテオたん! いいぞもっとやれ!)
心の中ではテオドールを応援しながらも、私は泣き落としの表情を崩さない。
そして長い攻防が続いて、折れたのはお父様の方だった。
「……わかった。しかし、今後は勝手に抜け出したりしないように。あと、危険なことに首を突っ込むのは絶対にやめなさい」
その言葉にこくこくと頷けば、お父様は「もう部屋に戻っていい」と言った。心の中でガッツポーズをしながら、私は部屋を後にする。
そして、その足でお母様の元へと向かった。
「お母様!」
廊下を歩いていたお母様を追いかければ、お母様がゆっくりとこちらを振り返った。
「………何か用?」
しかし、こちらを見つめるお母様の目があまりにも冷たくて、思わずその場で足が止まる。
「あ、えっと、お母様がサクルをお好きだと聞いたので、街で買ってきました…」
しどろもどろになりながらも、私はお母様にサクルを差し出した。
あれだけ沢山買ったサクルだったが、あの騒動のせいで、その殆どが原型をとどめてはいなかった。
だけどそんな中、奇跡的にひとつだけ崩れていないサクルがあった。この味をお母様が好きかは分からないが、それでも食べて欲しくて持ってきたのだ。
「チョコレート味です。お母様のお口に合うといいのですが……」
お母様が差し出したサクルに手を伸ばす。その光景に思わず口角が上がれば、次の瞬間。
ぐちゃり、嫌な音を立ててサクルが地面に落ちた。
「ご機嫌取りならやめてちょうだい。……気持ち悪いのよ」
冷たい声、冷たい目。
私が何も言えずにいれば、お母様はそのまま背を向け去っていく。
縋るように伸ばした手は届かなかった。
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