世界を救う予定の勇者様がモブの私に執着してくる

菱田もな

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勇者様と村娘

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「ああ、イリア。君の可愛さの前では、このプレゼントも霞んでしまうよ」

 歯の浮くような台詞を吐きながら差し出されたのは、キラキラと光る宝石たちだ。
 この世界の希少アイテムをこうも簡単に差し出すことができるのは、彼がこの世界を救う予定の勇者様だからだろう。

 差し出された宝石たちはやんわりと拒絶しながら、私は愛想笑いを浮かべてお決まりの台詞を口にする。

「こんにちは、勇者様。今日は一体どのような武器をお探しで?」
「あ、別に武器はいらないのだけど」

 ──じゃあ、帰れ!
 思わずそう口に出そうになったが、相手は仮にも世界を救う予定の勇者様だ。下手なことを言って、処刑なんてされたらたまったものじゃない。

 喉にグッと力を込めて、私は何とか耐える。

「では、防具でしょうか? それともポーション?」
「どれも違うくて…」

 ──違うのかよ!
 ズラリと並べたアイテムたちには目もくれず、勇者様は何かを言いたそうにこちらを見つめてくる。

 さっきから何なんだ? 用があるならさっさと言ってほしい。そう心の中では思うが、決して態度には出さない。これでも貴重な売り上げなのだ。

 なので、にこにこと笑顔は絶やさずに、私は勇者様の言葉をじっと待つ。

 そして、ようやく勇者様は何かを決意したかのように、自身の着ている服のポケットからあるものを取り出した。

「──俺と結婚してほしいんだ、イリア」

 差し出されたのは、この世界でいう婚姻届のようなものだった。この紙にお互いの名前を書いて、教会へ持っていくと二人は夫婦として認められる。

 そんな大切なものをまさか恋人ですらない男から渡されるとは思わなかった。

「……何かの冗談ですか?」
「まさか。本気だよ」

 お願いだから、冗談であってほしかった。
 しかし、こちらを見つめる勇者様の表情は真剣そのものだ。

 以前からやけに絡んでくるなと思ってはいたが、まさかこんな田舎村のモブ娘に求婚してくるとは思わなかったので、すっかり油断していた。

 このままでは、この先の物語にきっと支障が出てしまう。胸がほんのすこーしだけ痛いが、ここは断らせてもらおう。

「……気持ちは嬉しいのですが、私と勇者様では釣り合いませんし、それに」
「関係ないよ」

 まだ話してる途中だったのだけど、食い気味に遮られてしまった。お願いだから、最後まで聞いてくれるかな?

 わざとらしく咳払いをして、私はもう一度勇者様に拒絶の意思を伝えようと言葉を続ける。

「気持ちはありがたいのですが、私は」
「嬉しい、ありがたい、ってことは、前向きに考えてくれてるってこと?」

 またしても話の途中で遮られてしまい、思わず顔が引き攣る。だめだ、この男に遠回しに伝えようとしたのが間違いだった。

 売り上げのことはもうこの際忘れて、はっきりと断らせてもらおう。

「無理です、勇者様とは結婚できません」

 店主への申し訳なさに最後の方は少しだけ声が小さくなってしまったが、何とか言葉にはできた。これで私の気持ちは伝わったはずだ。

 恐る恐る勇者様の様子を伺えば、彼はなぜか笑みを浮かべていた。

「えっと、その…?」
「そっか、そうだよね。いきなりで驚くよね」
「え? ああ、まあ…」
「じゃあ、これから俺のことを好きになってもらえるように頑張るね」

 ──は? いまなんて言った、この勇者様。
 困惑を隠しきれない私をよそに勇者様はどこか楽しそうだ。

 それはそれは鼻歌まで歌い出しそうなぐらいに。

「あの、勇者様…?」
「今は無理でも、後から気持ちが変わることってあるでしょ? 大丈夫、俺、待つのは得意だから」

 一日でも早く俺のことを好きになってもらえるように頑張るね、なんて言いながら勇者様は私の手の甲にキスを落とした。

「ぜったいに諦めないから覚悟してね」

 ──お願いだから、誰か嘘だといって。


 ♢♢♢♢


 ある日、いつものように目を覚ませば、この世界にきていた。

 見知らぬ場所、見知らぬ人々に見慣れぬ格好……最初は何かのコスプレか?と思ったが、どうやらこれは最近流行りの異世界転生というやつかと気がついた。

 そして、この世界で過ごしていくうちに、何となくここが前世で読んでいた漫画の世界に似ていることにも気がついた。

 舞台は剣と魔法の国。
 魔物が侵略してくるようになった世界で、チート級のステータスをもつ勇者様が可愛いヒロインと協力しながら世界を救う話で。

 結末としては、全ての魔物を統べる魔王を倒して、世界に平和をもたらした勇者様がヒロインと結ばれてハッピーエンド……とまあ、よくある展開。

 そして、私はその中の序盤に出てくる村に住んでいるモブに転生した。

 本音を言えば、ヒロインがよかったなとは思った。だけど、魔王と闘うのは怖いし、勇者様を巡ったいざこざに巻き込まれるのも嫌だし、ある意味モブでよかったのかもしれない。

