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本性-2
しおりを挟む「エミリア……?」
声が聞こえてきた同時に、わたしの身体もぴたりと止まる。先ほどまでの感覚が嘘のように、自由に動く身体にほっと胸を撫で下ろしていれば、カツカツとこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。
「アナスタシア様から離れてください」
「あ?」
二人の間にピリついた空気が流れる。お互いがお互いを睨みつける中、わたしは何も言えずにいた。
(エミリアがあんなに怒っているのはあの日以来だわ……)
「聞こえませんでしたか? アナスタシア様から離れてくださいって言ったのです、ユーリ・シュローダー先輩。……いえ、ユリウス王太子殿下とお呼びした方がよろしいですか?」
「なっ」
驚きで目を丸くするユリウスと同様に、私も驚いていた。まさか、エミリアもユリウスの正体を知っていただなんて。
しかし、エミリアはそんな彼の様子を無視して、わたしの元へとやってきた。
「さあ、アナスタシア様。帰りましょう」
笑顔でわたしに手を差し伸べるエミリア。彼女の手を取り、わたしがゆっくりとその場に立ち上がれば、彼女は制服についた埃を払ってくれた。
「あ、ありがとう」
「アナスタシア様、遅くなってごめんなさい。大丈夫ですか?」
「わたしは大丈夫よ。それよりどうしてここに?」
「たまたま近くを通りかかって……それにしても、間に合ってよかったです。もしアナスタシア様に何かあったら私……」
その言葉と同時にぎゅっと抱きしめられる。かすかに震えているエミリアの背中をそっと撫でてやれば、彼女の鼻を啜る音が聞こえてきた。
(もしかして、泣いている……?)
まさか泣かれるとは思わず、わたしはただただ彼女の背中を撫でることしかできなかった。どうしたらいいのだろう、と焦っていれば、ユリウスの苛立った声がした。
「悪いけど、友情ごっこは後にしてもらおうか。俺は失礼なその女を教育してるところなんだ。邪魔するならお前も……」
その言葉と同時に彼の黄金の瞳が細まる。
まずい。このままでは先ほどと同じように、訳もわからず身体の自由を奪われてしまう。エミリアから離れて、彼女を庇うように前に出る。しかし、エミリアはユリウスの方へとゆっくり近づいていく。
「これ以上、アナスタシア様に何かするおつもりなら、私も手加減しませんよ」
「へえ。随分と自信があるようだ」
そして、エミリアはユリウスにだけ聞こえるように何かを言った。小さなその言葉は、わたしには何も聞こえなかったが、ユリウスは彼女の言葉に目を見開く。
「……お前、どこまで知っている」
「さあ? 貴方とこれ以上お話しをするつもりはありませんので。失礼しますね」
そう言うと、エミリアはこちらを振り返り、強引にわたしの手を引いた。そのまま、扉の方へと向かう彼女に「ちょっと待って」と声をかけて、わたしはユリウスの方へと身体を向ける。
「シュローダー先輩!」
名前を呼ぶが、彼はこちらに目もくれない。それでいい。ここから先はわたしの自己満足だ。
「嫌われ者だなんて言ってごめんなさい。あと、いつもお兄様と仲良くしてくれて、ありがとうございます」
そう言って、その場で頭を下げる。ユリウスがわたしにしたことは最低だったけど、そもそも、わたしも彼に対して酷いことを言った。
(先にくだらないって言ったのはユリウスの方だけど……まあ、そこはお互い様ということにしよう)
頭を上げて、歩き出す。ちらりと見たユリウスの顔が、なんとも間抜けな顔をしていて、わたしは小さく微笑んだのだった。
◇◇◇◇
「エミリア、ねえ、エミリアってば!」
「……ああ、ごめんなさい。何か言いましたか?」
「歩くの早いわ……その、ちょっと休憩しましょ」
図書室を出てから無言で歩き出したエミリア。彼女に手を引かれているから、必然的に同じペースで歩いていたのだが、流石に限界が来てその場に立ち止まる。
「ごめんなさい、早かったですね」
「ううん、わたしの方こそ体力がなくてごめんね」
レインにもよく言われるので、改善しようと鍛えてはいるが、なかなかだ。とりあえず、立ちっぱなしも疲れてしまうので、近くにあったベンチに並んで腰掛ける。
そうして、少しだけ息を整えて、わたしは先ほどから気になっていたことを聞いた。
「そういえば、さっきシュローダー先輩に何を言ったの?」
ずっと気になっていたのだ。ユリウスがあんなに驚くだなんて、一体何を言ったのかと。
わたしの言葉にエミリアは「あぁ、」と思い出したかのように口を開いた。
「ただ、身体は大事にしないといけませんよって、忠告しただけですよ」
「忠告?」
「はい。王族の方ですからね」
(一体どういうこと? それだけであんなに驚くものなの?)
