竜の器と囚われの贄姫

神崎 右京

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第一章

第5話 不気味な白魔導師 (Side:アルヴィン)

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 ディルス氏を無事に送り届け、元の街に戻るころには、西の空が茜色に染まり、烏が鳴き始めていた。

「結局、あの巨木が”核”で間違いないんだろ?」
「うん。瘴気濃度も、あの樹の周りだけ、三段階は高かった。間違いないと思うよ」

 ディルス氏と森を全力疾走した疲れが尾を引いて、僕は棒になりそうな足を何とか動かし答える。カルロはあんなに魔物を一人で屠ったというのに、涼しい顔だ。これが才能の差というやつだろうか。

 目に見えないものを感じ取る力は、白魔法遣いの十八番。僕たちは予定より早く依頼を終えたことで浮いた時間を使い、森の探索を経て、”核”を発見した。勿論、既に浄化済みだ。

「ただ、あの樹の傍にあった泉――あれはちょっと厄介だね。魚や植物も全部恐化してたから、水そのものが猛毒になってる。周辺の井戸に流れ込んだら大変だ」

 広範囲の浄化は、個人では難しい。カルロのような常識外れの才能があれば別だろうが、残念ながら、僕の力量は凡人の範囲だ。

「ま、恐化はすぐに王都に報告されてるだずだ。距離的にも、そろそろ白騎士か白魔導師が派遣されてくる頃だろう。”核”は浄化したし、めぼしい魔物も退治した。ここから先は、俺らの仕事じゃない」

 欠伸をかみ殺すカルロが、羨ましい。幼いころから「領民を護る貴族たれ」と教育されてきた弊害か、我知らず、自分が周囲を守らねばと気負っていたことに気付き、肩の力がふっと抜けた。

「さっさと完了報告して宿に戻ろうぜ。腹減った」
「カルロの目当ては、昨日食堂にいた看板娘だろう?」
「バレたか」

 呆れて指摘するが、本人は気にした様子もない。本当にこの男、僕が将来、義理の兄になるとわかっているのだろうか。
 むっとした気持ちを抱えながら、ギルドの扉を開けた時だった。

「アラやだ!本当にカルロじゃない!」
「げっ……」

 野太さを隠し切れない黄色い声――いや、茶色い声?――が響き渡り、カルロが心から嫌そうに呻く。
 そんな相棒の様子など気にも留めず、急に視界に現れた長身が、まっすぐに飛びついてきた。

「元気にしてた?アタシは貴方に会えなくて、寂しくて死んでしまいそうだったわ!」
「離れろ、気色わりぃ!男に抱き付かれて喜ぶ趣味はねぇ!」

 カルロは叫んで抵抗するも、体格差のせいか、引き剥がすまでには至らない。
 男がずりずりと頬擦りを堪能し始める。カルロが生理的に抗えない嫌悪感に、屋内にもかかわらず魔法を放とうとしたところで、ようやく解放された。

 僕は、驚きすぎて声も出せずに、いきなり奇行に走った男――らしい、どうやら――を見つめるしかできなかった。

 腰まで届くプラチナブロンドの髪は手入れ行き届き、高貴な暮らしぶりを物語る。日焼け跡の一つもない色白の肌には銀縁の眼鏡がかかり、知的な雰囲気が漂っていた。
 長い髪、中性的な顔立ち、言葉遣い――こうして並べれば女性に思える。だが、長身にがっちりとした肩幅、カルロも引き剥がせない力強さ、喉仏を震わす低い声音――全てが、彼が生物学的に男性であることを示していた。

「え、えっと……カルロ……?この御仁は……?」
「ダミアン・レーヴ。魔塔の白魔導師。俺が魔塔にスカウトされた頃からしつこく絡んで来る厄介な男だ」
「やだ、本名で呼ばないで!”ミアン”か”アン”って呼んでっていつも言ってるじゃない」

 身体をくねらせ拗ねる男を、カルロは嫌そうな顔であしらう。本気で辟易しているようだ。
 だが、僕にはダミアン・レーヴという名に心当たりがあった。

「まさか――北の大貴族レーヴ家の天才児――!?」
「あら。貴族としてのアタシをご存知で?」

 初めて、男の視線が僕に向く。言われてみれば、薄紫の瞳も、抜けるような白い肌も、北方地域の血筋の特徴だ。
 紫水晶の瞳が冷たく光り、ぞくりと背筋が粟立つ。
 ふざけた態度とは裏腹な、隙のない鋭い視線――彼がただ者ではないことは、容易に推察できた。