 そう思って、モブらしく道具屋で働きながら平凡で平和な日常を過ごしていた、あの時までは。




「………勇者様が?」
「そう、勇者一行がこの村に来てるんだって!そこの宿屋に泊まってるって、昨日マリアが言ってたよ」

 興奮した様子で話す店主をよそに、私は苦笑いを浮かべる。
 村人が少ない分、話が回るのが早いな……この様子では明日には、勇者がどんな寝巻きを着ていたかまで広まりそうだ。

「うちにも寄ってくれたらいいけど、どうだろうね」

 ため息まじりに言う店主に相槌をしながら、私はそれは無理だろうなと考えていた。
 あいにくうちのような弱小な道具屋には、勇者様が扱うようなものは置いていない。

 せいぜい、回復ポーションぐらいだけどあのチート勇者様には必要ないだろうしなぁ…

「まあ、来てくれたらラッキーぐらいに思っとこう! よし店開けるか!」

 そう言って豪快に笑う店主。
 彼のこういう所は尊敬できる。ちょっと酒癖が悪いのが難点だけど…

 店主の言葉で私も急いで開店の準備をした。




 その後、やはりこの店に勇者一行が現れることはなかった。そろそろ店仕舞いの時間だという店主の言葉で、私は表の看板を直そうと外に出た。

 すると、扉を開けようとした瞬間に扉が開いて、バランスを崩した私はそのまま誰かにぶつかってしまった。

「──わっ、」
「ああ、ごめんね。大丈夫?」

 頭上から聞こえる優しそうな声に顔を上げれば、とんでもない美青年が立っていた。

 あれ、この顔、もしかして──。

「……勇者様?!」

 店主の驚いた声に、私は急いで勇者様から離れる。すると、ぞろぞろとヒロインと魔法使い……と、勇者一行が店へと入ってくる。

 まじで来たよ勇者一行。どうやら店主の祈りが神に届いたようだ。

「勇者一行が来てくれるなんて、今日はお祝いだな」

 浮かれる店主をよそに、私はとても居心地が悪い。 なぜなら、先ほど思い切り勇者様にぶつかってしまったからだ、処刑とかされないよね?

 恐る恐る勇者様の方を見れば、ばっちりと目が合ってしまった。気まずさから笑みを浮かべていれば、勇者様もにっこりと微笑んでくれた。

 ………よし、大丈夫そうだな。私はほっと胸を撫で下ろす。



 その後、店主があれこれと勧めたがどうやら勇者一行は道具を買いにきたわけではないようで。

 じゃあ何の用?と思ったが、どうやら村を立ち去るらしく、わざわざ挨拶に来てくれたようだった。

 なんと丁寧な。さすが勇者一行。
 感動で涙を流しながら勇者様と握手を交わす店主の後ろに控えめに立っていれば、急に勇者様が私のところへとやってきた。

「君、名前は?」

 何事かと思っていれば、名前を聞かれた。……やっぱりさっきぶつかったのを怒ってるのだろうか? 答えたくないが、答えないわけにはいかない。私は恐る恐る自身の名前を口にした。