いまひとつエミリアのその回答に納得できなかったが、それ以上を話す気はないようだ。その様子に違和感を覚える。
あまり接点がないと思っていたが、エミリアはユリウスの正体を知っていた。それだけじゃなく、何かは分からないが彼の秘密も知っていて。
「ねえ、エミリア。もしかして、あなた…」
「リボン」
「えっ?」
わたしの言葉に被せるように、エミリアが口を開く。何事かと思えば、どうやらわたしの髪の毛を結んでいるリボンが気になるようだ。
「いつもは瞳と同じ紫色のリボンなのに。珍しいですね、赤色だなんて」
「ああ、これはレインに貰って…」
そこまで言って、わたしはまずいと思った。仮にもレインを想っている相手に対して、言うことではない。
「貰ったって言っても昔のことで! 私がよく物をなくすから、従者として仕方なくというか……!」
慌てて言い訳をしていれば、パサリと耳元で音がした。何かと思えば、どうやらエミリアが私の髪を結んでいたリボンを解いたようだ。
「アナスタシア様に、赤色なんて似合わないですよ」
そう言ったエミリアは手元に握ったリボンを睨みつける。
「あ、その…」
「それに、アナスタシア様は赤色がお嫌いですもんね」
「待って、わたしは別に嫌いじゃ──」
「本当に忌々しい色」
そう吐き捨てると同時に、彼女は手元のリボンをぐしゃりと握りつぶした。
わたしは赤色が嫌いではない。むしろ、その色のリボンをもらった時、とても嬉しかった。
彼は自分の瞳の色が好きではない。はっきりとそう口にすることはなかったが、見ていてわかった。その瞳の色で何か嫌なことがあったのだろうと。
だから、わたしはその色が好きだと、そう何度も伝えていた。響かなくてもいい、少しでも彼の嫌な思い出が薄くなればと、そう思って。
だから、そんな彼があの日、自分と同じ色のリボンをプレゼントしてくれたとき。自分の瞳と同じ色を身につけるわたしを見て、少しだけ微笑んだ顔をした彼を見て、心の底から嬉しかった。
だから、だから──絶対にそのリボンは大切にしようと思っていたのに。
エミリアの手の中、ぐしゃぐしゃに折れてしまったリボンを見て、心の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。
「返して、エミリア」
自分でも驚くぐらい低い声が出た。目の前のエミリアが驚いているのが分かったが、構わずに言葉を続ける。
「聞こえなかったの? それは私のものよ、返しなさい」
自分が自分ではないような、強い口調。しかし、止まらなかった。心の奥底から黒い感情がどんどんと溢れ出て、塗りつぶしていく。
「アナ、スタシア様…?」
「いい? エミリア。貴女がこの色をどう思おうと勝手だけど、わたしの前では二度とそのような言い方をしないで」
震える手でエミリアがリボンを差し出した。それを受け取ると、わたしは立ち上がり、その場から立ち去る。
後ろからエミリアがわたしの名前を呼ぶ声がしたが、振り返ることも立ち止まることもしなかった。
これ以上、あの場にいれば、彼女に対してもっと酷い事を言っていただろう。そうならないために、一度離れたかった。しかし、それより何よりも。
「……ごめんね、レイン」
大切な彼との思い出をこれ以上、無断で踏み荒らされたくなかったのだ。
手元にあるぐしゃぐしゃになったリボンをそっと撫でる。
黒い感情が消えない。怒りが収まらない。自分で自分を抑えられない。
頭の中で「だったら全て壊せばいい」と誰かの声が聞こえた気がした。
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・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
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