「お前、そんなに有名だったのか?」
「やだわ、最初に自己紹介したじゃない。忘れちゃったの?アタシか、うちの可愛い妹と結婚しないか、って」
「お前の妹は百歩譲っても、お前と結婚はありえねぇだろ」

 げんなりとしたツッコミを入れるカルロだが、本来、彼の身分で気軽に口を利ける相手ではない。
 相手は、王国の北半分を治める大貴族。その序列は、王家に次ぐと言っても過言ではない。

「だ、駄目だよ、カルロ。彼は魔塔に入って以来、生家からは距離を置いていると聞くけれど、不興を買って君に何かあったら――」

 僕は、コソコソと耳打ちで忠告する。
 昔、レーヴ家の御令嬢とカルロに結婚話が持ち上がったのは、政略結婚だろう。ダミアンが魔塔の白魔導師として大成しているなら、カルロが同じく黒魔法を極めれば、レーヴ家は魔塔全体を掌握できる。利権をほしいままに出来るのだ。
 そんな思惑が透けて見えたからこそ、カルロはその話を蹴った。結果として、シャロンと婚約してくれたのはありがたいが、レーヴ家から目を付けられていても不思議ではない。
 厄介事は避けるに限る。貴族社会は酷く面倒くさいのだ。

「別にいいだろ。っていうか、なんでお前がこんな男のこと詳しいんだ」
「え……それは、だって……ダミアン・レーヴといえば、一時期、シャロンの結婚相手の最有力候補として、名前が挙がっていた方だからね」
「ぁ゛あ゛ん!!?」

 カルロは、見たことがないような般若の形相で、噛みつくように僕を振り返る。
 び……びっくりした。

「何だそりゃ、初耳だぞ、お前っ……!俺以外にもそんな相手がいたのか?!」
「そ、それは、勿論、貴族なんだから、家のために結婚するのは当たり前だし、レーヴ家と縁続きになれるならフロスト家としてはありがたい話で――」

 温暖で肥沃な穀倉地帯を持つフロスト領と、莫大な地下資源に恵まれたレーヴ領。当時、二人の結婚が成立すれば、国家の一大ニュースになっただろう。
 当人同士の愛の有無は、関係ない。書面だけで婚約を結び、結婚式で初めて顔を見ることだってある。貴族の結婚とは、そういうものだ。
 生まれながらに貴族として育てられたシャロンも、当時、異を唱えることはなかった。

 しかし、カルロはその”当たり前”が信じられなかったらしい。

「はぁ!!?おまっ――二股かよ!」
「ちょっ――!人聞きの悪いこと言わないでくれるかな!?君とシャロンが出逢った頃には破談になってた話だよ!シャロンが浮気者、みたいな言い方はよしてくれ!」

 聞き捨てならず、僕は慌てて反論した。
 当時、ダミアンは天才児として知られる一方、風変わりな変わり者、という噂も広がっていた。大貴族の嫡男でありながら、領地運営にも貴族社会にも興味を示さず、白魔法の研究に没頭している――よもや、家を継ぐ気がないのでは、などと囁かれていた。
 
 家督を継がない男とシャロンを結婚させても、フロスト家には利がない。しかも、風変わりな天才児とあれば、内気で人見知りなシャロンが結婚生活で苦しむ可能性もある。歳も十近く離れていた。可愛いシャロンに甘い僕たち家族は、彼女の幸せを考え、その縁談を白紙にしたのだ。

 今日、本人を目の当たりにするまでは、「風変り」という噂が、まさかこういう方面だったとは、流石に予想もしなかったけれど。

「アラ?さっきから話を聞いていれば――もしかしてアナタ、フロスト家の御令嬢かしら?」

 ぬっと視界に割り込むように顔を近づけられ、僕は驚きに息を呑む。

 シャロンそっくりな僕の顔を見て、誤解したのだろうとすぐに察した。しかし、得体のしれない光を宿す瞳を前に、喉が固まり声も出ない。
 いつものように、「僕は男だ」と反論することも出来ず、目の前の紫水晶を見つめるしかできなかった。

「以前会ったときとは、随分雰囲気が変わっていたから、気づかなかったわ。へぇ……!こんな風になるのね。興味深い――!」

 不気味な笑顔と共に伸ばされた手を前に、僕は彫像のように動けなかった。
 心臓の音が耳元で響く。

 この人と、顔を合わせた記憶はない。
 シャロンとの結婚話が持ち上がった頃だって、両親から話を聞いただけで、絵姿すら見たことはなかった。シャロンも同様だったはずだ。

 それなのに、ダミアンはシャロンと顔を合わせたことがあるという。
 
 一体、どこで――?