「えっと、イリアといいます…」
「イリア、いい名前だ」
「ありがとうございます…?」

 なぜ、急に名前を褒められたのだろう。
 突然のことで頭の中に疑問符を浮かべていれば、勇者様はくすりと笑った。

「またね、イリア」

 そう言うと店から去っていく勇者一行。
 扉が閉まる直前、ヒロインがこちらをすごい顔で睨んでいた気がするが無視しよう。

「………またね、って言った?」

 どうせ社交辞令だ。こんな序盤の村に勇者様がもう一度来るはずない。

 そう思っていたのに、それから勇者様はこの店に頻繁に通うようになってしまった。




 それから数ヶ月後。
 ついに結婚を申し込まれてしまった。

 あれから何度断っても勇者様は諦めてくれない。それどころかどんどん大胆な行動をするようになっている。

 そのせいで、ついに村の中で私たちの関係を噂されるようになってしまった。

 このままではまずい。
 狭い村なのだ、変な噂が回って住みにくくなる前になんとかしなければ…

 そう頭では考えるのに、私は勇者様の来店を拒めずにいた。貴重な売り上げだというのももちろんだが、単純に怖いのだ。彼のチートスキルが。

 なので、どうにか穏便に事を済ませたい。どうしたら諦めてくれるのだろう…?主人公なのだからヒロインと結ばれて欲しい。

 毎日毎日、勇者様のことで頭を悩ませている私をよそに今日も浮かれた様子で、勇者様は店へとやってきた。

「あのー、勇者様? これは一体?」

 いつものように無駄話に付き合わされていれば、突然、目の前に小さな箱を差し出された。

 何が入っているのか見当がつかず、首を傾げていれば、勇者様がゆっくりとその箱を開けた。

求婚プロポーズといったら指輪かなって……なかなか素材が集まらなくて遅くなったけど、ようやく完成したんだ」

 そう言って勇者様が箱を開ければ、中にはキラキラと黄金の指輪が入っていた。中心には大きなダイヤが飾られている。

 鑑定スキルなどない素人の私でもわかる。この指輪は絶対レアアイテムだ。

 これは絶対にモブが身につけるものじゃない。断ろうと手を差し出せば、勇者様にその手を握られてしまった。

「ほら、ぴったりだ」 

 そして、驚くような速さで私の指に指輪をはめた勇者様が嬉しそうに笑う。

 今の動き、全然見えなかった。こんなところでチート級のステータスの高さをアピールしないで欲しい。

 勇者様の手を振り払い、指輪を抜こうとするが、何故か全然抜けない。え、ちょっと待って。本気で抜けないのだけど。

 指輪と格闘している私に、勇者様は驚きの事実を告げた。

「あ、それ一度はめたら死ぬまで抜けないよ」
「呪いの指輪じゃないですか! なんて物を渡してくれるのですか!」
「やだな、呪いだなんて。婚約指輪だよ」

 何がおかしいのか、けらけらと笑う勇者様に殺意が湧いてくる。

 それからも指輪を抜こうと頑張るが、本気で抜けない。まるで生まれた時から私の指に嵌っていたかというぐらいにぴったりだ。

 まじで呪いの指輪じゃねーか。
 まあいい、一旦諦めて勇者様の無駄話に付き合うとこにしよう。そして気分が良くなった勇者様にそれとなく壊してもらおう。

 勇者様のチートステータスならいけるだろう。
 そう考えて、私はふと以前から疑問に思っていたことを投げかけた。

「というか、勇者様。毎日毎日この店に来ていますが、魔王を倒す旅は大丈夫なんですか…?」

 この村は魔王城からだいぶ離れた場所にある。
 勇者一行が旅に出てからもう随分と時間が経っているような気がするが、魔王討伐の進捗はどうなっているのだろうか。

 しかし、勇者様は私の質問に何だそんなことかといった様子で答えた。

「ああ、魔物とか魔王とかどーでもいい。だって、俺は世界よりも君が大切だから」

 無駄にキラキラしたエフェクトを背景に、とんでもない発言をする勇者様。

 勇者が言ってはいけない台詞ナンバーワンだと思う。お願いだから、私じゃなくて世界を大切にしてほしい。

「そんな勇者様は嫌だな…」

 思わずそう本音を漏らせば、勇者様は何かを閃いたようだ。

「じゃあ、俺が魔王を倒したら結婚してくれる?」

 いやいや、勇者様のスキルがあれば魔王は倒せる。物語の結末を知っている身としては、その提案は受け入れられない。

 首を横に振れば、勇者様はムッとした表情を浮かべた。

「じゃあ、どうしたら結婚してくれる?」
「いやそもそも、間違ってるんですけど…」

 何で結婚するのが当然みたいな態度なんだ。そもそも私たちは恋人同士でもない。ただの道具屋とお客様ストーカーだ。

 しかし、勇者様は引かない。この男、本当にしつこいのだ。どうにかして世界を救ってもらいつつ、諦めてもらう何かいい方法はないかと考えて、私はひとつ閃いた。

「では、明日までに勇者様が魔王を倒せたら結婚してもいいですよ。でもその代わり、明日までに倒さなかったらもう二度と私には関わらないでくださいね」

 流石の勇者様でも魔王城から数百キロも離れたこの場所から、一日で魔王城に行って、さらに魔王を倒すのは無理がある。

 それともうひとつ、魔王を倒す必須アイテムである「勇者の聖剣」はヒロインとの好感度を限界まで上げておかないと手に入らないのだ。

 おそらく、勇者様はそのアイテムを持っていない。それに、こんなモブ娘に求婚してくるぐらいだから、ヒロインとの仲は良好ではないだろう。なので、この賭けは私に分がある。

 私の言葉に勇者様はなぜかきょとんとした表情を浮かべたが、すぐに了承した。

「約束破らないでね、イリア」

 そう言って、不敵な笑みを浮かべた勇者様に何だか嫌な予感がした。だけど、大丈夫。いくら勇者様でも一日は無理だ。

「勇者様こそ、倒せなかったらちゃんと指輪も外してくださいよ」

 指切りを交わして、その日は別れる。
 ああ、明日から勇者様ストーカーから解放されるなんて、最高に幸せだ!などと、呑気に考えながら私は眠りについた。




 翌朝、魔王の首を持って現れた勇者様に私は色んな意味で悲鳴を上げることとなった。ちなみに魔王は素手で倒したらしい。何だそれ、魔王より化け物じゃないか。

「幸せになろうね、イリア」

 恍惚とした表情で私の指輪にキスを落とす勇者様。今からでも逃げ出せる方法があるのなら、誰か教えて欲しい。しかし、そんな私の心情を悟ってか、勇者様は痛いほどの力で私を抱きしめた。


「……イリアが俺から逃げ出したら、世界滅ぼしちゃうかも。それぐらい君のことが好きなんだ」

 最低最悪の告白脅しだ。
 こうして、非常に不本意ではあるが、私は世界を救った勇者様ストーカーの花嫁となったのだった。

 めでたし、めでたし。

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