「ねぇ、もっと近くで顔を見せて頂戴。世界で初めての試みがどうなったのか、アタシ、ずっと気になっていたの――!」

 なん、だ……?
 この男は、一体何を、言っている……?

 無遠慮に近づいてくる大きな掌を前に、僕が固まっていると――

 バチンッ――

「――!?」

 大きな音を立てて、目前に迫る手が視界の外へと吹き飛ばされた。

「てめぇ……誰の許可を得て、そいつに触ろうとしてやがる」

 聞いたことがないほど低いカルロの声に、我に返る。
 いつの間にか、呼吸をするのも忘れていたらしい。背中には汗がじっとりと滲んでいた。

「アラやだ、怖い。身体強化の護符を身に着けてなかったら、手首から先が無くなってた威力だったわよ?」

 弾き飛ばされた右手の痺れを取るように上下に振るダミアンに、反省の色はない。
 カルロは、怒りにこめかみを引き攣らせながら、僕とダミアンの間に身体を割り込ませ、僕を背に庇った。

 視界がカルロの背中で埋まる。
 ここに居れば安全だと――もう脅威は去ったのだと、本能が告げた。

「次やったら、そのムカつく眼球を沸騰させるぞ、クソ野郎」
「洒落にならない脅し文句ね……そんな超高精度の魔法行使、出来るわけない――けれど、アナタなら本当にやりかねないって思うから、大人しくしておくわ」

 言い合う二人の声が、他人事のように遠い。揉め事の気配に周囲から野次馬の視線が絡むのがわかるが、二人を仲裁する余裕はなかった。
 
 ドクン、ドクン、と身体全体が心臓になったように五月蠅く鼓動が響く。
 口の中がカラカラに乾いて、呼吸が浅く、早くなっていく。
 劈くような耳鳴りがしたかと思うと、ぐにゃりと視界が歪んで、の光景が重なった。

 薄暗い部屋。分厚いカーテンが閉ざされ、哀しみが満ちる陰鬱な閉鎖空間。
 目の前には、二人の男。
 一人は、カルロ。もう一人は――ダミアン・レーヴ。

 カルロが何かを言っているが、耳鳴りが酷くて聞こえない。
 記憶にない、いつかの、どこかで起きた、出来事。

 あぁ――そうか。
 これは――――シャロンの、記憶だ。

「……ル、ロ……」
「だいたい、なんでお前がこんな田舎にいる?白魔導師の最高峰が――」
「カルロっ……!」

 無我夢中で目の前のローブを掴んで訴えると、カルロは初めて、僕の異常に気が付いたようだった。

「おい!どうした!?顔が真っ蒼だぞ!」
「ご、め……シャ、ロン……の、記憶、が……」

 頭が痛い。吐き気がする。
 起きている時にシャロンの意識が混ざると、いつもこうなる。

 竜となった彼女が何を訴えたいのかは、わからない。
 だが、自分の意思とは関係なく思考を無理やり奪われていく感覚は、酷く気持ちが悪かった。
 
「チッ……!どけ、道を開けろ!」

 カルロの判断は早かった。
 今にも倒れ込みそうな僕をひょいと抱き上げ、周囲に怒号にも似た指示を出すと、脇目もふらずに歩き出す。

「ちょっと、アナタ――」
「うるせぇ話しかけんな。てめぇに構ってる暇はねぇ」

 引き留めるダミアンの声も振り切って、ズカズカと大股で歩き出すカルロは、潔い。
 高位貴族にそんな物言いはダメだ、と伝えたいけれど、そんな余力はなかった。

「大丈夫か?苦しいのか」
「ごめ……僕……私――っ、ぅ……」
「いい、喋るな。すぐに宿に帰る」

 カルロの素早い判断にホッとした途端、ぐるぐると回る視界に耐えかね、瞳を閉じる。軽々と、まるで女の子みたいに横抱きにされたのは不本意だったが、おかげで呼吸は随分と楽になった。

 シャロンの意識が混ざると、いつも言い知れぬ不安と恐怖が押し寄せてくる。
 自分が誰だか、わからなくなる。

 まるで、僕から僕の部分が消えて、全てシャロンに成り替わってしまうようで――

 遠くでざわめく野次馬の気配を感じながら、僕は唯一の確かな現実に縋るように、カルロのローブを握り締めた。
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